ちょっと恋バナでももどう?
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休日の午後。
雅人と結衣は、街中を並んで歩いていた。
「ねえ、雅人」
「ん?」
「今日、ちゃんと付き合ってくれるんだよね?」
「その言い方だと、俺が普段付き合ってないみたいじゃん」
「付き合ってないじゃん」
「即答!?」
結衣はじとっとした目を雅人に向ける。
「既読スルーは当たり前。返信は遅い。約束忘れて地元の友達と遊びに行く」
「それは……」
「しかも一回じゃない」
「ごめんなさい」
「ほら!」
「いや、ちゃんと反省してるって」
「毎回そう言ってるよね?」
「今回は本当に」
「はいはい」
結衣は呆れたように笑った。
そんな他愛もないやり取りをしながら歩いていると、不意に結衣が足を止めた。
「あれ?」
「ん?」
結衣の視線の先を追った雅人も、すぐに表情を変える。
少し離れた場所。
一人の少女が、数人の男に囲まれていた。
長い茶色の髪。
街中でも思わず目を引くほど整った容姿。
「……月姫ちゃん?」
男たちは月姫へしつこく話しかけていた。
「だからさー、ちょっとだけでいいから」
「お断りします」
「そんな警戒しなくてもいいじゃん」
「……急いでますので」
月姫は普段から、こういうことには慣れている。
ナンパされること自体は珍しくない。
基本的には相手にせず、そのまま無視して離れる。
だが今回の男たちは。
断っても離れなかった。
移動しようとしてもついてくる。
「……あれ、結構しつこくない?」
結衣が眉をひそめる。
その横で。
雅人の表情が変わった。
「結衣」
「ん?」
「月姫ちゃん連れて、先に行ってて」
「え?」
「いいから」
普段より少し低い声。
結衣は雅人の顔を見る。
「あんた……」
「頼む」
「……分かった」
結衣はすぐに月姫の方へ歩き出した。
「月姫ちゃん!」
「……え?」
突然声を掛けられ、月姫が振り返る。
「結衣ちゃん?」
「久しぶり!」
結衣は何事もないように笑った。
「ちょうど探してたんだよ!」
「え?」
「ほら、行こ!」
そう言って、月姫の腕を軽く取る。
「え、でも……」
「雅人もいるから」
「雅人くん?」
月姫が驚いたように辺りを見る。
その間に。
結衣は月姫を男たちから離す。
「ちょっと待ってよ」
男の一人が後ろから声を掛けた。
「まだ話終わってないんだけど」
「……」
その前に。
雅人が立った。
「もう、その辺でやめといたら?」
男たちが雅人を見る。
「は?」
「本人、嫌がってるだろ」
「お前、なんなの?」
「知り合い」
雅人は笑っていた。
だが。
その笑顔に、普段の軽さはなかった。
「関係ないだろ」
「関係あるんだよ」
「なんだよ、お前」
男の一人が雅人へ近づく。
「俺らに文句あんの?」
雅人は一歩も動かなかった。
「別に」
「は?」
「普通に話せばいいだけだろ」
「……」
男がさらに距離を詰める。
「なんだよ」
その瞬間。
雅人が男の腕を掴んだ。
「……っ」
「ちょ、何すん――」
雅人は笑ったまま。
「揉めたい?」
一瞬だけ。
笑顔が消えた。
男たちの空気が変わる。
雅人は掴んだ腕を離す。
そして。
「別に俺も揉めたいわけじゃないから」
もう一度、笑った。
「この辺でやめといてくれない?」
男たちは顔を見合わせる。
「……チッ」
「行こうぜ」
しばらく雅人を睨んでいたが、そのまま去っていった。
雅人は、その背中を見送る。
「……」
そして何事もなかったように振り返った。
「おーい」
結衣と月姫の元へ戻る。
「雅人くん!」
月姫が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だった?」
「あー、怖かったー」
「絶対思ってないでしょ」
結衣が即座に突っ込む。
「思ってる思ってる」
「嘘つけ」
「普通に話したら分かってくれたよ」
雅人は笑顔で答える。
月姫はまだ少し不安そうだった。
「……本当に?」
「本当本当」
「そっか……」
月姫がほっとしたように息を吐く。
「せっかくだしさ」
結衣が言った。
「カフェでも行かない?」
「え?」
「私、雅人の愚痴を誰かに聞いてほしかったんだよね」
「なんで月姫ちゃん?」
雅人が呆れたように言う。
「月姫ちゃん、聞いてくれそうじゃん」
「私?」
月姫は少し驚いた。
だが。
すぐに笑った。
「……うん」
「行こうかな」
「決まり!」
「お前、月姫ちゃんを巻き込むなよ」
「いいじゃん別に!」
「いいよ」
月姫が笑う。
「ちょっと楽しそう」
「でしょ?」
結衣は満足そうに笑った。
⸻
カフェに入り、三人は奥のテーブル席に座った。
注文を済ませ。
飲み物が運ばれてくる。
月姫がストローに口をつけたところで。
結衣が月姫を見る。
「聞いてよ、月姫ちゃん」
「うん?」
「こいつ、本当にひどいの」
「いきなり?」
雅人が顔をしかめる。
「既読スルー当たり前だし」
「当たり前じゃない」
「返事遅いし」
「忙しい時もある」
「約束忘れて地元の友達と遊びに行っちゃうし」
「それは悪かったって!」
「しかもしょっちゅう!」
「しょっちゅうじゃない!」
月姫は二人のやり取りを見ながら、思わず笑った。
「ふふっ」
「笑い事じゃないよ!」
「でも……」
月姫は少し笑いながら言う。
「なんだかんだ、仲良いんだね」
「どこが!?」
結衣と雅人の声が重なる。
月姫がまた笑う。
「息ぴったり」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせる。
「ほら」
雅人が言った。
「仲良いって」
「うるさい」
結衣が即答する。
「で?」
雅人が月姫を見る。
「月姫ちゃんは?」
「え?」
「彼氏とかいないの?」
「……え?」
突然話を振られ、月姫が目を丸くする。
結衣もすぐに乗ってきた。
「そうそう!」
「月姫ちゃん、彼氏いるの?」
「いないけど……」
「え、いないの!?」
「そんな驚く?」
「いや、月姫ちゃんだよ!?」
結衣は本気で驚いていた。
「絶対いると思ってた」
「よく言われるけど」
月姫は少し困ったように笑う。
「いないよ」
「じゃあさ!」
結衣が身を乗り出す。
「私でも雅人でも、誰か紹介しようか?」
「え!?」
「雅人の地元の友達とか!」
「勝手に紹介すんなよ」
「いい人いるかもしれないじゃん!」
「月姫ちゃん、どう?」
「えーっと……」
月姫は困ったように笑った。
「今は、そういうのは……」
「ん?」
結衣の目が変わる。
「……もしかして」
月姫が少し身構える。
「なに?」
「気になる人、いる?」
「……!」
ほんの少し。
月姫の肩が動いた。
それを結衣は見逃さない。
「いるんだ」
「え?」
「今の反応」
「……」
月姫は視線を逸らした。
「月姫ちゃん?」
「……」
雅人は黙って見ていた。
結衣は笑いながら聞く。
「どんな人?」
「え?」
「気になる人」
「……」
月姫はすぐには答えなかった。
しばらく。
テーブルの上に置かれた自分の手を見る。
「……好きかどうかは」
小さな声だった。
「まだ、分からないんだけど」
結衣の表情が少しだけ変わる。
月姫は続ける。
「その人のことを」
少し迷ってから。
「……気になる、とは思う」
「……」
「……」
雅人と結衣は顔を見合わせた。
月姫は少し困ったように笑う。
「変だよね」
「え?」
「自分でも、よく分からなくて」
結衣はゆっくり首を振った。
「変じゃないよ」
「……」
「むしろ」
少しだけ笑う。
「月姫ちゃん、そういう顔するんだって思った」
「え?」
「だって」
結衣はストローを指で弄びながら笑った。
「なんか、月姫ちゃんって恋愛も何でも余裕でこなしそうじゃん」
「そう見える?」
「見える見える」
「……」
月姫は少しだけ寂しそうに笑った。
「実際は、全然」
その言葉を聞いて。
雅人と結衣は少し興味を持ったように月姫を見る。
「……ねえ」
結衣が優しく聞く。
「どんな人なの?」
月姫は少しだけ迷った。
「どんな人……」
「うん。気になる人」
「……」
月姫はテーブルの上に視線を落とした。
「えーっと……」
困ったように笑う。
「普段、学校ではそんなに目立つタイプじゃないと思う」
「へえ?」
結衣が少し首を傾げる。
「同じ学校なんだ?」
「うん。自分から前に出るような感じじゃないかな」
「でも……」
月姫は少し考える。
「一緒にいると、すごく面白い人」
「面白い?」
「たまに、すごく変なこと言うの」
思い出したのか。
月姫が小さく笑った。
「それなのに本人は全然変だと思ってなくて」
「へぇー」
結衣が楽しそうに身を乗り出す。
「他には?」
「え?」
「もっと聞かせてよ」
「ええ……?」
月姫は少し困ったように笑う。
けれど。
こうして誰かに話すことが、少し嬉しくもあった。
「……優しい人、かな」
その言葉に。
雅人の表情が、ほんの少しだけ変わる。
「優しい?」
「うん」
月姫は頷いた。
「本人は普通のことみたいにしてるんだけど」
「困ってる人を放っておけないというか……」
「気づいたら、助けてくれてたりする」
「……」
雅人と結衣は黙って聞いている。
「あと」
月姫は少し頬を緩めた。
「人の話をちゃんと覚えてる」
「前に話したこととか」
「何気なく言ったことなのに覚えてくれてて」
「……それが、なんか嬉しいなって」
「へぇー」
結衣がにやにやし始める。
「月姫ちゃん、結構見てるね?」
「えっ!?」
月姫が慌てる。
「そ、そういうわけじゃ……!」
「ふふっ」
「本当に!」
顔を赤くする月姫を見て、結衣が楽しそうに笑う。
その横で。
雅人は静かに月姫の話を聞いていた。
――学校では目立つタイプではない。
――一緒にいると面白い。
――たまに変なことを言う。
――優しい。
――人の話を覚えている。
(……え?すぐに思いつくんですけど…)
雅人は何気なく結衣を見る。
すると。
結衣も同じタイミングで雅人を見ていた。
一瞬だけ視線が合う。
互いに。
何も言わない。
名前を出すつもりもない。
月姫は。
二人がすでに相手に気づいているとは思ってもいなかった。
「でも」
結衣が優しく聞く。
「月姫ちゃん、その人のどこが一番気になるの?」
「……」
月姫はすぐには答えなかった。
テーブルの上に置かれた自分の手を見る。
「……一番、意識したのは」
雅人と結衣が静かに月姫を見る。
「私が」
月姫は小さく息を吐いた。
「その人に、そばにいてほしいって思った時」
「……」
「何も言わずに」
「何も聞かずに」
「そのまま、そばにいてくれた時かな」
結衣の表情が少し変わる。
「……どういうこと?」
月姫は少し恥ずかしそうに笑った。
「私、その時」
「ちょっと辛くて」
「でも、うまく言葉にできなくて」
「……」
「何か話そうとはしたんだけど」
月姫は自分の手を見る。
「全然、言葉が出てこなかったの」
雅人は黙って聞いている。
「そしたら」
月姫の頬が少しだけ赤くなる。
「その人が」
「そのままでいーよ、って」
「……」
「無理に話さなくてもいいって」
「何も聞かずに」
「ただ、そばにいてくれたの」
結衣が少しだけ目を細めた。
月姫は続ける。
「それで……」
少し迷って。
「私が、ちょっと辛くて」
「言葉が出なくなって」
「どうしていいか分からなくなってたら」
「手を握って」
「落ち着かせてくれたの」
「……」
「……」
雅人と結衣の動きが止まる。
月姫は。
自分の手をそっと見ながら。
「あの時」
「すごく安心したの」
「……」
「私」
月姫は少しだけ笑った。
「今までだったら」
「大丈夫? とか」
「どうしたの? って聞かれるのが普通だと思ってた」
「でも」
「その人は何も聞かなかった」
「ただ」
「私が話せるようになるまで」
「ずっとそばにいてくれて」
月姫はゆっくり顔を上げた。
「その時かな」
「……この人のこと」
「もっと知りたいって思ったの」
結衣は何も言わなかった。
雅人も。
いつものように茶化すことができなかった。
月姫は少し恥ずかしそうに笑う。
「なんか……変だよね」
「そんなことで」
「そんなことで?」
結衣がすぐに言った。
月姫が驚く。
「え?」
「変じゃないよ!そんなに人の心に寄り添えるとか」
結衣は優しく笑った。
「むしろ、それは忘れられないと思う」
月姫は少し驚いたように結衣を見る。
雅人も小さく頷いた。
「……うん」
そして。
雅人はふっと笑った。
もちろん。
月姫には聞こえないように。
心の中で。
(ほんと、誰かが大変な時は敏感に感じ取る奴だ……)
普段は。
人の気持ちどころか。
自分に向けられている好意にすら気づかない。
なのに。
誰かが本当に困っている時だけは違う。
何かを感じ取ったように。
当たり前のようにそばにいる。
(……あいつらしいな)
雅人は心の中で苦笑した。
「……そっか」
口に出したのは。
それだけだった。
月姫は少し不思議そうに雅人を見る。
「どうしたの?」
「いや」
雅人は笑った。
「月姫ちゃんがそこまで安心できる相手なら」
「いい人なんじゃない?」
「……」
月姫の頬が少し赤くなる。
「そう、かな」
「うん」
結衣も月姫を見る。
「私はその話聞いて、ちょっと羨ましいと思った」
「え?」
「何も聞かずにそばにいてくれるって」
「結構すごいことだよ」
月姫は。
自分の手をそっと見た。
「あの時」
「手を握ってくれた時」
「なんか……すごく安心したの」
「だから」
少し恥ずかしそうに。
「……あの時が、一番意識した瞬間だったのかも」
雅人と結衣は。
再び目を合わせた。
今度はさっきまでのような呆れたものではなく、少しだけ、真剣な表情で。
結衣はテーブルの下で雅人の足をコツン、と小突く。
……鈍感すぎてごめんなさい……
雅人は結衣に目でそう訴えた。




