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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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私も一緒に

梨愛が去っていった廊下に、月姫はしばらく立ち尽くしていた。


「……」


足が動かなかった。


最後に向けられた、あの笑顔。


あれは偶然じゃない。


自分がどう反応するのかを、梨愛はずっと見ていた。


「……藤宮先輩……」


胸の奥が、まだざわついている。


あっくんの一番近くにいるのが、もし自分じゃなかったら。


もし――


そんな光景を想像しただけで、胸が苦しくなった。


私は、あっくんに何ができるんだろう。


何か特別なことをしてあげられるわけでもない。


ただ一緒にいたいと思っているだけ。


それだって、結局は自分が安心したいだけなんじゃないのか。


そんな考えが頭の中をぐるぐる回る。


けれど――。


「……違う」


月姫は小さく首を振った。


あっくんは、そんな人じゃない。


そう思いたい。


でも、梨愛に言われた言葉が頭から離れなかった。


自分よりも梨愛のほうが、あっくんを喜ばせることができるのだろうか。


もし、あっくんが梨愛を選んだら――。


「……嫌だ」


思わず口から漏れた。


自分でも驚くほど、はっきりした言葉だった。


けれど、その気持ちを認めるのが怖かった。


私は、あっくんにとって何なんだろう。


そんなことを考えているうちに、梨愛は少し離れた場所で立ち止まり、こちらを振り返っていた。


そして――。


にっこりと笑った。


月姫の反応を見て、満足そうに。


「……やっぱり」


小さく呟く。


「これでヒメちゃんは……使い物にならない」


そして、何事もなかったかのように歩き去っていった。


月姫は、その場から動けなかった。


結局――よろずやへ行くこともできなかった。


そのまま下駄箱へ向かい、靴箱に着いたところで、ポケットの中のスマホが震えた。


「……?」


画面を見る。


美都ちゃんからだった。


『なんとかなりそうで良かったね!』


その短いメッセージを見つめる。


見積もりのこと。


討論会のこと。


みんなが頑張っていること。


それなのに自分は――。


「私、何してるんだろう……」


スマホを握りしめる。


こんなところで立ち止まっている場合じゃない。


そう思って、帰ろうとした。


そのときだった。


「月姫」


聞き慣れた声がした。


「……あっくん?」


振り返ると、そこには晃星がいた。


「帰るの?」


「う、うん……」


「そっか」


晃星は月姫の顔をじっと見た。


「……」


月姫は思わず目を逸らした。


何か聞かれる。


そう思った。


けれど――晃星は何も聞かなかった。


ただ、月姫の手を取る。


「え……?」


「ちょっと付き合って」


「……え?」


突然手を握られて、月姫の心臓が大きく跳ねた。


まただ。


また、あっくんにこうやって連れていかれる。


「ど、どこに……?」


「ちょっとだけ」


そう言って、晃星は歩き出した。


月姫は戸惑いながらも、その手を振りほどくことはなかった。


向かった先は、自販機の前だった。


「……なんか喉乾かない?」


晃星が立ち止まる。


「ちょっと休憩したくて」


「ふふっ……」


月姫は思わず笑った。


「それだけ?」


「それだけ」


二人は自動販売機で飲み物を買い、その近くのベンチに並んで座った。


しばらくして、晃星が口を開く。


「帰るとこだったのに、ごめんね」


「ううん。大丈夫」


月姫は笑った。


その笑顔を見ながら、晃星は少しだけ息を吐いた。


「実はさ」


「うん?」


「討論会に俺は出ない事にした」


「……え?」


月姫が目を丸くする。


「前線は部長とウチのリーサルウェポンの伊織ちゃんに任せる」


「伊織……」


「俺は奈緒ちゃんと動画で繋げてもらって、部室から後方支援するっていうズルい役」


「ふふっ」


月姫はまた笑った。


「ズルい役って……」


「だってそうじゃん」


晃星も笑う。


そして、少しだけ真面目な顔になった。


「それでさ」


「うん」


「月姫にも、お願いしたいことがあるんだけど」


「私に?」


「討論会当日、俺と一緒に部室にいてくれない?」


「……え?」


月姫は思わず晃星を見る。


「私が?」


「うん」


「いいの?」


「もちろん」


「でも……どうして?」


晃星は少し考えてから、笑った。


「だって俺一人で部室だと寂しいじゃん!」


「……ふふっ」


「月姫いたら心強いから!」


「……私が?」


月姫は笑った。


さっきまで胸の中を埋め尽くしていた不安が、少しずつ薄れていく。


「私なんかで役に立つの?」


「そりゃ、そうだよ!」


晃星は即答した。


「俺より伊織ちゃんのこと知ってるから、リーサルウェポンが暴走し出しても止めれるだろうし」


「ふふっ」


「で、月姫に膝枕してもらったら、いつでもお昼寝できるから」


「もう、あっくん」


月姫は笑いながら、少しだけ首を傾げた。


「じゃあ、眠くなったらしてあげる」


「マジ?」


「うん。ちゃんと起こしてあげるから」


「よし!」


晃星が嬉しそうに笑う。


その顔を見て、月姫も自然と笑顔になった。


「そうだ」


晃星が思い出したように言う。


「討論会、うまくいったらさ」


「うん?」


「今度はよろずやで餃子パーティしようよ」


「餃子パーティ?」


「そう。前は伊織ちゃん寝ちゃって作ってねえし」


「ふふっ」


「今度はみんなでやろう」


月姫は嬉しそうに頷いた。


「うん」


そして晃星が、少し得意げに続ける。


「月姫なら、俺の母ちゃんに教えてもらった餃子作れるし」


「うん。あっくんのお母さんに教えてもらったからね」


晃星の家の餃子。


晃星が一番好きだと言っていた餃子。


それを作れるのは、母親以外では自分だけ。


そう思うと、月姫の胸が少しだけ温かくなる。


「じゃあ、俺が飽きたら膝枕で」


「ふふっ。餃子作りに飽きたら?」


「そうそう」


「じゃあ、してあげる」


月姫は笑った。


そして――ふと気づく。


私は何を悩んでいたんだろう。


梨愛に言われたことに、どうしてあんなに揺さぶられたんだろう。


あっくんは、こういう人だ。


自分が落ち込んでいることに気づいてくれた。


理由を無理に聞かず、手を取って連れ出してくれた。


一緒にいてほしいと言ってくれた。


そして、自分を必要としてくれた。


「……あっくん」


「ん?」


「ありがとう」


「え? 何が?」


「ううん……なんでもない」


月姫は笑った。


もう、疑う必要なんてない。


自分があっくんにとって何なのか――今すぐ答えを出す必要もない。


ただ、あっくんのそばにいる時間が嬉しい。


それだけでいい。


二人はそのまま職員室へ向かい、先生から見積もりを受け取った。


そして、並んでよろずやへ戻った。


「ただいまー」


晃星が部室に入る。


「おかえり!」


伊織が振り返る。


「見積もり、もらってきたよ」


「本当!?」


伊織が駆け寄ってくる。


その隣で、月姫も笑っていた。


すると晃星が、みんなに向かって言う。


「そうそう」


「ん?」


「当日、月姫にも手伝ってもらおうと思ってる」


「え?」


晃星は笑いながら続けた。


「伊織ちゃんの制御役兼、俺の補佐」


奈緒も優しく笑う。


「いいんじゃない?」


「奈緒先輩……」


「伊織ちゃんは月姫ちゃんがいてくれたら心強いだろうし、私も安心するよ」


「私も!」


伊織が元気よく手を上げる。


「月姫がいてくれたら心強い!」


月姫は二人の顔を見た。


そして――晃星を見る。


「……私、本当に手伝っていいの?」


「もちろん」


晃星は即答した。


「むしろお願いしたい」


その言葉を聞いた瞬間、月姫の胸の奥が温かくなった。


あっくんだけじゃない。


伊織も、奈緒先輩も。


よろずやのみんなが、自分を必要としてくれている。


自分がここにいることを、当たり前のように受け入れてくれている。


「……そっか」


月姫は小さく笑った。


「私……ここにいていいんだ」


「当たり前じゃん!」


伊織が笑う。


「月姫、一緒に頑張ろう!」


「うん!」


月姫はしっかりと頷いた。


「分かった。私、頑張る!」


その顔には、もう迷いはなかった。


すると晃星が突然、胸を張る。


「これで俺は安心して月姫の膝枕で寝れる!」


「……あっきー、何しに来てるの?」


伊織が呆れた顔をする。


「ちゃんと後方支援だよ」


「どこが!?」


部室に笑い声が広がった。


月姫も笑っていた。


さっきまで自分を苦しめていた不安は、もうなかった。


あっくんだけじゃない。


ここにいるみんなが、自分を必要としてくれている。


そう思えることが――今は何より嬉しかった。

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