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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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可能性を広げる為の新たな依頼


「……なんであきくん、教頭先生とこんな仲良くなってるの?」


と、呆れたように呟いた。


少しして。


奈緒は改めておばちゃんの方を向いた。


「あの、私たち……旧校舎の調査に来てたんです」


「調査?」


「はい」


奈緒はここまで来た経緯を説明した。


旧校舎の音楽室から、夜になるとピアノの音が聞こえるという噂。


さらに。


暗い音楽室に人影が見えるという話。


その噂が学園よろずやまで届き、調査の依頼が来たこと。


そして今日。


その調査のために、晃星と二人で旧校舎へ入ったことを話した。


「……そうだったのね」


話を聞き終えた教頭は、申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさいね。まさかそんな噂になってるなんて思わなかったわ」


「いやぁ、まあ」


晃星が奈緒を見る。


「実際、奈緒先輩は気絶したけどね」


「言わないでよ!」


「いや、めっちゃ怖がってたし」


「もう!」


奈緒が頬を膨らませる。


そんな二人を見て。


教頭はふふっと笑った。


そして。


少しだけ懐かしそうに音楽室を見回す。


「実はね」


教頭は、そっとピアノに手を触れた。


「ここは、私が先生になって初めて勤めた場所なの」


「へぇ」


「その頃の私は音楽教師でね」


そう言って。


古びた音楽室を見渡す。


「この旧校舎で、毎日生徒たちに音楽を教えていたの」


「……」


「だから、この旧校舎が取り壊されることになるかもしれないって聞いて」


教頭の表情が、少しだけ寂しそうになる。


「なんだか急に、寂しくなってしまってね」


晃星と奈緒は黙って話を聞く。


「だから当直の日だけ」


教頭は静かに続けた。


「生徒たちがみんな帰った後に、ここへ来ていたの」


そして。


そっとピアノの鍵盤に指を置く。


「昔を懐かしみながら、こうしてピアノを触っていたのよ」


――ポロン。


一つ。


優しい音が音楽室に響く。


「ここは私にとって、教師としての始まりの場所なの」


「だから、なくなってしまう前に」


教頭は微笑んだ。


「もう少しだけ、ここにいたいなって思ってね」


晃星は。


静かな音楽室を見回した。


古くなった壁。


少し傷んだ床。


確かに新しい校舎と比べれば、あちこちに年季を感じる。


それでも。


「……でもさ」


晃星がぽつりと呟いた。


「ん?」


教頭が晃星を見る。


「ここ」


晃星は音楽室を見渡しながら続ける。


「まだリフォームしたら、何かに使えないのかな?」


「……」


教頭が少し驚いたような顔をする。


「せっかくこんな建物あるのに、取り壊して終わりってなんかもったいない気がする」


「でも、老朽化とか色々あるから……」


「それはそうなんだろうけど」


晃星は頷いた。


「俺はおばちゃんの味方だからな!」


そう言って胸を張る。


「おばちゃん言うな!」


「ははは!」


「でもさ」


晃星は改めて音楽室を見回した。


「取り壊して何かの設備にするんだったら、リフォームして何かに使った方が安く済むこともあるだろ?」


「もちろん、どれくらい傷んでるかとか分からないけど」


「まだ使えるところまで全部壊して、新しく作るより、使えるように直して別の目的で使う方がいい場合もあるんじゃない?」


「……そうね」


教頭は少し考えるように頷く。


「まだまだ他の可能性もあると思うんだけどなぁ」


晃星は古い音楽室を見渡した。


「可能性を狭めるのも、もったいないよね」


その言葉を口にした瞬間。


晃星の頭に。


一年前の記憶が蘇った。


*


一年前。


地元で奈緒と会った日の帰り際。


晃星は、ずっと気になっていたことを聞いた。


「なぁ、奈緒ちゃん」


「ん?」


「高校って面白い?」


奈緒は少し驚いたように晃星を見た。


「……面白いよ」


「ほんと?」


「うん。大変なこともあるけど、新しい友達もできるし、知らないこともいっぱい知れるし」


奈緒は小さく微笑む。


「私は行ってよかったって思ってるよ」


「へぇー」


晃星は少し考え込んだ。


そして。


目の前の奈緒を見る。


大人しそうで。


どこか弱々しそうな雰囲気。


それなのに。


制服のスカートの丈は、意外なほど短い。


「……」


「どうしたの?」


「いや」


晃星は奈緒を見ながら笑った。


「高校行ったらさ」


「うん?」


「奈緒ちゃんみたいな、可愛い大人しそうな子なのにスカートの丈短い子とかにも会えるんかなって」


「……え?」


奈緒の顔が一気に赤くなる。


「そういう子と付き合ったら」


晃星はケラケラと笑った。


「大人しいのに俺にデレてくれるとか、最高じゃん!」


「も、もう!」


奈緒は恥ずかしそうに顔を逸らす。


「でも」


晃星は笑顔のまま続けた。


「そう考えたら、高校ちょっと面白そうだなって思えてきたわ!」


奈緒は。


そんな晃星を見ながら。


小さく笑った。


そして。


少しだけ真剣な表情になる。


「あきくん」


「ん?」


「今日会ったばかりだけど」


「うん」


「あきくんって」


奈緒は少し考えるように言葉を選ぶ。


「まだ、いろんな可能性がある人だと思う」


「俺が?」


「うん」


晃星は不思議そうな顔をする。


奈緒は続けた。


「あきくんが、自分で可能性を狭めるようなことをするイメージが湧かないの」


「……」


「やらずに後悔するところより」


「とりあえずやってみて」


「前に進んでいく姿の方が、私には想像できる」


晃星は。


少し驚いたように奈緒を見た。


「だから」


奈緒は優しく微笑む。


「高校も、行けるなら行ってみてほしいな」


「……」


「自分で可能性を狭めるのは」


少し照れながら。


「もったいないよ」


晃星はしばらく黙っていた。


そして。


「……そっか」


何かを決心したかのように呟いた。


*


「――って言われてさ」


気がつけば。


晃星は旧校舎の音楽室に立っていた。


教頭と奈緒が、晃星の話を静かに聞いている。


「そう言われて」


晃星は少し笑った。


「俺も頑張れたんだよね」


「高校、行ってみようかなって思えたし」


「実際行ってみたら、めちゃくちゃ面白かったし!」


晃星は楽しそうに笑う。


「だからさ」


古い音楽室を見回した。


「ここも何か使い道あると思うんだよね!」


「取り壊すって決めちゃう前に、他に何かできないか考えてみてもいいんじゃない?」


そして晃星は。


何かを思い出したようにニヤッと笑った。


「まあ、まだ」


「可愛くて大人しそうなのにスカートの丈短い子には会えてないけど!」


「……」


奈緒は思わず小さく息を呑んだ。


晃星は気づかず、ケラケラと笑う。


「懐かしいなー。奈緒ちゃん元気かなー」


「……」


奈緒は何も言わず、晃星の横顔を見つめていた。


――あの時の言葉。


今日会ったばかりだった自分が。


高校へ行くか悩んでいたあきくんに、何気なく伝えた言葉。


――自分から可能性を狭めるのは、もったいないよ。


それを。


一年経った今でも。


あきくんは覚えていてくれた。


しかも。


その言葉をきっかけに高校へ行くことを決めて。


「俺も頑張れたんだよね」


そう言って。


今、目の前で楽しそうに笑っている。


――私が、あきくんの背中を押せてたんだ。


胸の奥がじんわりと温かくなる。


あの時は、ただそう思ったから口にしただけだった。


まさか。


自分の言葉が、あきくんにとってそんな風に残っていたなんて。


――覚えててくれたんだ。


奈緒は少しだけ目を細めた。


それが。


どうしようもなく嬉しかった。


奈緒が小さく微笑んでいると。


「……なるほどね」


教頭が、ゆっくりと口を開いた。


「ん?」


晃星が振り返る。


教頭は、さっきまでとは少し違う真剣な表情で晃星を見ていた。


「晃星」


「……ん?」


晃星が一瞬固まる。


「呼び捨てかい!」


教頭が笑う。


「こっちなんておばちゃん呼ばわりされてるんだから、おあいこでしょ?」


「いや、それとこれとは話が別じゃない!?」


「別じゃないわよ」


「そうなのか!」


二人のやり取りに、奈緒は思わず吹き出した。


「ふふっ……」


「なに笑ってんの?」


「いや……なんか二人、本当に仲良くなったんだなって」


「そうなの?」


教頭が晃星を見る。


晃星は少し考える素振りをしてから。


「俺はおばちゃん好きだな!」


「え?」


奈緒が目を丸くする。


教頭も一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑った。


「ふふっ。私も晃星のこと気に入ったわ」


「おっ!」


「遠慮なくおばちゃんって呼んでくる生徒なんて初めてだもの」


「いや、そこ気に入るポイント!?」


「ふふふっ!」


「ははは!」


またしても二人が笑い合う。


奈緒はそんな二人を見ながら。


「……本当に仲良くなってる」


と、小さく呟いた。


しばらくして。


教頭はもう一度、静かな表情になった。


「でもね、晃星」


「ん?」


「あなたの話を聞いていたら」


一度、古い音楽室を見回す。


「私も、取り壊す前にもう一度、この校舎の可能性を考えてみたくなったわ」


「お!」


晃星が少し嬉しそうな顔をする。


「だから」


教頭は二人を見た。


「私から、学園よろずやに依頼してもいいかしら?」


「依頼?」


奈緒が首を傾げる。


「ええ」


教頭は頷いた。


「この旧校舎を、取り壊す以外の使い道がないか考えてほしいの」


「ただ残したい、というだけでは学校も納得してくれないでしょうから」


「何か目的を持って使える施設にする案を考えて」


「それを学校に提案できる形にしてほしいのよ」


晃星と奈緒は顔を見合わせる。


「私もできる限り協力するわ」


教頭はそう言って微笑んだ。


「どうかしら?」


晃星はニヤッと笑った。


「いいじゃん、それ!」


「本当?」


「もちろん!」


晃星は胸を張る。


「今日の依頼にビビって来ない元気いっぱいのやつと!」


「逃げ出す部長が残ってるから!」


晃星は勢いよく指を立てた。


「なんとかするよ!!」


そして。


「あ、俺じゃなくて」


一拍置いて。


「そいつらが!!」


「ふふっ!」


教頭が思わず吹き出す。


奈緒も。


「部長……」


と、少し遠い目をしながら苦笑した。

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