逸れた先で
花火の夜
花火の時間が近づくにつれ、外は少しずつ賑わいを増していた。
「そろそろ行くか」
晃星の言葉に、みんなが立ち上がる。
花火大会は隣の大垣市で開催されている。けれど、開催場所から隣の晃星たちの市でも、今年から花火がよく見える地域ではこの日に合わせて夏祭りが開かれるようでいつも以上に賑わっていた。
屋台の明かりに、遠くから聞こえる祭囃子。浴衣姿の人たちが行き交う通りを歩きながら、月姫が辺りを見渡した。
「すごいね。思ったより賑わってる」
「祭りなんて聞いてねえ!」
晃星が答えると、雅人が笑った。
「でも俺ら地元だから。花火見るだけなら、別にここじゃなくてもいいんだよ」
「見える場所なんていくらでもあるしな」
たかちゃんも続ける。
「へぇ。じゃあどこ行くの?」
「とりあえず、いつもの方」
晃星はそう答えた。地元だからこそ知っている、人が少なくて花火がよく見える場所。一行はそこへ向かって歩き出した。
けれど、途中で晃星たちの足が止まった。
「あれ? ……あっきー?」
前から歩いてきた男女が晃星を見て声を上げる。
「あ」
「やっぱり! 久しぶりじゃん!」
「おお、久しぶり」
その声を聞きつけたのか、次々と懐かしい顔が集まってきた。
「え、雅人じゃん!」
「たかちゃんもいる!」
「うわ、めっちゃ久しぶり!」
「お前、全然変わってねぇな!」
「そっちこそだろ」
気がつけば、晃星、雅人、たかちゃんの周りには地元の知り合いたちが集まっていた。昔の同級生や近所でよく遊んでいた連中、隣の中学校だった者たちまでいる。
「あっきー、覚えてる?」
「覚えてるよ!なんとなく」
「なんとなくはやめて?」
あちこちから声をかけられ、自然と昔話が始まっていく。
少し離れた場所で、伊織と月姫はそんな三人を眺めていた。
「すごいね」
月姫が小さく笑う。
「次から次へと知り合いが来る」
「ね。地元だとあんな感じなんだ」
「なんか、あっくんいつもより楽しそう」
「確かに」
二人がそんな話をしていた時だった。
「……あ」
伊織の視線が、人混みの向こうで止まった。
小さな女の子が一人、周囲をきょろきょろと見回している。今にも泣き出しそうな顔だった。
「どうしたの?」
伊織がすぐに近づくと、女の子は顔を上げた。
「ママが……いない」
「迷子?」
伊織はしゃがみ込み、女の子と目線を合わせる。
「名前は?」
「ひなた……」
「ひなたちゃんね」
伊織は優しく笑った。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんと一緒にママ探そっか」
そして月姫を振り返る。
「月姫、ちょっとこの子を運営本部に連れていってくるから待ってて」
「え、一人で? 逸れちゃうよ?」
「スマホで連絡するから! すぐ戻るね」
伊織はひなたの小さな手を取った。
「行こっか」
「うん」
「気をつけてね」
「大丈夫!」
伊織は笑って、人混みの中へ消えていった。
*
夏祭りの運営本部が見えてくると、伊織はひなたと一緒に中へ入った。
「すみません、この子――」
「ひなた!」
伊織が言い終わる前に、一人の女性が慌てて駆け寄ってきた。
「ママ!」
ひなたは伊織の手を離し、その女性の元へ駆けていく。
「よかった……! どこに行ってたの、心配したんだから」
「ごめんなさい……」
母親がひなたを抱きしめる姿を見て、伊織もほっと息を吐いた。
「この子を連れてきてくれたんですか?」
「はい。迷子みたいだったので」
「本当にありがとうございます」
「いえいえ。ひなたちゃん、お母さん見つかってよかったね」
「うん!」
「じゃあね」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
伊織は手を振り、運営本部を後にした。
「月姫に連絡しなきゃ」
スマホを取り出そうとしながら急いで振り返った、その瞬間だった。
「きゃっ!」
誰かとぶつかった。
「すみませ――」
顔を上げた伊織の動きが止まる。
数人の男たち。その中に、見覚えのある顔があった。
以前、美咲を振り、月姫に振られたからと美咲に言い寄った男。その時伊織にまで俺のこと好きにさせるとかふざけた事を言ったクソ男だ。
「……げ!!」
思わず声が出る。
「……あ?」
男も伊織を見て、すぐに気づいた。
「お前」
「……最悪」
伊織は露骨に顔をしかめた。
「何でこんなとこで」
「祭りだからだろ」
男が面白くなさそうに答えると、周りにいた男たちが伊織へ視線を向けた。
「知り合い?」
「あー、前にな」
男は伊織を見ながら笑い、一緒にいた年上らしき男へ視線を向ける。
「こいつさ、前に俺にめちゃくちゃ舐めた口きいてきたんすよ」
「は?」
伊織が睨む。
「人を傷つけてふざけた事言ってたのはそっちでしょ」
「そうだっけ?相変わらず気ぃ強いな」
伊織は怯まない。そんな伊織を見て、男はさらに話を続けた。
「しかも、こいつの親友がマジ可愛くて。先輩、絶対見た方がいいっすよ」
伊織の表情が険しくなる。
「月姫のこと?」
「そうそう。今日も一緒にいるんじゃない?」
「あんたに言う必要ない!」
その時、一緒にいた先輩らしき男が一歩前へ出た。
「だったらさ、一緒に遊ぼうぜ」
「嫌です」
伊織は即答した。
「月姫のところに戻るんで」
そう言って横を通り過ぎようとした瞬間、男が伊織の手首を掴んだ。
「待てって」
「……やめて!」
伊織が腕を振る。
「離してください!」
「確かに気が強いな」
先輩は面白そうに笑った。
「だから嫌なんです!」
伊織がもう一度強く腕を振りほどく。その手が離れた瞬間、先輩の手が伊織の肩を押した。
「っ……!」
身体が後ろへ傾く。咄嗟にバランスを取ろうと一歩踏み出した瞬間、足首に鋭い痛みが走った。
「きゃっ!」
伊織はその場に倒れ込む。
「いった……」
足首を押さえる伊織を見ても、男たちは心配する様子などなかった。
「おーおー、派手に転んだな」
「大丈夫大丈夫」
先輩らしき男も悪びれることなく笑う。
「ほら、立てよ?」
差し出された手を、伊織は睨んだ。
「触らないで」
「気ぃ強いなぁ」
周囲から笑い声が漏れる。
「まじでコイツと月姫ってやつレベル高いっすよ」
最初に伊織へ声をかけたクソ男が先輩の肩を叩くと、そのまま伊織を見下ろした。
「せっかく祭りなんだしさ。一緒に遊ぼうぜ?」
「嫌に決まってんでしょ!!」
「えー、いいじゃん」
「一人でこんなとこいるより楽しいって」
伊織が足首を押さえていることなど、まるで気にしていない。
「ほらほら、立ちなよ」
「屋台でも行こうぜ」
軽い調子で笑いながら、男たちは伊織へ近づいていった。




