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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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美空月姫

同窓会当日


夕方。


同窓会を控えた月姫は、スマホを手に伊織とメッセージを交わしていた。


『伊織、もう準備できた?』


『うん! もうすぐ出るよ〜!』


『私も! みんなと会うのも卒業して以来だから久しぶりだよね!』


『ね! めっちゃ楽しみ!』


返信していた手が止まる。


月姫はスマホをテーブルに置いた。


「……」


楽しみなはずだった。


久しぶりに会う同級生たち。


懐かしい場所。


昔の友達。


けれど――


月姫の顔は晴れなかった。


「……」


胸の奥に、昔の記憶が蘇る。


中学生の頃。


月姫は、今と変わらず誰もが振り返るほどの美少女だった。


歩けば自然と人が集まり、男子から言い寄られることも数え切れないほどあった。


恋愛への憧れもあった。


いつか好きな人ができて、普通に恋愛をしてみたい。


そう思っていた。


けれど、誰かと付き合おうとしても、いつも心のどこかに引っかかるものがあった。


そんな中学二年生になったばかりの頃。


学校一のイケメンとして有名だった、サッカー部の先輩から告白された。


「月姫、絶対付き合ったほうがいいって!」


「こんな人から告白されるなんて、羨ましい!」


「付き合ってから好きになることだってあるじゃん!」


周囲にそう言われ、月姫も考えた。


――付き合ってから、好きになるかもしれない。


そう思って、付き合うことにした。


けれど。


一緒にいても。


話をしても。


何をしても。


心は動かなかった。


そしてある日、彼氏だった先輩が月姫を強引に抱きしめる。


「……やめて」


その瞬間、それまで曖昧だった感情が一気に拒絶へ変わった。


「ごめん……もう無理」


二人は別れることになった。


そして数日後。


学校での生活がおかしくなった。


「月姫って、なんかお高く止まってない?」


「男のこと品定めしてるらしいよ」


「自分の価値を下げるような男は絶対無理なんだって」


「自分以外に興味ないんじゃない?」


根も葉もない噂だった。


最初は気にしなかった。


けれど、一人、また一人と友達が離れていった。


ある日、クラスメイトたちが陰口を叩いているところを目にした。


「また月姫?」


「ほんと、あの子何様なんだろうね」


「まあ、いつものことでしょ」


――いつものこと。


そう思って通り過ぎようとした。


その時。


「ていうかさ」


誰かが笑いながら言った。


「月姫なんて名前、水商売の名前みたいじゃね?」


「分かる!」


「親が水商売やってたりしてな」


笑い声。


月姫は、その場から動けなくなった。


今まで何を言われても、ある程度は耐えられた。


でも、自分の名前。


そして、その名前をつけてくれた親まで馬鹿にされた。


「……月姫」


大好きだった自分の名前。


親がつけてくれた、大切な名前。


それが――嫌いになった。


そんな日々が続き、月姫の心は壊れそうになっていた。


そして、いつものように悪口が聞こえてきた日。


――もう、学校に来るのをやめよう。


そう思った、その時だった。


ガゴンンッッ!!!


教室中に大きな音が響いた。


黒板が音を立てて震える。


誰もが一斉にそちらを見る。


そこに立っていたのは――天川伊織だった。


誰が見ても綺麗な顔立ち。


けれど、その顔には明らかな怒りが浮かんでいた。


伊織は教室中を睨みつける。


「自分たちは月姫ちゃんに何された?」


誰も答えない。


「なんで悪口言うのが普通になってる?」


教室が静まり返る。


「月姫ちゃんが何したの?」


それでも誰も答えない。


「なんで月姫なんて可愛い名前と、その名付け親の親まで馬鹿にしたの?」


伊織は、まるで自分のことのように怒っていた。


「月姫ちゃんは何もしてないじゃん!」


その瞬間。


月姫の胸の奥にあった、ずっと重かったものが少しだけ軽くなった。


今までずっと暗闇だった心に、一筋の光が差したような気がした。


――天川伊織。


それが、二人の始まりだった。


⸻


その日から、伊織は月姫のことを名前で呼ぶようになった。


どこへ行くにも一緒だった。


「伊織ちゃん」


月姫がそう呼ぶと、伊織は屈託のない笑顔を向けた。


「伊織でいーよ!」


「……え?」


「私たち、もう友達じゃん!」


そんな伊織を見ていると、月姫はふと思った。


どうしてだろう。


私と一緒にいて、この子は自分まで嫌な思いをするはずなのに。


ある日、月姫は尋ねた。


「私と一緒にいると、伊織まで嫌な思いするよ?」


すると伊織は、何でもないことのように答えた。


「ならないよ?」


「……え?」


「だって、あんなに噂聞いただけで人のこと悪く言ったり、離れてくような人たちと、こっちから仲良くしたいと微塵も思わないから!!」


胸を張る伊織。


「大丈夫だよ!」


「……」


さらに伊織は笑った。


「なんだったらさー、二人で授業ボイコットしたら違う教室に変えてもらえないかな?」


「え?」


「そしたら広々と使えてラッキーだよねー?」


「……ふふっ」


月姫は思わず笑った。


――なんか、この子すごい。


こんなに可愛くて、人当たりが良くて、明るいのに。


自分が嫌だと思うことには、ちゃんと「嫌だ」と言える。


周りに流されず、自分の思ったことを貫き通せる。


「……すごい」


「え? 何が?」


「伊織って、すごい」


「そう?」


伊織は屈託なく笑う。


その笑顔を見ていると、月姫の目から涙が溢れた。


「つ、月姫どうした? 大丈夫?」


伊織が慌てて心配する。


「……ごめん」


「なんで謝るの?」


涙が止まらない。


他人に、こんなに自分を見てもらったのは初めてかもしれない。


噂でも。


見た目でも。


勝手なイメージでもなく。


ただ、自分自身を見てくれた。


「……ありがとう」


「え?」


「私のために怒ってくれて……一緒にいてくれて……」


伊織は笑った。


「そんなの当たり前じゃん」


その言葉に、また涙が溢れる。


「……伊織」


初めて、そう呼んだ。


「うん!」


伊織は嬉しそうに笑った。


⸻


そんな伊織と一緒にいるようになってから、月姫の学校生活は少しずつ元に戻っていった。


以前のような嫌がらせを受けることもなくなり、賑やかな学園生活を取り戻していった。


けれど――


心の中では、伊織以外の学校の友人には、どこか心を開けないまま。


誰かと話すこともできる。


一緒に笑うこともできる。


それでも、心の奥には一線を引いていた。


そして、そのまま中学生活を終えた。


⸻


そして現在。


月姫はスマホを見つめていた。


同窓会。


昔の同級生たちが集まる。


考えるだけで、胸の奥が少し重くなる。


けれど。


伊織には、それを見せたくなかった。


「……伊織には、言えないな」


伊織は楽しみにしている。


なら、自分も楽しそうにしていればいい。


あの日、自分のために怒ってくれた伊織。


ずっと自分の隣にいてくれた伊織。


そんな伊織の前で、同窓会に乗り気じゃない顔なんて見せたくない。


月姫は小さく息を吐いて、もう一度笑顔を作った。


「大丈夫」


そして、スマホを手に取る。


『うん! 私も楽しみ!』


送信。


――伊織の前では、絶対に乗り気じゃないところを見せない。


今日はちゃんと笑う。


みんなと話す。


伊織と一緒に、楽しい時間を過ごす。


そう心に誓い、月姫は家を出る準備を始めた。

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