お姫様、お迎えに上がりました
翌朝。
伊織が自宅で朝の支度をしていると、スマホが震えた。
画面を見ると、あっきーの母親からだった。
『伊織ちゃん、おはよう。昨日の足、大丈夫?』
『はい、大丈夫です! 少し痛いくらいです』
すぐに返信すると、またメッセージが届く。
『念のため病院で診てもらったほうがいいよ』
「えっ……」
『ウチのバカ息子そっち行かせるから一緒に病院行って』
「……え!?」
思わず声が出る。
あっきーが、こっちに来る。
しかも――自分の家に。
「どうしよう……」
なぜか急に落ち着かなくなる。
あっきーが来るなら、当然お母さんにも会う。
そう考えていると、今度は晃星からメッセージが届いた。
『伊織ちゃん! ごめん! ヤバいかも!』
「えっ!?」
伊織は慌てて返信する。
『どうしたの!?』
すると、
『俺、伊織ちゃんち知らない!』
「……は?」
『なんで「ヤバいかも!」なの?』
『とりあえず、そっち方面行きの電車には乗っちゃったから』
「家知らないのに、もう電車乗ったの!?」
『そうだぴょん!!』
「もう……!」
思わずため息が出る。
『あと最後のぴょんがうざい』
『ごめん!』
『もういいぴょん』
「……ほんと、心配して損した」
呆れながらも、伊織は笑ってしまう。
そして、自宅の位置情報を晃星に送った。
「……あれ?」
何気なく時間を確認する。
「もうすぐじゃん!」
伊織は慌てて立ち上がった。
「やばっ、急がなきゃ!」
髪を整えて、服装を確認する。
別に特別なことじゃない。
病院に行くだけ。
そう思いながらも、なぜか自然と笑顔になっていた。
そして――
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
「あっ……!」
伊織が急いで玄関へ向かう。
しかし、その前に母親が出てしまった。
「はいはい」
玄関の扉が開く。
そこに立っていたのは晃星だった。
「おはようございます。初めまして。いつも伊織ちゃんにお世話になってます」
「初めまして。伊織の母です」
「昨日、あっきーくんのお母さんから連絡もらってるよ」
「了解です! 伊織ちゃんは責任を持って病院へ連れて行きます」
「ありがとう、あっきーくん」
「いや、当たり前のことなんで」
伊織はその様子を見ながら、内心で思う。
――始まった。
絶対、何か言われる。
「病院行く前に、少し上がっていく?」
「いいんですか?」
「うん。ちょっと座っていきなよ」
二人はリビングへ入った。
昨日の花火の話や学校の話をしているうちに、自然と会話が弾んでいく。
晃星はいつものように明るく、よく喋る。
そんな晃星を見て、伊織の母親は自然に笑った。
「……あっきーくんって、いい子だね」
「そうですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
晃星も素直に笑う。
その笑顔を見ながら、晃星もふと伊織の母親を見る。
「……やっぱ親子って似てるなぁ」
「え?」
「伊織ちゃんも大人になったら、こんな綺麗な感じになるのかなって思って」
「……!」
伊織の顔が一気に赤くなる。
一方、母親は嬉しそうに笑った。
「嬉しい〜!! 綺麗だなんて!」
「お母さん!!」
「でも、伊織はまだまだだからさ」
「もう!」
「嫁入り前に、ちゃんと修行させておくから」
「お母さん!!」
晃星が苦笑する。
「俺も、料理はそんなにできないですけど」
「じゃあ、二人で練習すればいいじゃん」
「絶対、あっきーママと組んでる!」
「うん」
「認めた!」
伊織が頬を膨らませる。
母親は笑いながら、
「昨日、あっきーくんのお母さんと連絡を取ったから」
「ほら!」
「でも、あっきーくんは伊織もらってくれるよね?」
「え、?」
晃星の表情が止まる。
「いや……えぇ!?」
顔が赤くなる。
「ふふっ。本当にあんたたち面白い」
「もう……!」
伊織も顔を赤くする。
やがて、二人は病院へ向かうことになった。
「伊織、足を無理させないでね」
「うん」
母親が晃星を見る。
「あっきーくん、伊織のことよろしくね」
「はい。任せてください」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
二人は家を出た。
少し歩いたところで、伊織が晃星を見る。
「……めちゃくちゃ恥ずかしかった」
「ははは! ね!!」
二人は顔を見合わせて笑う。
病院へ向かう道。
「伊織ちゃん、まだ痛い?」
「ちょっとだけ。でも大丈夫だよ」
「そっか」
晃星は自然に伊織の歩く速さに合わせる。
「肩、貸そっか?」
「大丈夫!」
「了解」
「もう、あっきー心配しすぎだよ」
「元はと言えば俺のせいだから」
「そんなことないって」
「でも、今日はお姫様だから」
「……お姫様?」
……どう言う事だろ?伊織は苦笑する。
「じゃあ、よろしくお願いします。王子様」
「王子様?」
晃星はきょとんとする。
「どうせなら王様がいいなぁ」
「…………」
あっきー、こういうとこだよ。
伊織は固まる。
――好きとかじゃないから。
心の中で、自分に言い聞かせる。
「お姫様って言ってくれるから……私も王子様って言っただけだし」
それだけ。
ただの冗談。
あっきーだって、何も考えずに言っている。
「……うん。そうだよね」
伊織は自分を納得させるように、小さく頷いた。
病院に着くと受付を済ませ、待合室で診察を待つ。
晃星が空いている席を見つける。
「あ、あそこ空いてる」
「伊織ちゃん、あそこ座りな」
「もう、また心配してる」
「だって、雅人から伝言もらってるから」
「何を?」
「結衣ちゃんが言ってたらしい」
「?」
「伊織を病院に連れてくなら、お姫様として扱えよ!って」
「……結衣……!」
そのタイミングで、伊織のスマホが震える。
結衣からだった。
『どう、伊織〜?』
続けて、
『お姫様できてる?』
さらに、
『王子様、ちゃんと迎えにきた?笑』
「王子様って……!」
伊織はスマホを伏せる。
そして、隣で腕を組み立っている晃星を見る。
足を気にしてくれて、席まで探してくれた。そして腕組んで立っている。
「……どっちかっていうと」
「ん?」
「王子様っていうより、侍なんですけど……」
「ん? 何?」
「なんでもない!」
やがて診察が終わる。
幸い、大きな問題はなかった。
二人は病院を出る。
「よかったぁぁ!」
「うん!」
そのまま二人は昼食を食べに行く。
学校の昼休みみたいに、二人で並んで食事をする。
「なんか、学校みたいだね」
「確かに」
「でも、あっきーと外で二人で昼飯食うのって、なんか新鮮」
「俺も。なんか変な感じするな」
二人で笑い合う。
食事を終えると、晃星がメニューを見ながら言った。
「俺、パフェにしよ!」
「パフェ?」
「一人じゃ多そうだから、伊織ちゃんも食べよ」
晃星は笑顔で伊織を見る。
「えっ、私も?」
「伊織ちゃん、食べれるでしょ」
「……うん!余裕だよね!」
運ばれてきたパフェを、二人で仲良く分け合う。
「伊織ちゃん、そっちのイチゴ食べる?」
「え、いいの?」
「いいよ。俺、チョコのほう食べたいし」
「じゃあ交換!」
「おう!」
くだらないことで笑って、また笑う。
「あー、おもしろ!」
「ね!!」
二人の笑い声が、店内に響く。
笑いが絶えず、仲良くパフェを分け合う二人。
そんな二人を――
少し離れた場所から、二つの影が見つめていた。
けれど、その視線に二人は気づいていなかった。
⸻
帰り道。
二人は並んで歩いていた。
「そういえば、あっきー」
「ん?」
「明日ね、私たちの中学校の同級生が集まって、夜ご飯食べに行くんだ〜」
「おー、いいじゃん! 同窓会?」
「そうだね! 男女関係なく、めっちゃ人数来るし!」
「そーなんだ!」
晃星は笑顔で返す。
「楽しみじゃん!」
「うん!」
伊織も嬉しそうに頷く。
「てことは、月姫も?」
「そうだよ!」
「男子は月姫目当ての子、多いだろうな〜」
「ふふっ、そうかもね」
「なるほど!」
晃星は楽しそうに笑う。
「でも、伊織ちゃん目当ての奴もいそうだ」
「……!」
伊織は一瞬、自分の中で得意気になる。
――あれ?
もしかして、あっきー……。
そう思って、晃星の顔を覗き込む。
「あっきー、そういうの気になる?」
すると晃星は、きょとんとした。
「え?」
そして、屈託のない笑顔で言う。
「伊織ちゃん、かわいいし元気だから人気ありそう」
「…………」
あまりにも普通だった。
照れるわけでもない。
特別な意味を込めているわけでもない。
ただ、ストレートにそう思ったから言っただけ。
「……なにそれ」
伊織は少しだけ頬を膨らませる。
「ん? 何?」
「別に……」
なんだか、ちょっとだけ苛立つ。
自分だけ変に意識していたみたいで、悔しい。
――でも。
さっきの言葉を思い出す。
「伊織ちゃん、かわいい——」
ただストレートに「かわいい」と言われた。
それは、それで嬉しい。
「……ふふっ」
「ん? どうした?」
「なんでもない!」
伊織は笑う。
晃星はそんな伊織を横から見て、思わず笑った。
「なんか伊織ちゃん、今日忙しいな」
「え?」
「笑ったり、怒ったり、また笑ったり」
「……だって!」
「ははは!」
「もう、あっきー!」
二人はまた笑った。
やがて、伊織の家に着く。
「じゃあ、伊織ちゃん。また連絡するわ〜」
「うん! 今日はありがとう、あっきー」
「いやいや。こちらこそ!」
晃星は笑顔で手を振る。
「またね」
「うん、またね!」
伊織が家の中へ入っていく。
晃星はそれを見届けてから、一人で帰り道を歩き始めた。
しばらく歩いたところで、ふと昼間の会話を思い出す。
「……そういえば、明日同窓会か」
月姫も来る。
男女関係なく、かなりの人数が集まる。
伊織も参加する。
「……」
晃星の足が、ほんの少しだけ緩んだ。
胸の奥に、なんとも言えない引っかかりが残る。
「……なんか、モヤるな」
自分でも、それが何なのか分からない。
別に、伊織が中学の同級生たちと夜ご飯を食べに行くだけ。
楽しんでこい。
そう、自分でも言った。
なのに――なぜか気になる。
「……まあ、いいか」
晃星は首を傾げながら、また歩き始めた。
自分の中に芽生えた小さな感情が何なのか。
それが何を意味しているのか。
この時の晃星には、まだ分からなかった。




