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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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伊織ちゃんだから


 トイレの扉が開いた。


 真っ赤な顔をした伊織が出てくる。


 その視線の先には、気まずそうに立っている晃星。


「……あっきー」


「はい」


「一回閉めて、二回目を開ける理由は?」


「……」


「この変態!!」


「確認だろうよ!」


「確認するなぁぁぁ!!」


「いや、だって一回閉めたあと、今の伊織ちゃん!?ってなったんだよ!」


「だからってもう一回開ける!?」


「確認しないと!」


「するな!」


「それは確かにごめんなさい!」


 晃星が勢いよく頭を下げる。


「伊織ちゃん! 本当にごめんね!」


 あっきーママまで申し訳なさそうに言った。


「あっきーママは何も悪くないから!」


 伊織はすぐに首を振る。


「悪いのはそこのドスケベなんで!!」


「誰がドスケベだ!」


「二回開けた人!」


「一回目は事故!」


「二回目は?」


「確認!」


「だからその確認が変態なの!」


「じゃあ鍵くらいかけとけ! バカ!」


「開ける方が悪いでしょ!!」


「自分の家のトイレに伊織ちゃんいると思う!?」


「二回も開けなくていいじゃん!!」


 そんな二人を見て、ママはとうとう吹き出した。


「ふふっ……!」


「笑わないでよ、あっきーママ!」


「ごめんごめん。でも二人とも面白くて」


「面白くない!」


 伊織と晃星の声が重なった。


 その後、三人はリビングへ移動した。


⸻


「……で?」


 ソファに座った晃星が、ようやく聞く。


「なんで伊織ちゃんがウチにいるんだ?」


「病院で連絡先交換したんだよ」


 ママが笑った。


「昨日退院してすぐ連絡取って、明日会おうって決まったんだよね」


 伊織が続ける。


「それで今日、ランチ行ってきたの」


「へぇ」


「めちゃくちゃ楽しかったよ!」


「うん!」


 伊織も嬉しそうに頷く。


「ランチ終わってから、そのままこっちに来たの」


「なるほど」


 晃星はようやく納得した。


「で?」


「ん?」


 伊織が、にこっと笑う。


「楽しくランチして」


「うん」


「初めてあっきーの家に来て」


「うん」


「あなたのせいで、お嫁に行けないくらいの辱めを受けました」


「まだ言うか……」


 晃星が頭を抱えた。


 ママが、はっとする。


「……そうか!」


「ん?」


「伊織ちゃんにそこまで思わせたのは、ウチのバカ息子が悪い!」


「は?」


「伊織ちゃんがお嫁に行けないなら!」


 あっきーママが伊織を見る。


「ウチのバカ息子が責任取るから!」


「え?」


「伊織ちゃん、今日からでもウチにおいで!」


 伊織が目を丸くする。


「……え?」


 ママが満面の笑みを浮かべた。


「嫁に!」


「「えぇぇぇぇ!?」」


 二人の声が重なった。


⸻


 その後も、三人の話はいつの間にか盛り上がっていた。


 学校のこと。


 先生のこと。


 そして、友達のこと。


「伊織ちゃん、学校では誰と一番仲いいの?」


「やっぱり月姫かな!」


「ああ、前に言ってた学校で一番かわいい親友?」


「そうそう!」


 伊織が嬉しそうに頷く。


「月姫はもう、本当にかわいいよ!」


「へぇ〜」


「あと奈緒先輩とか、美咲ちゃんとか!」


「楽しそうだねぇ」


「うん!」


 すると伊織が、ふと思い出したように晃星を見る。


「そういえば、あっきー」


「ん?」


「学校だと月姫にめっちゃデレデレしてるよ」


「は?」


「してるしてる!」


「してない!」


 伊織はママを見る。


「月姫が『愛だよね? あっくん?』って聞いたら」


「伊織ちゃん」


「即答で」


「言うな」


「『ね!!』って」


「言うなぁぁぁ!!」


 ママが吹き出した。


「なにそれ! めちゃくちゃデレデレじゃん!」


「違う!」


「どこが!?」


「でもさ!」


 伊織がママを見る。


「あっきーママも月姫見たら絶対気に入ると思う!」


「そう?」


「めっちゃかわいいから、絶対『ウチに嫁に来て!』ってなるよ!」


「ならないよ」


「……え?」


 ママは真顔だった。


「月姫ちゃんがどれだけかわいくても、ならない」


「なんで?」


 するとママは、伊織をぎゅっと抱きしめた。


「私がウチに来てほしいのは」


「……」


「伊織ちゃんだから」


 伊織が固まる。


「月姫ちゃんじゃなくて?」


「うん」


「私なんかより、ずっとかわいいよ?」


「関係ない」


「……」


「伊織ちゃんだから来てほしいの」


 伊織の目に、じわっと涙が浮かぶ。


「……そんなこと言われたの、初めて……」


「え?」


「私、月姫と比べられること多かったから……」


 あっきーママは伊織を抱きしめたまま笑った。


「じゃあ覚えておいて」


「……」


「私が来てほしいのは、伊織ちゃん」


「……っ」


 ぽろっと涙がこぼれた。


「……ほんと」


 伊織が小さく呟く。


「行きますって言いそうになった……」


「……は?」


 晃星が固まる。


 伊織も固まる。


「……っ!」


「い、今のなし!!」


 顔を真っ赤にする伊織。


 ママがにやりと笑った。


「聞いちゃった〜」


「ち、ちがぁぁぁう!!」


 そこで晃星が冷静に言う。


「いや、お前」


「ん?」


「リアルに嫁に来てもらうほどの話、やめろ」


「えー?」


「俺の意思は?」


 ママが即答する。


「貴様……この世に伊織ちゃん以上の娘がいると思ってんの?」


何、この迫力……


「……あ、はい。すいませんでした」


「じゃあ決まり!」


「「いや、決まらないよ!?」」


 二人の声が重なった。


「ちっ……丸め込めないか」


「何を丸め込もうとしてたんだよ!」


⸻


 ひとしきり騒いだあと。


 晃星は大きくため息をついた。


「……もういいや」


 立ち上がる。


「まぁ、ゆっくりしてきなよ」


「ん?」


「俺、部屋行ってるわ」


 そう言って、晃星は自分の部屋へ向かった。


 その背中を伊織が見送る。


 そして。


 ちらっ。


 伊織とあっきーママが目を合わせる。


 にやり。


 あっきーママが笑う。


 伊織も小さく笑った。


 そして何も言わずに立ち上がり。


 晃星の後を追った。


⸻


 自分の部屋に入った晃星は、大きく息を吐いた。


「……疲れた」


 その直後。


 扉が開く。


「……ん?」


 振り返った晃星は、一瞬言葉を失った。


 そこにいたのは伊織だった。


 いつも学校で見ている制服姿ではない。


 今日の私服姿。


「……」


 思わず、見惚れた。


「あっきー?」


「っ!」


 我に返る。


 伊織は、そんな晃星を見てにこっと笑った。


「どした?」


「……いや」


 晃星は慌てて目を逸らす。


「別に」


「ふーん?」


「気のせい」


「ほんと?」


「ほんと」


 なんか伊織ちゃんをこんな意識すると調子狂うな。


⸻


 その後。


 二人はベッドに腰掛け、さっきまでの騒ぎが嘘みたいに普通に話していた。


 学校のこと。


 今日のランチのこと。


 ママのこと。


「でも、ママ本当に楽しそうだったよ」


 伊織が笑う。


「伊織ちゃん、ありがとね」


「私とランチ行ったの、そんなに楽しかったかな?」


「楽しそうだったじゃん」


「……そっか、私もめっちゃ楽しい」


 伊織が少し嬉しそうに笑う。


 そんな話をしているうちに。


 伊織の視線が、ベッドの上の棚に向いた。


「あ、これなに?」


「ん?」


「開けていい?」


 伊織が手を伸ばす。


「ちょい待った!」


「えっ!?」


 晃星が慌てて伊織の手を掴んだ。


「……」


「……」


 二人が固まる。


「なに?」


「……そこはダメ」


「なんで?」


「ダメなものはダメ」


「余計気になるんだけど?」


「気にするな!」


「なに隠してるの?」


「何も隠してない!」


「じゃあ見せてよ」


「それは無理」


「あるじゃん!」


「……」


 伊織が笑いながら、もう一度棚へ手を伸ばす。


「だからダメだって!」


「見せて!」


「ダメ!」


「なんでそこまで必死なの!?」


「伊織ちゃん!」


「待たない!」


 伊織が棚へ手を伸ばす。


 晃星が止める。


「ちょっ、離して!」


「開けるな!」


「あるんじゃん!」


「しまった!」


 伊織が笑いながら身を乗り出す。


 晃星も慌ててそれを止める。


「ちょ、待て!」


「待たない!」


 ぐらっ。


「わっ!?」


「えっ――」


 二人の体勢が崩れた。


 そのまま。


 どさっ!


「きゃっ!」


 二人そろって、ベッドへ倒れ込んだ。


 そして。


「……」


「……」


 至近距離で。


 二人の目が合った。


「……ご、ごめん!」


「ごめん!」


 二人は同時に声を上げると、さっと離れた。


 そして。


 お互い真っ赤になった。


 その時。


「おーい、大丈夫?」


「「っ!?」」


 扉が開いた。


「うわぁ!?」


 部屋の中を見たあっきーママが、にやりと笑う。


「孫は見たいって言ったけど」


「……」


「さすがにまだ早すぎるからね!!」


「「何の話!?」」


「一応、釘刺しに来た!」


「刺すな!」


 そしてあっきーママは、何事もなかったように伊織を見る。


「そうそう、伊織ちゃん」


「ん?」


「お母さんに連絡しといたから、ウチで夜も食べてきな!」


「え、いいの?」


「もちろん!」


「……じゃあ、お言葉に甘える!」


「よし!」


「晃星、伊織ちゃんよろしくね!」


「何を!?」


「仲良くね!」


 ばたん。


「……」


「……」


 二人きりになった。


 伊織が、くすっと笑う。


「……よろしくね?」


「その言い方やめろ!」


⸻


 その後。


 三人は食卓を囲んだ。


「それでさ、あっきーが――」


「その話はするな!」


「する!」


「伊織ちゃん、もっと聞かせて!」


「お前はもう黙れ!?」


「ママにお前言うな!」


 笑い声が、食卓に響く。


 伊織も。


 晃星も。


 そしてあっきーママも。


 楽しそうに笑っていた。


 晃星は、二人を見ながらふっと笑う。


(……こういうのも、悪くないな)


⸻


 食事を終え。


 時間もすっかり遅くなった頃。


「じゃあ、送ってくね」


 あっきーママが立ち上がる。


「うん!」


 伊織も立ち上がった。


 玄関まで来たところで。


 晃星が伊織を見る。


「また来いよ」


「……え?」


 伊織が振り返る。


「いいの?」


「当たり前じゃん」


 晃星が笑う。


「……うん!」


 伊織の顔に笑顔が広がる。


「また来る!」


「了解」


「じゃあね、あっきー!」


「またな」


 そして。


 ママと伊織が家を出ていった。


 晃星は、二人の背中が見えなくなるまで見送っていた。


 そして。


 伊織が嬉しそうに言った言葉を思い出す。


『また来る!』


 ――この「また来る」が。


 ほんの数日後のことになるとは。


 この時の晃星は、まだ思いもよらなかった。

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