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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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1つの頼み事

 伊織の全力の否定に、雅人とたかちゃんが腹を抱えて笑う。


「いやぁ、伊織ちゃん最高だわ」


「だから笑いすぎだって!」


 真っ赤になった伊織が二人を睨む。


 その隣では月姫も楽しそうに笑っていた。


「あっくんママ、本当面白い!」


「なんならもうキスくらいやっちゃってる?」


「やってなぁぁぁぁい!!」


「ぎゃはははは!!」


 再び響いた伊織の叫びに、雅人とたかちゃんがまた笑い出す。


「月姫まで言う!?」


「だって怪しいもん」


「怪しくない!」


 伊織が必死に否定する横で、月姫は楽しそうに笑っていた。


 そんな騒がしいリビングだったが、しばらくすると晃星の母がテーブルの上を見回した。


「あ、飲み物なくなっちゃったね」


 確かに、テーブルに並んでいたペットボトルはほとんど空になっている。


 晃星の母は財布を取り出すと、中からお金を出して晃星へ差し出した。


「はい、あっきー」


「ん?」


「適当に飲み物買ってきて」


「俺が?」


「うん」


「なんで?」


「暇でしょ?」


「普通にみんなと喋ってたんだけど」


「いいからいいから」


 晃星は呆れたように笑いながら、お金を受け取った。


「何買えばいいんだよ」


「適当にみんなが飲みそうなの」


「一番困るやつじゃん」


 すると、伊織が立ち上がった。


「じゃあ、私も手伝おうか?」


「私も行くよ」


 月姫も続ける。


 しかし、晃星の母はすぐに首を横に振った。


「いいのいいの。二人は浴衣で大変でしょ?」


「でも……」


「せっかく可愛く着てるんだから、そのままでいて」


 伊織と月姫は顔を見合わせた。


「……分かった」


「うん」


 晃星は二人を見ると、そのまま雅人とたかちゃんへ視線を向けた。


「じゃあ、お前らも一緒に――」


「「俺たち客なんで」」


 二人が被せる勢いで答えた。


「うっっざ!」


「いや、俺ら客だから」


 雅人は当然のようにソファへ座り直す。


「外は暑いんで」


 たかちゃんも頷いた。


「客に買い物頼む?」


「お前ら、さっきまで普通に自分の家みたいな顔してたじゃん」


「それとこれとは別」


「都合良すぎだろ」


「頑張って」


「うるせぇ」


 晃星は苦笑すると、スマホを持って立ち上がった。


「じゃあ行ってくるわ」


「よろしくー」


「気をつけてね」


「はいよ〜」


 そう言って晃星は家を出ていった。


 少しして、玄関のドアが閉まる音がする。


 すると。


「あ、伊織ちゃんのお母さんだ」


 晃星の母のスマホが鳴った。


「え?」


 伊織が振り返る。


「もしもしー?」


 晃星の母は楽しそうに電話へ出た。


「そうそう。今日は伊織ちゃんと月姫ちゃんも来ててね」


 最初は何気ない会話だった。


 伊織も月姫と話しながら、その電話を特に気にしていなかった。


 しかし。


「あー、本当」


 晃星の母が楽しそうに言う。


「伊織ちゃんを何とか嫁に来させようと必死になってんの」


「――っ!?」


 伊織の動きが止まった。


「え!?」


 顔が一瞬で真っ赤になる。


 電話の向こうから何か返事があったらしく、晃星の母がさらに笑った。


「えー、お母さんが是非お願いってことはもうOKも同然よね」


「ママぁぁぁ!?」


 伊織が叫ぶ。


「何言ってるの!?」


 月姫が口元を押さえながら笑っている。


 雅人とたかちゃんは顔を見合わせた。


「もう許嫁レベルじゃん」


「あっきー、彼女の前に嫁できたんだ」


「違うから!」


 伊織が即座に否定する。


「まだ何も決まってないから!」


 一瞬。


 雅人とたかちゃんが伊織を見る。


「……今、まだって言った?」


「言ってない!」


「言ったよな?」


「言ってない!」


「言ったよ」


 月姫まで笑いながら加わる。


「月姫まで!?」


「ごめんごめん」


 全然悪いと思っていない笑顔だった。


 晃星の母も電話をしながら笑っている。


「ちょっと待ってねー」


 そして、楽しそうに立ち上がった。


「話盛り上がってきたから、向こうで話してくる」


「えっ、待って!?」


「はいはい」


「ママ!」


 伊織の制止も聞かず、晃星の母は電話をしながらリビングを出ていった。


 残された伊織は、しばらくその方向を見つめていた。


「……最悪」


「顔真っ赤」


「うるさい」


「かわいい」


「うるさい!!」


 伊織の全力の否定に、月姫がまた笑う。


 雅人とたかちゃんも笑っていた。


 けれど。


 その笑いが少し落ち着いた頃だった。


「そういえばさ」


 雅人がふと、伊織と月姫を見た。


「高校でのあっきーって、楽しそう?」


 突然の質問に、伊織と月姫は顔を見合わせる。


「うん。普通に楽しそうだよ」


 伊織が答えた。


「ね、月姫?」


「うん」


 月姫も頷く。


「楽しくやってると思う」


「そっか」


 雅人は少し安心したように笑った。


「なら良かった」


「なんで?」


 伊織が不思議そうに尋ねる。


 雅人はすぐには答えなかった。


 少し頭を掻きながら、隣にいるたかちゃんを見る。


 たかちゃんも、一瞬だけ雅人と目を合わせた。


「……一個だけさ」


 雅人が二人を見る。


「頼みがあるんだけど」


「頼み?」


 伊織と月姫の表情が少し変わる。


「もし」


 雅人は、少しだけ言葉を選んだ。


「万が一、あっきーがキレるようなことがあっても」


 リビングの空気が、少しだけ変わった。


「その時」


 雅人は二人を真っ直ぐ見る。


「あいつのこと、嫌いにならないでやってほしい」


「……え?」


 月姫が小さく声を漏らす。


「あっきー、普段マジギレすることなんてほとんどないんだよ」


 たかちゃんが続けた。


「俺らも滅多に見ない」


「でも多分」


 雅人が言葉を続ける。


「あいつが本気でキレる時って、いつも一緒でさ」


「自分が何か言われたり、嫌なことされたりしても、案外何でことなく我慢してたり、無視する」


「なんだけど」


 たかちゃんが二人を見る。


「自分以外の誰かのためだと、キレちゃうところがある」


 伊織と月姫は黙って聞いていた。


「普通にキレる分にはいいんだけど」


 雅人が少し困ったように笑う。


「あっきーがキレる時って、“無”なんだよ」


「……無?」


 月姫が首を傾げる。


「普通、キレたら声荒げたりするだろ?」


 たかちゃんが続けた。


「怒鳴ったり、顔に出たり」


「でも、あっきーはそれがない」


「キレてるのに、表情がない。声も荒げない」


 雅人が言った。


「ただ、"無"なんよ」


 伊織と月姫の表情が少し変わる。


「だから余計怖く感じるんだと思う」


 たかちゃんが静かに言った。


「淡々と言葉交わして一気に手が出るから」


「感情が全部消えたみたいになる」


 少しの沈黙。


 雅人が、ぽつりと呟いた。


「……あっきーがキレたの1番近いとこだと中3の秋くらいかな」


「何があったの?」


 伊織が聞き返す。


 雅人とたかちゃんは、一度だけ顔を見合わせた。


雅人が、ゆっくりと口を開いた。

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