悪巧みには悪ふざけで対応します。
——数日後の昼休み。
いつもの場所で、晃星と伊織は並んで昼食を取っていた。
伊織は自分のお弁当を食べながら、ちらちらと晃星のお弁当を見る。
「……え!? 何!? 見過ぎだって」
「え? 別に何も見てないけど」
「また卵焼き狙ってるだろ!」
「狙ってない。交換しようかなと思って」
「何と?」
「このレタスと」
伊織がレタスを箸で持ち上げる。
「……レートが全然違うだろ!?」
「だって、あっきーママの美味しい卵焼き欲しいもん」
「いや、レタスて!!」
伊織はレタスを見ながら言う。
「どこぞの農家の人が精魂込めて作ったレタスだよ?」
「いや!? どこぞの農家って言っちゃってるからね!?」
「ふふっ」
二人は顔を見合わせて笑う。
「……分かったよ」
晃星が卵焼きを一つ箸で取る。
「一個あげるよ」
「えっ!? 本当!?」
伊織の顔がぱっと明るくなる。
「やったー!」
「そんなに嬉しいか?」
「だって、あっきーママの卵焼き美味しいんだもん!」
伊織が嬉しそうに口を開ける。
「あーん」
晃星は普通に卵焼きを伊織の口へ運ぶ。
「はい、あーん」
「あーん!」
ぱくっ。
「んー! 美味しい!」
伊織は幸せそうに笑った。
そして今度は、自分のお弁当からレタスを一枚つまむ。
「じゃあ、お返し」
「あーん」
伊織がレタスを差し出す。
晃星も普通に口を開け、そのまま食べる。
「どう?」
晃星はレタスを味わいながら、さっきの伊織の言葉を思い出した。
――どこぞの農家の人が精魂込めて作ったレタス。
なぜか、その農家の人の顔まで浮かんでくる。
「……美味しい」
「でしょ?」
伊織が嬉しそうに笑う。
「……なんか、さっきのどこぞの農家の人の顔が浮かんできたわ」
「ふふっ、何それ!」
二人が笑っていると――。
「ふふっ」
後ろから声がした。
振り返ると、梨愛が笑顔でこちらへ歩いてくる。
「二人は仲良いね」
「……」
伊織の表情が一瞬で変わった。
警戒するように梨愛を見る。
梨愛はそんな伊織には構わず、晃星の隣まで来る。
「ねえ、あっきー」
「ん?」
「私にも卵焼きちょうだい?」
梨愛は上目遣いで晃星を見る。
「……」
晃星の顔が、思わずニヤける。
その瞬間――。
伊織から冷たい視線が飛んできた。
「…………」
「……あ」
晃星はその視線に気づき、我に返る。
梨愛は晃星のお弁当を覗き込む。
「それ、いおりんの手作り弁当かな?」
「いや? 加奈ちゃんの手作り弁当」
「……?」
梨愛が不思議そうな顔をする。
その横で、伊織は必死に笑いを堪えていた。
――加奈ちゃん。
晃星の母親のことだ。
当然、伊織は知っている。
梨愛はそんなことを知らない。
「じゃあさ」
梨愛はにっこりと笑う。
「明日から私がお弁当作ってあげようか?」
「なぜ!?」
晃星が普通に聞き返す。
「加奈ちゃんより愛情いっぱいで作ってあげるのに」
「……っ」
伊織の肩が震える。
「ぷっ……!」
とうとう噴き出した。
伊織は笑いを堪えながら梨愛を見る。
「せ、先輩が加奈ちゃんより愛情いっぱいのお弁当作るのは無理だなって思って……!」
「わかんないよ?」
梨愛は笑顔のまま首を傾げる。
「いや、絶対無理!」
伊織は笑いながら言い切る。
「絶対無理だって!」
その横で、晃星は特に何も気にせず、普通に弁当を食べていた。
梨愛はそんな二人を見つめる。
多少、二人の対応にはイラッとした。
けれど――。
加奈ちゃん。
晃星にお弁当を作ってくれる存在。
その存在を知った瞬間、梨愛の頭の中にひとつの考えが浮かんだ。
「……ふふっ」
これは使える。
月姫を揺さぶる材料になる。
「待っててね、プリンセス」
梨愛は小さく呟くと、笑みを浮かべてその場を離れた。
向かった先は、自動販売機。
そこには、クラスメイトと一緒にいる月姫がいた。
「ヒメちゃん!」
「……」
月姫は梨愛の声に気づく。
けれど、できれば関わりたくない。
そう思い、そのまま無視して通り過ぎようとした。
しかし――。
「待って」
梨愛が月姫の手を掴む。
「……藤宮先輩?」
梨愛は楽しそうに笑う。
「今、あの二人いつも通り仲良くお弁当食べてたんだけど」
「……」
「私、初めて知ったんだよね」
そして、ニヤけながら続ける。
「あっきーって、いおりんじゃなくて、加奈ちゃんっていうお弁当まで作ってくる女の子がいたんだね?」
「……」
月姫の表情が固まる。
加奈ちゃん。
もちろん知っている。
あっくんのお母さんだ。
――あ。
月姫はすぐに察した。
あっくんの適当な悪ふざけの会話だ。
そう思った瞬間――。
「……え!?」
月姫はわざと驚いたような表情を見せる。
そして、俯いた。
「……」
そのまま梨愛の横をすり抜けて歩き出す。
笑いを堪えているせいで肩が小さく震えている。
梨愛はその後ろ姿を見つめ、口元に笑みを浮かべた。
「あんなに肩震わせちゃって……」
そして、嬉しそうに呟く。
「プリンセス、かわいいなぁ」
その頃――。
いつもの場所では、伊織と晃星がまだ昼食を続けていた。
伊織は先ほどの出来事を思い出した瞬間、また吹き出した。
「……ぷっ!」
「……?」
晃星が伊織を見る。
「……あははははは!」
伊織はとうとう大笑いする。
「伊織ちゃん、どうしたの?」
「だって……あははは!」
伊織はお腹を抱えて笑う。
「面白すぎるんだもん!」
晃星もつられて笑い出す。
「あははは!」
「だって、あんな関わりない女の子が、加奈ちゃんに勝る愛情込めてお弁当作れるわけないじゃん!」
「はははは!」
晃星も笑いながら頷く。
「そりゃ無理だろ!」
「しかも『加奈ちゃんより愛情いっぱい』って!」
「無理無理!」
二人は顔を見合わせて、また大笑いした。
しばらくして、晃星がふと思い出したように口を開く。
「あ、そういえば」
「ん?」
「あの人、副会長なんだろ?」
「うん。そうだけど?」
伊織が頷く。
「なんか納得いかないなぁ」
「何が?」
「俺、新学期始まった日に生徒会長から『その制服の着こなしは何だ!?』って怒鳴られたんだけど」
「あー……」
伊織もそのときのことを思い出す。
「それがどうしたの?」
晃星は梨愛が去っていった方向を見る。
「あの副会長、スカート短すぎじゃね?」
「……確かに短いね」
「あんなに短いと、前屈んだら見えちゃうよ?」
「ちょ、あっきー!」
伊織が慌てて周りを見る。
「声大きいって!」
「いや、制服の着こなしの話だって」
「はいはい」
伊織が呆れたように笑う。
晃星は納得いかない顔で続ける。
「俺なんて、ちょっと制服着崩してただけで生徒会長にあんなに怒られたのにさ」
「うん」
「何であれには怒んないの?」
「……確かに」
伊織も首を傾げる。
「なんでだろうね?」
「だろ?」
晃星は腕を組む。
「生徒会長って、もしかしてパンツ見れるから黙ってんのかな?」
「え?」
伊織が目を丸くする。
「いや、だって俺にはあんなに厳しかったじゃん」
「……あっきー、考えすぎじゃない?」
「そうかなぁ」
晃星はまだ納得いかない顔をしている。
「俺だけ怒られ損じゃん」
「ふふっ」
伊織はそんな晃星を見て笑う。
「まあ、それはちょっと納得いかないね」
「だろ?」
晃星は少し考える。
「……じゃあさ」
「ん?」
「討論会のときに聞いてみてよ」
「何を?」
晃星は真顔で言った。
「『会長、スケベですか?』って」
「ぶっ!」
伊織が吹き出す。
「そんなの聞けるわけないじゃん!」
「いや、聞いてみてよ!」
「絶対無理!」
「気になるじゃん!」
「気になるのあっきーだけでしょ!」
伊織は笑いながら晃星を見る。
「でも、もし本当に聞いたら、あっきー絶対怒られるよ?」
「……」
晃星は少し考えた。
「……やっぱ聞かなくていいや」
「でしょ?」
二人は顔を見合わせて笑った。
——討論会まであと数日。
いつも通りのよろずやでその日を迎えれそうだ。




