心落ち着く場所へ
一方、その頃――
晃星は自分の部屋で、だらだらと過ごしていた。
今日は、珍しく誰からも連絡がない。
時間はすでに昼を過ぎている。
「……んー」
ベッドの上で大きく伸びをして、スマホを見る。
特に通知はない。
「暇だなぁ……」
そう呟きながらも、起き上がる気はまったくない。
今日は、晃星が勝手に決めた――
「お母さん、お休みDAY」
退院してからまだ間もない母親を、今日はゆっくり休ませてあげようと思ったのだ。
朝から、
「今日は何もしなくていいから!」
と宣言してある。
だから今日の晩御飯も――
自分でなんとかする。
「……まあ、俺ももう高校生だし」
そう言っていたものの。
「……でも、めんどくさいな」
結局、昼ご飯も適当に済ませ、エアコンの効いた部屋で漫画を読み始める。
しばらくすると漫画にも飽きて、今度はゲーム。
「……」
ゲームをやりながら、また漫画に手を伸ばす。
冷たい風が部屋の中を循環している。
外はきっと暑い。
なのに自分は、涼しい部屋の中で漫画を読んで、ゲームをして、また漫画を読む。
「……これ」
晃星はふと思った。
「これが夏の最大の贅沢なんじゃないか?」
「最高じゃん……」
予定もない。
誰にも呼ばれない。
今日は何もしなくていい。
「……うん。今日はこれでいいや」
晃星は満足そうにゲームへ戻った。
その時だった。
ピコン♪
スマホから通知音が鳴る。
「ん?」
晃星がちらっとスマホを見る。
「……地元の奴かな?」
一瞬、無視しようとした。
でも――
「……そういや、晩飯どうしよう」
今日はお母さんお休みDAY。
晩御飯くらいは自分でなんとかしないといけない。
「誰か誘って食いに行くか……」
そう思って、晃星はスマホを手に取った。
通知を開く。
そして――
「……あ」
画面に表示されていた名前を見て、晃星の目が止まる。
「月姫……?」
メッセージには、
『一つ目のお願い聞いてくれる?』
と書かれていた。
「……あ!」
晃星は思い出した。
一昨日の花火。
あの時、伊織と月姫に怖い思いをさせてしまった。
その時に自分が言った言葉。
――月姫、今回のことで怖い思いさせたからさ。
――なんでも言うことの一つや二つ全然聞くよ。
「……ああ、あれか」
晃星はスマホを見ながら、少し笑った。
ちゃんと覚えていた。
「一つ目のお願いね」
そう呟く。
月姫からのお願い。
何を頼まれるのかは分からない。
けれど――
「……まあ、約束したしな」
晃星はスマホを握り直した。
そして、月姫から続きのメッセージが届くのを待つ。
晃星はスマホの画面を見ながら、ふと考える。
その時だった。
「……あれ?」
何かが頭に引っかかった。
「今日って……」
昨日、伊織と帰り道で話したことを思い出す。
――明日、私、中学の頃の同級生と集まるんだ。
――同窓会?
――そうそう。男女関係なく、結構人数来るんだよ!
「……あ」
晃星が目を見開く。
「今日、中学の同窓会って言ってなかったっけ?」
スマホを見つめる。
月姫からのメッセージ。
『一つ目のお願い聞いてくれる?』
「……」
晃星は少しだけ眉を寄せた。
「同窓会の真っ最中……だよな?」
時間を確認する。
やっぱり、今は同窓会が始まっている頃だ。
「じゃあ、なんで月姫から……?」
昨日の伊織は、楽しそうに話していた。
「月姫も行くって言ってたよな……」
そこまで思い出して、晃星は首を傾げる。
「……何かあったのかな?」
いつもの晃星なら、あまり深く考えずに返信するところだった。
けれど。
『一つ目のお願い聞いてくれる?』
その言葉が、なぜか少しだけ気になった。
「……まあ、聞いてみるか」
晃星は返信画面を開いた。
晃星はメッセージ画面を開く。
『どうした? 何かあった?』
送信。
しばらくすると、月姫から返信が届いた。
『ちょっと疲れちゃって』
「……疲れた?」
晃星は少し考える。
そして、すぐに納得した。
「そっか」
昨日の伊織との会話を思い出す。
今日の同窓会には、月姫も参加すると言っていた。
そして伊織も。
「伊織ちゃん、今日も元気いっぱいなんだろうな……」
同窓会でも、きっと昔の友達と盛り上がっているに違いない。
「そりゃ月姫も疲れるか」
あの伊織の相手だ。
晃星は妙に納得した。
『一人で帰ってきたの?』
送る。
すぐに返信が来た。
『ちょっと抜けてきた』
『今、あっくんの家方面の電車乗るところ』
「……え?」
晃星の目が見開く。
「ちょっと待って」
メッセージを読み返す。
――あっくんの家方面の電車。
「……月姫、こっち来るの?」
晃星は一気に立ち上がった。
「やばっ!」
スマホを握ったまま、部屋を飛び出す。
「母さん!」
「なーに?」
「俺、ちょっと出てくる!」
「え? どこ行くの?」
「月姫がこっちの駅に来る!」
「月姫ちゃん?」
「うん!」
靴を履く。
「じゃ、行ってくる!」
「気をつけてねー!」
「分かった!」
玄関を飛び出す。
「急がないと!」
晃星は駅へ向かって走り出した。
⸻
一方――
月姫は駅のホームに立っていた。
スマホを握りしめて電車を待つ
「……」
さっきまで同窓会の店にいた。
それなのに、今はもう一人で駅にいる。
自分でも、どうしてこうしたのか分からなかった。
ただ――
あの場所に、これ以上いるのが苦しかった。
伊織には言えなかった。
「ちょっと忘れ物を取りに行ってくるね」
そう言って店を出た。
でも、本当は違う。
忘れ物なんてしていない。
ただ、少しだけ逃げたかった。
「……」
月姫はスマホを見る。
晃星には、もうメッセージを送っている。
『一つ目のお願い聞いてくれる?』
一昨日の花火の日。
怖い思いをさせたからと、晃星が約束してくれた。
――なんでも言うこと、二つ聞く。
「……」
今は、その約束に甘えている。
やがて、電車がホームへ入ってくる。
月姫は小さく息を吐いた。
「……あっくん」
そして、電車に乗り込んだ。
月姫が乗った電車は、あっくんたちの住む市へ向かって走っていく。
そこまでは、10分足らず。
やがて電車が駅に到着し、月姫はホームへ降りた。
「……」
ふと、駅の入口のほうを見る。
すると――
「……あ」
駅へ向かって、こちらへ走ってくる男子が見えた。
見間違えるはずがない。
あっくんだった。
「……ふふっ」
月姫の口元から、自然と笑みがこぼれる。
「そんなに急がなくていいのに……」
きっと、自分が来ると分かって急いできたのだろう。
そう思った瞬間。
胸の奥に、ふっと温かいものが広がった。
さっきまであれほど落ち着かなかったのに。
あっくんの姿を見ただけで――
少し、ほっとした。
その時、スマホが震える。
『どこ? ついた?』
月姫は思わず画面を見つめる。
「……ふふ」
やっぱり。
行動だけじゃない。
メッセージまで、なんだか焦っている。
「ほんと、面白い人……」
月姫はすぐには返信せず、少しだけその様子を見てみることにした。
あっくんは駅に到着すると、走り去っていく電車を見ながらキョロキョロしている。
「月姫……?」
周囲を見回す。
「……いない?」
どうやら、まだ月姫の姿を見つけられていないらしい。
「ふふっ」
月姫は柱の陰から、そっと様子を窺う。
すると――
「あれ?」
あっくんが突然、駅の端へ歩いていく。
そこには、一匹の野良猫がいた。
「お前、まだちっちぇな」
さっきまであんなに焦っていたのに。
今度はしゃがみ込んで、猫に話しかけている。
「……」
月姫は目を丸くする。
「なんで……?」
そして次の瞬間。
「ふふっ……」
思わず笑いそうになる。
ほんの少し前まで、必死に自分を探していた人とは思えない。
「にゃー」
「お前、かわいいなぁ!」
猫にスリスリされて気に入られてる。
すると、何か思いついたように立ち上がった。
「あ、ちょっと待ってろ」
そのまま駅の売店へ向かっていく。
「……何買ってるんだろ?」
月姫は遠目に眺める。
あっくんが何かを買って戻ってきた。
そして、そのまま猫のところへ。
「ほら」
取り出したのは――
チーカマだ!
「……え?」
月姫は思わず口元を押さえる。
「それ、猫の為に買ったの……?」
あっくんは何の迷いもなく、猫にチーカマを差し出している。
「食べる?」
猫が近づいてくる。
「お、食うじゃん。……うめえだろ!ししし!」
嬉しそうに笑うあっくん。
「……もう」
月姫は笑いを堪える。
今の今まで、あんなに焦っていたのに。
その温度差が、おかしくて仕方ない。
「ほんと、この人……」
優しい。
でも――
「面白すぎる……」
その時だった。
「ちょっと!」
駅員の声が飛んできた。
「え?」
あっくんが振り返る。
駅員が近づいてくる。
「ここで野良猫に餌をあげるのはやめてください」
「えっ、あ……ダメなんすか?」
あっくんは慌ててチーカマを引っ込める。
「いや、その……こいつ毛並みいいし飼い猫かなと思ったんで……はは」
「気持ちは分かりますけど、駅では餌付けしないでくださいね」
「……はい」
しょんぼりするあっくん。
「……気をつけます」
その姿を見た瞬間。
「……っ」
月姫はもう耐えられなかった。
「ふふっ……あはは!」
笑い声を漏らしながら、月姫はあっくんのところへ歩いていく。
「あっ!」
晃星が振り返る。
「月姫!?」
「ふふふ……」
月姫は笑いを堪えながら、晃星の前に立った。
「……いつからいた?」
「最初から」
「えぇ!?」
晃星の顔が一気に赤くなる。
「じゃあ……全部?」
「うん」
月姫は笑いながら頷く。
「走ってきたところから、猫と遊んで、チーカマ買って、駅員さんに怒られるところまで」
「……」
晃星は完全に固まった。
「……言ってよ」
「楽しそうだったから」
「……まぁ、否定はできないか」
「ふふっ……」
月姫は笑いながら、ようやくスマホを見せる。
そこには、さっき届いたメッセージ。
『どこ? ついた?』
「これも、なんか焦ってて可愛かった」
「いや、だって月姫が一人で来てるっていうから……」
晃星は照れくさそうに頭を掻く。
月姫はそんな晃星を見つめる。
そして――
また少しだけ、胸の奥がほっとするのを感じていた。




