全然、違う。
——月姫が同窓会の会場へ戻ると、伊織がすぐに気づいた。
「あ、月姫!」
「おかえり。大丈夫?」
「うん」
そう答えた月姫の顔は、先ほどまでとは違っていた。
さっきまで胸の奥にあった重さが、嘘みたいに軽くなっている。
けれど、戻ってきた月姫を見つけると、またクラスメイトたちが集まってきた。
「美空さん、今度遊びに行くならいつ大丈夫?」
「連絡先教えてよ」
「今度みんなで遊ぼうよ」
次々と声をかけられる。
けれど、今度の月姫は逃げなかった。
「今は高校のこともあるし……ちょっとやりたい事も溜まってて、しばらくは無理そうかな」
「そっかぁ。じゃあ、また落ち着いたらでいいからさ」
「ごめんね。今はそういう予定を入れるつもりはないかな」
「じゃあ連絡先だけでも――」
「ごめんね。連絡先は交換しないでおくね」
曖昧に期待を持たせることもしない。
かといって、相手を否定することもしない。
自分の気持ちはきちんと伝えて、その上で、誘ってくれたことには笑顔で「ありがとう」と返す。
そんな月姫を見て、伊織も少し安心したように笑っていた。
やがて同窓会も終わりに近づく。
帰り支度をしていると、これまであまり月姫と話していなかった男子が声をかけてきた。
「美空、ちょっと時間ある?」
「……うん?」
「少し、外で話したいんだけど」
月姫は伊織を見る。
「伊織、ちょっと待ってて」
「うん。分かった」
月姫はその男子と一緒に店の外へ出た。
夜の空気が、少しだけ涼しかった。
男子は月姫の隣に並ぶと、少し笑って言った。
「あいつらさ、美空のこと、何も分かってないよな」
「……え?」
「だって、あんな大勢で一気に言われても困るだろ?」
月姫は黙って聞いていた。
「俺はあいつらとは違うから」
そう言って、彼は月姫のことを褒め始めた。
自分ならもっとちゃんと向き合える。
女の子と付き合った経験もあるから、どうすればいいか分かっている。
無理に何かを求めたりもしない。
「絶対、大事にするから」
そして――。
「俺と付き合ってみない?」
月姫は少しだけ目を伏せた。
「……ごめんなさい」
「……好きな人、いるの?」
その言葉に、月姫は答えなかった。
代わりに。
今日、あっくんと一緒にいた時間が頭に浮かんだ。
駅まで走ってきてくれたこと。
何も聞かずに隣にいてくれたこと。
一緒にご飯を食べて、笑って。
帰り際には、自分から抱きついてしまったこと。
胸の奥に、あの時と同じ温かさが広がっていく。
月姫は小さく笑った。
そして――。
「……ごめんなさい」
もう一度、はっきりと告げる。
「やっぱり、付き合えないです」
それ以上は何も言わず、月姫は伊織の待つ店内へ戻っていった。
「月姫がいなくなってから、大変だったんだから」
伊織がそう言う。
「え?」
「みんなずっと聞いてきたんだから。『あの侍誰なの?』とか、『昨日の男の子って誰?』とか」
「ふふっ」
「私だって全部説明できないし。もう、疲れたんよ」
「ごめんごめん」
二人は笑いながら店を出た。
帰り道も、今日のことを話した。
昔のクラスメイトのこと。
高校のこと。
今日あった出来事。
いつの間にか、二人とも自然に笑っていた。
そして――。
家に帰ってきた月姫は、自分の部屋に鞄を置いた。
「……ただいま」
家族に声をかけると、そのままお風呂へ向かう。
お風呂から上がると部屋着に着替え、髪を乾かして、明日の準備を済ませる。
一通り寝る支度を終えると、月姫はベッドに腰を下ろした。
「……ふぅ」
ようやく、一人になった。
今日一日のことを思い返す。
同窓会で、昔のクラスメイトたちに囲まれたこと。
途中で抜け出して、あっくんに会いに行ったこと。
一緒にご飯を食べて。
帰りの電車で、ずっと隣にいてくれて。
そして――帰り際。
『後でぜーったい行くから寝ないで待っててよ! 旦那様!?』
自分からあっくんに抱きついたことを思い出して、月姫の顔が少し熱くなる。
「……私、何してるんだろ」
小さく呟いて、頬を押さえる。
けれど、その時のあっくんの真っ赤な顔を思い出すと、また笑ってしまった。
「……ふふっ」
そういえば。
あっくんは、待ってると言っていた。
月姫はスマートフォンを手に取る。
ゲームを起動して、フレンド一覧を確認する。
「あ……」
やっぱり、あっくんはオンラインだった。
月姫は少し嬉しくなって、そのままゲームにログインする。
ボイスチャットを繋いだ。
「ただいま!」
『おー! おかえり、月姫!』
いつもの明るい声。
「……あっくん」
『ん?』
「なんか……苦しそうじゃない?」
『いやー……待ってたよ……』
「待ってたっていうより、苦しんでない?」
『晩飯が……今になって俺の腹を攻撃してきてる……』
「え?」
『わんぱく丼……』
月姫は思わず吹き出した。
「ふふっ……何それ」
『いや、聞いてくれよ。トンカツと焼肉とエビフライが、今俺の腹の中で戦ってる』
「自業自得だよ」
『今度月姫も食べてみなよ』
「絶対食べない」
『なんでだよ! うまいんだって!!』
「いや、そんなの聞いたら余計食べたくなくなるよ」
『本当にうまいのに〜』
「はいはい」
月姫は笑いながらゲームを操作する。
こうしてあっくんと話していると、今日一日の疲れが少しずつ抜けていく気がした。
そして、ゲームを続けながら。
ふと、今日の帰り際のことを思い出す。
『俺と付き合ってみない?』
告白された。
あの時、自分は断り方を迷わなかった。
「……ごめんなさい」
そう言って、はっきり断った。
でも。
そこで、数時間前のことが頭に浮かんだ。
あっくんと二人でいた時。
『月姫、晩御飯付き合ってくれないかな?』
あの時。
一瞬だけ。
『付き合ってくれないかな?』
その言葉だけしか聞いてなくて。
――もしかして。
あっくんが、自分と付き合いたいって言ってる?
そう勘違いした。
その瞬間。
胸が一気に高鳴った。
顔が熱くなって。
嬉しくて。
どう返事をしたらいいのか分からなくなった。
でも、すぐに「あ、晩御飯の話か」と気づいて。
すごく恥ずかしくて、少しだけ残念に思った。
「……」
月姫はゲーム画面を見ながら、考える。
今日の告白と。
あの時の勘違い。
どちらも「付き合って」という言葉だった。
なのに――。
「……全然、違う」
今日、告白された時は。
申し訳ないとは思った。
けれど、嬉しいとは思わなかった。
胸が高鳴ることもなかった。
なのに。
あっくんの言葉を勘違いした時は。
ほんの一瞬だったのに。
あんなにも嬉しかった。
「……なんでだろ」
月姫は操作する手を少しだけ止める。
今日、あっくんと過ごした時間を思い出す。
駅まで走ってきてくれたこと。
一緒にご飯を食べたこと。
帰りの電車で、何も聞かずに隣にいてくれたこと。
そして――。
『会いたくなったり、話したくなったりしたら、いつでも連絡してきてよ』
「……」
胸の奥が、また温かくなる。
『月姫?』
「あ……うん」
『どうした? なんかボーッとしてたけど』
「ううん。なんでもない」
月姫は小さく笑う。
今日の告白を断った理由。
あっくんの言葉を勘違いした時に、あんなにも嬉しかった理由。
その二つは、きっと同じところに繋がっている。
誰と一緒にいたいのか。
誰に会いたいのか。
誰といる時に、自分が自然に笑えるのか。
その答えを――
けれど。
まだ、それを自分の口から言葉にすることはできなかった。
『月姫、次行こうか?』
「あ、待って!」
月姫は笑って、再びゲーム画面に集中する。
今はまだ。
こうしてあっくんと話していられることが、心地よかった。




