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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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22/117

出会った当日にこんなに仲良くなります?

 放課後。


 桐生晃星は校門を出ると、いつも駅へ向かう道とは違う方向へ歩き出した。


「……あれ?」


 後ろから声がした。


「桐生くん、そっち行くの?」


 振り返ると、天川伊織がいた。


「ああ」


「駅、そっちじゃないよね?」


「今日はちょっと寄るところがある」


「ふーん」


 伊織は自然に晃星の隣へ並んだ。


「天川さんもこっち?」


「うん。私も帰りそっちだから」


「そうなんだ」


 二人は並んで歩き始めた。


 学校では毎日のように顔を合わせている。


 けれど、学校を出たところで伊織と二人で歩くのは、晃星にとって少し新鮮だった。


「で、桐生くんはどこ行くの?」


「病院」


「病院?」


「母さんが入院してるから」


 伊織の表情が変わった。


「えっ……大丈夫なの?」


「大丈夫。本人はめちゃくちゃ元気だから」


「そっか……」


 伊織は少し安心したように笑った。


「ならよかった」


 その顔を見て、晃星はふと思い出した。


 伊織が毎日、自分の弁当を作ってくれていることを。


「そうだ」


「ん?」


「一緒に来る?」


「え?」


「母さんもお礼言いたいだろうし」


「お礼?」


「弁当作ってもらってるから」


 伊織は少し困ったように笑った。


「いや、でも……急に行くの悪いよ」


「別に悪くないと思うけど」


「でも、お見舞いってわけでもないし……」


「お見舞いでもらったお菓子とか、結構あると思うから」


「……」


「食べてきなよ」


 一瞬。


「行きます!」


「えっ!?切り替え早い!そしてその反応の速さ

怖い」


「お菓子あるんでしょ!?」


「多分」


「じゃあ行く!」


「さっきまで遠慮してたのに」


「それとこれとは別!」


 二人は笑いながら病院へ向かった。


⸻


 病院に着くと。


「……なんか急に緊張してきた」


 伊織が小さく呟いた。


「なんで?」


「初対面の友達のお母さんだよ?」


「普通でいいと思うけど」


「桐生くんは普通でいいかもしれないけど!」


「そうか」


「そう!」


 伊織が深呼吸する。


 晃星は病室の扉をノックした。


「母さん、入るよ」


「はーい!」


 中から聞こえた明るい声。


 伊織が少し驚いたように笑った。


「……本当に元気そう」


「だから言っただろ」


 扉を開ける。


「あっきー!」


 母親が明るく手を振った。


「来てくれたんだ!」


 伊織の目が少し丸くなる。


「あっきー?」


 晃星は特に気にした様子もなく、


「おー、お疲れ」


と答えた。


「……うん?」


 母親の視線が晃星の後ろへ向く。


「あっきー、その子は?」


「ああ」


 晃星が少し横へずれる。


「天川さん」


 伊織が慌てて頭を下げた。


「は、初めまして。天川伊織です!」


 母親は伊織をじっと見た。


「……」


「……?」


 そして。


「あっきー!」


「なに?」


「お友達も一緒に来てくれたの!?」


「たまたま帰りが一緒だっただけ」


「しかもすっごくかわいい!」


「おい」


 伊織は困惑しながらも、思わず笑ってしまった。


「伊織ちゃん、こっち!」


「え?」


 母親が両手を広げる。


 伊織がおそるおそる近づくと。


 ぎゅっ。


「わっ!?」


「かわいい!」


「えっ、あの……!」


「コイツと仲良くしてくれてるのね!」


「は、はい!」


「ありがとう!」


 伊織はどうしていいか分からず困惑した。


 けれど。


 初めて会った自分を、こんなにも歓迎してくれる。


 そのことが、なんだか嬉しかった。


⸻


「そうだ!」


 母親が棚を指差す。


「あっきー、そこのお菓子取って」


「自分で取れるだろ」


「届かないの」


「届くだろ」


「いいから」


「はいはい」


 晃星が棚からお菓子を取る。


 その様子を見ながら、伊織が首を傾げた。


「……あの」


「ん?」


「さっきから気になってたんですけど」


「なに?」


「桐生くんのこと……あっきーって呼ぶんですね」


「ああ」


 母親が笑った。


「昔からよ。地元の子たちも、みんなそう呼んでるの」


「へえ……」


 伊織は晃星を見る。


「あっきーって、かわいい呼び方ですね」


「でしょ?」


 母親が嬉しそうに頷く。


「伊織ちゃんも、そう呼べばいいじゃない」


「えっ?」


「私が?」


「うん!」


 伊織は晃星を見る。


「……あっきーって呼んだら?」


 晃星は特に気にした様子もなく答えた。


「まあ、昔からだし、そっちの方が聞き慣れてるから」


「……」


「好きに呼んでいいよ」


 伊織は少しだけ黙った。


 それから。


「……あっきー」


 小さな声。


 自分で口にしてみる。


 そして。


「……ふふっ」


 伊織の口元から、自然に笑みがこぼれた。


「どうした?」


「ううん」


 伊織は首を振る。


「なんか……かわいいなって」


「俺の名前なんだけど」


「知ってる!」


 母親はそんな二人を見て、楽しそうに笑っていた。


⸻


「でも、そうなると」


 母親が晃星を見る。


「ん?」


「あっきーは、伊織ちゃんのこと何て呼ぶの?」


「天川さん」


「固い!伊織ちゃんがかわいいから照れてるんだ」


「うるせえよ。照れてねえ」


「せっかくだし、みんなで考えよう!」


「なんで?」


「いいじゃない!」


 伊織も少し笑った。


「私の呼び方?」


「そう!」


 母親が考える。


「じゃあ……『いお』!」


「なんか呪文みたいになったぞ」


 晃星が即答する。


「じゃあ『いおちゃん』!」


「それもなんか違う」


「えー……じゃあ『あまちゃん』!」


「それはもうバカにしてるレベルだぞ」


「確かに」


 伊織も思わず笑った。


「なんか、どれもしっくりこないね」


「じゃあ」


 伊織が少し考えてから言った。


「伊織でいいです」


「伊織?」


「はい。普通に下の名前で」


「それでいいなら——」


「だめ」


 母親が即座に止めた。


「なんで?」


「私の伊織ちゃんを呼び捨てなんて、生意気!」


「私の伊織ちゃんて、、それに生意気ってなんだよ」


「ちゃん付けにしなさい」


「は?」


「伊織ちゃん」


「なんで母さんが決めるんだよ」


「いいから!」


 晃星は少し呆れながら伊織を見る。


「……伊織ちゃん」


「……!」


 伊織の表情がぱっと明るくなる。


「うん!」


 母親は満足そうに頷いた。


「よし!」


「よし!じゃねえよ」


 伊織は晃星を見る。


「じゃあ、私も」


「ん?」


「もう一回呼んでみよ」


「なにを?」


 伊織は少しだけ笑う。


「……あっきー」


「ん?」


「ふふっ」


「だからなんなんだよ」


 伊織は嬉しそうに笑っている。


 それを見た母親が、にやにやしながら二人を見比べた。


「いやぁ……」


「なに?」


「なんか、付き合いたてみたいでいいねー」


「は?」


「えっ!?」


 二人の声が重なった。


「違うだろ!」


「そ、そういうんじゃないし!」


「ほらほら、息ぴったり」


「うるさい」


「もう!」


 伊織は少し顔を赤くして、そっぽを向く。


 それでも。


「……あっきー」


 小さく、もう一度。


「ん?」


「なんでもない」


「なんなんだよ」


 伊織は楽しそうに笑った。


 母親も満足そうに頷く。


「うんうん。若いっていいねぇ」


「母さん」


「なに?」


「ちょっと黙れ」


「はーい」


 まったく反省していない声だった。


⸻


 少しして。


「そうだ、あっきー」


「ん?」


 母親が財布を取り出した。


「飲み物買ってきてくれない?」


「俺が?」


「伊織ちゃんの分もお願いね」


「……俺の分は?」


 母親は完全に無視する。


「早く!」


「はいはい」


 晃星は呆れながら立ち上がった。


「伊織ちゃん、何飲む?」


「ジュース!」


「分かった」


 晃星が病室を出る。


「すぐ戻る」


「うん!」


 扉が閉まった。


 病室には伊織と母親の二人だけが残る。


⸻


「そういえば、伊織ちゃん」


「ん?」


「あいつって高校でもちゃんと友達いるの?」


「いるよ?」


「本当に?」


「めっちゃ疑ってる」


 伊織が笑う。


 母親は地元で晃星が仲良くしている友達のことは知っている。


 けれど、高校での友人関係についてはあまり聞いていなかった。


「私とか、月姫、美咲ちゃん。それから奈緒先輩とか」


「月姫ちゃん?」


 母親が反応する。


「珍しいかわいい名前ね!」


「でしょ?」


 伊織が嬉しそうに笑う。


「月姫は私の親友!」


「あら」


「それに、月姫が一番かわいい!」


「伊織ちゃんがそこまで言うなら、本当にかわいい子なのね」


「ほんとなの!」


 母親は聞いた名前を数える。


「伊織ちゃんに、月姫ちゃん、美咲ちゃん、奈緒先輩……」


「うん」


「女の子ばっかりじゃない?」


「そうだね?」


 母親は少し驚いた。


「高校ではそんなに女の子と仲良くしてるの?」


「みんな普通に仲良いよ!」


「へえ……」


 そして。


「でも!」


「ん?」


 母親が伊織を指差した。


「私の推しは伊織ちゃん!」


「えっ?」


「あの子の友達の中でも一番!」


「……えへへ」


 伊織は嬉しそうに笑った。


「だって伊織ちゃん、かわいいし!」


「えへへ」


「話してて楽しいし!」


「うん!」


 伊織は少しだけ考えて。


「私も」


「ん?」


「初めて会ったのに、こんな普通に話せる人初めてかも」


 伊織が笑う。


「なんか、初めて会った感じしないんだよね」


「私もよ!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


⸻


「そういえばね」


 伊織が思い出したように言った。


「私達が出会った時、あっきーがお弁当分けてくれたんだけど」


 母親の表情が一気に変わる。


「……あっきー?」


 伊織は少し照れながら笑った。


「うん」


「ふふっ」


 母親が嬉しそうに笑う。


「卵焼きと唐揚げが、めちゃくちゃ美味しかった!」


「本当に!?」


「うん! めっちゃ美味しかった!」


「嬉しい〜!」


 母親は本当に嬉しそうだった。


「でも……」


 少しだけ表情が変わる。


「私が入院してる間、あの子のご飯だけが心配なんだよね」


 すると伊織が胸を張った。


「大丈夫!」


「え?」


「今は私が作ってるから!」


「……え?」


「あっきーのお弁当!」


 母親が固まった。


「伊織ちゃんが?」


「うん!」


「毎日?」


「うん!」


 次の瞬間。


 母親の目に涙が浮かんだ。


「ありがとう……!」


「えっ!?」


「私がいない間、あの子に毎日お弁当を……!」


「そんな大袈裟ですって!」


「ありがとう……!」


「だから泣かないで!?」


 伊織が完全に困惑する。


 けれど母親は涙を拭うと。


 次の瞬間には、にこっと笑った。


「で、伊織ちゃん!」


「はい?」


「いつウチに嫁に来るんだっけ?」


「えええっ!?」


⸻


「ただいま」


 その時。


 晃星が飲み物を持って戻ってきた。


「……何の話してるの?」


 伊織と母親が顔を見合わせる。


「なんでもない!」


「なんでもないです!」


 二人の声が重なった。


「……怪しいな」


 晃星が眉をひそめる。


 すると。


「伊織ちゃーん!」


「わっ!?」


 母親が伊織をぎゅっと抱きしめた。


「ほんとかわいい!」


「わあっ!?」


 それを見た晃星が呆れたように言う。


「孫かよ」


 母親の動きがぴたりと止まった。


「……」


「?」


 次の瞬間。


「2人の孫だったら今すぐでも見たいな!」


「お前の頭の中どうなってんの!?」


「えええっ!?」


「伊織ちゃんみたいなかわいい子と、あっきーの子なら絶対かわいいじゃない!」


「だからそういうんじゃないから!」


「男の子かなぁ、女の子かなぁ」


「話を聞け!」


 病室に笑い声が響いた。


⸻


 晃星は、笑いながら暴走している母親を見る。


 入院すると聞いたときは、やっぱり心配だった。


 けれど。


 よく笑って。


 よく話して。


 余計なことまで言っている。


 いつもの母親だった。


「……まあ、元気そうでよかったよ」


「なに急に?」


「別に」


「心配してくれてたの?」


「してねえよ」


「してたんだ」


「してねえ」


「ふふっ。ありがと」


「ほんと会話にならねえな」


 そんなやり取りすら、いつも通りだった。


 晃星は小さく笑う。


 ――よかった。


 本当に、いつもの母さんだ。


 一方。


 伊織は、隣にいる晃星の母親を見つめていた。


 今日、初めて会った。


 それなのに。


 たくさん話して。


 たくさん笑って。


 何度も抱きしめられて。


 気づけば。


 もう、この人のことが好きになっていた。


⸻


 そろそろ帰る時間になった。


「じゃあ、母さん。そろそろ帰る」


「もう?」


「もうだよ」


 伊織も立ち上がる。


「今日はありがとうございました!」


「こちらこそ!」


 母親は伊織の手を握った。


「伊織ちゃん、今度さ」


「はい?」


「お弁当のお礼に、どこかご飯食べに行こうよ!」


「えっ?」


「私がおごるから!」


 伊織は少し困ったように笑った。


「いや、無理して作ってないから」


「でも毎日作ってくれてるじゃない!」


「でも、本当に大丈夫」


 母親が少し残念そうな顔をする。


 伊織は少し考えてから、笑った。


「……でも」


「ん?」


「お母さんの退院祝いは絶対行きたいです!!」


「……!」


「だから、早く元気になって」


 母親の目に涙が浮かぶ。


「伊織ちゃん……!」


「約束!」


「……うん!」


 すると母親が、ぱっと笑った。


「じゃあ……お肉にしようか?」


「……!」


 伊織の目が、一瞬でキラキラと輝いた。


「お肉……!?」


「うん!」


「……約束!」


「さっきより元気になったじゃん!」


「お肉だから!」


 晃星は二人を見ながら、小さく笑った。


「単純だな」


「うるさい」


 伊織は嬉しそうに笑う。


⸻


「じゃあ行こう、伊織ちゃん」


「うん!」


 晃星が先に荷物を持ち、帰る準備を始める。


 その間。


 伊織と母親は、ちらっと顔を見合わせた。


「……お母さん」


 伊織が小さな声で言う。


「ん?」


「これ」


「あっ」


 二人が同時にスマホを取り出す。


 晃星は荷物をまとめていて、その様子には気づいていない。


「これでいい?」


「うん!」


「退院したら連絡するね」


「待ってます!」


「約束!」


「約束!」


 小さな声で笑い合いながら。


 二人はいつの間にか連絡先を交換していた。


「よし!」


「えへへ」


「伊織ちゃん、行くよ」


「あ、うん!」


 伊織は慌ててスマホをしまう。


「じゃあね、母さん」


「またね!」


「また来ます!」


「待ってるからね、伊織ちゃん!」


「うん!」


 伊織は笑顔で手を振った。


 二人が病室を出る。


 扉が閉まったあと。


 母親はスマホを見た。


 そこには、新しく追加された連絡先。


 『天川伊織』


「……ふふっ」


 初めて会ったとは思えないほど。


 もうすっかり仲良くなっていた。


 一方。


 そんなことがあったとは、もちろん晃星は知らない。


「なんか母さん、伊織ちゃんのこと気に入ったみたいだな」


「そうだね」


 伊織は隣を歩きながら、少し笑う。


「私も、お母さん大好き」


「変わってんな」


 晃星は笑いながら答える。


「だって好きになっちゃったんだから仕方ないじゃん」


「そっか」


「うん」


 伊織は一度だけ、自分のスマホを見た。


 そこには、さっき交換したばかりの晃星の母親の連絡先。


 そして、そのことを。


 隣を歩く晃星は、まだ知らない。


 夕方の帰り道。


 伊織はいつもとは少し違う呼び方で、隣の晃星を呼んだ。


「ねえ、あっきー」


「ん?」


「なんでもない」


「なんなんだよ」


「ふふっ」


 伊織は楽しそうに笑った。


 晃星は首を傾げながらも、そのまま歩き続ける。


 その日。


 伊織の中で「桐生くん」は「あっきー」になり。


 晃星の中で「天川さん」は「伊織ちゃん」になった。


 そして晃星が知らないところで。


 伊織と母親の連絡先も、新しく繋がった。

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