純粋にバーベキュー楽しもうよ
「さーて!」
スーパーに到着すると、母はカートを押しながら意気揚々と肉売り場へ向かった。
「今日は買うよー!」
「ほどほどにな?」
「はいはい」
絶対聞いてない。
「おっ、これ美味しそう!」
母は値札を気にすることなく、次々と肉をカゴへ入れていく。
「カルビ!」
「ハラミ!」
「タンもいるよね!」
「……母ちゃん」
「なに?」
「一応、値段見てる?」
「見てない!」
「堂々と言うな!」
すると伊織も肉を手に取った。
「これ美味しそう!」
「伊織ちゃんまで?」
「今日は遠慮しなくていいって言われたもん!」
流石の伊織ちゃんも、父ちゃんのお金と聞けば少しくらい気にするかと思った。
……うん、してない。知ってた。
「これも!」
「えへへ!」
肉を十分すぎるほどカゴに入れたところで、母は次の売り場へ向かった。
「次は海鮮だね!」
「まだ買うの!?」
エビにイカ、ホタテまで次々とカゴへ入っていく。
「肉だけでも十分だろ!」
「バーベキューだもん!」
「伊織ちゃん、エビ好き?」
「好き!」
「じゃあいっぱい買おうね!」
「やったー!」
「意気投合するな!」
こうして大量の肉と海鮮を抱え、俺たちはスーパーを後にした。
……頼む。
これが父ちゃんの個人的なお金でありますように。
*
帰りの車内。
「月姫も来られたらよかったのにね」
後ろの席から伊織が残念そうに呟いた。
「うん。今日は家の用事で無理だって!」
「そっかー」
「くそぅ! 月姫ぇぇ!」
思わず悔しそうに叫ぶ。
「えっ!?」
伊織が驚いた顔で俺を見る。
「そんなに月姫に来てほしかったの?」
「いや、そりゃそうだろ」
俺は慌てて振り返った。
「月姫がいたら、もっと伊織ちゃん楽しいと思って!」
「……そりゃ、いた方が楽しいだろうけど!」
伊織が少し不満そうに言う。
「でも、そんなに悔しがらなくてもいいじゃん!」
「いや! 伊織ちゃんが楽しめるなら、その方がいいかなって!」
「……ほんと?」
「ほんとほんと!」
もちろん。
本音は違う。
月姫がいれば、伊織ちゃんの面倒を一人で見なくて済んだはずなのに。
それを口に出したら絶対怒られるので、黙っておく。
すると運転席の母が、くすっと笑った。
「ふふっ」
「なに?」
「別にー?」
絶対、母ちゃんにはバレている。
*
家に戻ると、俺は早速庭で火を起こした。
「よーし! バーベキュー開始だ!」
「おー!」
伊織のテンションも一気に上がる。
炭がいい感じになったところで、網の上に肉を並べていく。
じゅうううっ!
「おおー! 美味しそう!」
「早く早く!」
「伊織ちゃん、ちょっと待ってなね!」
肉をひっくり返しながら、ふと二人の方を見る。
「……」
母と伊織。
二人揃って子供用プールに水を入れ、足を突っ込んでいた。
しかも家の中から扇風機まで持ち出している。
「はぁ〜、気持ちいい〜」
「最高!」
「……お前ら」
「なに?」
「何してんの?」
「足冷やしてる!」
「見れば分かる!」
俺は汗だくで肉を焼いている。
二人は足を冷やしながら扇風機の風に当たっている。
……いや、まあいい。
母ちゃんは病み上がりだし、無理をさせるわけにはいかない。それに伊織ちゃんが熱中症にでもなったら大変だ。
「仕方ないか……」
俺は次々と肉を焼いていく。
「はい、焼けたぞ!」
二人の皿に肉を盛る。
「美味しい〜!」
伊織が嬉しそうに肉を頬張る。
「あっきーママ、ありがとう!」
そして母に抱きついた。
「ふふっ。どういたしまして!」
「いや、俺には!?」
「ん?」
「肉焼いてんの俺なんだけど!?」
すると伊織がきょとんとした顔をする。
「え?」
「なに?」
「あっきー、ハグしてほしいの?」
「いや、違う!」
「じゃあハグしない!」
「そこじゃねえよ!」
俺はトングを持ったまま伊織を見る。
「こんな暑い中、汗だくで肉焼いてる俺に感謝しろ!」
「ママー」
伊織がすぐに母の方へ向く。
「あっきーこわーい」
「怖くねえよ!」
「ふふっ」
母は楽しそうに笑っている。
伊織を見ると、案の定にやにやしていた。
「……お前、絶対楽しんでるだろ」
「えへへー!」
そう言いながらも、俺は次々と肉を焼いていく。その間、母と伊織は「これ美味しい〜!」「こっちも!」と楽しそうに肉を食べ続けていた。
すると、ふと伊織が俺の方へ近づいてくる。
「はい!」
「ん?」
「あーん!」
伊織が自分の皿から肉を箸でつまみ、俺の口元へ差し出してきた。
「え?」
「早く!」
「……お、おう」
パクッ。
「どう?」
もぐもぐ。
「え!? めっちゃ美味い!」
「でしょー!」
俺が思わず上機嫌になると、伊織は嬉しそうに笑った。
「ちゃんとあっきーも食べないとダメだよ?」
「……あ、はい」
「はい! もう一個!」
再び俺の口元に肉を差し出す。
「あーん!」
パクッ。
「美味しいね!」
「うん!」
肉を焼いている俺に、伊織が次々と肉を食べさせてくる。そんな俺たちの様子を見ていた母が、ふっと微笑んだ。
「……式の日取り、いつにしようか」
「なんの式だよ?」
俺が母を見る。
すると伊織が、すかさず母の方を向いた。
「あっきーママ!」
「ん?」
「この人、この前部活の依頼で奈緒先輩とイチャイチャしてたんだよ!」
「はぁ!?」
「だからイチャイチャしてねえって!」
「してた!」
「してない!」
「こんな浮気性の奴と幸せになる自信ない!」
「誰が浮気性だ!」
「どうせ、奈緒先輩に鼻の下伸ばしてたくせに」
「だから!」
俺は伊織を見る。
「奈緒ちゃんが恐怖で腰を抜かしたり、気絶したりしたから抱き抱えただけで、断じてイチャイチャしていない!」
「……」
伊織の動きが止まる。
「奈緒"ちゃん"?」
「……あ」
しまった。
「抱き抱えた?」
「自分で立てなくなったからだって!」
「ふーん?」
怖い。
なんだこの圧。
「本当にそれだけ?」
「本当だって!」
あの時のことを思い出す。
恐怖で腰を抜かした奈緒ちゃんを抱き抱えて……。
……。
奈緒ちゃんの胸……柔らかかったな。
思わず一瞬、顔がニヤけた。
「おい」
「ん?」
「顔ニヤけてんぞ」
「……」
しまったぁぁぁぁぁ!!!
「何ニヤけてんの?」
「いや、別に?」
「別にじゃないでしょ」
これはまずい。
俺は慌てて網の上を見る。
「あ、この肉めっちゃいい焼き加減だよ! 伊織ちゃん!」
「話逸らすな!」
「ほら! 早くしないと焦げちゃう!」
「今それどころじゃない!」
伊織は俺をじっと見たまま。
「……奈緒先輩の話、まだ終わってないからね?」
「……はい」
完全に詰んだ。
逃げ切れなかった。
すると、そんな俺たちのやり取りを見ていた母が、伊織を見ながらふっと笑った。
「やっぱヤキモチ妬く伊織ちゃん、かわいい」
「えっ!?」
伊織が一気に顔を赤くする。
「ヤキモチじゃないし!」
「ふふっ。あっきー大好きってよくわかる」
「ち、違う!」
「えー、違うの?」
「違うもん!」
伊織は顔を真っ赤にしながら必死に否定する。
その横で俺は。
「……」
……よし。
話が逸れた。
奈緒先輩の件から。
完全に逸れた。
「……ふぅ」
思わず安堵の息が漏れる。
助かった。
本当に助かった。
……ありがとう、母ちゃん。




