準備と休養
――土曜日。
旧校舎の前には、晃星、虎太、そして教頭の姿があった。
「しかし……本当に来てくれるんですかね?」
虎太が校門の方を見ながら言う。
「ユタカの親父さんに頼んでるし大丈夫すよ!」
晃星もそう言いながら、スマホを確認する。
すると、学校の方から車が入ってきた。
「……ん?」
続いて、何台かの車が旧校舎の前に止まる。
車から降りてきたのは、数人の建築関係者だった。
その姿を見た晃星が、目を丸くする。
「……え?」
「どうした?」
虎太が振り返る。
「いや……」
晃星は、車や会社名を確認する。
「これ……ユタカの親父さんじゃないな?」
そこに来たのは、ユタカの父親ではなかった。
全国的にも名前を知られている、大手の建築メーカーだった。
「……なんで?」
晃星は驚いたまま、その場に立っていた。
その時、スマホを取り出す。
ユタカへメッセージを送った。
『ユタカ、ありがとな』
少し考えてから、もう一通送る。
『でも来たの、お父さんじゃないけど?』
しばらくすると、ユタカから返信が来た。
『あー、それな』
『規模でかい話なら、親父より美都の親父さんに頼んだ方がいいってなってさ』
『美都の親父さんの会社にお願いした』
晃星は画面を見つめる。
「……マジかよ」
思わず苦笑する。
そして、すぐに返信を打った。
『ありがとう』
『本当に助かった』
『美都ちゃんにもお礼言っておいて』
送信する。
晃星はスマホをしまうと、改めて目の前の建築会社の人たちを見る。
「……ユタカ、ありがとうな」
小さく呟いた。
そして、旧校舎の調査が始まった。
「ここは……補修すればまだ使えそうですね」
「こっちは一度、かなり手を入れた方がいいと思います」
「この部分は撤去した方が安全ですね」
会社の人たちは、旧校舎の中を一つ一つ確認していく。
廊下。
教室。
階段。
壁や床。
天井。
使えそうな場所と、修繕が必要な場所を確認しながら、何人かで話し合っている。
晃星と虎太も、その話を聞きながらついていく。
「ここは残せそうだな」
「うん。でもこっちは結構かかりそうだ」
「じゃあ、この辺は優先順位をつけた方がいいか」
二人も話を聞きながら、旧校舎をどう使うのかを具体的に考えていく。
しばらくして、一通りの確認が終わった。
「本日はありがとうございました」
教頭が頭を下げる。
すると、会社の担当者が資料をまとめながら言った。
「こちらこそありがとうございます」
「今日確認した内容をもとに、できるだけ早めに見積もりを作ります」
「はい」
「完成しましたら、学校の方へ送らせてもらいます」
「よろしくお願いします」
会社の人たちはそう言って、旧校舎を後にした。
晃星、虎太、教頭の三人は、その場で頭を下げて見送る。
車が校門の向こうへ消えていく。
「……行ったな」
虎太が呟く。
「うん」
晃星も旧校舎を見る。
「これで、少し前に進んだな」
「だな」
虎太が笑う。
「まだ見積もりが出てみないと分からないけど……少なくとも、何も分からないままじゃなくなった」
「うん」
晃星も笑顔になる。
そんな二人を、少し離れたところから教頭が見ていた。
「ふふっ」
二人が少しずつ前へ進んでいく姿を見て、教頭は優しく微笑んだ。
———その頃。
あっきーの家。
家から出てきた父親が、ちょうど車に乗ろうとしていた。
そこへ、伊織と母親を乗せた車が戻ってくる。
伊織が窓越しに父親を見つける。
「あれ? あっきーパパ、お出かけ?」
「ん? あれ!?伊織ちゃん!!」
父親が嬉しそうに車へ近づいてくる。
「今日、伊織ちゃん来る予定だったの?」
「うん!」
「マジかー! じゃあ今日、予定入れなきゃよかったわ〜! 伊織ちゃんと話したかったのに!」
「うるさいだけだから、早く行ったら?」
母親が呆れたように言う。
「ちょっと…加奈ちゃん返しキツくない?」
「だって本当のことじゃん」
「いやいや、俺そんなうるさくないって!」
「うるさいよ」
「そうだね!!」
伊織が思わず吹き出す。
「ふふっ」
「ほら、伊織ちゃん笑ってるじゃん! 俺がいた方が楽しいよな!?」
「うん!」
伊織が笑顔で頷く。
「ほら!」
父親が嬉しそうに母親を見る。
「はいはい。時間ないんでしょ? 早く行ってきな」
「はーい。じゃあ伊織ちゃん、また今度ね!!」
「うん! またね、あっきーパパ!」
「じゃ、行ってきまーす!」
父親は手を振りながら車に乗り込み、そのまま出ていった。
「一緒に居たかった〜」
伊織が残念そうに呟く。
「あいつ、伊織ちゃんといたらずっと居座ってうるさいからダーメ」
母親が笑う。
「ふふっ」
伊織も笑いながら、母親と一緒に家の中へ入っていった。
二人はリビングへ向かい、ソファに座る。
少しすると、伊織がふと思い出したように口を開いた。
「そういえばママ、生徒会の奴らがあっきーに酷いことするんだよ」
「えー? なにされたの?」
伊織は、これまであったことを話し始めた。
生徒会長がよろずやを必要ないと言ってきたこと。
晃星の昔のことまで調べられたこと。
そして、その昔の出来事を資料にして、晃星や友達のことまで悪く言われたこと。
「しかもさ、あっきーが昔ちょっと荒れてたことを調べて、危ない奴みたいに言うんだよ」
「へぇ……そんなことまで調べたんだ」
母親が少し驚いた顔をする。
「そうなの! それで、あっきーがすごく怒っちゃって……」
「そっか……」
「でも、あっきーだけじゃなくて、友達まで悪く言われたのが一番嫌だったみたい」
「まぁ、あの子がやってきたことだから、自業自得のところもあるけどね」
母親が苦笑する。
「……まあ、それはそうだけど」
伊織も少しだけ苦笑する。
「でも、今のあっきーを知らないくせに、昔のことだけで決めつけるのは違うと思う」
「うん。そうだね」
母親が頷く。
「昔は昔。今は今だもんね」
「そうそう!」
伊織は頷く。
「今のあっきーは、ちゃんといい奴だよ」
「ふふっ。伊織ちゃんが言うなら、そうなんだろうね」
「もちろん!」
伊織が胸を張る。
「確かに中学の頃は手ぇ焼いたんだよ」
母親が少し懐かしそうに笑う。
「いろんなところに謝りに行ったりしてさ。学校から呼び出されることもしょっちゅう」
「へぇ〜……」
伊織が興味深そうに聞く。
「でもね」
母親がクスッと笑う。
「あの子の友達の親御さんたちと話してるうちに、いつの間にか仲良くなっちゃったりしてさ」
「えっ、そこ仲良くなるの?」
「なるんだよ。『またうちの子が迷惑かけてすみません』って話してたはずなのに、いつの間にか普通に世間話してたりして」
「ふふっ」
伊織が笑う。
「なんか、あっきー達らしいね」
「でしょ?」
母親も笑った。
「まあ、手ぇ焼いたのは本当だけどね」
「じゃあ、ママいっぱい怒ったんだ?」
伊織が笑いながら聞く。
「そうだよ! めっちゃ怒ったよ」
母親も笑う。
「パパも?」
「アイツがしっかり怒んないから、私が怒らなきゃいけなくなるんだよ」
「ふふっ。あっきーパパが怒るイメージないもん」
伊織が笑う。
「まあね。でも、一回だけ本気で怒ったことあったな」
「え?」
母親は少し懐かしそうに話し始める。
「中学の頃、あっきーが喧嘩したことがあってさ。理由を聞いたら、『友達がやってたから俺もやった』みたいなこと言ったの」
「うん」
「そしたらパパがさ、いきなりあっきーの胸ぐら掴んで壁にガンッッ!!て」
「えっ!?」
伊織が目を丸くする。
「『喧嘩の理由に、友達がやってたからなんてクソみたいな事言ってんなよ!!!』って」
「……パパが?」
「そう。私もびっくりしたよ」
母親は苦笑する。
「それで、『友達を想ってやる喧嘩なら笑って許す。でも、そんな理由で人を殴んな』って」
「……」
「私がすぐ止めたから殴られはしなかったけど、あっきーもかなりびっくりしてたね」
母親は当時を思い出して笑う。
「普段あんなに怒らない人だからね」
伊織は少し考えてから、頷いた。
「でも……あっきーパパの言う通りだね」
「まあね」
母親も笑う。
「友達もやってたからじゃなくて、自分がどう思ったかだもんね」
「そうそう」
「アイツも昔は気性荒かったみたいだから、大概な事やっても自分と被るから怒らないのかな」
母親が苦笑する。
「でも、自分がダサいと思うことには徹底して怒るって、自分で言ってたわ」
「へぇ〜」
伊織が少し驚いたように笑う。
「なんか……あっきーパパらしいね」
「でしょ?」
母親も笑う。
「普段はあんな感じだけど、そういうところだけ妙に頑固なんだよ」
「今はそんなイメージないのにね」
伊織が笑う。
「私が言うからね」
母親がニヤッと笑う。
「そんなすぐ怒る人と一緒にいれないって」
「ふふっ!それでちゃんと言う事聞くんだ?」
「アイツ、私のこと大好きだから」
母親は楽しそうに笑った。
「確かに、ママのこと加奈ちゃんて名前で呼んでるもんね」
伊織が笑う。
「そうそう。お前とかママとか呼び捨てとかされたら生意気じゃん」
「夫婦間で生意気とかある?」
伊織も笑う。
「あるよ〜。私はそう思うの」
「ふふっ。なにそれ」
二人は顔を見合わせて、また笑った。
その後も二人は、学校の話や家族の話、他愛のない話をしながら、ゆっくりと時間を過ごした。
笑い声の絶えない、穏やかな休日。
生徒会との問題を抱えていることなんて忘れてしまうくらい、伊織にとっては楽しい一日だった。
――この日は、そんな楽しい休日の一日となった。




