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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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取説みたいな昔話


「……俺たちが中三の時」


 雅人がゆっくりと口を開いた。


「転校生が来たんだよ」


「めちゃくちゃ頭のいい奴な」


 たかちゃんが続ける。


「たまたまあっきーの近くの席になってさ」


 雅人は少し懐かしそうに笑った。


「普通、中3で転校だったらクラスとか馴染めないじゃん?」


「でもあっきーは転校してきたばっかのそいつにも普通に話しかけててさ」


「昔から優しかったんだね」


 伊織がぽつりと言う。


「そだね、優しいのは昔っから」


 雅人が頷いた。


「その代わり、くだらないことばっか言ってたけどね」


「そこも昔からなんだ」


 月姫が笑う。


「彼の中ではくだらなくない事だから」


 たかちゃんも笑った。


「で、なんだかんだすぐ仲良くなってさ」


 雅人が話を続ける。


「その転校生が勉強めちゃくちゃできたんだよ」


「それで、あっきーが勉強教えてもらうようになって」


「そしたら、あいつの成績がメキメキ上がってった」


「本人も楽しかったんだと思う」


 たかちゃんが言う。


「今まで分からなかったことが分かるようになって」


「勉強するのが楽しくなったんだろうな」


「すげぇ感謝してたよな」


「ああ」


 雅人が頷いた。


「自分ができるようになったのは、そいつのおかげだって」


「本当に仲良かったんだよ」


 そこまで言って、雅人の表情が少しだけ変わった。


「でも、ある日」


 リビングの空気が静かになる。


「その転校生が、いじめが原因で転校してきたって発覚したんよね。しかも俺らの学校に転校したからもまだいじめが続いてるって話でさ」


「……え?」


 伊織が小さく声を漏らす。


「それを聞いたあっきーが」


 たかちゃんが苦笑した。


「一人で行っちゃったんだよ」


「一人で?」


 月姫が聞き返す。


「ああ」


 雅人が頷く。


「俺たち、あっきーと仲良かった奴が他に四人いてさ」


「みんなで慌てて追いかけた」


「六人で?」


「そう」


 雅人は少し困ったように笑った。


「でも、着いた時にはもう遅かった」


 伊織と月姫の表情が変わる。


「いじめの張本人の一人を」


 雅人が続けた。


「あっきーがぶちのめしてるところだった」


 一瞬、言葉がなくなる。


「その時のあっきーはさっき話した通り完全に“無”」


 たかちゃんが静かに言った。


「一言も叫んでない」


「怒鳴ってるわけでもない」


「ただ、無表情で」


 雅人が視線を落とす。


「俺らも、ああなったあっきーを見てるからさ」


「またこの状態か、って感じだった」


「他の奴が声かけても、あっきー何の反応もしないんよ


 たかちゃんが続ける。


「名前呼んでも」


「何言っても」


「全然届かない」


「でも」


 雅人が伊織と月姫を見る。


「俺らの声なら届く」


 二人が静かに聞いている。


「それな」


 たかちゃんが頷いた。


「俺ら以外の友達には何の反応もしない」


「けど、俺らの声なら届く」


「その時もそうだった」


 雅人が続けた。


「俺らが追いついて、『あっきー!』って呼んだら」


「そこで動きが止まった」


「それで」


 たかちゃんが少し笑う。


「俺らの顔見て、またやっちまった……みたいな顔するんだよ」


「あー、そうそう」


 雅人も笑った。


「それまで完全に無だったくせにな」


「俺らが来ると急に戻る」


 伊織と月姫は顔を見合わせた。


「……何か、不思議」


 月姫が小さく呟く。


「俺らもよくわからんけどね」


 雅人が笑う。


「昔からそうなんだよ」


 そして、少し間を置いてから。


「ただ、その時はもう一人問題児がいてさ」


「あー」


 たかちゃんがすぐに思い出したように笑った。


「ヒロキか」


「そう、あいつが一番酷い」


 雅人も笑う。


「俺らの中に一人、めちゃくちゃあっきー想いのやつがいてさ」


「あっきーが我に返った後もそいつだけ」


 雅人は思い出すように笑った。


『全員やってやるよ!!まとめてこいよ!!』


「って喚いてて」


「えぇ……」


 月姫が思わず声を漏らす。


「あっきーはもう落ち着いてんのに」


 たかちゃんが笑う。


「次はヒロキが暴れ始めた」


「結局、次は全員でヒロキを押さえるのが大変だった」


「六人で追いかけたのに?」


 月姫が思わず聞き返す。


「そう、でも彼だけは違う理由だったらしい」


 雅人が笑う。


「最初はあっきー追いかけてたのに」


「最後はあっきー含めて全員でヒロキ止めてた」


「そいつ、あっきーのこと好きだからな」


「その言い方やめろって」


「でも実際そうだろ」


 雅人とたかちゃんが笑い合う。


 伊織と月姫も、つられて笑った。


 けれど、笑いが少し落ち着くと。


 雅人は再び二人を見た。


「……だからさ」


 その声は少しだけ真剣だった。


「俺らが一緒にいる時なら、あいつがそうなっても何とかなるんだよ」


「俺らの声なら届くから」


 たかちゃんも頷く。


「でも、高校には俺らいないだろ?」


 伊織と月姫は黙る。


「だから、俺たちのいないあっきーの高校生活は心配だった」


 雅人が頭を掻いて話す。


「伊織ちゃんたち、そんなあっきー見たことないだろ?」


「うん」


 伊織が頷く。


「ない」


 月姫も答えた。


「多分、怖くなると思う」


 たかちゃんが言った。


「だからさっき、頼んだんだ」


 雅人が二人を見る。


「万が一そういうことがあっても、あっきーのこと嫌いにならないでやってほしいって」


 少しだけ、沈黙が落ちた。


 最初に口を開いたのは伊織だった。


「……確かに、怖いとは思うかもしれないけど」


 雅人とたかちゃんが伊織を見る。


 伊織は少し考えてから――なぜか胸を張った。


「でも大丈夫だよ!」


「……ん?」


「もしあっきーが怖くなっても」


 自信満々に言う。


「私がぶちのめすから!」


「「え?」」


 雅人とたかちゃんの声が重なった。


「伊織ちゃん?」


「何?」


「……誰をぶちのめすの?」


「もちろん、あっきー」


「そこなの!?」


 月姫が思わず吹き出す。


「いや、だって止めればいいんでしょ?」


「いやいや、さっきの話聞いてた?」


 雅人が笑いながら聞く。


「聞いてたよ」


「“無”になるんだぞ?」


「うん」


「それを?」


「ぶちのめす」


「強いな!?」


 たかちゃんまで笑い出した。


 伊織は少しだけむっとする。


「だって、怖くても嫌いになるわけじゃないし」


 その言葉に。


 雅人とたかちゃんの笑いが、少しだけ柔らかくなった。


「……そっか」


 雅人が少し安心したように笑う。


「なら良かった」


 そして、伊織と月姫を見比べる。


「こんないい許嫁がいて」


「ちょっと!」


 伊織がすぐに反応する。


「許嫁じゃないから!」


「それに」


 雅人は月姫へ視線を向けた。


「対抗する嫁候補までいるんだから」


「……嫁候補?」


 月姫が目を丸くする。


 少しだけ考えるようにしてから、雅人を見る。


「……私も、候補には入れてくれるかな?」


「そこ聞く!?」


 伊織がすぐに月姫を見る。


「だって……」


 月姫は少し照れながらも、嬉しそうに笑った。


「候補くらいなら、いいかなって」


「いいんだ……」


 たかちゃんが思わず呟く。


「これはもう」


 雅人が笑う。


「俺らが心配する必要なかったな」


「変なまとめ方しないで!」


 伊織の叫びに、雅人とたかちゃんが笑い出す。


 月姫も楽しそうに笑っていた。


 さっきまで少し重かったリビングの空気は、いつの間にか元に戻っていた。


 そして――。


「ただいまー」


 玄関の方から、晃星の声が聞こえてきた。


「お、帰ってきた」


 雅人が振り返る。


 両手に買い物袋を持った晃星が、リビングへ入ってくる。


「なんか静かだったのに、急に笑ってんじゃん」


 晃星は全員の顔を見回した。


「……俺の悪口でも言ってた? 殴るよ?」


「こらっっ!!」


 伊織の声がリビングに響いた。


「えぇ?何!?」


 晃星が驚いて伊織を見る。


「な、何で!?」


「友達に『殴るよ?』とか言うのは禁止だからね!」


「え?」


 晃星がぽかんとする。


「いや、冗談じゃん!?」


「ダメ!」


「何で!?」


「ダメなものはダメ!」


「いや、意味分からん!」


 完全に訳が分からない晃星。


 その横で。


「……ふふっ」


 月姫が、なぜか嬉しそうに笑っていた。


 晃星が月姫を見る。


「月姫?」


「ううん」


 月姫はにこにこと笑っている。


「私ね」


「うん?」


「あっくんの嫁候補に認めてもらえたの」


「……は?」


 晃星の動きが止まった。


「誰に?」


「雅人くんたち」


 月姫は嬉しそうに答える。


 晃星はゆっくりと雅人とたかちゃんを見る。


「……何の話?」


「いやぁ」


 雅人が笑う。


「色々あって」


「説明になってねぇよ」


「俺らも、なかなか安心したわ」


 たかちゃんも笑っている。


「だから何に安心したんだよ!?」


 伊織はなぜか怒っていて。


 月姫はなぜか嬉しそうで。


 雅人とたかちゃんはずっとニヤニヤしている。


 買い物から帰ってきただけの晃星だけが――。


「……何これ」


 完全に置いていかれていた。


———ただこの数時間後"無"が訪れることを誰も知らない。


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