ハマると没頭しちゃいます。
放課後。
学園よろずやの部室には、今日も依頼人の姿はなかった。
「……暇だね」
神崎先輩がお茶を飲みながら、ぽつりと呟く。
「暇ですね」
俺は机に頬杖をつく。
天川さんは、いつものように本を読んでいた。
「依頼が来ない時って、いつもこんな感じなんですか?」
「うん。依頼がなければ、好きなことしてるよ」
「それ、部活として大丈夫なんですか?」
「ふふ。どうなんだろうね」
神崎先輩が笑う。
俺はふと部室を見回した。
「そういえば、この部活って何人いるんですか?」
「四人だよ」
「四人?」
「私と、天川さんと、桐生くん。それから一ノ瀬先輩」
「……誰?」
俺と天川さんの声が重なった。
「ふふ。一ノ瀬先輩は、この部活の部長さんだよ」
「部長いたんだ……」
「いるよ」
「俺、まだ一回も会ったことないんですけど」
「そうだね」
「どんな人なんですか?」
「ちょっと調子がいいところもあるけど、やる時はちゃんとやる人だよ」
「なるほど」
奈緒が少し考えてから口を開いた。
「あ、あと私のお姉ちゃんと付き合ってる」
「え?」
「三年の神崎真央」
「へえ!神崎先輩のお姉さん?」
「うん」
奈緒はそれだけ言って、本に視線を戻した。
その時だった。
――ピコン。
俺のスマートフォンから通知音が鳴った。
「ん?」
ポケットから取り出して画面を見る。
美空さんからだった。
『桐生くん、この前話してた漫画なんだけど、新刊出たよ』
『マジ? もう出たんだ』
『うん。今日買ってきた!』
『面白かった?』
『めっちゃ面白かった!』
『マジ?』
『うん。桐生くんも絶対好きだと思う』
『じゃあ帰りに買ってくる』
『おすすめ!』
そんなやり取りをしていると、隣から声がした。
「桐生くん、月姫と連絡先交換したの?」
「うん」
「……そうなんだ」
「この前、漫画の話してて。その流れで」
「いつの間に?」
「この前だよ」
天川さんがスマートフォンを見つめる。
「……私、桐生くんと連絡先交換してませんけど」
「え?」
「月姫とは交換してるんですね」
「まあ、漫画の話するから」
「……そうですか」
天川さんの声が少し硬い。
俺は横目で天川さんを見る。
(……なんか怒ってないか?)
このまま面倒なことになるのは困る。
「じゃあ、交換する?」
天川さんは少し黙った。
「……桐生くんが私と連絡先交換したいって言うなら、別にいいですけど」
(……あれ? こいつ、なんかもう軽くめんどいぞ)
「……じゃあ、交換しようか」
「そうですね」
俺たちはスマートフォンを操作して、連絡先を交換した。
「あれ?」
神崎先輩が二人を見る。
「二人って、まだお互いの連絡先知らなかったんだ」
「そうなんですよ」
「私はもう桐生くんの連絡先、知ってるけど」
「……そうなんですか?」
「うん。入部した時に交換したんだよ」
「天川さんも神崎先輩と交換したでしょ?」
「……しましたけど」
「だから、その時に俺も神崎先輩と交換しただけで」
「そうですか」
天川さんはそれ以上言わなかった。
その時――。
――ピコン。
また俺のスマートフォンが鳴った。
「また?」
画面を見る。
「美空さんからだ」
「何て?」
「今日の夜もゲームやろうって」
「昨日も?」
「うん」
「……そうなんだ」
天川さんは黙った。
月姫からこんなにLINEが来るのは珍しい。
漫画の話だけじゃない。
ゲームまで一緒にやっている。
昨日も一緒に遊んで、今日の夜もまた遊ぶらしい。
(……桐生くんに、月姫を取られたような感じがする)
一瞬、そんなことを思った。
(……いや)
(このモヤモヤは、月姫を取られたことに対するものだ)
それでいい。
「あー、そういえば」
天川さんが声を出す。
「ん?」
「私もそのアプリ取ってたんだった。全然やってないから、始めようかなー」
「今から?」
「暇だし」
「じゃあ、最初だけ教えようか?」
「うん」
天川さんがスマートフォンを俺の方へ向ける。
「これ、どうすればいいの?」
「まずここを押して」
「ここ?」
「そう。それでチュートリアルが始まるから」
「なるほど」
「このキャラは最初これでいいと思う」
「分かった」
「その次は――」
二人でスマートフォンを覗き込みながら、ゲームを進めていく。
「これ、結構面白いね」
「でしょ?」
「桐生くん、結構詳しいんだね」
「昨日教えてもらったから」
「月姫に?」
「うん」
「……そうなんだ」
その時だった。
ガチャッ!
「おーい! 誰かいるかー!」
勢いよく扉が開いた。
俺が顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の男子生徒だった。
「あ、どうも」
俺が軽く会釈する。
「あ、どうも」
天川さんも会釈した。
「……」
男子生徒が俺たちを見る。
「いや、ちょっと待って。俺、今入ってきたよな?」
「はい」
「俺、誰だと思う?」
俺は少し考えた。
「……依頼人?」
「違う!」
「先生?」
「なんでだよ!」
男子生徒が頭を抱える。
「俺だよ! 一ノ瀬虎太!」
「ああ」
「部長?」
「そう!」
虎太先輩が胸を張る。
「俺、この学園よろずやの部長!」
「あ、どうも」
「いや、反応薄くない!?」
虎太先輩が叫ぶ。
神崎先輩がくすっと笑った。
「一ノ瀬先輩、お疲れさまです」
「奈緒だけだよ! ちゃんと挨拶してくれるの!」
虎太先輩が俺たちの手元を見る。
「……って、ちょっと待て」
「はい?」
「なんで二人とも普通にゲームしてんの?」
「え?」
「俺、今ここに初めて来た部長だよ? 普通、ゲームより初対面の部長の方が興味出ない?」
「いや、これやり始めたばっかなんで」
「うん、まだ始めたばっかだから」
俺と天川さんがほぼ同時に答える。
「そこじゃねえよ!」
虎太先輩が呆れたように叫ぶ。
「イチャイチャはいつでもできるでしょうよ!」
「「イチャイチャしてない!!」」
俺と天川さんの声が綺麗に重なった。
「ほら! そういうところだって!」
「だから違いますって」
「そうだよ」
虎太先輩は楽しそうに笑った。
「まあ、改めて。俺は一ノ瀬虎太。三年。よろずや部長」
「桐生です。よろしくお願いします」
「天川伊織です」
「おう、よろしく」
その時。
――ガチャ。
「奈緒、いる?」
部室の扉が開いた。
「お姉ちゃん?」
奈緒が振り返る。
入ってきたのは、ショートカットに眼鏡をかけた女性だった。
落ち着いた雰囲気をまとっているのに、思わず目を引かれるほど整った顔立ち。
どう見ても綺麗な女性という言葉が似合う人だった。
「真央」
虎太先輩の表情が一気に明るくなる。
「お、真央!」
「うん。ちょっと寄っただけ」
真央さんは部室を見回し、奈緒のところへ向かう。
「奈緒、昨日帰るの遅かったでしょ?」
「ちょっとだけ」
「ちゃんと連絡してって言ったでしょ」
「ごめん」
「心配したんだから」
「……はいはい」
「今日は一緒に帰れそうだから、帰りに買い物して帰ろうか」
「うん。分かった」
「じゃあ、終わったら連絡してね」
「分かってるって」
真央さんは安心したように笑う。
そして俺を見る。
「君が桐生くん?」
「はい」
「よろずやに入ってくれてありがとう」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「うん。奈緒から聞いてるよ」
真央さんが優しく笑う。
「昔――」
「お姉ちゃん!」
奈緒がすぐに遮った。
「ん?」
「……何でもないから」
「そう?」
「うん」
奈緒は少し困ったように笑った。
真央さんは首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。
「伊織ちゃんも、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ」
「はい」
その時、真央さんがふと思い出したように言った。
「そういえば、美咲ちゃん」
「朝倉さん?」
俺が反応する。
「うん。あれからすっきりしたみたいで、よかったよ」
「そうなんですね」
「部活の時も、前より元気になったから」
真央さんが安心したように笑う。
「美咲ちゃん、頑張ったからね」
奈緒も小さく頷いた。
虎太先輩は、そんな真央さんを嬉しそうに見ていた。
「……先輩、真央さんのこと好きすぎません?」
「真央だから仕方ない」
「それはそうですけど……」
俺が天川さんを見る。
天川さんも俺を見る。
そして二人揃って、呆れたような顔をした。
「……」
「……」
「なんだよ、その顔!」
虎太先輩が笑う。
すると奈緒が真央さんを見る。
「お姉ちゃん、バレー部は大丈夫なの?」
「あぁ、今日はもう大丈夫だよ。そろそろ終わるように指示出してきたから」
「そっか」
「うん。今日は一緒に帰れそうだね」
「うん」
真央さんが帰り支度を始める。
「じゃあ俺も一緒に帰るよ!」
「虎太は部活は?」
「今日はもう終わり!」
「そう」
真央さんと奈緒が帰り支度を始めようとする。
その横で、俺と天川さんはまだゲーム画面を見ていた。
「そこ、もう一回やってみて」
「ここ?」
「そう。そこ押して」
「あ、できた」
「よし」
俺と天川さんは、スマートフォンを操作しながら立ち上がる。
「お疲れっした〜」
「お疲れさまでした〜」
二人で声を合わせ、そのままゲームを続けながら部室を出ていく。
「…………」
虎太先輩が固まった。
真央さんと奈緒も、出ていった二人を見送る。
「え?」
虎太先輩が呟いた。
「あの一年夫婦……絶対、俺のこと何とも思ってないよね?」
「ふふっ」
真央さんが笑う。
「まあ、今日が初対面だからね」
「いや、普通もっと部長に興味持つだろ!」
部室の外から、桐生と伊織の声が聞こえてくる。
「ここ押すんだって」
「分かった」
「それ、違う」
「えー?」
虎太先輩は、しばらく扉を見つめていた。
「……俺、部長なんだけどな」
真央さんがまた笑った。
「頑張って、虎太」
「真央まで!?」




