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青春分岐点が増えていく  作者: こむぎ


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お弁当騒動終結

 放課後。


 月姫は廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。


「……もう」


 昼からずっとだった。


「美空さん」


「今日、誰とお昼食べてたの?」


「さっきのお弁当、誰の?」


「もしかして彼氏?」


 何度否定しても、次から次へと聞かれる。


 ただお弁当を作っただけなのに。


 放課後になっても、月姫を見つけた男子生徒たちが声をかけてくる。


「美空さん!」


 後ろから聞こえた声に、月姫は思わず足を速めた。


 その時。


 ふと、目の前にある部屋が目に入る。


 ――学園よろずや。


「……ここなら」


 月姫は扉を開けた。


「失礼します」


「あ、月姫!」


 最初に気づいた伊織が声を上げる。


「どうしたの?」


「ちょっと、逃げてきた」


「逃げて?」


 月姫は小さく息を吐いた。


「昼から色んな人にしつこく付きまとわれちゃって」


「あー……」


 伊織はすぐに察した。


「お弁当のこと?」


「うん」


「誰に作ったのとか、誰と食べたのとか、ずっと聞かれて」


「……ごめん、美空さん」


 桐生が申し訳なさそうに口を開いた。


「俺のせいで」


「え?」


「俺に弁当を作ったから、変なふうに聞かれたんだろ」


 月姫は首を横に振った。


「桐生くんのせいじゃないよ」


「でも」


「私が勝手に作るって決めたんだから」


 月姫は少し笑う。


「だから、気にしないで」


 桐生は少し黙ってから頷いた。


「……分かった」


 その時。


 月姫は改めて部室の中を見回した。


 桐生と伊織以外に、二人いる。


 見覚えのない先輩たちだった。


 月姫の視線に気づいた伊織が声を上げる。


「あ、紹介するね!」


 伊織が二人へ手を向ける。


「こっちが神崎奈緒先輩。学園よろずやの副部長です!」


「神崎奈緒です。よろしくね、美空さん」


「美空月姫です。よろしくお願いします」


 月姫が頭を下げる。


「それで、こっちが一ノ瀬虎太先輩。学園よろずやの部長!」


「よろしく」


「よろしくお願いします」


 虎太にも頭を下げる。


 虎太が月姫を見る。


「君が美空月姫さんか」


「……はい」


「確かに可愛いな」


 月姫が少し目を瞬かせる。


「まあ、真央には劣るけど」


「でも真央より可愛い奴なんていないから大丈夫」


「ちょっと、部長」


 伊織がすぐに口を挟んだ。


「初対面で何言ってるんですか」


「褒めてるだろ?」


「後半で台無しです!」


 月姫は少し困ったように笑った。


「それより」


 奈緒が月姫を見る。


「昼からずっと大変だったみたいだね」


「はい……」


 月姫は苦笑する。


「まさか、お弁当を作っただけであんなに付き纏われるなんて思わなくて」


「お弁当を晃星くんに?」


「うん」


 ――晃星くん。


 月姫は、わずかに目を瞬かせた。


 神崎先輩は、桐生くんのことをそう呼ぶんだ。


 ……結構、仲がいいのかな。


 そんなことを思ったが、今は聞くようなことでもない。


「昨日、母親が入院したって話になりまして」


 桐生が続ける。


「それで、しばらく弁当を作ってもらえないからコンビニで済ませるって言ったら」


「私と月姫で作ることになったんです!」


 伊織が続けた。


「日替わりで!」


「へぇ」


 虎太が桐生を見る。


「なかなかいい身分だな」


「今日、天川さんにも同じようなことを言われました」


「こんな美人二人から日替わりでお弁当作ってもらえるなんて幸せ者だね〜って!」


 伊織が嬉しそうに言う。


「自分で言ってたのか?」


「言いましたけど?」


 伊織は悪びれる様子もない。


 月姫も小さく笑った。


「でも」


 月姫が少し考えてから口を開く。


「伊織が毎日作るようになったら、今度は伊織と桐生くんに変な噂が立っちゃうよ」


「え?」


「今日の私みたいに、色々聞かれるかもしれないし」


 伊織が少し考え込む。


「それは……」


「別にいいんじゃね?」


 虎太が何でもないことのように言った。


「え?」


「こいつら、もう夫婦みたいに思われてるから」


 その言葉に。


 月姫と奈緒の動きが、一瞬止まった。


「…………」


「…………」


 伊織が慌てて両手を振る。


「ち、違いますよ!?」


「俺たちは別に」


 桐生も否定する。


「夫婦って、どういうことですか!」


「見てる側からしたら、そう見えるって話」


「見えません!」


 伊織が即答した。


 その時。


 虎太が、ふと何かを思い出したように固まる。


 ――そういえば。


 以前、奈緒と桐生が二人で出かけていた時。


 手まで繋いでいた。


 虎太は奈緒の方を見た。


「……あ」


 一瞬の間。


「いや、なしなし!」


「え?」


 伊織が首を傾げる。


「夫婦みたいになんて思われてない!」


「何ですか、急に」


「今のなし!」


「無理ありますって!」


「とにかく!」


 虎太が強引に話を戻した。


「弁当くらい好きにすればいいだろ!」


「でも……」


 月姫が少し考えるように言う。


「それが原因で2人がいつもみたいにお昼楽しくできな くなるのも嫌だな」


「それなら」


 奈緒が口を開いた。


 全員の視線が奈緒に集まる。


「伊織ちゃんが朝、ここにお弁当を置いておけばいいんじゃない?」


「え?」


「朝、部室に置いておいて」


 奈緒は桐生を見る。


「お昼になったら、晃星くんが先にここへ取りに来るの」


「なるほど」


 桐生が頷いた。


「そうすれば、教室で直接渡すところを見られなくて済むでしょ?」


「あ」


 月姫が目を丸くする。


「確かに」


「今日みたいに、誰かに見られて色々聞かれることも減ると思うよ」


 奈緒が微笑む。


 伊織の表情が、ぱっと明るくなった。


「それ、いいですね!」


「でしょ?」


「じゃあ私、朝ここにお弁当を置いておきます!」


「それで、お昼に桐生くんが取りに来る」


「はい!」


 伊織は満足そうに頷いた。


「それなら、月姫も変なこと聞かれなくて済むし!」


「うん」


 月姫も微笑む。


「伊織もね」


「私は大丈夫!」


「本当に?」


「大丈夫だよ!」


 伊織は胸を張った。


「……それなら」


 桐生が口を開く。


「その方法でお願いします」


「はい!」


 伊織が嬉しそうに返事をする。


「じゃあ、決まりですね!」


 *


 翌朝。


 月姫が教室で席についていると。


「月姫ー」


 教室の入口から聞き慣れた声がした。


「あ、伊織」


 伊織が月姫の席までやって来る。


 その手には、昨日のお弁当箱があった。


「昨日のお弁当、ありがとう!」


 伊織はそう言って、お弁当箱を月姫に差し出した。


「すっごく美味しかったよ!」


「よかった」


 月姫が笑って受け取る。


「口に合ったならよかった」


「うん!」


 そんな二人のやり取りを。


 教室にいた生徒たちは、しっかり見ていた。


「……昨日のお弁当って」


「美空さん、天川さんに作ったんだ」


「じゃあ昨日持ってたお弁当も……」


「天川さんのだったのか」


 ひそひそと声が聞こえる。


 昨日まで月姫に向けられていた視線が、少しずつ変わっていく。


 月姫が桐生に作った弁当。


 そんな話は、いつの間にか消えていた。


 月姫が作った相手は、伊織。


 そう周囲に思わせることに成功したのだ。


「じゃあ、またね!」


「うん。またね」


 伊織が教室を出ていく。


 月姫はその後ろ姿を見送り、小さく息を吐いた。


「……これで、落ち着くかな」


 昨日までのように、


 ――誰に作ったの?


 ――彼氏なの?


 そんな声は、もう聞こえてこなかった。


 月姫のお弁当をめぐる騒ぎは、ようやく落ち着きを取り戻した。


 *


 昼休み。


 桐生は教室を出ると、学園よろずやの部室へ向かった。


「失礼します」


「あ、晃星くん」


 奈緒が顔を上げる。


「お弁当?」


「はい」


「伊織ちゃん、朝ちゃんと置いていったよ」


 奈緒が机の上を指差す。


 そこには、伊織が作ったお弁当が置かれていた。


「ありがとうございます」


 桐生がそれを手に取った、その時。


「桐生くん!」


 部室の入口から伊織が顔を出した。


「来たね」


「うん。じゃあ、行くよ」


「うん!」


 二人はそのまま部室を出て、いつもの場所へ向かった。


 並んで座ると、それぞれお弁当の蓋を開ける。


「いただきます」


「いただきます!」


 桐生は箸を手に取った。


 まず、卵焼きを一口。


「美味しい!」


「……!」


 一瞬、伊織の目が大きくなる。


 そして。


「いひひっ!」


 伊織の顔に満面の笑みが広がった。


「でしょ!?」


「ああ」


「よかったぁ!」


 伊織は嬉しそうに笑う。


「そんなに嬉しいのか」


「嬉しいよ!」


 伊織は即答した。


「頑張って作ったんだから!」


「本当にこんな美味しいお弁当ありがとう!」


「いひひ!どういたしまして!」


 桐生は少し笑いながら、もう一度箸を動かした。


 昨日までのお弁当をめぐる騒ぎが嘘みたいに。


 二人はいつもの場所で、いつものように昼食を食べる。当たり前のことが楽しく感じた昼休みだった。


 *


 放課後。


 部室には、桐生と奈緒の二人だけが残っていた。


「じゃあ、俺も帰ります」


 桐生が鞄を持とうとすると。


「晃星くん」


「はい?」


「これ」


 奈緒が差し出してきたのは、いくつかの容器だった。


「……?」


 受け取って中を見る。


 そこには、数種類のおかずが入っていた。


「神崎先輩、これは?」


「晩ご飯」


「え?」


「お弁当じゃないよ」


 奈緒はそう言った。


「伊織ちゃんがお昼のお弁当を作ってくれるんでしょ?」


「はい」


「だったら、夜の分くらいは私が作ろうと思って」


 桐生は手にした容器を見つめた。


「……でも」


「遠慮しなくていいよ」


「そういうわけじゃないですけど」


 桐生は少し困ったように笑う。


「なんだか……みんなに頼ってばかりで」


「頼っていいんだよ」


 奈緒が微笑んだ。


「こういう時くらい」


 桐生は黙って、容器の中を見た。


 美空さん。


 天川さん。


 そして神崎先輩。


 自分のことを心配して、当たり前のように手を差し伸べてくれた。


「……ありがとうございます」


「うん」


「……本当に」


 桐生は少しだけ笑う。


「みんなには感謝しないとですね」


「ふふっ」


 奈緒も小さく笑った。


「みんなそれぞれがやりたい事やってるんだから気にしなくて良いんじゃないかな」


「ありがとうございます」


 桐生は奈緒に向き直る。


「帰ります」


「うん。また明日ね、晃星くん」


「はい。失礼します」


 部室を出る。


 月姫が最初に心配してくれて。


 伊織は毎日弁当を作ると言ってくれて。


 奈緒は夜の食事まで用意してくれた。


 桐生は、鞄に入った容器の重みを感じながら歩く。


「……ありがたいな」


 小さく呟いた。


 みんなに感謝しながら。


 桐生は家路についた。


 ――こうして、母親の入院をきっかけに始まった小さなお弁当騒動は、ひとまず幕を閉じた。

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