私の求めるもの
夏休みのある日。
伊織は中学時代からの友達、なっちとニコと一緒に遊んでいた。
「ねえ、伊織ってさ」
なっちがふと伊織を見る。
「ん?」
「伊織、かわいいのになんで彼氏作らないの?」
「え?」
突然そう言われて、伊織は少しだけ目を瞬かせた。
その瞬間、ふと頭に一人の男の子の顔が浮かんだ。
けれど、伊織はすぐにその考えを振り払うように笑う。
「いや、今は別にそういうのいいし」
「またまたー」
ニコもクスクス笑う。
「ほんとだって!」
伊織は笑って誤魔化した。
すると、なっちが思い出したように口を開く。
「あ、そうだ。伊織と会ってみたいって男の子がいるんだけど、会ってみない?」
「……え?」
伊織がなっちを見る。
「どんな子?」
「普通にいい子だよ。私の高校の友達なんだけど、伊織のことどこかで見て、それ以来気になってるんだって」
「……」
伊織は少し考える。
そして、ぽつりと口にした。
「月姫に断られたとかじゃなくて?」
「え?」
なっちとニコが顔を見合わせる。
伊織自身も、口にしてから少しだけ驚いた。
どうして、そんなことを思ったんだろう。
けれど、最近のことを考えると、自然とそんな言葉が出てきた。
奈緒と依頼で楽しそうにしていたこと。
そして、美咲たちとプールに行っていたこと。
「……」
伊織は少しだけ頬を膨らませる。
「まぁ……二人じゃなければ?」
「え、いいの?」
「うん。二人きりじゃなければ別に」
なっちは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今度みんなで会ってみようよ!」
「うん」
伊織も笑って頷いた。
数日後。
伊織は、なっちとニコと一緒に待ち合わせ場所へ向かっていた。
「伊織、ほんとに来てくれてありがとね!」
「別にいいよ。二人が一緒なら」
「よかったー!」
なっちとニコが嬉しそうに笑う。
しばらくすると、なっちの高校の男友達三人がやってきた。
「おー、なっち!」
「待った?」
「ううん、今来たところ」
なっちがそう答えると、三人の視線が伊織に向く。
「じゃあ、紹介するね。この子が佐々木くん」
「初めまして。佐々木です」
佐々木は、整った顔立ちで爽やかな雰囲気の男子だった。
「こっちは杉野くんと吉田くん」
「よろしく!」
「よろしくね」
伊織も笑顔で頭を下げる。
「よろしくお願いします」
その後、みんなでカラオケへ向かった。
部屋に入ると、さっそくそれぞれ好きな曲を入れていく。
なっちとニコが歌い、杉野と吉田も盛り上がり、佐々木も最初は少し緊張していたものの、時間が経つにつれて自然と笑顔になっていった。
伊織も楽しそうに歌ったり、みんなの歌を聴きながら笑ったりしていた。
そんな中、佐々木は伊織の隣に座った。
「……今日は、ありがとう」
「え?」
「来てくれて」
「ううん。なっちとニコに誘われたから」
「それでも、来てくれて嬉しいよ」
佐々木は少し恥ずかしそうに笑う。
そして、少し迷ったあと、伊織に話しかけた。
「実は、前に買い物してる時に、伊織ちゃんを見かけたんだ」
「私を?」
「うん。その時に、かわいい子だなって思って……それから気になってた」
「……そうなんだ」
伊織は少し照れながら笑った。
「だから今日、会えるって聞いて……ちょっと緊張してる」
「ふふっ」
伊織はそんな佐々木を見て、小さく笑った。
しばらくして、みんなでいろいろな話をしていると、自然と恋愛の話になった。
「そういえばさ、伊織ちゃんって好きな子とかいないの?」
「え?」
突然聞かれて、伊織は少し考える。
頭の中に、また一人の顔が浮かんだ。
けれど、すぐに笑って答える。
「いないよ!」
「ほんと?」
「うん、ほんと!」
すると、杉野がニヤッと笑って佐々木を指差した。
「じゃあ、こいつと遊んであげてよ」
「え?」
伊織が佐々木を見る。
佐々木は突然話を振られ、恥ずかしそうにする。
「こいつ、伊織ちゃんのことめっちゃ気に入っててさ」
「おい、余計なこと言うなよ!」
佐々木が慌てて止める。
「だって本当じゃん」
吉田も笑う。
「でも、ほんと佐々木って優しいから」
「そうそう。困ってる人いたら普通に助けるし」
「付き合ったら絶対大事にしてくれると思うよ」
「しかも顔もかっこいいし、爽やかだしな」
「お前ら、褒めすぎだろ……」
佐々木は照れながら苦笑する。
「いや、でも本当だから」
「そうそう。俺らが保証する」
ニコも少し笑う。
「面白いしさ。伊織ちゃんも一緒にいたら楽しいと思うよ?」
「そうそう。話してても楽しいし、いい奴だから」
伊織は佐々木を見る。
確かに、さっきから話していて嫌な感じはしない。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
伊織はそう言って席を立った。
部屋を出て、お手洗いへ向かう。
その間、残ったみんなは佐々木の話をしていた。
そこへ、なっちがやってきた。
「ね? どう、伊織? いい人でしょ?」
「うん、そうだねー」
伊織は素直に頷く。
「じゃあ、前向きに考えてみてよ」
「……まぁ、そうか」
伊織は少し考える。
確かに佐々木は優しそうだし、友達から聞いても悪い話はない。
「うん。まぁ、考えてみる」
そう言って、伊織はカラオケの部屋へ戻った。
ドアを開けると、みんなは相変わらず楽しそうに話していた。
伊織は席に戻ろうとしながら、ふと周りを見る。
そこで、あることに気づいた。
ニコが、ほとんど話していない。
もともと人見知りなニコは、男の子たちを前にすると緊張してしまうのか、なかなか自分から話すことができずにいた。
そして、みんなも盛り上がっているせいか、ニコにあまり話を振っていない。
伊織はニコの近くへ移動した。
「ニコ、どうしたの?」
「え?」
「さっきからあんまり話してないじゃん」
ニコは少し困ったように笑った。
「ごめんね。私こういうの慣れてなくて……」
「別に謝らなくていいよ」
伊織は笑って、ニコの隣に座った。
「じゃあ、私と話そ」
「……うん」
ニコは少しホッとしたように笑った。
けれど、男子三人は相変わらずニコに話題を振らず、盛り上がっていた。
「でさー、あの時マジで笑ったんだよ!」
「分かる分かる!」
そんなところへ、店員がポテトなどの軽食を運んできた。
「お待たせしましたー」
店員が料理を置いていく。
山田がノリで声をかけた。
「おい! 店員さん、見えないって!」
「お前、やめとけって」
佐々木がすぐに止める。
「いやいや、冗談じゃん!」
「そういうのやめろって。店員さん困るだろ」
佐々木がそう言うと、杉野と吉田も笑いながら引き下がった。
その様子を見ていた女子たちは、佐々木を見た。
「……優しいんだ」
なっちも笑う。
「ね。こういうところなんだよ」
しばらくすると、ニコとなっちがお手洗いに行くため席を立った。
二人が部屋を出ていく。
残ったのは、伊織と男子三人。
杉野が佐々木を指差して笑った。
「ね、こいつさ。店員にも優しいんだよ」
「俺らもふざけ過ぎたけどな」
吉田が笑う。
「佐々木って、こういうところちゃんとしてるんだよ」
「……そうなんだ」
伊織は佐々木を見る。
「まぁ、普通だろ」
佐々木は照れたように笑った。
「普通にできるのがいいんだよ」
「そうそう」
三人がそんな話を続ける。
伊織はなんとなく気まずくなってきた。
「……私、飲み物取ってくるね」
「うん」
伊織は立ち上がり、ドリンクバーへ向かった。
飲み物を入れ終え、部屋へ戻ろうとした時だった。
閉じたドアの向こうから、男子三人の声が聞こえてきた。
「なあ、あのニコって子さー」
「ん?」
「あんなに話せないんだったら、なんで来たんだろうな」
「俺たちが楽しませてあげてるのに、なんかずっと気まずそうだし」
「まぁでも俺は、伊織ちゃんと仲良くなれればそれでいいから、別に気にならないかな」
佐々木の声だった。
「お前、ほんと伊織ちゃんのこと気に入ってんな」
「まぁね」
「とりあえず、いいとこ見せて仲良くなりたいんだよ」
「なるほどな」
「お前らも協力してくれてありがとな」
「いいって、友達だろ」
「そうそう」
男子三人は楽しそうに話している。
「でもさっきの店員のやつはよかったよな!」
「分かる!」
「あれは好感度爆上がるやつな!」
「だろ? ああいうの大事だよな」
その会話を、伊織はドアの外で聞いていた。
手に持ったドリンクのカップが、少しだけ揺れる。
何か引っ掛かっていた「いい人そう」という印象の何が引っ掛かっていたのかわかった気がした。
そして、伊織の頭に別の男の子の姿が浮かんだ。
もし、あいつだったら――。
友達と一緒にいて、多少悪ノリすることがあったとしても、ニコみたいに人見知りでなかなか話せない子がいたら、あんな気まずそうな顔をさせたりはしない。
きっと、自然に話を振って、みんなが楽しめるようにする。
誰か一人だけ置いていくようなことは、絶対にしない。
それに――。
露骨に「いい人」に見せようともしない。
変な算段を立ててまで、優しさをアピールしたりもしない。
ましてや、周りから「優しい」「好感度爆上がり」なんて言われなくても、こちらが勝手に感じ取る。
――無条件に優しいなって。
伊織はしばらくその場に立ったまま、部屋の中から聞こえてくる男子三人の笑い声を聞いていた。
やがて、ニコとなっちが戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえり」
伊織が二人を迎える。
「ねえ、せっかくだし席替えしない?」
杉野が言う。
「いいじゃん!」
みんなで席を移動する。
その結果、伊織の隣には佐々木が座り、ニコも近くの席になった。
「伊織ちゃんって、普段休みの日って何してるの?」
「んー、友達と遊んだり、家でゆっくりしたりかな」
「へえ。じゃあ好きな音楽は?」
「最近は――」
佐々木が次々と伊織に質問する。
伊織も答えながら笑っていた。
けれど、その間もニコはほとんど会話に入れずにいた。
隣にいるなっちも、次第に気まずそうな表情になっていく。
「ニコは?」
伊織が話を振る。
「え、私?」
「うん。ニコは何聴くの?」
「私は……」
ニコが答えようとした瞬間、
「そういえば伊織ちゃん、さっき歌ってた曲って――」
佐々木が割って入る。
「伊織ちゃん、次何歌う?」
「この曲、伊織ちゃん好きそうじゃない?」
また伊織との会話に戻される。
「……」
ニコは小さく俯いた。
なっちもそんなニコを見て、困ったように視線を落とす。
伊織は、もう一度ニコに話を振ろうとする。
「ねえ、ニコ――」
「伊織ちゃんさ、今度――」
また佐々木との会話を促すように、男子たちが口を挟んでくる。
———バンッッッ!!
その瞬間、伊織は机を叩いて立ち上がった。
「よし!!」
「えっ?」
みんなが一斉に伊織を見る。
伊織はニコを見る。
「ニコ、帰ろう!」
「え……?」
「もう帰ろ」
そして、なっちを見る。
「なっち、ほんとにごめん!」
なっちも驚いていたが一度ニコを見て伊織に大丈夫と言わんばかりに首を振る。
「え、伊織ちゃん……?」
「急にどうした?」
「こんな空間で、友達がこんな顔してるの見るの、もう無理って言ってんの!!」
伊織は男子三人を見る。
「さっきから佐々木くんは優しいとか言ってるけど……優しい人がこの場にいたら、ニコがこんな顔してない!!」
部屋の空気が一気に静かになる。
「私の知ってる優しい人は、こんな気まずそうな顔する子がいない状況を作ってくれる!!」
伊織はニコを見る。
「変な算段立ててまで優しさのアピールなんかしない!!!」
佐々木は何も言えず、黙っている。
「普段バカで、スケベで、美人に弱くても……周りの人を心の底から笑顔にさせる!!!」
伊織の頭には、あの男の子の姿が浮かんでいた。
「それが私の求める優しさだから!!!」
言い切った伊織は2人分のお金をテーブルに置き、ニコの手をぎゅっと握る。
「行こ、ニコ!」
「……うん」
ニコは小さく頷いた。
伊織はそのままニコの手を引き、カラオケ店を出た。
店を出て少し歩いたところで、ニコが申し訳なさそうに口を開いた。
「伊織……私、ああいうところ慣れてないせいで……ほんとにごめんね……」
「全然!!!」
伊織はすぐに笑顔で答える。
「ニコが謝ることじゃないよ!まぁ、後でなっちにもちゃんと謝っとくよ」
「……伊織」
「私も、あーいうのはもういいかな」
伊織も笑顔のまま、そう言った。
ニコは少し安心したように笑う。
「でも……」
「ん?」
「伊織の好きな人って、ほんとに優しい人なんだね」
「えっ!?」
伊織の顔が一瞬で赤くなる。
「い、いや、好きな人とかじゃなくて!」
「ふふっ」
「ほ、ほら、タイプの話っていうか? そういう感じ!」
伊織は慌てて誤魔化す。
ニコはそんな伊織を見て、楽しそうに小さく笑った。
「ふふっ」
「ニコ!何笑ってんの!?」
伊織も照れながら笑う。
二人で歩いていると、伊織のスマホが鳴った。
「ん?」
伊織が画面を見る。
「電話だ」
そのまま電話に出る。
『あー、伊織ちゃん?夏休みまだヒマでしょ?』
——電話の入りから失礼な奴……
『伊織ちゃんさ、スイカ好き?』
聞き慣れた声に自然と口元が緩む。
「好きだけど?」
『いっぱいもらったからさ。母ちゃんが冷やしておくから、近いうちに食べにおいでってさ』
「ほんと!? やった!」
伊織の顔がぱっと明るくなる。
『伊織ちゃんなら二、三玉余裕でしょ?』
「ちょっと!?失礼なんですけど!」
『あはは!!』
「ほんと!ムカつく」
伊織は笑いながら電話を切った。
隣で聞いていたニコは、何かを察したように伊織を見る。
そして、何も言わずに笑顔になった。
「……ふふっ」
「ん? どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
「変なの」
伊織も笑う。
二人はそのまま並んで歩きながら、それぞれの帰路へと向かっていった。




