依頼で行くだけですが?
夏休みの午後・帰宅後
晃星が家に帰ると、まだ誰も帰ってきていなかった。
自分の部屋に入り、ベッドへ倒れ込む。
「……暇だな」
地元の友達に連絡してみても、彼女と遊んでいたり、高校時代の友達と出かけていたり。みんなそれぞれ予定があるらしい。
そんな時、スマホが鳴った。
画面を見る。
「お」
月姫からだった。
晃星は電話に出る。
「もしもし」
『あっくん?』
「おー、どうした?」
『借りてた漫画、読み終わった』
「あー、どうだった?」
『面白かった。続き貸して』
「でしょ。いいよ、今度持ってくわ」
『ほんと? やった』
「そんな喜ぶ?」
『気になるもん』
「じゃあまた持ってくよ」
『うん』
少しだけ漫画の話をしてから、晃星が思い出したように口を開く。
「そういえば今日さ、よろずやに依頼入ったんだよ」
『夏休みなのに?』
「そうなんだよ」
晃星は今日あったことを簡単に話した。旧校舎で起きる怪奇現象。伊織が怖がって待機班になったこと。そして、明日は自分と奈緒が調査へ行くこと。
『……奈緒先輩と二人で?』
「うん」
『夜の旧校舎に?』
「そう」
『……ふーん』
「?」
少しだけ、月姫の声が不満そうだった。
しかし晃星は特に気にせず続ける。
「あ、あと今日さ。伊織ちゃんが友達のとこ行くって言ってたじゃん?」
『うん』
「あれ母さんだった」
『え?』
「駅まで一緒に帰ったら母さんが伊織ちゃん迎えに来ててさ。そのまま二人で買い物行った」
『……いいなー』
「めちゃくちゃ仲良いんだよ、あの二人」
『羨ましい』
月姫が素直に呟く。
晃星は少し考えてから、何気なく言った。
「でもさ、漫画とかゲームの話だけじゃなくてさ。今日あったこととか、こういう何でもない話もできるじゃん?」
『……うん』
「俺の中で地元の友達って、やっぱ特別だなって思ってるんだけど」
『うん』
「月姫も特別だなって思うなー」
『……え?』
「何話してもちゃんと聞いてくれるし、色んな話してくれるじゃん?」
『……』
「月姫のツッコミも面白いし。話してると楽しいんだよね」
晃星は何も考えず、ただ思ったことを口にしていた。
けれど月姫は、電話の向こうで固まっていた。
――私も特別。
地元の友達と同じくらい。
あっくんの中で。
「……もう」
誰もいない部屋で、月姫の口元が自然に緩む。
今までたくさんの男から好意を伝えられた。可愛い、綺麗、好きだ。そんな言葉をいくら並べられても、心が動いたことなんてなかった。
なのに。
あっくんが何気なく言った一言だけで、こんなにも嬉しくなってしまう。
『……そ、そっか』
「うん」
『……ふふ』
「何?」
『何でもない』
奈緒先輩のことが少し気になっていた。伊織があっくんのお母さんと仲良くしているのも羨ましかった。
でも今は、それよりもさっきの言葉が頭から離れない。
電話を終える前、月姫は思い出したように口を開いた。
『あっくん』
「ん?」
『明日の奈緒先輩』
「うん」
『デレデレしないでよ?』
「は?」
『だから!』
「何で俺がデレデレするんだよ」
『知らない! でもしないでよ!』
「しないって」
『ほんと?』
「ほんとほんと」
『……ならいい』
「何だったんだよ」
『何でもない!』
月姫は少しだけ不満そうな声を出しながらも、電話を切る頃にはすっかり上機嫌になっていた。
⸻
しばらくして、玄関が開く音がした。
「ただいまー!」
「ただいまー!」
母と伊織が帰ってきた。
晃星がリビングへ行くと、テーブルの上には買い物袋がいくつも置かれていた。
「あっきー!」
伊織が嬉しそうに振り返る。
「見て見て!」
「うわ、こんなに買ったの?」
「いっぱい買った!」
伊織はさっそく買い物袋から服を取り出した。
「これ!」
「おー。似合いそうじゃん」
「ほんと!?」
「うん」
「やった! じゃあこれは?」
「それも似合いそう」
「でしょ!」
母も隣で楽しそうに笑っている。
「それ私が選んだんだよ」
「へぇ」
「伊織ちゃんに似合うと思って」
「確かに似合いそう」
「ほらー!」
伊織は嬉しそうに笑うと、また買い物袋に手を入れた。
「あとね! これも!」
取り出して、そのまま晃星の前へ見せる。
「……」
「……」
「あ」
伊織の動きが止まった。
手に持っているものを見る。
「…………」
下着だった。
「きゃあああああ!!」
「なんで出したの!?」
「勢い!」
「勢いで下着出すな!」
「見た!?」
「見えた!」
「ドスケベ!!」
伊織は慌てて隠すと、そのまま母に抱きついた。
「ママぁぁぁ!」
「はいはい」
母が笑いながら伊織の頭を撫でる。
「でもちょっと大人っぽいけど、伊織ちゃん似合うと思うよ」
そう言って、母は親指を立てた。
「グッ」
「何のグーサイン!?」
「ママぁぁぁ!!」
「もうあっきー嫌い!」
「俺何も言ってないだろ!」
「見たじゃん!」
「見せられたんだろ!」
「二人とも!」
伊織と晃星が言い合いになる。母はそんな二人を見ながら笑っていた。
「はいはい、落ち着いて」
伊織を抱き寄せる。
「晃星も伊織ちゃん泣かせないの」
「泣いてないだろ!」
「泣きそう」
「泣いてない!」
「もう!」
伊織も負けずに言い返す。
しばらく騒いだ後、ようやく伊織が落ち着いた。
「そういえばあっきー」
「ん?」
「明日の依頼」
「ああ」
「奈緒先輩と二人で行くんだよね」
「依頼だからな」
「ふーん」
「何だよ」
「別に?」
明らかに何か言いたそうな伊織。
「夜の旧校舎でしょ?」
「そう」
「奈緒先輩と二人でしょ?」
「そうだけど」
「ふーん」
「だから何だよ」
母が楽しそうに笑う。
「伊織ちゃん、心配なんだよね?」
「違うし!」
「夜の旧校舎だもんね」
「……それもある」
伊織は晃星を見る。
さっきまでとは少し違う。今度は本当に心配そうな顔だった。
「ほんと気をつけてよ?」
「おう」
「何かあったらすぐ連絡して」
「わかった」
「絶対だからね」
「はいはい」
すると母が伊織の肩を抱いた。
「こんな可愛いお嫁さんに心配かけちゃダメだよ?」
「ママ!?」
「誰がお嫁さんだよ!」
「ふふ」
母は楽しそうに笑う。
伊織は少し顔を赤くしながらも、晃星をじっと見た。
「……あっきー」
「ん?」
「奈緒先輩とイチャイチャすんなよ」
「するか!!」
「絶対だよ!」
「だから依頼だって!」
「どうだろうね!」
伊織はぷいっと顔を逸らす。
少ししてから、小さな声で続けた。
「……とにかく、ほんと気をつけてね」
「わかったよ」
晃星がそう答えると、伊織はようやく少しだけ安心したように笑った。
その横で母が楽しそうに言う。
「ほんと、伊織ちゃんヤキモチ妬いちゃってかわいい」
「まだ言うの!?」
「ママ!!」
晃星と伊織の声が重なる。
母だけが、今日一番楽しそうに笑っていた。




