恐怖!!真夏の夜の依頼
夏休みの依頼
夏休みの午後。
学園よろずやの部室では、晃星が机に突っ伏していた。
「……眠い」
「寝るなー」
隣では伊織がスマホを触りながら、晃星の頭を指でつついている。
「夏休みなのに、なんで学校来てんだろ……」
「ほんとだよねー」
伊織もスマホから目を離さないまま答えた。
「普通、夏休みって学校から解放される期間じゃない?」
「俺もそう思う」
「なのに部室集合って何」
「知らん」
そんなやり取りをしていると、部室の扉が開いた。
「お待たせ」
奈緒が入ってくる。手には一枚の依頼書があった。
「部長から預かってきたよ」
「お、依頼?」
晃星がようやく顔を上げる。
「夏休みの依頼ってことは、校外っすか?」
「海かなー」
伊織が少し期待を込めて言った。
奈緒は依頼書に目を落とす。
「えーっと……旧校舎です」
「なんだよー……」
晃星が再び机に突っ伏した。
「夏休みなのに学校かよ」
「わかるー」
伊織も露骨に嫌そうな顔をする。
「せっかくの夏休みなんだから、もっとこう……海とかさー」
「なんで海なんだよ」
「夏じゃん」
「いや、そうだけど」
晃星もため息をついた。
「夏休みくらい学校から解放されたいんだけど」
「ほんとそれ!」
伊織が勢いよく頷く。そして奈緒を見る。
「ていうかさ」
「ん?」
「夏休みによろずやに依頼出す暇人めー!」
「依頼人に喧嘩売るな」
晃星がすぐにツッコむ。
「だって夏休みだよ!?」
「まあ、気持ちはわかる」
「でしょ?」
「でも依頼は依頼だろ」
「急にまともぶらないでよ」
「部員だからな」
伊織は不満そうに頬を膨らませた。
「で、どんな依頼なんです?」
奈緒は依頼書を見ながら、少しだけ間を置いた。
「この依頼、初めてじゃないんだよね」
「初めてじゃない?」
晃星が首を傾げる。
「うん。旧校舎の音楽室。そこの教室で、夜になるとたまに――」
「奈緒先輩! ストップ!!」
「えっ?」
突然の大声に奈緒が目を丸くする。
「どうした?」
晃星も伊織を見る。
伊織は恐る恐る奈緒を見た。
「もしかして……心霊的なやつですか?」
奈緒は困ったように笑う。
「伊織ちゃん、こういうのダメな人?」
「ほんっっとに無理。帰ります」
「まだ話終わってないけど」
「無理です」
「へー」
晃星が少し意外そうに伊織を見る。
「意外」
「何が!?」
「伊織ちゃんの方が絶対強いのに」
奈緒もくすっと笑った。
「はぁ!?」
伊織が晃星を見る。
「どういう意味!?」
「なんとなく」
「納得いかない!」
「とりあえず話だけでも聞かない?」
晃星が言うと、伊織はものすごく嫌そうな顔をした。
「……短くね」
「善処します」
奈緒が苦笑する。
「じゃあ、仕切り直すね。旧校舎の音楽室で、夜になると……いつもではないけど、か細いピアノの音が聞こえるって噂になってる」
伊織はすぐに両耳を塞いだ。
「先日、野球部の子が部活帰りにその音を聞いたんだって。それで、依頼人を含めた三人で旧校舎の方に向かった。外から覗いたけど、電気はついてなくて中はよく見えなかったらしい」
晃星は黙って聞いている。
「でも、人影があったんだって」
伊織の肩がぴくっと動いた。
「目を凝らして見ると、そこで微笑んでる何かを見たって」
「聞いてない聞いてない聞いてない!」
伊織が耳を塞いだまま叫ぶ。
「聞いてるじゃん」
晃星が笑う。
「勝手に耳に入ってくるの!」
「耳塞いでる意味ある?」
「ある!」
奈緒も少し笑ってから続けた。
「それで、このまま気になって部活にも集中できないし、新学期が始まってからの学業にも影響が出るかもしれないから調査してほしいって」
「そんなの教師に頼んでよ!」
伊織が即座に怒る。
「なんで夏休みの私たちが夜の旧校舎に行かなきゃいけないの!?」
「それがね」
奈緒が少し困った顔になる。
「生徒会がウチをあんまり良く思ってないから」
「そうなの?」
晃星が首を傾げる。
「何かしら面倒なことでも引き受けないと、廃部に一直線ってこと」
「なるほどね」
晃星はようやく納得した。
三人は部室を見回した。古いソファに傷んだ机、誰が置いたのかわからない漫画。決して立派な部室ではないが、なくなるとなるとそれはそれで困る。
「このサボり部屋がなくなるのも勿体ないか」
晃星が呟く。
「サボり部屋って言わないでよ」
「でも普段何してる?」
「……」
「……」
「否定できない」
奈緒が小さく笑った。
「てか部長は?」
晃星が辺りを見回す。
奈緒は目を閉じ、深く息を吐いた。
「……さっきまでいたんだけど」
「うん」
「依頼書渡して」
「うん」
「話を聞いた瞬間」
晃星と伊織が察し始める。
「ちょっと用事あるって」
一瞬の沈黙。
「「あいつ逃げやがったな」」
二人の声が完全に重なった。
奈緒は苦笑するしかなかった。
「まあ、俺はこういうの全然平気だけど」
晃星が椅子にもたれる。
「俺一人でも大丈夫だよ」
「ほんと!?」
伊織が一気に顔を明るくする。
「じゃああっきー、一人で行けばいいじゃん!」
「喜ぶの早いな」
「私は行かないからね」
「わかってるよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
伊織は満足そうにしたものの、すぐに少しだけ表情を変えた。
「……でも」
「ん?」
「ほんとに一人で行くの?」
「行けるよ」
伊織は何か言いたそうにしたが、言葉にはしなかった。
すると奈緒が口を開いた。
「私も平気じゃないけど一緒に行くよ」
伊織が振り返る。
「奈緒先輩も?」
「うん。一人より二人の方がいいでしょ?」
「……まあ」
奈緒が伊織を見る。
「伊織ちゃんは今回、連絡待ちの役してくれる?」
「……」
「家で待ってて。何かあったらすぐ連絡するから」
伊織は少し悩んでから頷いた。
「……電話するから」
「うん」
「あっきー、ちゃんと電話するんだよ」
「いいけど」
「何?」
晃星が少し笑う。
「電話からそっち行ったらどうする?」
「は?」
「呪いの電話みたいに」
「やめろ!!」
伊織が即座に怒鳴った。
「冗談だって」
「そういうのが一番ダメなの!」
奈緒が笑いを堪えている。
伊織はむっとしてから、晃星と奈緒を見た。
「……」
「どうした?」
「別に」
「?」
伊織は視線を逸らす。
「気のせい!」
「何が?」
「何でもない!」
夜の旧校舎に晃星と奈緒が二人で行く。
どうやら、それが少し気に入らないらしい。
「でもさー」
晃星が急に言った。
「幽霊って体なくても存在するなら、俺たちなんなんだって思わない?」
「また始まった」
伊織が嫌そうな顔をする。
「病気も怪我もするのに、死んだからってそういうの無しに存在するのズルくね?」
奈緒が晃星を見る。
「あ、信じてないんだ?」
「いや、俺、幽霊とかUMAとかめっちゃ信じるし、そういうの聞きたい人だよ」
「そうなんだ」
奈緒が少し意外そうに笑う。
「いたらちょっと聞いてみたいんだよなー。明るい時もいるのかとか、家とかはあるのかとか」
「聞くことそこ?」
奈緒が笑う。
「気になるじゃん」
伊織が呆れたように晃星を見る。
「あっきー、絶対幽霊に会っても最初に質問するでしょ」
「するかも」
「するんだ……」
奈緒が依頼書を確認する。
「じゃあ、依頼人が見たっていう日も金曜日だから、明日の金曜日にしようか?」
「了解」
晃星が頷く。
「私は行かないからね」
伊織は念を押す。
「うん、自宅待機で」
「絶対何かあったら電話してよ?」
「するよ」
「絶対だよ?」
「絶対」
伊織は少しだけ安心したようだった。
「私はとりあえず鍵と学校に申請だけ出して来るね」
奈緒が立ち上がる。
「よろしく」
「時間はまた連絡する」
「了解」
伊織も鞄を持った。
「じゃ、帰ろっか」
「おう」
三人で部室を出ると、奈緒は職員室の方へ向かった。
「じゃあまた明日ね」
「はーい」
「気をつけてねー」
奈緒と別れ、晃星と伊織は駅へ向かって歩き出す。
「夏休みによろずやに依頼出すなんて暇人めー」
伊織がまた愚痴をこぼす。
「まだ言ってんのか」
「だって暇人じゃん」
「まあな」
「しかも心霊調査だよ?」
「それは同意する」
「でしょ?」
「夏休みくらいゆっくりさせてほしいよな」
「ほんとそれ!」
「なのに明日も学校だぞ」
「私は行かないけどね」
「自宅待機だもんな」
「そうです」
伊織は少し得意そうに笑った。
しばらく歩いてから、晃星が伊織を見る。
「……あれ?」
「何?」
「伊織ちゃん、こっち駅だよ?」
「え?」
伊織が一瞬だけ止まる。
「……まだ早いから」
「うん?」
「友達のとこ行くの」
「こっちに友達いるんだ?」
「いるよ!」
妙に強気だった。
そして、そのまま同じ電車に乗る。
「へぇ」
「何」
「いや、知らなかったなって」
「友達くらいいるし」
「そんなこと言ってないだろ」
「顔が言ってた」
「顔?」
「言ってた」
「意味わからん」
「ふん」
そんなくだらない会話をしながら、二人は駅に到着した。
改札を出ると。
「あっきー」
聞き慣れた声がした。
晃星が顔を上げる。
「あれ?」
そこには母親が立っていた。
「迎えに来てくれたの?」
晃星が聞く。
すると母は、晃星ではなく伊織を見る。
「伊織ちゃんをね!」
「え?」
晃星が伊織を見る。
伊織は何故か少し得意そうだった。
「友達って」
晃星が伊織を見る。
「友達ってお前かい!!」
「ふふん」
「何その顔」
母は嬉しそうに伊織へ近づく。
「伊織ちゃん〜」
「はい!」
伊織の顔がぱっと明るくなる。
「今日はあっきーママと服とか下着見に行く約束してるんだよ!」
「あぁ、下着も……」
「ドスケベ!!」
「なんでだよ!?」
「そこだけ反応するのがドスケベなんです!」
「普通に言っただけだろ!」
「絶対今変なこと考えた!」
「考えてねえよ!」
「怪しい!」
「何がだよ!」
二人がいつものように言い合っていると、母が楽しそうに笑った。
「ほんと仲いいね〜」
「「仲良くない!」」
二人の声がぴったり重なる。
母はますます楽しそうに笑う。
「ほら〜」
晃星は呆れたように二人を見る。
「ほんと伊織ちゃんのこと可愛がってんな」
「そう?」
「うん。ほんと娘みたいに可愛がってる」
すると母は伊織を見ながら、何でもないことのように言った。
「でも数年後には娘になってるもんね?」
「ねー」
伊織もつい反射的に返しかけて、はっと口を閉じた。
「ち、違っ!?」
顔がみるみる赤くなっていく。
母がその様子を見て、にやりとする。
「ちっ、まだ腹括れてないか」
伊織は何も言えず、ますます顔を赤くした。
すると母は笑顔になった。
「でも、ほんとにそうなる気がするもん」
そう言うと、いつものように伊織を抱きしめる。
「ママ〜!」
伊織も嬉しそうに抱きしめ返した。
「ママ大好き!」
「私も伊織ちゃん大好き〜」
楽しそうに抱きしめ合う二人を見て、晃星は小さく笑った。
「ほんと仲いいな」
「仲良しだもんね〜」
「ね〜」
今度は伊織も素直に頷く。
「……まあ、女同士買い物行くならごゆっくり」
晃星がそう言うと、母が伊織を抱きしめたまま振り返った。
「うん! 行ってくるね〜」
「はい! あっきー、またね!」
「はーい、気をつけてな」
二人は手を振りながら、楽しそうに歩き出す。
晃星はその背中を見送ってから、一人で家へ向かった。




