多分、この方がいいとか憶測でしかない
翌日。
昼休み。
俺は弁当を持って教室を出た。
少し遅れて、天川さんもついてくる。
「今日もいつもの場所?」
「ああ」
「じゃあ、一緒に行こ」
「別にいいけど」
二人で廊下を歩く。
昨日のことを思い出す。
神崎先輩と出会って。
転びそうになったところを助けて。
そのあと天川さんに殴られて。
最後には、神崎先輩に膝枕までされて。
「…………」
「何?」
「いや、何でもない」
「ふーん」
天川さんが横目で俺を見る。
「神崎先輩のこと考えてた?」
「考えてない」
「そう」
その笑顔が妙に怖い。
そんなやり取りをしながら歩いていると――。
廊下の向こうから、何かが近づいてくる。
まだ顔もはっきり見えない。
なのに、なぜか目を引かれた。
まるで、前から眩しい何かが歩いてくるみたいだった。
そして、その姿がはっきりした瞬間――。
美空さんだった。
「あ、伊織」
「ん?」
「お昼?」
「うん」
美空さんは俺たちの前で足を止める。
「今日も一緒なんだ」
「そう」
「そっか」
そこで、美空さんの視線が俺の顔に移った。
「……桐生くん」
「ん?」
「頬、ちょっと腫れてない?」
「ああ、これ?」
俺は頬を指で触る。
「昨日、野生のハードパンチャーに襲われて」
「……」
美空さんが少し目を丸くする。
「まさか……伊織?」
「さぁ?」
天川さんは何食わぬ顔で首を傾げた。
「野生のハードパンチャーだって。怖いよね」
「……」
「月姫、そんな同情しなくても大丈夫だよ」
「いや、そういう問題じゃないでしょ」
「桐生くん、かわいそうに」
「……」
俺は何も言い返せなかった。
そして――眩しい。
目の前の美空さんが、やけに眩しく見える。
……何なんだ、この人。
昨日会ったばかりなのに。
なんでこんなに目を引かれるんだ。
「……」
そんなことを考えていると、
「桐生くん」
後ろから声がした。
振り返る。
「神崎先輩」
神崎先輩が立っていた。
「あ、こんにちは」
美空さんが軽く頭を下げる。
「こんにちは」
神崎先輩も頭を下げる。
そして俺を見る。
「昨日は大丈夫だった?」
「はい。もう大丈夫です」
「本当に?」
「本当です」
「頭とか痛くない?」
「ないです」
「気持ち悪くなったりとかは?」
「ないですよ」
「……よかった」
神崎先輩が安心したように息を吐く。
「昨日はごめんね」
「いや、俺が勝手に助けに入っただけですから」
「でも私が――」
「いや、俺が――」
「私が――」
「俺が――」
また始まった。
お互いに自分が悪いと言い張って、一歩も引かない。
「……」
俺はため息をついた。
「いや、俺の隣の野生のハードパンチャーが一番悪いと思うんですけど」
「…………」
天川さんの表情が止まった。
「ほぉ?」
「……」
「私が一番悪いんだ?」
「いや、そういう意味じゃ――」
「ふーん」
俺はそっと視線を逸らした。
「……すみませんでした」
「うん。よろしい」
天川さんが満足そうに笑う。
神崎先輩が口元を押さえて笑った。
「ふふっ……」
美空さんも小さく笑っている。
「二人って、仲いいね」
「どこが?」
「そういうところ」
「どういうところだよ」
美空さんが笑う。
天川さんも楽しそうだ。
「そういえば」
神崎先輩が俺たちを見る。
「二人とも、部活って決まってる?」
「部活?」
天川さんが首を傾げる。
「うん」
「まだ決まってないよ」
「桐生くんは?」
「俺もまだです」
「そっか」
神崎先輩が少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ、二人とも私の部活に来てみない?」
「神崎先輩の?」
「うん」
「何部なんですか?」
「学園よろず屋」
「…………」
俺と天川さんが顔を見合わせる。
「……何それ?」
「やっぱりそういう反応するんだ」
「だって聞いたことないですよ」
「ちゃんと部活だよ?」
「何するんですか?」
「困ってる人のお手伝い」
神崎先輩が答える。
「相談に乗ったり、落とし物を探したり、学校の行事を手伝ったり。頼まれたら、できることは何でもするの」
「なるほど……」
昨日、神崎先輩が女子生徒の相談に乗っていたことを思い出す。
「あの子も、学園よろず屋の依頼だったんですか?」
「うん」
「結構ちゃんと活動してるんですね」
「そうだよ」
神崎先輩が少しだけ胸を張る。
「二人とも向いてると思うよ」
「私?」
天川さんが自分を指差す。
「うん」
「どうして?」
「人のことをよく見てるから」
天川さんが少し考える。
「じゃあ、やってみようかな」
「え?」
思わず声が出た。
「こういう活動なら、学校の活動実績にもなるでしょ?」
「ああ……」
なるほど。
天川さんらしい理由だ。
「それに、面白そうだし」
「そっちもあるのか」
「うん」
天川さんが神崎先輩を見る。
「いい?」
「もちろん」
神崎先輩が嬉しそうに頷く。
「じゃあ、一緒にやろうね」
「うん」
話がどんどん進んでいく。
俺はその様子を眺めていた。
「桐生くんは?」
「俺は――」
正直、部活に入るつもりなんてない。
「じゃあ俺は、ご遠慮しと――」
その瞬間。
ぐいっ。
「うわっ!?」
首根っこを掴まれた。
「はい、行くよ」
「ちょ、天川さん!?」
「神崎先輩のところ、見に行こう」
「いや、俺はご遠慮しようとしたんだけど!」
「聞こえなかった」
「絶対聞こえてただろ!」
ずるずると引っ張られる。
「ちょっと待て! 首!」
「大丈夫」
「何が!?いや、それよりなんだこの力!?」
神崎先輩が困ったように笑う。
「天川さん、桐生くん苦しそうだよ?」
「大丈夫。多分」
「大丈夫じゃない!」
美空さんまで笑っている。
「……伊織、強引だね」
「いや、そう? 多分この方がいいよ」
「そうかな」
「うん」
美空さんが小さく笑う。
「……まあ、伊織らしいか」
「美空さん! 助けてぇ!!」
「ごめん。多分この方がいいと思う」
「美空さんまで!?」
俺の抵抗も虚しく、天川さんにそのまま連れていかれる。
「じゃあ、放課後ね!」
神崎先輩が笑いながら手を振る。
「待ってください神崎先輩! 俺まだ入るって言ってないですからね!」
「うん。分かったよ」
「絶対分かってない!」
俺はそのまま廊下の向こうへ引きずられていった。
――こうして。
俺の意思とは関係なく。
学園よろず屋との関わりが始まった。




