友達くらいいますけど
翌日の昼休み。
俺は昨日と同じ場所へ向かっていた。
別に、昨日のことがあったからじゃない。
ここは俺がいつも昼飯を食べていた場所だ。
だから今日も来ただけ。
……そういうことにしておこう。
螺旋階段を上がり、渡り廊下の先へ進む。
「……あ」
やっぱりいた。
ベンチに座っていた天川さんが、俺を見る。
「あ、桐生くん。こんにちは」
「こんにちは」
「今日も来たんだ」
「それはこっちの台詞なんだけど」
「私は昨日、ここで食べるって言ったから」
「そうだったな」
俺は昨日と同じように、少し離れた場所へ腰を下ろした。
天川さんが弁当箱を開く。
「今日はちゃんとあるよ」
「……何が?」
「おかず」
昨日の白米だけの弁当を思い出す。
「そりゃよかった」
「昨日の白米、おいしかったけどね」
「おかずがないことを誇るな」
「誇ってないよ」
天川さんは笑いながら、卵焼きを口に入れた。
俺も自分の弁当を開く。
今日は卵焼きも唐揚げも無事だ。
……よし。
しばらく静かに弁当を食べる。
昨日と同じ場所。
昨日と同じような昼休み。
ただ、一人ではない。
「桐生くんって、いつもここで食べてるの?」
「だいたい」
「友達いないの?」
「いるわ」
反射的に答えてしまった。
「でも、一人で食べてるから」
「地元にはおるわい」
「地元?」
「俺、瑞穂市が地元なんだよ。中学の頃からの友達とかはそっちにいるから」
「ああ、そうなんだ」
「高校入ってまだ数週間だし、こっちではまだそんなに仲いいやつもいないだけ」
「なるほど」
「……何?」
「別に」
天川さんが弁当を食べる。
なんとなく納得したらしい。
「じゃあ、一人が好きってわけじゃないんだ」
「うん。違う」
「じゃあ?」
「静かなところで食べるのが好きなだけ」
「そっか」
それ以上は聞いてこなかった。
……意外とあっさりしてるな。
「天川さんは?」
「私?」
「友達。いるんだろ?」
「いるよ」
「この学校に?」
「うん」
「じゃあ、なんでここで一人で食べてるんだ?」
「ここが好きだから」
「……俺と同じか」
「そうだね」
天川さんが笑う。
こうして話していると、昨日よりは少しだけ話しやすくなった気がする。
「そういえば、部活は?」
「入ってないよ」
「俺も」
「帰宅部?」
「そう」
「じゃあ、放課後は?」
「普通に帰るか、地元の友達と遊ぶか」
「へえ」
「天川さんは?」
「私も似たような感じ。友達と遊ぶこともあるよ」
「そうなんだ」
「うん」
ふと、天川さんが俺を見る。
「桐生くんって、地元の友達とは今も仲いいんだね」
「まあな。中学まで一緒だったし」
「そっか」
「天川さんは?」
「私も地元の友達とは遊ぶよ」
「へえ」
「昔からの友達もいるし」
「そうなんだ」
それだけの会話だった。
けど。
俺は少しだけ気になった。
この学校にも、昔から付き合いのある友達がいるのだろうか。
まあ、そのうち分かるか。
「そういえば」
今度は俺から聞いてみる。
「家では誰が弁当作ってるの?」
「私」
「……え?」
「私だよ」
俺は天川さんの弁当を見る。
「昨日も?」
「昨日も」
「……」
「何?」
「いや、自分で作ってるなら、昨日の白米だけの弁当はどういうこと?」
「おかずを入れたと思ってた」
「それは忘れたってことだろ」
「今日はちゃんと確認したよ」
「偉い偉い」
「子供じゃないよ?」
「そうだな」
天川さんが少しむっとする。
……昨日より、表情が分かるようになってきた気がする。
そんなことを考えていると。
「桐生くんって、優しいよね」
「……は?」
突然だった。
「何の話?」
「昨日、卵焼きくれたから」
「あれくらい普通だろ」
「唐揚げも」
「……」
「ふりかけも」
「……」
全部覚えてやがる。
「別に。困ってたら助けるだろ」
「それを優しいって言うんじゃない?」
「知らん」
「自覚ないんだ」
「何の?」
「……なんでもない」
天川さんは、少し笑った。
俺にはよく分からない。
ただ、昨日よりも。
天川さんが俺を見るときの表情が、少しだけ柔らかくなった気がした。
「そういえば」
「ん?」
「昨日のお礼」
天川さんが自分の弁当箱の横に置いてあった、小さな袋を俺に差し出した。
「これ」
「俺に?」
「うん」
「別にいいのに」
「私が気になるから」
「……じゃあ、ありがたく」
受け取って鞄に入れる。
「ありがとう」
「こっちこそ」
「なんで天川さんがお礼言うんだよ」
「昨日もらったから」
「……まあいいか」
そのとき。
昼休み終了のチャイムが鳴った。
「あ、終わった」
「早いな」
俺たちは弁当を片付ける。
階段を下りながら、天川さんが口を開いた。
「明日もここに来る?」
「俺はいつもここだから」
「ああ、そうだね」
「天川さんは?」
「……たぶん」
「そっか」
「うん」
それだけだった。
別に約束をしたわけじゃない。
ただ。
昨日まで一人だった昼休みに、今日も天川さんがいた。
そして――明日もいるかもしれない。
……まあ。
それくらいなら、悪くない。




