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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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61/116

ちょっと恋バナでももどう?


⸻


休日の午後。


雅人と結衣は、街中を並んで歩いていた。


「ねえ、雅人」


「ん?」


「今日、ちゃんと付き合ってくれるんだよね?」


「その言い方だと、俺が普段付き合ってないみたいじゃん」


「付き合ってないじゃん」


「即答!?」


結衣はじとっとした目を雅人に向ける。


「既読スルーは当たり前。返信は遅い。約束忘れて地元の友達と遊びに行く」


「それは……」


「しかも一回じゃない」


「ごめんなさい」


「ほら!」


「いや、ちゃんと反省してるって」


「毎回そう言ってるよね?」


「今回は本当に」


「はいはい」


結衣は呆れたように笑った。


そんな他愛もないやり取りをしながら歩いていると、不意に結衣が足を止めた。


「あれ?」


「ん?」


結衣の視線の先を追った雅人も、すぐに表情を変える。


少し離れた場所。


一人の少女が、数人の男に囲まれていた。


長い茶色の髪。


街中でも思わず目を引くほど整った容姿。


「……月姫ちゃん?」


男たちは月姫へしつこく話しかけていた。


「だからさー、ちょっとだけでいいから」


「お断りします」


「そんな警戒しなくてもいいじゃん」


「……急いでますので」


月姫は普段から、こういうことには慣れている。


ナンパされること自体は珍しくない。


基本的には相手にせず、そのまま無視して離れる。


だが今回の男たちは。


断っても離れなかった。


移動しようとしてもついてくる。


「……あれ、結構しつこくない?」


結衣が眉をひそめる。


その横で。


雅人の表情が変わった。


「結衣」


「ん?」


「月姫ちゃん連れて、先に行ってて」


「え?」


「いいから」


普段より少し低い声。


結衣は雅人の顔を見る。


「あんた……」


「頼む」


「……分かった」


結衣はすぐに月姫の方へ歩き出した。


「月姫ちゃん!」


「……え?」


突然声を掛けられ、月姫が振り返る。


「結衣ちゃん?」


「久しぶり!」


結衣は何事もないように笑った。


「ちょうど探してたんだよ!」


「え?」


「ほら、行こ!」


そう言って、月姫の腕を軽く取る。


「え、でも……」


「雅人もいるから」


「雅人くん?」


月姫が驚いたように辺りを見る。


その間に。


結衣は月姫を男たちから離す。


「ちょっと待ってよ」


男の一人が後ろから声を掛けた。


「まだ話終わってないんだけど」


「……」


その前に。


雅人が立った。


「もう、その辺でやめといたら?」


男たちが雅人を見る。


「は?」


「本人、嫌がってるだろ」


「お前、なんなの?」


「知り合い」


雅人は笑っていた。


だが。


その笑顔に、普段の軽さはなかった。


「関係ないだろ」


「関係あるんだよ」


「なんだよ、お前」


男の一人が雅人へ近づく。


「俺らに文句あんの?」


雅人は一歩も動かなかった。


「別に」


「は?」


「普通に話せばいいだけだろ」


「……」


男がさらに距離を詰める。


「なんだよ」


その瞬間。


雅人が男の腕を掴んだ。


「……っ」


「ちょ、何すん――」


雅人は笑ったまま。


「揉めたい?」


一瞬だけ。


笑顔が消えた。


男たちの空気が変わる。


雅人は掴んだ腕を離す。


そして。


「別に俺も揉めたいわけじゃないから」


もう一度、笑った。


「この辺でやめといてくれない?」


男たちは顔を見合わせる。


「……チッ」


「行こうぜ」


しばらく雅人を睨んでいたが、そのまま去っていった。


雅人は、その背中を見送る。


「……」


そして何事もなかったように振り返った。


「おーい」


結衣と月姫の元へ戻る。


「雅人くん!」


月姫が心配そうな顔をしていた。


「大丈夫だった?」


「あー、怖かったー」


「絶対思ってないでしょ」


結衣が即座に突っ込む。


「思ってる思ってる」


「嘘つけ」


「普通に話したら分かってくれたよ」


雅人は笑顔で答える。


月姫はまだ少し不安そうだった。


「……本当に?」


「本当本当」


「そっか……」


月姫がほっとしたように息を吐く。


「せっかくだしさ」


結衣が言った。


「カフェでも行かない?」


「え?」


「私、雅人の愚痴を誰かに聞いてほしかったんだよね」


「なんで月姫ちゃん?」


雅人が呆れたように言う。


「月姫ちゃん、聞いてくれそうじゃん」


「私?」


月姫は少し驚いた。


だが。


すぐに笑った。


「……うん」


「行こうかな」


「決まり!」


「お前、月姫ちゃんを巻き込むなよ」


「いいじゃん別に!」


「いいよ」


月姫が笑う。


「ちょっと楽しそう」


「でしょ?」


結衣は満足そうに笑った。


⸻


カフェに入り、三人は奥のテーブル席に座った。


注文を済ませ。


飲み物が運ばれてくる。


月姫がストローに口をつけたところで。


結衣が月姫を見る。


「聞いてよ、月姫ちゃん」


「うん?」


「こいつ、本当にひどいの」


「いきなり?」


雅人が顔をしかめる。


「既読スルー当たり前だし」


「当たり前じゃない」


「返事遅いし」


「忙しい時もある」


「約束忘れて地元の友達と遊びに行っちゃうし」


「それは悪かったって!」


「しかもしょっちゅう!」


「しょっちゅうじゃない!」


月姫は二人のやり取りを見ながら、思わず笑った。


「ふふっ」


「笑い事じゃないよ!」


「でも……」


月姫は少し笑いながら言う。


「なんだかんだ、仲良いんだね」


「どこが!?」


結衣と雅人の声が重なる。


月姫がまた笑う。


「息ぴったり」


「……」


「……」


二人は顔を見合わせる。


「ほら」


雅人が言った。


「仲良いって」


「うるさい」


結衣が即答する。


「で?」


雅人が月姫を見る。


「月姫ちゃんは?」


「え?」


「彼氏とかいないの?」


「……え?」


突然話を振られ、月姫が目を丸くする。


結衣もすぐに乗ってきた。


「そうそう!」


「月姫ちゃん、彼氏いるの?」


「いないけど……」


「え、いないの!?」


「そんな驚く?」


「いや、月姫ちゃんだよ!?」


結衣は本気で驚いていた。


「絶対いると思ってた」


「よく言われるけど」


月姫は少し困ったように笑う。


「いないよ」


「じゃあさ!」


結衣が身を乗り出す。


「私でも雅人でも、誰か紹介しようか?」


「え!?」


「雅人の地元の友達とか!」


「勝手に紹介すんなよ」


「いい人いるかもしれないじゃん!」


「月姫ちゃん、どう?」


「えーっと……」


月姫は困ったように笑った。


「今は、そういうのは……」


「ん?」


結衣の目が変わる。


「……もしかして」


月姫が少し身構える。


「なに?」


「気になる人、いる?」


「……!」


ほんの少し。


月姫の肩が動いた。


それを結衣は見逃さない。


「いるんだ」


「え?」


「今の反応」


「……」


月姫は視線を逸らした。


「月姫ちゃん?」


「……」


雅人は黙って見ていた。


結衣は笑いながら聞く。


「どんな人?」


「え?」


「気になる人」


「……」


月姫はすぐには答えなかった。


しばらく。


テーブルの上に置かれた自分の手を見る。


「……好きかどうかは」


小さな声だった。


「まだ、分からないんだけど」


結衣の表情が少しだけ変わる。


月姫は続ける。


「その人のことを」


少し迷ってから。


「……気になる、とは思う」


「……」


「……」


雅人と結衣は顔を見合わせた。


月姫は少し困ったように笑う。


「変だよね」


「え?」


「自分でも、よく分からなくて」


結衣はゆっくり首を振った。


「変じゃないよ」


「……」


「むしろ」


少しだけ笑う。


「月姫ちゃん、そういう顔するんだって思った」


「え?」


「だって」


結衣はストローを指で弄びながら笑った。


「なんか、月姫ちゃんって恋愛も何でも余裕でこなしそうじゃん」


「そう見える?」


「見える見える」


「……」


月姫は少しだけ寂しそうに笑った。


「実際は、全然」


その言葉を聞いて。


雅人と結衣は少し興味を持ったように月姫を見る。


「……ねえ」


結衣が優しく聞く。


「どんな人なの?」


月姫は少しだけ迷った。


「どんな人……」


「うん。気になる人」


「……」


月姫はテーブルの上に視線を落とした。


「えーっと……」


困ったように笑う。


「普段、学校ではそんなに目立つタイプじゃないと思う」


「へえ?」


結衣が少し首を傾げる。


「同じ学校なんだ?」


「うん。自分から前に出るような感じじゃないかな」


「でも……」


月姫は少し考える。


「一緒にいると、すごく面白い人」


「面白い?」


「たまに、すごく変なこと言うの」


思い出したのか。


月姫が小さく笑った。


「それなのに本人は全然変だと思ってなくて」


「へぇー」


結衣が楽しそうに身を乗り出す。


「他には?」


「え?」


「もっと聞かせてよ」


「ええ……?」


月姫は少し困ったように笑う。


けれど。


こうして誰かに話すことが、少し嬉しくもあった。


「……優しい人、かな」


その言葉に。


雅人の表情が、ほんの少しだけ変わる。


「優しい?」


「うん」


月姫は頷いた。


「本人は普通のことみたいにしてるんだけど」


「困ってる人を放っておけないというか……」


「気づいたら、助けてくれてたりする」


「……」


雅人と結衣は黙って聞いている。


「あと」


月姫は少し頬を緩めた。


「人の話をちゃんと覚えてる」


「前に話したこととか」


「何気なく言ったことなのに覚えてくれてて」


「……それが、なんか嬉しいなって」


「へぇー」


結衣がにやにやし始める。


「月姫ちゃん、結構見てるね?」


「えっ!?」


月姫が慌てる。


「そ、そういうわけじゃ……!」


「ふふっ」


「本当に!」


顔を赤くする月姫を見て、結衣が楽しそうに笑う。


その横で。


雅人は静かに月姫の話を聞いていた。


――学校では目立つタイプではない。


――一緒にいると面白い。


――たまに変なことを言う。


――優しい。


――人の話を覚えている。


(……え?すぐに思いつくんですけど…)


雅人は何気なく結衣を見る。


すると。


結衣も同じタイミングで雅人を見ていた。


一瞬だけ視線が合う。


互いに。


何も言わない。


名前を出すつもりもない。


月姫は。


二人がすでに相手に気づいているとは思ってもいなかった。


「でも」


結衣が優しく聞く。


「月姫ちゃん、その人のどこが一番気になるの?」


「……」


月姫はすぐには答えなかった。


テーブルの上に置かれた自分の手を見る。


「……一番、意識したのは」


雅人と結衣が静かに月姫を見る。


「私が」


月姫は小さく息を吐いた。


「その人に、そばにいてほしいって思った時」


「……」


「何も言わずに」


「何も聞かずに」


「そのまま、そばにいてくれた時かな」


結衣の表情が少し変わる。


「……どういうこと?」


月姫は少し恥ずかしそうに笑った。


「私、その時」


「ちょっと辛くて」


「でも、うまく言葉にできなくて」


「……」


「何か話そうとはしたんだけど」


月姫は自分の手を見る。


「全然、言葉が出てこなかったの」


雅人は黙って聞いている。


「そしたら」


月姫の頬が少しだけ赤くなる。


「その人が」


「そのままでいーよ、って」


「……」


「無理に話さなくてもいいって」


「何も聞かずに」


「ただ、そばにいてくれたの」


結衣が少しだけ目を細めた。


月姫は続ける。


「それで……」


少し迷って。


「私が、ちょっと辛くて」


「言葉が出なくなって」


「どうしていいか分からなくなってたら」


「手を握って」


「落ち着かせてくれたの」


「……」


「……」


雅人と結衣の動きが止まる。


月姫は。


自分の手をそっと見ながら。


「あの時」


「すごく安心したの」


「……」


「私」


月姫は少しだけ笑った。


「今までだったら」


「大丈夫? とか」


「どうしたの? って聞かれるのが普通だと思ってた」


「でも」


「その人は何も聞かなかった」


「ただ」


「私が話せるようになるまで」


「ずっとそばにいてくれて」


月姫はゆっくり顔を上げた。


「その時かな」


「……この人のこと」


「もっと知りたいって思ったの」


結衣は何も言わなかった。


雅人も。


いつものように茶化すことができなかった。


月姫は少し恥ずかしそうに笑う。


「なんか……変だよね」


「そんなことで」


「そんなことで?」


結衣がすぐに言った。


月姫が驚く。


「え?」


「変じゃないよ!そんなに人の心に寄り添えるとか」


結衣は優しく笑った。


「むしろ、それは忘れられないと思う」


月姫は少し驚いたように結衣を見る。


雅人も小さく頷いた。


「……うん」


そして。


雅人はふっと笑った。


もちろん。


月姫には聞こえないように。


心の中で。


(ほんと、誰かが大変な時は敏感に感じ取る奴だ……)


普段は。


人の気持ちどころか。


自分に向けられている好意にすら気づかない。


なのに。


誰かが本当に困っている時だけは違う。


何かを感じ取ったように。


当たり前のようにそばにいる。


(……あいつらしいな)


雅人は心の中で苦笑した。


「……そっか」


口に出したのは。


それだけだった。


月姫は少し不思議そうに雅人を見る。


「どうしたの?」


「いや」


雅人は笑った。


「月姫ちゃんがそこまで安心できる相手なら」


「いい人なんじゃない?」


「……」


月姫の頬が少し赤くなる。


「そう、かな」


「うん」


結衣も月姫を見る。


「私はその話聞いて、ちょっと羨ましいと思った」


「え?」


「何も聞かずにそばにいてくれるって」


「結構すごいことだよ」


月姫は。


自分の手をそっと見た。


「あの時」


「手を握ってくれた時」


「なんか……すごく安心したの」


「だから」


少し恥ずかしそうに。


「……あの時が、一番意識した瞬間だったのかも」


雅人と結衣は。


再び目を合わせた。


今度はさっきまでのような呆れたものではなく、少しだけ、真剣な表情で。


結衣はテーブルの下で雅人の足をコツン、と小突く。


……鈍感すぎてごめんなさい……


雅人は結衣に目でそう訴えた。


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