溢れる感情
球技大会が終わった。
校内にはまだ、今日一日の熱気が残っている。
廊下では「疲れた」「楽しかった」と話す生徒たちの声が飛び交っていた。
俺たちは実行委員の片付けを終え、いつもの部室へ戻っていた。
「おかえり」
部室に入ると、神崎先輩が顔を上げた。
「ただいま戻りました」
「球技大会、どうだった?」
「無事終わりました」
「そっか。お疲れさま」
神崎先輩が朝倉さんを見る。
「それで……」
「……」
「告白、するんだよね?」
朝倉さんが少し俯いた。
「はい」
「今日?」
「はい。今日、ちゃんと伝えたいです」
神崎先輩は少しだけ笑った。
「そっか。決めたんだね」
天川さんが頷く。
「相手の人を呼び出して、二人で話せる場所を作るのがいいと思う」
「うん。それがいいね」
神崎先輩も頷いた。
俺は朝倉さんを見る。
「朝倉さん」
「はい」
「本当に、自分で言うんだな?」
「はい」
朝倉さんは少し震える手を握りしめる。
「怖いですけど……自分で伝えたいです」
「分かった」
俺は頷いた。
「じゃあ、俺たちはそこまで手伝う」
「ありがとうございます」
⸻
放課後。
俺は教室で男に声をかけた。
「ちょっといいか?」
「ん?」
「朝倉さんが、話したいことがあるらしい」
「朝倉が?」
「ああ」
「分かった」
男は特に疑う様子もなく頷いた。
「どこで?」
「校舎裏。人が少ないところ」
「了解」
俺はその場を離れる。
少し離れたところでは、天川さんが朝倉さんと話していた。
「大丈夫?」
「……はい」
「無理そうなら、やめてもいいからね」
「いえ」
朝倉さんは首を横に振った。
「今日、ちゃんと伝えます」
「そっか」
天川さんが笑う。
「じゃあ、行っておいで」
「はい」
朝倉さんが歩き出す。
俺たちはその場に残った。
「桐生くん」
「ん?」
「ちゃんと呼び出せたね」
「それくらいできるよ」
「ちょっとだけ心配だった」
「なんでだよ」
「だって、桐生くんだし」
「どういう意味?」
天川さんが笑う。
「なんとなく」
「ひどいな」
⸻
校舎裏。
朝倉さんは一人で待っていた。
少しして、男がやってくる。
「あれ、朝倉?」
「……うん」
「どうした?」
「少し話したいことがあって」
「俺に?」
「うん」
朝倉さんが深呼吸する。
「今日、ずっと言おうと思ってたんだ」
「……」
「私――」
一度、息を吸う。
「あなたのことが好き」
男が目を見開いた。
朝倉さんは続ける。
「ずっと前から好きだった」
「……」
「部活の時に声をかけてもらったり、練習の時に励ましてもらったりして……」
朝倉さんは少し照れながら笑う。
「そういうところが、好きになったきっかけだった」
男は黙っている。
「だから……」
朝倉さんが頭を下げる。
「私と、付き合ってほしい」
しばらく沈黙が続いた。
そして――。
「……ごめん」
男が口を開いた。
「……そっか」
「俺、好きな人いるから」
「……誰?」
「美空月姫」
「……」
朝倉さんの表情が止まる。
「向こうも、俺のことまんざらでもないと思うんだよね」
「……そうなんだ」
「だから、朝倉とは付き合えない」
「……うん」
朝倉さんは小さく頷いた。
「分かった」
「ごめんな」
「ううん」
朝倉さんは少しだけ笑った。
「ちゃんと伝えられてよかった」
「……」
「聞いてくれて、ありがとう」
朝倉さんはそう言って、その場を離れた。
⸻
少し離れた場所。
俺と天川さんは、朝倉さんが戻ってくるのを待っていた。
足音が近づく。
「……終わった?」
天川さんが聞く。
「うん」
朝倉さんは笑った。
でも――。
目が赤い。
「……振られちゃった」
「そっか」
俺はそれだけ言った。
「でも」
朝倉さんが目元を擦る。
「ちゃんと言えた」
「うん」
「ちゃんと、自分の気持ちをぶつけてきました」
「それならよかったよ」
「……うん」
朝倉さんが頷く。
少しだけ涙がこぼれた。
「……悔しい」
「そりゃそうだよね」
「ずっと好きだったから」
「うん」
「でも……」
朝倉さんは涙を拭う。
「言わなかったら、もっと後悔してた」
天川さんが朝倉さんの肩に手を置く。
「よく頑張ったね」
「……うん」
朝倉さんは天川さんに笑いかける。
「ありがとうございます」
「じゃあ……部室戻ろうか」
「うん」
⸻
部室に戻ると、神崎先輩が顔を上げた。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
「どうだった?」
朝倉さんが小さく頭を下げる。
「……告白してきました」
「そっか」
「振られました」
「……そっか」
神崎先輩は少し寂しそうに笑った。
「でも、ちゃんと伝えられたんだよね?」
「はい」
「じゃあ、頑張ったじゃん」
「……ありがとうございます」
「ううん。朝倉さんが自分で頑張ったんだから」
神崎先輩は優しく笑う。
「これで今回の依頼は、一旦終わりかな」
「そうですね」
天川さんが頷く。
「じゃあ、今日はもうゆっくり休んで」
「はい」
俺も立ち上がる。
「じゃあ、帰るか」
⸻
部室を出て、廊下を歩く。
「……なんか疲れたね」
天川さんが言う。
「だな」
俺は二人を見る。
「購買寄ってくか?」
「え?」
「今日は二人とも頑張ったし」
「奢ってくれるの?」
「一本だけな」
「やった」
朝倉さんも少し笑った。
「私もいいの?」
「もちろん」
「じゃあ……オレンジジュース」
「了解」
三人で購買へ向かった。
ジュースを買って、校舎の外にあるベンチへ座る。
「はい」
「ありがとう」
「ありがとうございます……」
三人でジュースを開ける。
「じゃあ、反省会」
「反省会?」
「今回の依頼について」
俺が言う。
「何が良かったか、何がダメだったか」
朝倉さんが少し考える。
「私は……ちゃんと告白できたことかな」
「うん」
「それだけは、よかったと思う」
「じゃあ成功だな」
「え?」
「依頼の目的って、朝倉さんが自分の気持ちを伝えることだったんだろ?」
「……うん」
「だったら、ちゃんと達成してる」
朝倉さんが俯く。
「でも……」
缶を両手で握る。
「振られました」
「それは結果だからな」
「……」
「自分で伝えたことの方が大事だろ」
朝倉さんは黙った。
しばらくして、小さな声が漏れる。
「……でも」
「ん?」
「やっぱり……悔しい」
「……」
「ずっと好きだったんです」
目に涙が浮かぶ。
「今日、頑張って……絶対、ちゃんと伝えようって……」
「うん」
「でも……ダメだった」
声が震える。
「……私、頑張ったのになぁ」
その瞬間。
朝倉さんが立ち上がった。
「天川さん……!」
「え?」
そのまま天川さんの肩に顔を埋める。
「ごめんなさい……!」
「いいよ」
「私……私……!」
朝倉さんの肩が震える。
「好きだった...…!」
「うん」
「ずっと……好きだったのに……!」
「うん。分かってる」
天川さんは、最初は朝倉さんの背中をそっと撫でていた。
「頑張ったね」
「……っ」
「本当に頑張ったよ」
「……うぅ……」
朝倉さんの肩が震え続ける。
天川さんは一度、朝倉さんの背中に手を回した。
「……朝倉さん」
「……はい」
天川さんは朝倉さんの身体をそっと自分の方へ向ける。
そして――。
正面から、ぎゅっと抱きしめた。
「……よく頑張ったね」
「……っ」
「今日はいっぱい頑張ったんだから」
「……うぅ……」
「もう我慢しなくていいよ」
朝倉さんは天川さんの胸元に顔を埋めた。
「……うわぁぁん……!」
堰を切ったように、涙が溢れた。
「大丈夫。大丈夫だから」
天川さんは朝倉さんを抱きしめたまま、ゆっくり背中を撫で続ける。
俺は少し離れたところから、その姿を見ていた。
……本当に、よく頑張ったな。
今日一日、ずっと頑張っていた。
そして最後は、自分からちゃんと気持ちを伝えた。
結果は残念だったけど、それでも言わなかったよりずっといい。
それに――。
俺は小さく息を吐く。
あいつがどんな奴なのか、俺は少しだけ聞いたことがある。
女の子関係で、あまりいい話を聞かなかった。
だから。
こう言うのも変かもしれないけど。
……朝倉さんが、あいつに引っかからなくてよかったのかもしれない。
今は本人にそんなことを言うつもりはない。
ただ――。
よく頑張った。
俺が今思うのは、それだけだった。
しばらくして、朝倉さんがゆっくり顔を上げた。
「……ごめんなさい」
「何で謝るの?」
天川さんが笑う。
「泣いちゃって……」
「いいよ」
「……ありがとう」
朝倉さんは涙を拭う。
そして俺を見る。
「桐生くん……」
「ん?」
「今日は、ありがとうございました」
「俺、何もしてないけど」
「応援してくれました」
「それくらいなら、いくらでもするよ」
「……ふふ」
朝倉さんが少しだけ笑った。
「じゃあ、私、帰ります」
「気をつけて」
「うん」
朝倉さんは二人に頭を下げ、そのまま歩いていった。
俺と天川さんは、その背中を見送る。
「……」
「桐生くん」
「ん?」
「朝倉さん、頑張ったね」
「ああ」
「うん……本当に」
天川さんは、さっきまで朝倉さんを抱きしめていた腕を見つめた。
俺はそんな天川さんを横目に見ながら、静かに息を吐いた。
今日、朝倉さんは自分の気持ちをちゃんと伝えた。
それだけで十分だった。




