なんで俺だけ知らないの!?
母はカボチャを被ったまま、何事もなかったかのように準備を続けていた。
包丁を持ったカボチャが料理をしている。
――いや、怖すぎるだろ!?
晃星はその光景を見ながら、内心ツッコミを入れた。
「今日、これがあるから昨日準備があるとか言ってたんだ?」
晃星が月姫に尋ねる。
「そうそう!」
月姫は楽しそうに笑った。
「かわいいでしょ?」
そう言うと、その場でくるりと回ってみせる。
ハロウィン衣装に猫耳と尻尾。回るたびに、尻尾がふわりと揺れた。
「うん。かわいすぎ!」
晃星は満面のデレ顔で答えた。
「……っ!」
素直すぎる感想に、月姫の顔が赤くなる。
――えっ、かわいすぎって……!
――あっくん、そんなに素直に言ってくれるの……?
――私、そんなに可愛いって思われてるのかな……?
――いやいや、待って! 落ち着いて、私!
――でも、あっくんが……!
月姫の脳内では、いつものプチ暴走が始まっていた。
「おーい、ドスケベ!」
伊織の声が飛んでくる。
「……はっ!」
晃星は我に返った。
「誰がドスケベだ!!」
伊織の方を振り向く。
そして――。
「あ!伊織ちゃんもかわいい」
再びデレ顔になった。
「……っ!」
伊織は一瞬、言葉に詰まる。
「……あ、そう?まぁ、そうだよね?」
口ぶりの割に嬉しそうだ。
一方、月姫はまだ自分の世界に入り込んだまま、頬を赤くしていた。
「今日は朝から飾り付けとか、ご飯の買い出しとか、二人に手伝ってもらったから助かっちゃった!」
カボチャがそう言った。
「うん……なんか喋るカボチャにも慣れてきた」
晃星は、もうツッコむ気力もなくなっていた。
「三人でランチも行って楽しかった!!」
伊織は嬉しそうに笑う。
――昨日の夜は子供みたいにぐずってたのに、嘘のように明るいな……。
晃星はそんなことを考えながら、伊織を見た。
「昨日、ホラー映画を見たんだけどさ……」
晃星は月姫に昨夜の出来事を説明した。
映画が怖くて、一人で寝るのが嫌だと駄々をこねたこと。
そして、結局一緒の部屋で寝ることになったこと。
「えー!?ははははっ!!」
話を聞いた月姫は、お腹を抱えて大笑いした。
「ちょっと! 笑いすぎ!!」
伊織が頬を膨らませる。
「だ、だって……! 伊織がそんなに怖がるなんて……!」
月姫はまだ笑いをこらえきれない。
「いや、ほんと大変だったんだからな……」
晃星も呆れたように肩をすくめた。
「……で?」
ひとしきり笑った月姫が、ふと晃星を見る。
「一緒の部屋で寝たの?」
「え? うん。怖いから一人じゃ嫌だって」
「…………」
その瞬間。
月姫の表情が、ぴたりと止まった。
さっきまで笑っていた顔から、すっと笑みが消える。
「……へぇ〜」
声のトーンまで変わっていた。
「月姫?」
晃星が首を傾げる。
月姫は笑顔を浮かべ直した。
けれど、その目はまったく笑っていなかった。
「あ、あれ? どうした月姫さん?」
「月姫、なんか怖いんだけど……」
晃星と伊織が、そろって月姫の顔を覗き込む。
「そ、そんな高校生の男女が一緒の部屋で寝るとか、どうなのかな!?」
月姫が慌てて声を上げた。
「うん。至極真っ当な意見だ」
晃星は真剣な顔で頷く。
「このぐずりんぼに言ってくれ!」
「だって怖かったんだもん……」
伊織はそう言って、月姫に甘えるようにくっついた。
「も〜、伊織ったら……」
月姫は苦笑しながら伊織を見る。
――……あれ?
――いつもの伊織だ。
怖がりながらも、甘えたい時には素直に甘えてくる。
そんな伊織の姿を見ていると、月姫の胸の中にあったモヤモヤが少しずつ薄れていった。
――うん。やっぱり伊織は伊織だよね。
月姫はほっとしたように微笑んだ。
月姫を見上げた伊織は、パッと思いついたように顔を輝かせた。
「じゃあさ! 今日は月姫も一緒にみんなで寝ようよ!」
「えっ、いいの!?」
月姫の顔がパッと明るくなる。
「いいね! そうしよ!」
二人は楽しそうに盛り上がっていた。
一方――。
「…………え?」
晃星はポカンとしていた。
「え!? 今日って何?」
「え? 何が?」
伊織が不思議そうに首を傾げる。
「いやいや、今日も泊まるの?」
晃星が尋ねる。
「え? 言ってなかったっけ?」
「…………」
晃星はゆっくりとカボチャの方を向いた。
「え? 言ってなかったっけ?」
カボチャも首を傾げる。
「…………」
晃星は今度は月姫を見た。
「ん? どうしたの?」
月姫が不思議そうに首を傾げる。
――かわいい。
「……いや、そうじゃなくて!!」
晃星は慌てて頭を振った。
「なんで今日も泊まる?」
晃星が尋ねると、伊織はきょとんとした顔で答えた。
「だから、明日までママ帰ってこないから!」
「ああ、そうだった……」
晃星は納得しかけて、ふと気づく。
「……いや、月姫は?」
「昨日は急だったけど、今日はちゃんと家にも許可とってあるから!」
月姫は嬉しそうに答えた。
「伊織とママがウチまで迎えにきてくれた時、親にも話してくれたし!」
「へぇ〜、そうなんだ」
晃星は頷いた。
「……いやいや、なんで俺はそれを今聞くんだ!?」
「えー、ダメ?」
月姫が首を傾げて尋ねる。
「いや、全然ウェルカムだけど!!」
「いつものやつ!!」
伊織がすかさずツッコんだ。
「……はっ!?」
晃星はハッと我に返る。
――また魔法にかかった!!
月姫はそんな晃星を見て、顔を赤くした。
「……魔法じゃないよね?」
「え?」
「……愛、だよね?」
恥ずかしそうに尋ねる月姫。
「ね!!!」
晃星も顔を赤くして、勢いよく頷いた。
――えっ、あっくん……!?
――今、愛って……!
――私のこと……!?
――いやいや、落ち着いて、月姫!
――でも、あっくんが……!
以前から何度も繰り返してきたやり取り。
けれど、今回はいつもと違った。
月姫の頭の中では、いつものプチ暴走がさらに加速していた。
「……やれやれ」
伊織は呆れたようにため息をつく。
その隣では、カボチャが楽しそうに笑っていた。
「まぁ、いいか」
晃星はそう言うと、ソファに座っている月姫の隣に腰を下ろした。
そして、そのままゴロンと横になり――。
月姫の膝に頭を乗せた。
「ふふっ……あっくんったら」
月姫は嬉しそうに微笑み、晃星の頭をそっと撫でた。
――あっくん、膝枕好きだもんね。
――こうして甘えてくれるの、嬉しいな……。
――えへへ……もっと甘えてくれてもいいんだよ?
月姫は幸せそうに頬を緩めながら、晃星の髪を優しく梳いた。
「おい!!! あっきーおかしいだろ!?」
伊織がすかさず声を上げる。
「いや、ここは俺の指定席だから!」
晃星は当然のように答えた。
「指定席って……もう!」
月姫はくすくすと笑いながら、晃星の頭を撫で続ける。
――あっくんの指定席かぁ……。
――じゃあ、これからもいっぱい膝枕してあげようっと!
月姫の顔には、隠しきれない嬉しさが滲んでいた。
「むぅ〜!!」
伊織は頬を膨らませて怒っている。
けれど、テーブルの上にはハロウィン用のお菓子がたくさん並んでいた。
伊織はその一つを口に放り込む。
「……ん、おいしい!」
もう一つ。
「これもおいしい!」
プンスカ怒っていたはずなのに、お菓子を食べているうちに少しずつ機嫌がよくなっていく。
晃星はそんな伊織を横目で見た。
――ほんと、わかりやすいやつ……。
「月姫もあっきー甘やかしちゃダメだよ。最近あっきー、月姫に甘えすぎだから」
伊織がジト目で訴える。
「うるさいバーカ」
「何ぃ!?」
伊織が勢いよく立ち上がった。
「伊織! ダメだよ?」
月姫が慌てて止める。
「ほら! やっぱりあっきーに甘い!」
伊織が月姫を指差す。
その様子を見た晃星は、月姫が守ってくれることをいいことに――。
「べーっ!」
舌を出して挑発した。
「……っ!!」
伊織は拳を握りしめる。
「うわぁ!」
晃星は慌てて月姫にしがみついた。
「はいはい、伊織も落ち着いて。あっくんも伊織からかわないの!」
月姫は二人をなだめる。
そのまま晃星が、膝枕された状態で月姫の顔を下から覗き込むと――。
――あれ?
――冷静に考えて、月姫可愛すぎだろ……。
晃星は思わずニヤけた。
月姫も、下から目が合った晃星を見て、ふわりと微笑んだ。
「むぅ〜!!」
伊織は頬を膨らませ、プンスカ怒っていた。
そんな伊織を見て、晃星が口を開く。
「伊織ちゃんは笑顔の方が可愛いよ」
「……っ!?」
伊織の顔が一瞬で赤くなった。
「なっ……! なに急に言ってんの!?」
照れ隠しのように視線を逸らす伊織。
けれど、ふと目を向けると――。
膝枕をしたまま、月姫と楽しそうに戯れ合っている晃星の姿があった。
「……あっきー?」
伊織の目がジトッと細くなる。
そして、無言で近づくと――。
むにっ。
晃星の両頬をつねった。
「ぎゃぁぁあ!!」
晃星は悲鳴を上げ、慌てて月姫に抱きついた。
「痛かったよねぇ? あっくん」
月姫は晃星の両頬を優しく撫でながら、心配そうに顔を覗き込んだ。
「めっちゃ痛かった〜!」
晃星はそう言うと、月姫にぎゅっと抱きついた。
「よしよし。痛かったねぇ」
月姫は微笑みながら、晃星の頭を優しく撫でる。
その腕の中で、晃星は伊織の方へ視線を向けた。
そして――。
ニヤリ。
まるで「やーい!」とでも言いたげな、挑発全開の顔。
「……っ!!」
伊織のこめかみがピクッと動いた。
「こんのドスケベが!!」
伊織の怒声が、部屋中に響き渡った。




