不可抗力です
それから、数日が経った。
昼休み。
俺はいつもの場所に来ていた。
最近は、ここで天川さんと昼飯を食べるのもすっかり普通になっている。
別に待ち合わせをしているわけじゃない。
昼休みになれば、それぞれ勝手にここへ来る。
俺が先にいる日もあれば、天川さんが先にいる日もある。
ただ、気づけば一緒に食べている。
そんな感じだ。
今日は俺のほうが先だった。
「……気持ちいいな」
ベンチに寝転がる。
春の風が、ちょうどいい具合に吹いている。
校庭から聞こえる声も、ここまで来ると遠い。
暖かい日差し。
心地よい風。
最高だ。
「……眠くなる」
目を閉じる。
昼飯を食べる前に、少しくらい休んでもいいだろ。
そう思っていたら。
「桐生くん?」
「……ん?」
聞き慣れた声がした。
目を開ける。
「ああ、天川さん」
「何してるの?」
「見て分からない?」
「寝てる?」
「寝てない。休んでる」
「同じじゃない?」
「違う」
「そう?」
天川さんが、俺の近くに腰を下ろそうとした。
そのときだった。
――びゅっ。
少し強い風が吹いた。
俺は何となく目を開ける。
「……」
一瞬。
視界に入ってしまった。
「――っ」
反射的に顔を背ける。
……。
今のは。
不可抗力だ。
俺は悪くない。
……いや。
悪くない、よな?
「桐生くん」
「はい」
「……見た?」
「……見てない」
「本当に?みたよね?」
「本当にみてない」
「そっか」
天川さんは、それ以上何も言わなかった。
……助かった。
俺は何事もなかったように体を起こす。
すると。
「じゃあ」
「ん?」
天川さんが、少し考えるように俺を見る。
「今、ふと思い浮かぶ色は?」
「……は?」
「色」
「いや、なんで?」
「いいから」
「……」
なんだ、この質問。
俺は少し考える。
そして。
「……水色」
「…………」
「…………」
天川さんが黙って俺を見る。
俺も黙る。
数秒。
「……あ」
しまった。
次の瞬間。
バギャッ!!!
「――――ッ!?」
視界が回った。
身体が浮いた。
そして――。
ドサッ。
「…………」
俺は地面に転がっていた。
「…………」
何が起きた。
顔面が。
めちゃくちゃ痛い。
鼻の奥までジンジンする。
「…………天川さん」
「なに?」
俺はゆっくり顔を上げた。
「今の……」
「うん」
「正拳?」
「正拳」
「……ガチの?」
「ガチ」
「…………」
天川さんは何事もなかったかのようにベンチに座っている。
いや。
待て。
この子。
普通に強い。
「不可抗力です」
「それは違うと思う」
「……」
正論だった。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「……ごめん」
「……まあ、俺も悪かったし」
「これでおあいこだね!」
「…………」
いや。
俺、殴られて初めて体浮いたんですけど?
俺はゆっくり立ち上がる。
……この子。
見た目は普通に可愛いのに。
正拳がガチすぎる。
今後、余計なことは言わないようにしよう。
たぶん命に関わることになる。
*
「そういえば」
「ん?」
弁当を食べながら、天川さんが口を開いた。
「もうすぐ球技大会だよね」
「ああ」
「うちの学校って、球技大会やるの早くない?」
「確かに」
「まだ入学してそんなに経ってないのに」
「そうだな」
「去年もこんな時期だったのかな?」
「知らん」
「桐生くん、学校行事に興味なさそう」
「失礼だな」
「そう?」
「まあ……否定はしないけど」
「ふふっ」
天川さんが笑う。
「球技大会って、実行委員とか決めるのかな?」
「たぶん」
「面倒そう」
「天川さんもそう思う?」
「うん」
「珍しく意見が合ったな」
「珍しく?」
「いや、なんでもない」
天川さんが笑った。
そんな話をして、昼休みは終わった。
そして。
天川さんの予想は当たった。
*
放課後。
「じゃあ、球技大会の実行委員を決めるぞ」
担任が教壇の前で言った。
「男女一人ずつな」
教室が静かになる。
誰も手を挙げない。
まあ、そうなるよな。
俺だってやりたくない。
すると。
「桐生くんでいいんじゃない?」
「……え?」
突然、俺に話が飛んできた。
「なんで俺?」
「だって帰宅部じゃん」
「帰宅部がやらなきゃいけないのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ違うだろ」
俺が返すと、別の男子が笑った。
「でも桐生くん、こういうの向いてそうじゃん」
「どこが?」
「真面目だし」
「それなら自分がやれば?」
「俺は無理」
「なんで?」
「面倒だから」
「……」
それなら俺も面倒なんだけど。
俺が呆れていると。
「それ、おかしくない?」
天川さんの声がした。
「……」
クラスの何人かが天川さんを見る。
「桐生くんが帰宅部だからって、実行委員をやる理由にはならないよね?」
「いや、でも誰かやらなきゃだし」
「うん。それは分かるよ」
天川さんは頷いた。
「でも、だからって桐生くんに押し付けるのは違うでしょ?」
「押し付けてるっていうか……」
「じゃあ、立候補なの?」
「……」
「桐生くん、自分からやるって言ってないよね?」
「それは……」
男子が黙る。
天川さんは続けた。
「それに、桐生くんが真面目だからって理由も変じゃない?」
「なんで?頼み事もよく聞いてくれるし......」
「真面目な人なら、面倒な仕事を押し付けてもいいの?」
「いや、そういう意味じゃ……」
「じゃあ、どういう意味?」
「……」
完全に詰んでいる。
俺は思わず天川さんを見る。
……強い。
普段あんなにのほほんとしているのに。
「あとさ」
天川さんが教室を見回す。
「さっきまで誰もやりたくないって顔してたのに、桐生くんならいいってなるのも変だと思う」
「……」
「やりたくないなら、桐生くんだってやりたくないでしょ?」
「まあ……」
俺は小さく頷いた。
「だよね」
天川さんはそこで一度言葉を切った。
「じゃあ――」
すっと手を挙げる。
「私がやる」
「え?」
教室がざわついた。
「天川さんが?」
「うん」
「じゃあ俺も――」
男子の数人が手を挙げようとする。
……おい。
さっきまで誰もやりたがらなかっただろ。
天川さんがやるって言った途端、それか。
分かりやすすぎる。
俺は呆れて、その男子達を見る。
そして。
「……じゃあ俺がやる」
「桐生くん?」
天川さんがこっちを見る。
「男子は俺でいい」
「でも、桐生くんやりたくなかったんじゃないの?」
「別に」
「じゃあ、なんで?」
「……」
俺は一瞬、教室を見回した。
天川さんがやると言った途端、立候補しようとした奴。
たぶん。
俺がやったほうがいい。
「俺がやる」
「……」
天川さんは俺を見て。
「そっか」
少しだけ笑った。
先生が頷く。
「じゃあ、男子は桐生。女子は天川で決まりだな」
「はい」
こうして。
俺と天川さんは、球技大会の実行委員になった。
……自分から立候補した。
確かにそうだ。
でも。
元を辿れば、俺に押し付けようとした奴らがいて。
それを天川さんが止めて。
天川さんが自分から引き受けた。
そしたら今度は、別の理由で立候補する奴が出てきた。
だから俺が手を挙げた。
「……」
まあ。
「不可抗力です」
「何が?」
隣から天川さんの声がした。
「……いや、なんでもない」
「また言ってる」
「便利なんだよ、この言葉」
「ふふっ」
天川さんが笑った。
俺も少しだけ笑う。
昼休みには、顔面に正拳を叩き込まれ。
放課後には、球技大会の実行委員になった。
高校生活。
まだ始まったばかりなのに。
なんだか、思っていたより忙しくなりそうだ。
……まあ。
これも。
不可抗力です。




