この子も自分に鈍感すぎだって!!
「……ねえ、月姫ちゃん」
結衣が少し考えるように月姫を見る。
「その人のこと……好きではないの?」
「……好き?」
月姫はその言葉を聞いて、少しだけ考え込んだ。
「うーん……今まで、こんな気持ちになったことがないから……好きなのかって聞かれると、よくわかんない」
「そっか……」
「ただ……今、一緒にいるのが楽しくて」
月姫は少し照れながら続ける。
「これ以上、求めていいものなのかも……よくわからないんだ」
「これ以上って?」
「例えば……もっと会いたいとか、もっと一緒にいたいとか。そう思ってもいいのかなって」
結衣と雅人は顔を見合わせる。月姫は自分の気持ちを整理するように、ゆっくりと言葉を続けた。
「今は、一緒にゲームしたり、話したりできるだけでも楽しいから。それ以上を望んだら……今の関係が変わっちゃうんじゃないかなって」
「なるほどねぇ……」
結衣は頷きながら、ふと思いついたように尋ねた。
「じゃあさ、二人でどこか遊びに行った!とか、そういうのはないの?」
「それとも、ここ一緒に行きたい〜とか」
雅人も続ける。
「……うん」
月姫は少し間を置いてから答えた。
「一度だけ……二人で会ってもらったことがあるよ」
「えっ、二人で!?」
結衣が身を乗り出す。
「うん」
月姫は頷く。
「…でも……二人で会ったって言っても、最初から遊びに行こうって約束してたわけじゃないんだ」
月姫は少し困ったように笑った。
「同窓会の日にね、ちょっと雰囲気が苦しくなっちゃって……帰りたくなったの」
「うん」
結衣が静かに聞く。
「でも、伊織もいるから……私だけ帰るのも申し訳ないなって思って。だから帰れないって思ってたんだけど……」
月姫は少しだけ視線を落とした。
「気づいたら、その人の家の方に向かってた」
「…………え?」
結衣が目を丸くする。
雅人も思わず固まった。
「え、月姫ちゃん……自分から?」
「うん……」
月姫は頷いて、少し照れたように笑う。
「……」
結衣はゆっくりと雅人を見る。
そして次の瞬間、テーブルの下で雅人の足を小突いた。
「痛っ」
雅人が小さく声を漏らす。
結衣は何も言わず、目だけで問いかける。
――どういうこと?
雅人も目だけで必死に返す。
――いや、知らない。俺も今初めて聞いた。
さらに結衣がもう一度、雅人の足を小突く。
「だから痛いって!」
「……」
「……」
二人が無言で睨み合っている横で、月姫は不思議そうに首を傾げた。
「……どうしたの?」
「な、なんでもないよ!」
結衣は慌てて笑顔を作る。
雅人も苦笑しながら頷いた。
「うん。なんでもない、なんでもない」
二人とも、目の前の月姫が思っていた以上に、その人のところへ自然と足を向けていたことに驚いていた。
「会ってほしいって連絡したら、すぐ走ってきてくれて」
その言葉に、結衣と雅人は顔を見合わせる。
「それでお願いを聞いてくれて、一緒にいてくれたんだけど……その時にね、逆にお願いされたの」
「お願い?」
結衣が聞き返す。
「うん。『今日、晩御飯家にないから付き合ってくれない?』って」
「……付き合って?」
月姫は頷く。
「そう。それで私、『付き合ってくれない?』しか聞こえなくて……。えっ、付き合うってそういう意味!?って、すっごくパニックになっちゃって」
月姫は思い出して、恥ずかしそうに笑う。
「あとから晩御飯の話だって分かって……なんだ、そういうことかって」
「月姫ちゃん……」
結衣は呆れたように月姫を見る。
「……純粋すぎない?可愛すぎだよ」
「え?」
月姫がきょとんと首を傾げる。
その横で雅人は、なんとも言えない顔でため息をついた。
「……どっちも純粋すぎんだよなぁ」
テーブルの下から結衣の足が伸びてきて、雅人の足を強く踏んだ。
「痛っ……!」
雅人は声を抑えながら結衣を見る。
結衣は何も言わず、ジトッとした目で雅人を睨んでいる。
雅人も一瞬だけ結衣を見返してから、すぐに目で答えた。
――わかる。わかるよ。
結衣も「だったら余計なこと言うな」と言わんばかりに、さらに睨む。
雅人は小さく息を吐いて、月姫には聞こえないように呟いた。
「……いや、月姫ちゃんも大概だぞこれ」
「?」
月姫は相変わらず不思議そうな顔をしている。
雅人はその純粋すぎる反応を見て、また頭を抱えた。
「……うん、普通ならこの子誰とでも付き合えるレベルだぞ……」
「それでね、その人がよく行くっていうお店に連れてってもらって」
月姫はまた楽しそうに話を続ける。
「そこで、その人が私、見たことないようなどんぶりを頼んで……」
雅人は何気なく聞いていたが、ふと引っかかった。
――まさかわんぱく丼じゃねえよな。
いや、流石に違うだろ。
初めて二人でご飯に行く女の子の前で、あれを頼むなんて……流石にないよな。
そんなことを考えていると、月姫が続ける。
「焼肉とカツにエビフライまで乗ったどんぶりなんて、私、初めて見たんだけど……」
「……」
「でも、すっごく美味しそうに食べるから……なんか、かわいいなぁって思ったり」
雅人の頭の中で、何かが弾けた。
――はい、わんぱく丼でしたぁぁぁぁ!!
――アイツ、なんてもん初めてご飯行く子の前で食ってんのぉぉぉぉ!!!
顔には一切出さない。
ただ、雅人の心の中だけで盛大なツッコミが炸裂していた。
「それでね、美味しいから食べてみなよって……あーんってしてくるから」
月姫は少し頬を赤くする。
「すっごく恥ずかしかったんだけど……本人は全然気にしてなくて」
「……」
結衣と雅人は黙って月姫の話を聞いている。
「それで、私が同じようにやったらどんな反応するのかなって思って」
月姫は少し楽しそうに笑う。
「バナナジュースのストローをその人に向けて、『どうぞ』ってやったら……」
月姫はその時を思い出すように目を細める。
「『ありがとう!!』って、なんの抵抗もなく普通に飲むから……びっくりしちゃって」
「私って……そういうふうには見られてないのかな、とか思ったり」
「いや、逆じゃない?」
雅人がふと口を開く。
「そういうふうに見てるから、そんなに何の抵抗もなく飲んだのかもよ?」
「……そういうふうに?」
月姫が首を傾げる。
「ほら、月姫ちゃんから向けられたことを、変に意識する必要がないくらい自然に月姫ちゃんとそういう距離感でいることに慣れてるんじゃない?」
「……なるほど」
月姫は少し考える。
「そういう考え方もあるのかな……」
結衣は雅人をちらっと見る。
「……まあ、確かにね」
「だろ?」
雅人は小さく頷いた。
その時、月姫のスマホがテーブルの上で震えた。
「……あ」
月姫が画面を確認する。
「電話?」
結衣が尋ねると、月姫は小さく頷いた。
「うん」
「じゃあ、気にせず出て話してきたら?」
「いいの?」
「もちろん。私たちは大丈夫だから」
「ごめん!」
月姫は申し訳なさそうに笑いながら席を立った。
「ちょっと行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
月姫はスマホを手に、二人から少し離れた場所へ歩いていった。




