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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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新たなターゲット

討論会まで、あと五日。


 学園よろずやの部室では、討論会に向けた話し合いが続いていた。


 現在は、先方から提示された内容について確認しながら、見積もりが出るのを待っている状態だ。


「見積もりが出てから、最終的にどう話すか決めよう」


 部長が資料を見ながら言う。


「そうですね」


 奈緒も資料に目を落としながら頷いた。


 伊織も真剣な表情で資料を見ていた。


 しばらく話し合いが続いたところで、伊織がふと顔を上げる。


「ねえ、あっきーは討論会出るんだよね?」


「俺?」


 あっきーは自分を指差して、ニッと笑った。


「俺は出ないよ」


「え!?」


 伊織が驚いた声を上げる。


「なんで!?」


「あはは。だって俺が公の場に出て、またあんな資料出されてみろよ」


 あっきーは苦笑する。


「『問題部員が~』ってなっても、めんどいし」


「そんなの負けたみたいでムカつくじゃん!?」


 伊織は納得できないとばかりに言い返した。


「あっきーが何も悪くないのに、またそんなことされたら嫌じゃん!」


「まあ、そうなんだけどさ」


 あっきーは肩をすくめる。


 そして、少し楽しそうに伊織を見る。


「だから、部長と伊織ちゃんに俺の仇を取ってもらおうと思ってる」


「……!」


 伊織の目が輝いた。


 次の瞬間――。

 

「任せなさい!」


 伊織は胸を張った。


「私がちゃんと仇取ってあげる!」


 その勢いに、あっきーは思わず笑う。


「おお、頼もしい」


 すると、隣で聞いていた奈緒が、ふっと笑った。


「伊織ちゃんはウチの看板娘だからね!」


「……!」


 伊織の顔がぱっと明るくなる。


「奈緒先輩……!」


「期待してるよ、伊織ちゃん」


 奈緒が笑顔で微笑む。


「うん!」


 伊織はさらに胸を張った。


「任せて! 絶対負けないから!」


 さっきまで以上に元気を取り戻した伊織を見て、あっきーも笑う。


「なんか、さっきより張り切ってない?」


「当たり前でしょ!」


 伊織は得意げに笑った。


「奈緒先輩に看板娘って言われたんだから!」


 部室に、明るい笑い声が響いた。


 討論会まで、あと五日。


 見積もりを待ちながら、学園よろずやの討論会に向けた準備は続いていく。


     ◇


 一方――。


 生徒会室では、生徒会メンバーが討論会に向けた準備を進めていた。


 けれど、思い通りにならない状況が続いていることが、梨愛には面白くなかった。


「……なんで、こう上手くいかないのかな」


 資料を眺めながら、梨愛が小さく呟く。


 その表情には、普段の可愛らしい笑顔はない。


 そのときだった。


 生徒会室の扉が開く。


「失礼します」


 入ってきたのは真央だった。


 手には、先生から渡されたプリントがある。


「真央ちゃん!」


 梨愛の顔が、一瞬で明るくなった。


 真央はそんな梨愛を見て、思わず笑顔を返す。


 ――可愛い。


 真央が梨愛に抱く、素直な感情だった。


 けれど同時に。


 ――危険な子でもある。


 そう警戒している自分もいる。


 可愛さと警戒心。


 二つの感情に挟まれながら、真央はそれ以上何も言わず、ただ笑みを返した。


「先生からプリントを預かってきたから」


 真央は手にしていたプリントを一条へ渡す。


「ありがとう」


 それだけを確認すると、真央はすぐに生徒会室を出ていった。


 扉が閉まる。


「それで――」


 一条が話を続けようとした、その瞬間だった。


「うるさい!!!」


 梨愛が突然、怒鳴った。


「……!」


 生徒会室にいた全員が驚く。


 一瞬で空気が凍りついた。


 梨愛はゆっくりと振り返る。


 そして――。


「……なんてね!?」


 いつもの可愛らしい笑顔に戻った。


「びっくりした?」


 そう言って、梨愛は笑う。


 そのまま何事もなかったかのように、生徒会室を出ていった。


 残された一同は、ただ呆然としていた。


 「いおりんは……心を折るのが難しそうだな」


 梨愛はそう呟き、資料を眺めながら小さく笑った。


 思い通りにならない。


 それが、面白くない。


 けれど、伊織に何を言っても簡単には折れそうにない。


「じゃあ……あの子は?」


 梨愛の口元に、薄い笑みが浮かんだ。


     ◇


 その頃———


 月姫は、よろずやの部室へ向かおうとしていた。


 討論会まで時間がない。


 少しでも何か手伝えることがないか。


 そう思って歩き出した、そのときだった。


「今、あっきー忙しいから、行ったら邪魔になるんじゃない?」


 後ろから声をかけられ、月姫が足を止める。


「……」


 振り返ると、梨愛が笑顔で立っていた。


「藤宮先輩……」


「ヒメちゃんが行って、出来ることあるのかな?」


「……え?」


「討論会まで時間ないのに、あっきーがヒメちゃんの相手してて……その間に私達に負けちゃったらどうする?」


「……」


 月姫は少し眉を寄せる。


「私は、あっくん達の邪魔をするつもりなんてないよ」


「うん。分かってるよ」


 梨愛は笑顔のまま頷く。


「でも、いおりんがいるから、あっきーは大丈夫じゃないかな?」


「……伊織?」


「そうだよ」


 梨愛は月姫に笑顔を向ける。


「あっきーを元気にさせるのは、いつもいおりんなんだもんね」


「……」


 月姫の表情が、ほんの少し曇った。


「ヒメちゃんさ」


 梨愛が続ける。


「こーんなにいっぱい男の子達から声かけられるのに、なんであっきーのところへ行きたいの?」


「……」


 月姫は少し考えるように黙った。


「避難場所かな?」


「……避難場所?」


 月姫が聞き返す。


 梨愛はしばらく月姫の顔を見つめる。


「あ……」


 そして、何かに気づいたように笑った。


「そうだ!」


 梨愛は嬉しそうに微笑む。


「あっきーはヒメちゃんの大事な避難場所だからか」


「……違うよ」


 月姫がすぐに否定した。


「そうなの?」


「うん。私は、みんなの手伝いがしたいだけ」


「ふーん?」


 梨愛は意味ありげに月姫を見る。


「でも、あっくんのところに行けば安心するんでしょ?」


「……それは」


 月姫は一瞬だけ言葉に詰まる。


「……あっくんと話してると、落ち着くから」


「やっぱり避難場所じゃん」


「違うってば」


 月姫は少しムッとした表情を見せる。


「私があっくんを頼ることと、避難場所にすることは違うよ」


「へぇ……」


 梨愛は楽しそうに笑った。


「じゃあ、あっくんはヒメちゃんにとって何なの?」


「……」


 月姫は答えようとして、口を閉じる。


 すぐには言葉が出てこなかった。


「まあ、いいや」


 梨愛は肩をすくめる。


「でも……そんな扱いされてるあっきー、可哀想だな」


「そんな扱いって……」


「だって、ヒメちゃんが困ったときはいつもあっきーのところに行くんでしょ?」


「……」


「自分が辛いときだけ頼られてるみたいで、あっきーが可哀想」


「私はそんなつもりじゃない」


 月姫は真っ直ぐ梨愛を見る。


「それに、あっくんだって嫌なら嫌って言うよ」


「……そうかな?」


「うん」


 月姫は迷いなく答えた。


「あっくんは、そういうことを我慢して黙ってる人じゃないから」


 梨愛は少しだけ目を細める。


「ふふっ。随分よく分かってるんだね」


「……一緒の時間過ごす事が多いから」


 月姫が答える。


 その言葉に、梨愛の笑顔がほんの少しだけ変わった。


「やっぱりあっきー……可哀想だな」


 梨愛はもう一度、同じ言葉を口にする。


「私が慰めてあげようかな」


「……え?」


 月姫が目を瞬かせる。


 梨愛はにっこりと笑った。


「だって、いつもヒメちゃんの避難場所にされてるんでしょ?」


「だから、避難場所じゃないって……」


 月姫は少し呆れたように言う。


「たまには、あっきーだって誰かに慰めてもらいたいんじゃないかな?」


「……藤宮先輩が?」


 月姫の声に、わずかな警戒が混じる。


「そう」


 梨愛は楽しそうに笑った。


「いおりんもあんな感じの子だから男の子の一番の慰め方なんて知らないだろうし」


「……伊織は関係ないでしょ」


 月姫がすぐに言い返す。


「あっくんを慰めるのに、年齢なんて関係ないよ」


「ふふっ」


 梨愛は楽しそうに笑う。


「あっきー、すけべらしいから」


「……え?」


 月姫の表情が固まった。


 梨愛は、そんな月姫を見ながらくすくすと笑う。


「だから、慰め方も色々あるんじゃない?」


 月姫は少し困ったような、それでいて警戒するような目で梨愛を見る。


「そういう言い方、あっくんが聞いたら嫌がると思うよ」


「そう?」


「うん」


 月姫ははっきりと言った。


「あっくんは、そういうことで人をからかったりするの、嫌いだから」


 梨愛は一瞬だけ黙る。


 そして――。


「……ふふっ」


 また、いつもの笑顔を浮かべた。


「男なんてみんな一緒だよ〜」


「……」


 月姫が何も言わずに梨愛を見る。


「そういうこと、大好きなんだから」


 梨愛は楽しそうに笑った。


「ねえ、ヒメちゃん」


「……何ですか?」


「もし私が、あっくんの一番近くにいたらどうする?」


「……え?」


 月姫の表情がわずかに変わる。


 ――胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中にあっくんの姿が浮かぶ。


 いつものように笑っている顔。


 自分が話しかければ、興味を示して話を聞いてくれる。


 辛いときには、何も聞かずに隣にいてくれる。


 ――そんなあっくんの隣に、藤宮先輩がいる。


 その光景を想像しただけで、なぜか嫌だった。


「ヒメちゃんって、あっくんのところに行っても何もしてあげられないんでしょ?」


「……」


 胸の奥を見透かされたような気がした。


 確かに、自分はあっくんに何か特別なことをしてあげられるわけじゃない。


 ただ一緒にいたい。


 楽しくお話をしたい。


 あっくんのそばにいると安心する。


 それだけだった。


 でも――。


 それだけでは、足りないのだろうか。


 月姫は自分の中に生まれた疑問に、少し戸惑った。


 梨愛はさらに笑みを深める。


「でも私は違うよ」


「……」


「何もしてくれないヒメちゃんと、何でもやらせてあげる私」


 梨愛は、わざと月姫の目を見ながら言った。


「どっちがあっくんにとって嬉しいかな?」


「……藤宮先輩」


 月姫の声が少しだけ硬くなる。


 胸の奥が、嫌な感じに締め付けられた。


 ――そんなこと、考えたくない。


 あっくんが自分より藤宮先輩を選ぶ。


 そんな場面を想像するだけで、胸が苦しくなる。


 けれど、それ以上に嫌だったのは。


 自分が今、その可能性を怖がっていることだった。


 私は、あっくんを取られたくないと思っている。


 そこまで考えてしまい、月姫は自分自身に驚いた。


 けれど梨愛は、そんな月姫の内側など知らないように、楽しそうに続ける。


「あっきーに聞いてみればいいじゃん」


「……」


「私となんでもやらせてくれる梨愛とどっちと一緒にいたい?って」


 月姫の心臓が、一度だけ強く跳ねた。


 ――そんなこと、聞くわけない。


 ただ、梨愛をじっと見つめる。


 梨愛の笑顔が、さっきより少しだけ怖く見えた。


 可愛い笑顔なのに。


 その奥で、自分がどう反応するのかを楽しんでいるように感じる。


「……どうして、そんなことを私に言うんですか?」


 月姫が静かに尋ねる。


 自分でも分かっていた。


 これはただの疑問じゃない。


 梨愛の言葉に揺さぶられたことを、悟られたくなかった。


 梨愛は一瞬だけ黙った。


 そして――。


「さあ?」


 いつもの可愛らしい笑顔を浮かべる。


「なんでだろうね?」


 その笑顔を見て、月姫は思った。


 ――この人、わざとだ。


 私がどういう顔をするのか。


 何を言えば嫌がるのか。


 それを確かめている。


 そう気づいた瞬間、胸の奥に小さな警戒心が生まれた。


 梨愛はそんな月姫の変化を見届けると、何事もなかったように月姫の横を通り過ぎていった。


「じゃあね、ヒメちゃん」


「……」


 月姫は振り返り、去っていく梨愛の背中を見つめていた。


 そして、胸の中に残った言葉を思い返す。


「……」


 月姫は小さく息を吐いた。


 頭では、くだらない挑発だと思っている。


 あっくんがそんな簡単に誰かを選ぶわけじゃない。


 そう分かっている。


 それでも――。


 胸の奥に残ったざわつきだけは、なかなか消えてくれなかった。

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