救われる心
駅へ向かって2人で歩いていく。
しばらく歩くと、駅が見えてきた。
二人はそのまま駅の中へ入り、改札の前までやってくる。
晃星はそこで足を止めた。
「じゃあ、俺ここまででいいかな」
「……うん」
「気をつけて帰ってな」
「……うん」
晃星は笑って、月姫を見送ろうとする。
月姫も改札へ向かおうとする。
けれど――
一歩。
踏み出そうとして、足が止まった。
「……」
月姫は改札を見つめたまま、動けない。
晃星はそんな月姫を見て、少しだけ考える。
そして――
月姫の手を、そっと引いた。
「え?」
月姫が振り返る。
晃星は笑っていた。
「俺も一緒に向こうの駅まで行こっかな」
「……あっくん」
晃星はそのまま、月姫の手を引いて歩き出す。
「一緒に行こ?」
「……うん」
月姫は小さく頷く。
そして今度は、晃星と一緒に改札を通った。
ホームで、二人は電車を待っていた。
やがて、遠くから電車の音が聞こえてくる。
「……」
電車が近づくにつれて、月姫は少しずつ俯き加減になっていった。
さっきまで笑っていたのに。
晃星の隣にいると、楽しかった。
ゲームの話をして、漫画の話をして。
何も考えずに笑うことができた。
でも――
電車が来る。
その先には、戻らなければならない場所がある。
月姫は静かになった。
考えるより先に、スマホで連絡した。
会ってくれた。
あっくんは、すぐに来てくれた。
一緒にいてくれて。
笑わせてくれて。
心が晴れた。
だから。
もう過去のことも、振り切れていると思っていた。
なのに――
「……」
同窓会のところへ戻ることを考えると、今一歩、行く気になれない。
電車がホームへ入ってくる。
月姫は、何も言わずにそれを見つめていた。
そんな月姫の隣には、あっくんがいる。
不意に――
月姫の手が動いた。
「あっくん……」
晃星の服の裾を、そっと掴む。
「ん?」
晃星が月姫のほうを向く。
月姫は何かを話そうとする。
けれど、言葉が出てこない。
「……」
そんな月姫を見て、晃星は少しだけ笑った。
「いいよ」
「……え?」
「そのままでも」
それだけだった。
何を話さなければならないのか。
何があったのか。
晃星は聞かない。
ただ、月姫が掴んだ服の裾を、そのままにしている。
「……」
月姫は晃星を見る。
なんで――
なんで、こんなにしてくれるんだろう。
何かを察してくれているのだろうか。
それとも、何も分かっていないのに、ただこうしてくれているのだろうか。
晃星はいつものように笑っている。
そして、また楽しそうに話し始める。
「そういえばさ、あのゲームの続きなんだけど――」
月姫も、少しずつその話に耳を傾ける。
晃星はゲームの話をして。
漫画の話をして。
いつものように笑っている。
まるで、月姫が何かを考え込まないようにしているみたいに。
「……」
月姫は思う。
もっと甘えても、許してくれるかな?
そのとき。
月姫の手が、晃星の手に触れた。
「……」
晃星は一瞬だけ月姫の手を見る。
そして、一呼吸置いてから、少し顔を赤らめてそっと月姫の手を握った。
「こっちのがいい?」
「……」
月姫は何も言わなかった。
ただ、そのまま晃星の手を握り返した。
その温かさに、胸の奥がじんわりとする。
晃星も何も言わず、そのまま手を握っている。
月姫は、その優しさに甘えてしまう。
電車の揺れの中でも、晃星はいつものように話していた。
ゲームの話。
漫画の話。
いろんな話をして、月姫が余計なことを考えないようにしてくれているようだった。
月姫は、そんな晃星の横顔を見つめる。
なんだか、自分の心の中を知っているように感じてしまう。
けれど、晃星は何も聞かない。
ただ、隣にいてくれる。
しばらくして、晃星がふと口を開いた。
「あのさ」
「ん?」
月姫が晃星を見る。
「別に、こういうのお願いじゃなくていいから」
「……え?」
晃星は月姫のほうを向いて、笑顔を見せる。
「会いたいときに会いたい、とかさ」
「……」
「そういうの、お願いじゃなくていいよ」
月姫は少し驚いたように晃星を見る。
「俺らなんて、暇になったらさ」
晃星は少し笑う。
「誰か他に暇なやつとか、すぐ探したりするから」
「……」
「だから、そういうの全然慣れてるし」
「だからさ、約束してないと遊べないとかないからさ」
「……」
「会いたくなったり、話したくなったりしたら、いつでも連絡してきていいよ」
月姫は、晃星の顔を見る。
その笑顔を見ていると――
今日、まだ一時間足らずのこの時間で、自分がどれだけ心を軽くしてもらったのかを実感した。
ああ。
悩んだり、辛くなったりしたときは――
頼っていいんだ。
伊織だけじゃなかった。
あのとき、同窓会を抜け出してよかった。
あっくんに会いに行ってよかった。
会ってくれた。
何も聞かずに、一緒にいてくれた。
いつもと変わらないままでいてくれた。
ゲームの話をして。
漫画の話をして。
笑わせてくれて。
そして今も、隣にいてくれる。
「……」
月姫は、握ったままの晃星の手を見る。
胸の奥が、じんわりと温かくなっていく。
その温かさは、涙が溢れそうになるほどだった。
やがて、電車は目的の駅へ到着した。
二人は電車を降り、ホームを歩いていく。
月姫は改札へ向かう前に、立ち止まった。
そして――
「……すぅ」
ゆっくりと深呼吸をする。
そして、別れ際。
晃星がふと思い出したように月姫へ話しかける。
「あのさ」
「ん?」
「俺、今日ずっとダラダラしてたからさ」
晃星は笑う。
「夜は多分、寝れないんだよね」
「……?」
「だから、いつものゲームやってると思う」
そして、いつものように笑顔で。
「月姫も元気だったら入ってこいよ!」
「……!」
その言葉に、月姫の胸がまた熱くなる。
「……うん」
月姫は笑う。
「今日は、ありがとう」
そう言って、晃星に手を振る。
「またね!」
晃星も笑って手を振る。
「うん、こちらこそありがとう!またね!」
月姫は出口の方へ歩き出した。
晃星はその背中を見つめている。
――と思った、そのとき。
月姫が突然立ち止まった。
そして――
くるりと振り返る。
晃星のほうへ向かって、走り出した。
「え?」
晃星が驚く。
次の瞬間――
月姫は、そのまま晃星に抱きついた。
「うわっ!?」
突然のことに、晃星は慌てる。
月姫はそのまま、晃星をぎゅっと抱きしめる。
「後でぜーったい行くから!」
「え、ちょ、月姫!?」
「寝ないで待っててよ!」
抱きしめた腕に、さらに力を込める。
そして――
「旦那様!!」
「……っ!?」
晃星の顔が、一瞬で真っ赤になる。
「…………はい」
かろうじて、それだけ答えた。
月姫は満足そうに笑う。
そして、晃星から離れる。
「じゃあ――」
月姫は振り返る。
「行ってきます!」
「……はーい!」
月姫は、そのまま出口へ向かって歩き出す。
さっきまでとは違う。
その足取りは、とても軽かった。
晃星はその後ろ姿を、呆然と見送っていた。
月姫はそのまま、同窓会へ向かって歩いていった。
自ら抱きしめて言い放った
——「旦那様!!」——
その行動と言葉に鼓動を早めながら———




