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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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23/117

愛だよね!!

一学期の終わり


 テスト期間が終わり、数日後。


 答案が返却された。


 そして――。


「……危なかった」


 放課後。


 学園よろずやの部室で、桐生晃星は返却された答案を机に置き、大きく息を吐いた。


「本当にね」


 伊織が呆れたように言う。


「あとちょっとで補習だったじゃん」


「だから危なかったって言ってるだろ」


「普段からちゃんと勉強してればいいだけ」


「それができたら苦労しない」


「威張るな」


「威張ってねえ」


 その様子を見ていた美咲が、くすっと笑った。


「でも、補習じゃなくてよかったね。きりゅちゃん」


「だろ?」


「ギリギリだったけど」


「朝倉まで言うの?」


「事実だもん」


「味方がいない……」


「自業自得」


「伊織ちゃん冷たっ」


「現実的なだけ」


 そんな、いつものやり取りをしていた時だった。


ガラッ。


 部室の扉が開いた。


「……はぁ」


 三人がそちらを見る。


 入ってきたのは、美空月姫だった。


 いつもの柔らかな表情を浮かべているものの、明らかに少し疲れている。


「どうした?」


 晃星が聞いた。


「……また捕まった」


「あー、告白?」


「うん」


 月姫が頷く。


「今日だけで二人」


「二人!?」


 晃星が思わず聞き返した。


「今日だけで?」


「うん……」


 月姫は小さくため息をつく。


「一人断ったら、そのあとまた別の人に捕まって」


「大変だね、月姫ちゃん」


 美咲が苦笑する。


「だから、ちょっと逃げてきた」


「ここに?」


「うん」


 月姫は空いている椅子に腰を下ろした。


「ここなら落ち着けるかなって」


「まあ、ここなら静かだしな」


 晃星が言うと、月姫は少し笑った。


「そういえば」


 伊織が何気なく口を開く。


「私も同じクラスの子に告白された」


「は?」


 晃星が伊織を見る。


「聞いてないぞ」


「言ってないから」


「いや、そうだけど……」


 伊織は何でもないことのように肩をすくめる。


 晃星は改めて伊織を見た。


 いつも一緒にいる。


 だから普段は、そんなことを意識したこともなかった。


 けれど。


 こうして見ると――。


 伊織ちゃん、普通に可愛いよな。


 そりゃ、モテるか。


「……何?」


「え?」


 気づけば、伊織が晃星を見ていた。


「今、なんか思ったでしょ」


「思ってない」


「ふーん?」


 伊織の口元が少しだけ緩む。


「その顔やめろ」


「どの顔?」


「分かってるだろ」


「さあ?」


 完全に何か察している。


「……」


「ふふっ」


 伊織は楽しそうに笑った。


 美咲もくすっと笑う。


「きりゅちゃん、分かりやすい」


「朝倉さんまで何だよ」


「別に?」


「絶対分かってるだろ」


「何のことかな」


 月姫も、さっきまでの疲れが少し抜けたように笑っていた。


 そして。


「そういえばさ」


 伊織がみんなを見回す。


「みんな、夏休み何やるの?」


「急だな」


「もうすぐ夏休みじゃん」


「まあ、そうだけど」


「美咲は?」


「私はバレー部かな」


「夏休みも?」


「うん。練習あるし」


 美咲は少し笑った。


「あ、そうだ」


 三人を見る。


「みんな、大会見に来てよ」


「大会?」


「うん。夏休み中にあるんだ」


「へえ」


 晃星が頷く。


「行ける日だったら行くわ」


「ほんと?」


「まあ、せっかくだし」


「やった」


 美咲が嬉しそうに笑う。


「伊織ちゃんと月姫ちゃんもね」


「うん」


「予定が合えば」


 伊織が答える。


「私も行きたい」


 月姫も頷いた。


「じゃあ、月姫は夏休み何するの?」


「私は……まだ特に決まってないかな」


「そっか」


 伊織が頷く。


「じゃあ、あっきーは?」


「俺?」


「うん」


 晃星は少し考える。


「地元の友達と遊ぶかな」


「え?」


 伊織が意外そうな顔をした。


「何だよ」


「あっきー、地元に友達いるんだ?」


「いるわ」


「だって、あっきーから友達の話とか聞かないじゃん」


「わざわざ言わないだけだろ」


「そういうもの?」


「そういうもんだろ」


 美咲も頷く。


「確かに、きりゅちゃんの友達の話って聞いたことないかも」


「だからって、いないことにはならないだろ」


「誰もいないとは言ってないよ?」


「でも疑ってんじゃん!」


「ちょっとだけ」


「ほら!」


 伊織が笑う。


「どんな人たちなの?」


「普通のやつら」


「写真ある?」


「あるけど」


「見せて」


「はいはい」


 晃星はスマホを取り出し、一枚の写真を表示した。


「ほら」


 三人が近寄る。


 画面には、晃星と数人の男子が写っていた。


「……へえ」


「これが、きりゅちゃんの地元の友達?」


「そう」


「みんな、かっこいいね」


 美咲が素直に言う。


「でしょ?」


「でも」


 伊織が写真を見ながら少し首を傾げた。


「ちょっと悪そう」


「まあ、見た目はそうかも」


 月姫も画面を覗き込む。


「確かに」


「月姫まで」


「でも、楽しそう」


「まあな」


 晃星はスマホをしまった。


「ただ、夏休みずっとみんなで遊ぶわけじゃないけど」


「そうなの?」


「昔から彼女いるやつもいるし」


「うん」


「最近付き合い始めたやつもいるから」


「あー」


 伊織が納得したように頷く。


「だから、暇なやつ同士で連絡取り合って、予定が合うやつで遊ぶ感じ」


「なるほどね」


 伊織は少し考えるようにしてから、楽しそうに晃星を見た。


「じゃあさ」


「何だよ」


「あっきーだけ彼女できなかったりして」


「は?」


「みんな彼女できて、予定合わなくなって」


「ならんわ」


「どうだろうねぇ?」


「俺だって別に、彼女いないわけじゃ――」


 そこまで言って。


 晃星は止まった。


「……いや、いないけど」


「ほら!」


「うるさい!」


 伊織が声を上げて笑う。


「絶対そういうことになりそう」


「なんでだよ」


「なんとなく?」


「さっきからそのなんとなく多すぎだろ!」


「でもさ」


 伊織は指を一本立てた。


「夏休みになったら、彼女いる人は彼女優先になるじゃん?」


「まあ、そういうやつもいるだろ」


「最近彼女できた人もいるんでしょ?」


「いる」


「じゃあ、あっきーだけ暇になる可能性あるよ?」


「ない!」


「強がってる」


「強がってねえ!」


 晃星がムキになって否定する。


 そのやり取りを見ていた美咲が、くすっと笑った。


「きりゅちゃん、必死」


「朝倉まで言うな!」


「ごめんごめん」


 伊織はまだ笑っている。


「でも、本当にそうなったらどうするの?」


「だからならんって」


「もし!」


「……家でゲームでもしてる」


「寂しい」


「でも、そうなったらどうしよう?」


 急にそんなパターンもあると不安になる。


「不安になってるじゃん!」


 伊織が笑う。


 すると。


 それまで静かに二人のやり取りを見ていた月姫が、ふと口を開いた。


「……そうなったら」


 三人が月姫を見る。


「私と遊ぼうよ!」


「……え?」


 一瞬。


 部室の空気が止まった。


「いや、でも」


 晃星が困ったように頭をかく。


「またお弁当の時みたいに変な噂立ったら、月姫が大変になるだろ」


「そうそう!」


 伊織もすぐに頷いた。


「二人で遊んでるところなんて見られたら、また変なこと言われるかもしれないじゃん」


「うーん……」


 月姫が少し考える。


 晃星と伊織は、そんな月姫を見守った。


 すると。


 月姫が顔を上げる。


「じゃあ」


 にこっと笑って。


「付き合ってまーすって言えばいいんじゃない?」


「ダメダメダメダメ!」


 真っ先に反応したのは伊織だった。


「え?」


「え? じゃない!」


 伊織が必死に首を振る。


「何でそうなるの!?」


「だって」


「だってじゃない!」


「付き合ってるって言えば、変な噂じゃなくなるでしょ?」


「ならない!」


「なるよ?」


「ならない!」


 伊織は必死だった。


「むしろ大変になるから!」


「そう?」


「そうだよ!」


 月姫は不思議そうに首を傾げる。


「だから、付き合ってることにするのはダメ!」


「えー」


 月姫が少し不満そうな顔になる。


 そして。


 晃星を見る。


「……ダメ?」


 こてん。


 首を傾げた。


「……」


 晃星の思考が止まる。


 ――あれ?何?可愛い。

 いや、もうそんなレベルじゃない


「……いいよ!」


「「は!?」」


 伊織と美咲の声が重なった。


「……」


 晃星が固まる。


 そして。


「…………あ」


 我に返った。


「いや、違う違う違う!」


「何が!?」


「俺、今何て言った!?」


「『いいよ!』」


「だよな!?」


「だよ!」


 晃星は頭を抱える。


「もうこれは魔法でしかない!」


「魔法じゃないよ!」


 月姫がにこっと微笑む。


「愛だよね! あっくん!」


「ね!!」


「「は!?」」


 伊織と美咲の声が重なった。


 晃星は即答したあと、また固まった。


「……」


「……ちょっと待って」


 伊織が眉をひそめる。


「何?」


「あっくんって何?」


「え?」


 晃星が月姫を見る。


 月姫は当然のように微笑んだ。


「だって」


 伊織と美咲を見る。


「二人とも、桐生くんの呼び方独特だし」


 そして、嬉しそうに笑った。


「私だけの言い方にしたんだよ!」


「ね、あっくん?」


「ね!!」


「だから即答するなぁぁぁ!!」


 伊織の叫びが部室に響く。


 晃星が頭を抱えた。


「俺も分からん!」


 すると。


 月姫が、さらに楽しそうに晃星を見る。


「あとね」


「……まだあるの?」


「うん」


「私のことも、月姫って名前で呼んでね!」


「え?」


「月姫」


「いや……」


 晃星が困ったように言葉を詰まらせる。


 普段、ずっと「美空さん」と呼んでいた。


 急に名前で呼べと言われても。


「えっと……」


「……嫌?」


 月姫が首を傾げた。


「全然嫌じゃないよ、月姫!」


「「「早っ!?」」」


「また言った!」


「俺も分からん!」


 伊織が頭を抱える。


「何なの今日のあっきー!?」


「知らん!」


 すると。


 月姫が、くすっと笑った。


「ふふっ」


「……何だこれ?」


 晃星が呟く。


 月姫がにこっと笑う。


「愛だよね?」


「ね!」


「……いい加減に目を覚ませぇぇぇ!!」


ゴンッ!!


「いっっっってぇぇぇぇ!!」


 伊織の拳が晃星の頭に綺麗に落ちた。


 晃星はその場に倒れ込む。


「痛っ! 痛い痛い痛い!」


 頭を押さえながら、床の上をのたうち回る。


「さっきから何回『ね!』って即答してんの!」


「知らねえよ!」


「知らないで済むか!」


「痛いって!」


 伊織は大きく息を吐いた。


「もう……」


 そして。


 倒れている晃星の前にしゃがみ込む。


 頭を押さえている晃星の顔を覗き込み、首を傾げた。


「……これも愛だよね?」


「……」


 晃星の動きが止まる。


 伊織を見上げる。


「……」


 数秒。


 沈黙。


「…………あ」


 伊織が眉をひそめる。


「何?」


「……し」


「し?」


「……白」


「…………」


 一瞬。


 部室が静かになった。


 伊織の顔が。


 みるみる赤くなっていく。


「……」


「……」


「……あっきー」


「はい」


「今……何を見たの?」


「……」


「何を」


 伊織の声が低くなる。


「見たの?」


「……」


 晃星は視線を逸らした。


「…………たまたま」


「たまたま?」


「事故」


「事故で色まで答える?」


「……」


 伊織の顔は、真っ赤だった。


「~~~~っ!!」


 そして。


 晃星の胸ぐらを掴む。


「うわっ!?」


「ちょっと立て!」


「待て待て待て!」


 ぐいっと晃星を引き起こす。


 伊織の拳が、ぎゅっと握られた。


「……」


 その瞬間。


 伊織の頭に、ふと以前の月姫の言葉が浮かんだ。


 ――パンツ見られたくらいで殴っちゃ嫌われるよ。


「……」


 拳が止まる。


「……?」


 晃星が伊織を見る。


 伊織は何とも言えない表情で固まっていた。


「……どうした?」


「……」


 殴りたい。


 でも。


 あの言葉を思い出す。


 もし殴ったら。


 嫌われる?


「……」


 その様子を見た晃星が、ふっと何かに気づいた。


「伊織ちゃん」


「何よ……」


 晃星が、必死に笑顔を作る。


「落ち着いて!」


「……?」


「愛だよね?」


「…………」


 一秒。


 二秒。


「……」


 伊織の拳が、ゆっくり持ち上がった。


「……違う」


「え?」


「これは――」


 伊織が、真っ赤な顔のまま叫ぶ。


「愛じゃなぁぁぁい!!」


ズドンッ!!


 伊織の黄金の右が、晃星に炸裂した。


「うぐぅぅぅぅぅ!!」


 晃星は後方へ吹き飛び、そのまま床に倒れ込んだ。


バタッ。


 静まり返る部室。


 月姫が、倒れた晃星を見て。


「……」


 美咲も、同じように見ている。


「……」


 そして。


 月姫がぽつりと呟いた。


「愛って、難しいね」


「だから違う!!」


 伊織の叫びが、夏休み前の部室に響いた。


⸻


 ――どれくらい時間が経ったのだろう。


 晃星は、ゆっくりと目を開けた。


「……」


 視界に映ったのは、見慣れた部室の天井だった。


「……生きてる」


「大袈裟」


 すぐ近くから声がした。


 晃星がそちらを見る。


「……伊織ちゃん?」


「起きた?」


「うん……」


 そこで。


 晃星は、ふと気づいた。


 頭の下にある。


 柔らかな感触。


「……ん?」


 伊織が少しだけ視線を逸らした。


「……これ」


「膝枕」


「……」


「何?」


「いや」


 晃星が目を瞬かせる。


「何で?」


「……」


 伊織は少し黙る。


 そして。


「……さっき、殴りすぎたかなって」


「世界が獲れる右だったぞ!」


「だから!」


「いや、俺はもうちょっとで死ぬかと」


「死なない!」


 いつものように言い返したあと。


 伊織は小さく息を吐いた。


「……やりすぎちゃったかなって」


「伊織ちゃんが?」


「悪い?」


「いや、珍しいなって」


「もう一発いく?」


「すみません」


 晃星が即答する。


 伊織は少しだけ笑った。


「……ほんと、調子いいんだから」


 部室は静かだった。


「美咲と月姫は?」


「先に帰った」


「二人だけ?」


「うん」


 晃星はしばらく黙った。


 頭の下の感触を意識する。


「……伊織ちゃん」


「ん?」


「まだ起き上がれないから、このままでいい?」


 伊織は少しだけあっきーを見下ろした。


「……さっきの一撃、そんなに効いた?」


「効いた」


「ごめん」


「でも」


 あっきーが、ふっと笑う。


「伊織ちゃんの膝枕、心地良すぎて」


「……っ」


 伊織の顔が少し赤くなる。


「そ、そういうこと平気で言うよね」


 あっきーは、少し笑った。


「なんか伊織ちゃんには、素が出せるから」


「……」


 伊織は、少しだけ黙った。


「……あっきー」


「ん?」


「……何でもない」


 そう言いながらも。


 伊織は膝枕をやめようとはしなかった。


 あっきーはそんな伊織の反応を見て、また小さく笑う。


 そして。


 しばらく二人とも黙っていた。


 窓の外から、夏の夕方の光が静かに差し込んでいる。


「……早かったな」


 あっきーがぽつりと呟いた。


「何が?」


「一学期」


 伊織が少し考える。


「……そうだね」


「入学した時は、こんな感じになるとは思わなかった」


「どんな感じ?」


「部活でもないのに、ほぼ毎日ここにいる」


「学園よろずやだからね」


「名前からして何でもありだしな」


「確かに」


 二人で小さく笑う。


「伊織ちゃんとも、こんなに一緒にいるとは思わなかった」


「……それは私も」


「最初の頃なんて、もっと怖い人かと思ってた」


「誰が?」


「伊織ちゃん」


「は?」


「いや、何か……しっかりしてるし」


「それ褒めてる?」


「褒めてる」


「じゃあ許す」


 伊織が少しだけ笑った。


「でも」


 あっきーが天井を見ながら続ける。


「何だかんだ、楽しかったな」


「……」


「テストは最悪だったけど」


「補習ギリギリだったしね」


「それは言うな」


「事実」


「美咲も来て」


「月姫も来て」


「騒がしくなって」


「最後には黄金の右」


「それは忘れたい」


「私は忘れない」


「何でだよ」


 伊織が笑う。


 あっきーも笑った。


 そして。


 また少し静かになる。


「……このままでいい?」


「まだ起き上がれないんでしょ?」


「うん」


「じゃあ、仕方ない」


「ありがと、伊織ちゃん」


「……どういたしまして」


 騒がしくて。


 予想外のことばかりだった一学期。


 でも。


「……楽しかったな」


「……うん」


 伊織も、小さく笑った。


「これからもよろしくね。あっきー」


「こちらこそ」


 柔らかな夕方の光が差し込む部室。


 あっきーは伊織ちゃんの膝枕に身を預けながら、静かに目を閉じた。


 一学期の最後は。


 思っていたよりずっと、心地よかった。


これにて一学期、終了。

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