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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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25/120

以外と思ってる以上。いや、普通にできる彼氏だった


 夏休みが始まる少し前。


 よろずやの部室で、美咲が思い出したように声を上げた。


「そうだ! みんな、夏の大会見に来てよ!」


 伊織が顔を上げる。


「夏の大会?」


「うん! バレー部の大会!」


 美咲は嬉しそうに笑った。


「せっかくだから応援してほしいなって」


「いいじゃん!」


 伊織がすぐに反応する。


「美咲ちゃんがバレーしてるところ、ちゃんと見たことないし!」


「でしょ?」


「私も見てみたいな」


 月姫も微笑む。


「美咲ちゃん、普段と全然違いそう」


「ふふん。ちょっとびっくりするかもよ?」


 その様子を見ていた桐生も笑った。


「じゃあ、みんなで行こか」


「やった!」


 美咲は満足そうに笑う。


 こうして夏の大会初日は、桐生、伊織、月姫が応援に行くことになった。


⸻


大会一日目


 体育館に入った瞬間、桐生は思っていた以上の熱気に驚いた。


 あちこちのコートから響くボールの音。


 選手たちの掛け声。


 そして、それぞれのチームに向けられる応援。


「すごいね……」


 月姫が周囲を見渡す。


「思ってたより本格的」


「夏の大会だもん」


 伊織もどこか楽しそうだった。


 やがて、美咲たちの試合が始まる。


 コートに立つ美咲は、普段よろずやで見せる姿とは少し違っていた。


 仲間と短く声を掛け合い、真剣な表情でボールを追う。


「朝倉、めっちゃ真面目だな」


「当たり前でしょ!」


 伊織がすぐに突っ込む。


「部活だよ?」


「いや、そういう意味じゃなくて」


 桐生が苦笑すると、月姫も楽しそうにコートを見ていた。


「かっこいいね、美咲ちゃん」


 一回戦は、美咲たちが勝利した。


 思っていた以上に安定した試合運びだった。


「やった!」


 伊織が思わず声を上げる。


「普通に強いじゃん!」


 続く二回戦。


 こちらは一回戦より苦しい展開になった。


 点を取っては取り返される。


 何度も流れが変わる。


 それでも美咲たちは最後まで集中を切らさず、粘り強く戦った。


 そして――勝利。


「二連勝!」


 伊織が嬉しそうに拳を握る。


「すごいじゃん!」


「普通に強いね」


 月姫も頷く。


 桐生はコートの美咲たちを見ながら、小さく笑った。


「これ、次もいけるんじゃない?」


「私もそう思う!」


 伊織が大きく頷いた。


 二試合を見終えた三人は、自然と翌日の試合にも期待するようになっていた。


 美咲たちは強かった。


 このまま、もっと勝ち進めるんじゃないか。


 そんな期待を抱くには十分だった。


 ただ。


 翌日の相手が、前回の県大会で二位の強豪だと知る までは……


⸻


大会二日目


 伊織と月姫には予定があり、応援に来ることができなかった。


 その代わり、体育館に来ていたのは桐生、奈緒先輩、そして虎太先輩だった。


 昨日の試合を見ていた桐生は、正直なところ期待していた。


 あれだけ戦えたなら。


 相手が強豪でも、もしかしたら――。


 けれど。


 試合が始まると、その相手の強さはすぐに分かった。


 一つ一つのプレーが安定している。


 簡単には流れを渡してくれない。


 それでも、美咲たちは必死に食らいついた。


 真央さんはチームの中心として声を掛け続ける。


 そして美咲も、一年生ながら大事な場面でコートに入った。


 苦しい展開の中。


 美咲が一本、ボールを繋ぐ。


 次のプレーへ。


 さらに次へ。


 それまで重かったチームの空気が、少しだけ変わった。


「……すげえな」


 桐生は思わず呟く。


 バレーの細かい戦術なんて分からない。


 それでも。


 美咲がコートに入ってから、チームの勢いが変わったように見えた。


 しかし、相手は強かった。


 美咲たちは最後まで戦った。


 最後まで食らいついた。


 それでも――。


 試合終了の笛が鳴る。


 三回戦敗退。


 昨日までの期待が大きかった分。


 その結果は、より悔しいものだった。


⸻


 試合後。


 部員たちがそれぞれ集まっている中、美咲が桐生の姿を見つけた。


「きりゅちゃん」


「ん?」


 美咲は少しだけ笑った。


「負けちゃった」


 桐生は美咲を見る。


 悔しくないはずがない。


 それは見れば分かった。


「……うん」


 桐生は少しだけ考えてから口を開いた。


「俺、バレーのこと全然分かんないけど」


「うん?」


「朝倉、一年なのに結構大事なところで出てたじゃん」


 美咲が少しだけ目を丸くする。


「しかも、朝倉が出てきてからゲームの勢い変わったように見えた」


「……」


「あそこでのプレー、素人ながらにめっちゃいいプレーしてたと思った」


「……ほんと?」


「ほんと。何がどうすごいか詳しく説明できないけど、見てて流れ変わったって思ったから」


 美咲はしばらく桐生を見ていた。


「……見てたんだ」


「そりゃ見てたよ。応援に来たんだから」


 美咲は少し笑う。


 けれど、その目元には涙が浮かんでいた。


「私ね……先輩から受け継いだものもあるし」


 美咲は、自分の部員たちを見る。


「もっと頑張らなきゃ!」


 悔しさが込み上げている。


 今日の敗戦。


 先輩たちから受け継いだもの。


 これまで積み重ねてきた時間。


 いろんな思いが美咲の中にあった。


 それでも美咲は、一度ぎゅっと拳を握った。


 そして。


 自分でその感情を振り切るように顔を上げる。


「だから!」


 桐生を見る。


「これからも応援してよ!」


 桐生は笑った。


「もちろん」


「よし!」


 美咲はいつもの調子を取り戻したように笑う。


「じゃあ、私みんなのところ戻るね!」


 そう言うと、美咲は元気よく部員たちのところへ戻っていった。


 桐生はその背中を見送る。


 負けたばかりなのに。


 もう次を見ている。


 そんな美咲の姿を見て、桐生は小さく笑った。


⸻


 一方。


 真央さんは最後まで気丈に振る舞っていた。


 落ち込む部員に声を掛ける。


 後輩たちを気遣う。


 自分だって悔しいはずなのに。


 キャプテンとして、みんなの前では最後までしっかりしていた。


 けれど。


 最後に部員たちへ言葉を伝える時だった。


「今日は……負けちゃったけど」


 真央さんは、みんなを見る。


「でも、ここまでみんなと――」


 そこで。


 声が止まった。


 ぽろり、と。


 一粒の涙が落ちる。


 真央さん自身も、驚いたように目を瞬かせた。


 けれど。


 一度溢れた涙は止まらなかった。


「……みんなと一緒にバレーできて」


 ぽろぽろと涙が溢れる。


「本当に……楽しかった」


 その姿を見て。


 部員たちの目にも涙が浮かぶ。


 誰かが泣き始める。


 それをきっかけにしたように、次々と涙が溢れた。


 悔しい。


 もっと勝ちたかった。


 まだ、このメンバーで戦いたかった。


 そんな思いが、体育館の一角を包んでいく。


 美咲も涙を浮かべながら、真央さんを見ていた。


 先輩たちが積み重ねてきたもの。


 自分たちが受け継いだもの。


 今日の悔しさを。


 絶対に無駄にはしない。


 美咲は改めて、胸の中で気を引き締めていた。


⸻


 帰り際。


 真央さんは体育館の外で待っていた虎太先輩の姿を見つけた。


 少しだけ笑って、近づいていく。


「……負けちゃった」


「うん」


 虎太先輩は真央さんを見る。


「見てたよ」


 それだけだった。


 慰めることもしない。


 褒めることもしない。


 今日、真央さんが何をしていたのか。


 どれだけ戦ったのか。


 最後に部員たちの前で涙を流したことも。


 虎太先輩は全部見ていた。


 だから。


 それ以上、何も言わない。


 真央さんは虎太先輩を見て、少しだけ笑った。


 その笑顔には、さっきまでとは違う柔らかさがあった。


⸻


 少し離れた場所から。


 奈緒先輩と桐生は、その二人を見ていた。


「今、お姉ちゃんは虎太先輩がいるから安心」


 桐生は黙って、奈緒先輩の言葉を聞いていた。


「虎太先輩なら、ちゃんと分かってくれるから」


 奈緒先輩は真央さんと虎太先輩を見る。


 虎太先輩は、一番真央さんのことを分かっている。


 今、慰めや賞賛を求めていないことも。


 中途半端なことを言ってほしくないことも。


 でも、一人でいたら押し潰されそうになることも。


 だから何も言わず、そばにいる。


「だけど……」


 奈緒先輩の声が少しだけ震えた。


「今までのお姉ちゃんの頑張り見てきてる分、私まで心が苦しくなっちゃって」


 奈緒先輩は俯いた。


 桐生はすぐには言葉を挟まなかった。


 奈緒先輩は、虎太先輩とは違う角度で真央さんをずっと見てきた。


 妹として。


 ずっと近くで。


 真央さんがどれだけ頑張ってきたのかを知っている。


 だからこそ。


 今日の敗戦を見て苦しくなるのは当然だった。


「神崎先輩がそう思うのも、当たり前ですよ」


 奈緒先輩が顔を上げる。


「虎太先輩とは違う角度で、ずっと真央さんのこと見てきたんですから」


 桐生は少しだけ間を置いた。


「無理しなくていいです」


 奈緒先輩の表情が揺れる。


「俺しか見てないし、誰も言わないんで。無理せず感情、吐き出した方がいいです」


 その言葉で。


 奈緒先輩の中にあったものが、一気に崩れた。


「……っ」


 唇を噛んでいた奈緒先輩が、耐えきれなくなったように桐生へしがみつく。


「……っ、うぅ……!」


 ずっと我慢していた。


 お姉ちゃんには虎太先輩がいる。


 だから自分まで感情を出しちゃいけない。


 そう思っていた。


 けれど。


 自分だってずっと真央さんを見てきた。


 だから苦しい。


 だから悲しい。


 桐生は何も言わなかった。


 ただ。


 奈緒先輩の背中に手を添える。


 ぽん。


 ぽん。


 優しく。


 一定のリズムで。


 泣き止ませようとしない。


 急かさない。


 奈緒先輩が落ち着くまで、ただそばにいた。


⸻


 しばらくして。


 奈緒先輩の泣き声が、少しずつ収まってくる。


 桐生は真央さんと虎太先輩の方をちらりと見た。


「虎太先輩も、あぁ見えてちゃんと真央さんの彼氏できてるんですね」


 奈緒先輩が顔を上げる。


「ちょっと見直しました」


 一瞬きょとんとした奈緒先輩だったが。


 すぐに、ふっと笑みがこぼれた。


「ふふっ……そうでしょ?」


 さっきまで泣いていた表情が、少しだけ柔らかくなる。


「虎太先輩、ああいう人だけど……ちゃんとお姉ちゃんのこと見てくれてるんだよ」


「みたいですね」


「ふふ」


 奈緒先輩は、真央さんと虎太先輩の姿を見ながら嬉しそうに笑った。


 桐生も、その表情を見て少し安心する。


「……神崎先輩は?」


「え?」


「先輩は、大丈夫ですか?」


 奈緒先輩は少し目を丸くした。


 自分のことを聞かれるとは思っていなかった。


 姉のことばかり考えていたから。


 少しだけ黙ったあと。


 奈緒先輩は桐生を見る。


 そして、自然に笑った。


「……うん」


 少しだけ恥ずかしそうに。


「晃星くんがいてくれたから」


 桐生は何と返せばいいのか分からず、少しだけ視線を逸らした。


 奈緒先輩はそんな桐生を見て、ふふっと小さく笑った。


⸻


 奈緒先輩は、隣を歩く桐生をちらりと見た。


 さっきまで、自分があんなふうに感情を抑えきれなくなるなんて思ってもいなかった。


 晃星くんは無理に何かを聞こうとしなかった。


 ただ、自分が苦しくなっていることに気づいて、感情を吐き出してもいい場所を作ってくれた。


 何も言わずに、そばにいてくれた。


 背中を優しく叩いてくれて。


 気づけば、ずっと張り詰めていたものが全部溢れていた。


「……うん。晃星くんがいてくれたから」


 さっき、自分がそう答えた言葉を思い出す。


 前を歩く真央さんと虎太先輩を見る。


 虎太先輩の隣にいる真央さんの表情は、さっきまでとは少し違っていた。


 無理に元気になろうとしているわけでもない。


 ただ、少しだけ肩の力が抜けている。


 ――お姉ちゃんが虎太先輩といる時に感じてるのも。


 もしかしたら、こんな安心感なのかな。


 そんなことを思うと、奈緒先輩の口元に自然と笑みが浮かんだ。


 そして、もう一度隣を見る。


 桐生はいつも通りの顔で歩いていた。


 さっき自分が泣きながらしがみついていたことなんて、まるで何でもなかったように。


 その姿が少しだけおかしくて。


 奈緒先輩は、ふふっと小さく笑った。


 桐生が不思議そうにこちらを見る。


「どうかしました?」


「ううん。なんでもない」


 奈緒先輩は笑ったまま首を横に振る。


 ただ。


 晃星くんを見る気持ちは。


 今日までとは、ほんの少しだけ違っていた。


 前を歩く真央さんと虎太先輩。


 そして、その少し後ろを歩く自分たち。


 夏の大会は終わった。


 悔しい結果だった。


 それでも。


 それぞれが誰かのそばにいて。


 そして、誰かに支えられていた。


 奈緒先輩はもう一度だけ、隣を歩く晃星を見た。


 ――こんなふうに安心できる相手がいるって、いいものなのかもしれない。


 そんなことを思いながら。


 奈緒先輩は、少しだけ足取りを軽くして歩いていった。

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