いや、誰よ?
「じゃあ、ちゃっちゃと行きますか!」
晃星がそう言って立ち上がる。
「うん!」
奈緒もさっきまでの怯えが嘘のように、元気よく返事をした。
「お、元気出たね」
「出た!」
「よし!」
二人は再び音楽室へ向かう。
古びた廊下の先。
ようやく音楽室の扉が目の前に見えてきた。
「じゃ、開けますよ」
「うん!」
晃星が扉へ手を伸ばす。
その時だった。
――ポロン。
「……」
晃星の手が止まる。
――ポロン、ポロン。
「……え?」
暗い音楽室の奥から。
確かに。
ピアノの音が聞こえた。
「……」
奈緒の顔から、一瞬で血の気が引く。
「……あ」
その直後。
バタッ。
「おいぃぃぃぃぃ!?」
奈緒がその場に崩れ落ちた。
「さっき出た勢いどこ行ったぁぁぁぁ!?」
晃星は慌てて奈緒を抱き抱える。
「うん! じゃないんかい!」
「……」
奈緒は完全に魂が抜けたようになっていた。
晃星は少し考える。
「……まあ」
奈緒の顔を見る。
「気を失ってた方が好都合か」
「……」
「いや、何もしませんよ?」
誰に向かって言っているのか分からない言い訳をしながら。
晃星は奈緒を支え、音楽室の扉を開けた。
ギィィィ……。
懐中電灯を構える。
「……誰だ?」
スッ。
光を。
ピアノの方へ向ける。
そこに。
女性の影が見えた。
「……っ」
晃星は息を呑む。
暗闇の中。
女性は静かにピアノの前にいた。
「誰だ……?」
晃星が警戒する。
すると。
その影がゆっくりと動いた。
ピアノから離れ。
壁の方へ歩いていく。
「……」
晃星は奈緒を抱えたまま、その姿を見つめる。
そして女性は。
壁にある何かへ手を伸ばした。
パチリ。
その瞬間。
パッ!!
旧校舎の音楽室に明かりが灯った。
「うおっ!?」
晃星が思わず目を細める。
「ここ電気通ってんの!?」
明るくなった音楽室。
そこで。
晃星と女性の目が合った。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
晃星は女性の顔をじっと見る。
「お、おばちゃん誰!?」
「お、おばちゃん!?」
女性が自分を指差して驚く。
「ちょっと待って!? いきなり会って第一声がおばちゃん!?」
「いや、だって誰よ!?」
「それはこっちのセリフよ!」
「なんで!?」
「なんでって、暗い旧校舎の音楽室に知らない男子生徒が入ってきたのよ!?」
「いや、こっちからしたら暗闇でピアノ弾いてるおばちゃんの方が怖いわ!」
「おばちゃん言うな!」
「じゃあ誰!?」
「……こっちが聞きたいわ!」
「じゃあ名乗れよ!」
「あなたが先に名乗りなさいよ!」
「なんで俺から!?」
「年下なんだから!」
「年下ってだけで先に名乗るルールある!?」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
「ない!」
二人がしばらく睨み合う。
そして。
「……」
「……」
「……ぷっ」
先に女性が吹き出した。
「ふふっ、なによもう」
「いや、おばちゃんが変なこと言うから!」
「だからおばちゃん!」
「じゃあなんて呼べばいいんだよ!」
「せめて……お姉さん?」
「いや無理あるだろ!」
「失礼ね!」
「いやいや、そこはおばちゃんもお姉さんは無理あるって分かって言ってるでしょ!」
「……ふふっ!」
女性がまた笑い出す。
晃星もつられて笑った。
「ははは!」
「もう!」
女性は呆れながらも、どこか楽しそうだった。
「君、面白い子ね」
「おばちゃんもね」
「だから!」
「ははは!」
なぜか。
さっきまで幽霊かもしれないと警戒していた相手と。
晃星はすっかり意気投合していた。
「で?」
晃星が女性を見る。
「結局、おばちゃん誰なの?」
「だから!」
女性が笑いながら晃星を指差す。
「君こそ誰なのよ!」
「俺?」
「そうよ」
「俺は桐生晃星!」
「……桐生くんね」
「そう!」
「で、おばちゃんは?」
「……」
女性は少し考える。
「じゃあ、ヒント」
「なんでヒント形式!?めんどくせぇ!」
「君、学校の先生の顔くらい覚えなさいよ」
「え?」
晃星がもう一度、女性の顔を見る。
「……知らん!」
「即答!?」
「いや、知らんもん!」
「ふふふっ!」
女性はまた楽しそうに笑った。
その時だった。
「……うぅん」
「ん?」
晃星が振り返る。
腕の中で。
奈緒がゆっくりと目を覚ました。
「……あれ?」
「お、奈緒先輩! 起きた?」
「……」
奈緒はぼんやりと周囲を見る。
明るい音楽室。
晃星。
そして。
目の前の女性。
「……え?」
奈緒の目が大きく開く。
「あきくん」
「ん?」
奈緒は女性を指差す。
「この人……」
「うん。今ちょうど誰か聞いてるとこ」
奈緒は一瞬、呆れたような顔をした。
「教頭先生だよ」
「……」
晃星の動きが止まる。
「……え?」
もう一度。
女性の顔を見る。
「……」
女性はニコニコと笑っている。
「えぇ、おばちゃん教頭だったの!?」
「だからおばちゃんって言わないの!」
「いやいや! だって教頭に見えんもん!」
「それ褒めてる?」
「いや、分からん!」
「分からんのかい!」
「ははは!」
またしても。
晃星とおばちゃんはケラケラと笑い出した。
奈緒は二人を見ながら。
「……なんであきくん、教頭先生とこんな仲良くなってるの?」
と、呆れたように呟いた。




