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幕間 永田町の古狸たち

 公開討論会が終わった夜。


 赤坂の『洗心亭』には、再び大河原、武藤、有賀の三人が集まっていた。

 赤坂みすじ通りから一本路地に入ったここは高い黒塀や植栽、あえて長く作られた石畳のアプローチによって、静かな空間が広がっており、都会の喧騒など感じさせない静けさがあった。


 卓上のタブレットには、神崎の演説を切り抜いた動画が映し出されている。


 ウィットに富み、嫌な重苦しさのない語り口、余裕を持ってスマートに対処する神崎の姿がそこにあった。


 再生回数は、すでに五百万回を超えていた。まだまだ、再生回数は伸びている。


『格式張った永田町の常識を、私は中からぶっ壊したい』


 画面の中の神崎が、悪戯っぽく片目をつぶる。

 タブレットを眼光鋭く睨んでいる大河原に武藤は内心震えた。


(あの目……敵を何人震えあがらせてきたことか……)


 首筋に冷たいものがつーと流れた。

 しかし、大河原本人は違った。


(そうか……ここで片目を細めると女性票に受けるのだな。手はああいうふうに軽く上げて……ふむ、そうするのか……)


 いまひとつ伸びない女性票に悩む大河原は、神崎の仕草や話し方を真顔で研究しているだけだった。

 だが、武藤はそんなことなど知る由もなく、生きた心地がしない。

 武藤は恐る恐る大河原の顔色を窺った。


「……止めますか」


 大河原は答えなかった。


 手元の盃を傾け、画面に並ぶ数字を黙って見つめている。


 神崎を支持する若者。

 女性。

 中道層。


 どれも、いまの民自党から最も離れつつある票だった。


「大河原先生。あの男をこのまま総裁選に残せば、勢いに乗る恐れがあります」


 有賀が低い声で言った。


「分かっておる」


 口をへの字にして、大河原は盃を置いた。


「気に食わん。あの顔も、物言いも……何より神崎の血を引いていることがな」


 その目には、かつて神崎家から何度も煮え湯を飲まされた老人の憎悪が浮かぶ。


 だが次の瞬間、大河原は薄く笑った。


「しかし、選挙に勝つには使える」


 武藤と有賀が顔を見合わせた。


「今は党の支持率を戻すことが先だ。神崎でも、品川でも、三井でも、構わん。国民が飛びつく看板を立て、総選挙を乗り切る」


「では、静観を?」


「総選挙が済むまではな」


 大河原は、画面に映る神崎の笑顔を指先で軽く叩いた。


「神輿は軽い方が担ぎやすい。あやつに好き勝手をさせなければよい」


「総選挙の後は、どうなさいます」


 武藤の問いに、大河原はゆっくりと目を細めた。


「総選挙が終われば、看板の役目も終わる」


 庭園から、ししおどしの乾いた音が響いた。


 コン。


 大河原は静かに盃を置く。


「神崎の小僧には、その時に派閥政治というものを、骨の髄まで教えてやる」


 有賀も武藤もその言葉に返事をしなかった。

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― 新着の感想 ―
永田町の古狸たちの腹の探り合いが実に生々しく、政治の怖さと滑稽さが同居していて面白かったです。特に大河原が神崎を憎みつつ「使える看板」と割り切る場面に、権力者の冷徹さがよく表れていました。続きが気にな…
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