激昂
放課後。
学園よろずやの部室では、虎太、奈緒、晃星、そして見学に来た月姫が集まっていた。
その時――。
「失礼する!!!」
勢いよく部室の扉が開いた。
「うわっ!?」
突然の大声に、晃星が肩を跳ねさせる。
入ってきたのは、生徒会長の一条龍成だった。
「今日は桐生晃星、お前に用があって来た」
「俺?」
一条は晃星を真っ直ぐ見据えると、一枚の資料を取り出した。
「なぜお前がそんなに物怖じもせず、年上の俺にそんな態度なのか、この資料を見てわかったよ」
「……?」
資料には、晃星の中学時代からのことがまとめられていた。
「桐生晃星。友達想いで、困っている人を見過ごせない。面白く、誰とでもすぐに打ち解ける……」
そこまでは、晃星も黙って聞いていた。
だが、一条は資料をめくる。
「しかし、友達関係が怖い。キレたら何をするか分からない。他校の生徒と揉め事を起こすことは日常茶飯事。さらには、他校に乗り込んで傷害事件……」
虎太と奈緒の表情が変わる。
それでも晃星は何も言わず、一条の話を聞いていた。
「ただ! これは過去のことであり、こんな事を問題にするわけではない!!」
その時。
「失礼しまーす」
部室の扉が開き、藤宮梨愛が入ってきた。
「会長、追加の資料です」
「ご苦労」
梨愛が資料を一条へ渡す。
一条は資料に目を落とし、さらに続けた。
「夏休み中の花火大会でも、ここで暴力沙汰を起こした疑惑がある!!」
「……!」
伊織と月姫の表情が同時に強張った。
花火の日のことが、二人の頭をよぎる。
その時、梨愛が伊織にニコッと笑いかけた。
「いおりんも、こわかったよね?」
「……!」
その呼び方で、伊織は気づいた。
昼休みに、自分へ話しかけてきた女の子。
桐生晃星のことを聞いてきた――あの子だ。
「……あんた!」
梨愛はニコッと笑う。
「じゃあ私はこれで」
そう言って、部室を出ていった。
「ちょっと!待て!」
伊織もすぐに後を追った。
「待って!」
廊下を走る梨愛。
「逃げろー!」
「ちょっと!!」
「いおりん、遅ーい!」
「このっ……!」
しばらく追いかけた末、伊織はようやく梨愛を捕まえた。
「はぁ……はぁ……!」
「ふふっ」
伊織は梨愛を睨みつける。
「なんでこんな周りくどいやり方すんの!?」
「周りくどい?」
「そうよ! あっきーのこと調べたなら、本人に直接言えばいいじゃん!」
「でも、会長が気になってたみたいだから」
「だからって、わざわざ昔のことまで調べて、あんな言い方する必要ある!?」
「別に私は事実を調べただけだよ?」
「そういうところが腹立つの!」
伊織はさらに詰め寄る。
「討論会で話し合うんでしょ? だったら、そこで正々堂々やればいいじゃん!」
「私は討論会のことなんて知らないよ。むしろ、どうでもいい。……ただ、一条先輩が桐生くんのことを気にしてたから、調べてあげただけ」
「……それが余計なお世話だって言ってんの!」
梨愛はクスッと笑った。
「いおりん、怒ると怖い〜」
「……いおりんて呼ぶな!」
その時、梨愛がふと思い出したように言った。
「いおりん?」
「なに?」
「大事なあっきー、ほったらかしだけど大丈夫?」
梨愛がニヤッと笑う。
ーーーーしまった!!!
伊織は慌てて振り返った。
その頃、残された部室では――。
虎太が一条を睨みつけていた。
「たとえそれが事実だったとして、お前がわざわざみんなの目の前で言う事か!?お前、何様だ?」
「いや、仮にも学校のことで話し合いをしようという奴が、傷害事件など起こしていてはお話にならないだろう?」
一条は淡々と答える。
「中学時代からこんな野蛮な輩みたいな奴らと付き合っているから、高校になっても根っこは変わらんということだ!」
「……野蛮な輩みたいな奴ら?」
晃星が呟いた。
「そうだろう。他校と問題を起こすのが当たり前の連中だそうだな。そんな一昔前のヤンキーのような、暴れることでしか自己主張できん奴らしか友達がいなかったんだろう?」
その言葉に、晃星の頭に友達の笑顔が浮かぶ。
ユタカ。雅人。ヒロキ。タカちゃん、トモ、ユーイチ。
「……おい」
晃星の声が低くなる。
虎太と奈緒が、同時に晃星を見る。
「お前……今、なんつった?」
明らかに、いつもの晃星とは雰囲気が違っていた。
その変化に、虎太と奈緒も息を呑む。
だが、一条は引かなかった。
「怒りに任せてお得意の暴力か!? やってみろ!? 俺は暴力には屈しない!!」
その瞬間、月姫の胸が締め付けられた。
――花火の時と同じ。
あっくんが、またあの時のようになっていく。
伊織はいない。
それでも、あの日、自分の心を救ってくれたあっくんを守りたい。
伊織がいなくても、私がやるしかない。
「……あっくん!」
月姫が必死に呼びかける。
晃星自身も分かっていた。
ここでやっては、みんなに迷惑がかかる。
バカにされた友達も、この場にいれば止めに入るだろう。そんなことわかっていた。
でも、目の前が真っ白になっていく。
「………ぶっ殺してやるよ」
晃星から聞いたことのない強く、凶暴な言葉。
その言葉に部室が凍った。
月姫は咄嗟に晃星の正面から抱きついた。
ギュッと首筋に手を回す。
「……あっくん」
晃星の身体が止まる。
「もういいよ。相手にしないで……」
月姫は涙を堪えながら、必死に続ける。
「ユタカくんに雅人くん、ヒロキくんにタカちゃん……まだ話しか聞いたことない友達もいる。でも、みんな友達想いの人ばかりだよ」
「……」
「私も伊織も、美咲ちゃん、美都ちゃん、結衣ちゃん、アヤちゃんにタカちゃんの彼女さんだって……みんなのいいところ知ってる。本当に仲のいい友達同士なんだって、ちゃんと分かってる」
月姫は晃星を強く抱きしめる。
「何も知らない、見ようともしないこんな人の言うことで、みんなとの繋がりを否定されたなんて思わないで!!」
月姫の声が震える。
「私が同窓会を抜け出して会ってくれた時だって……何も聞かずにそばにいてくれて、笑わせてくれた」
「……」
「伊織にも言えなくて、ずっと苦しかった胸の中が……あっくんと一緒にいたら、スッと晴れて暖かくなった」
月姫は晃星を抱きしめる腕に力を込める。
「そうやって私の心を救ってくれたのは……間違いなく、あっくんだよ」
その言葉が届いた瞬間――。
晃星の視界を覆っていた白が、少しずつ色を取り戻していく。
「あっきー!!!」
その瞬間、部室の扉が勢いよく開いた。
伊織が部室の中へ飛び込んでくる。
そして、部室の様子を理解した瞬間――力が抜け、その場にへたり込んだ。
「……あっきー……」
晃星は月姫の頭をギュッと抱きしめた。
「月姫……本当にありがとう。……ごめんね」
そう言って腕を解く。
「部長も……奈緒ちゃんも、ごめん」
晃星はカバンを手に取る。
「伊織ちゃんも……ごめん」
そう言って、晃星は部室を出ていった。
「……あっきー」
伊織が呟く。
その時、月姫は一条が持っていた晃星について書かれた資料を奪い取った。
「何が生徒会よ!!」
月姫の声が部室に響く。
「人のこと影でコソコソ中途半端に調べて、何も知らないのにあっくんの大切な人たちのことも勝手な決めつけで踏みにじって!」
月姫は晃星について書かれた資料を強く握りしめる。
「何が傷害事件よ! じゃあ、こうやって人を追い込むのは罪じゃないの!? 生徒会を盾にしてやってる事はただの陰湿な嫌がらせじゃない!!」
月姫の目には涙が浮かんでいた。
「そんな人達が生徒の代表? 笑わせないで!!」
そして、資料を手にしたまま一条を睨みつける。
「こんな生徒会なんて誰も頼らない。頼りたくない!!」
そう言い放つと、月姫は資料を持ったまま部室を出ていった。
「あんなに怒った月姫、初めて見た………」
伊織は、立ち去る月姫の背中を目で追うことしかできなかった。




