第24話 鈴木の反撃
「目星は付いたが、総理の安全が確保できない。応援演説の穴をどうするか……」
鈴木は拳を机に叩きつけた。
机に置かれた空のエナジードリンクのパックが振動で動いた。
滞在しているホテルの一室。窓にはカーテンが掛かり、外からの接触を遮断していた。
中間色の灯りが部屋を照らしていた。
鈴木の目は充血し、目の下には隈が浮いていた。
ピンポン
部屋の呼び出し音が鳴る。
「こんなときに、誰だっ!!」
苛立たし気に確認もせず、ドアを開けた。
そこには宗助が立っていた。
「親父……」
宗助は無言で鈴木の横を通り抜け、部屋に入ってきた。
慌てて鈴木が宗助の後を追った。
宗助はざっと部屋を見回すと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「ふん、手詰まりといったところか」
「親父の嫌味に付き合っている暇はないんだ。帰ってくれ!」
普段ならしない鈴木が声を荒げた。
そんな鈴木を宗助は目で咎め、無言の圧をかけた。
「っ……」
「それが駄目なんだ、雄二。焦るな。いいか、秘書は二手三手先を読むだけでは駄目だ。ひとをどう動かすか、どう動かせば望むようになるか、それができてこその政治家秘書だ」
「……」
「そのためにはなりふり構うな。泥を被ってでも動かせ」
宗助は鈴木の肩をぽんとひとつ叩き、部屋を出て行った。
ぱたんという音を立てドアが閉まった。
泥を被ってでも動かせ……
鈴木はその言葉を何度も反芻した。
「動かす」
ひとをどう動かすか、どう動かせばいいか……
その瞬間、
鈴木の脳裏で一つの線が繋がった。
(こんなはずではない。なぜ、こうなった……)
テレビのニュース速報で神崎誘拐を知ったときから、山中の心臓は早鐘のように打っていた。
情報が捜索する総理の事務室には秘書や事務スタッフ、先ほど派遣された警備のための警官が重苦しい雰囲気の中、テレビを観ていた。
何の前触れもなく、数人の警察が事務室に入って来た。
責任者らしき初老の男性刑事の声が部屋に響く。
「すみません。これから順に皆さんの机と持ち物を確認させていただきます。ご協力をお願いします」
ひとりずつ、確認していくようで、出口近くの女性から確認されていた。
誰かが身動きをする度に視線が動く。
その中を山中は自然に動き、すーっと部屋を出ていった。
初老の刑事は、部下へ目配せをした。
人気のない非常階段の踊り場までくると、念のため、辺りに人がいないことを確認する。
(よし、誰もいない)
山中は震える指先でスマートフォンを操作した。
(早く……早く計画を修正しなければ……)
焦りのため、何度も捜査を間違えた。
(……おかしい。なぜあいつらは総理を 誘拐したんだ。見せかけるだけだったはずだ。なんども総理の誘拐未遂が起これば、警護責任者とスケジュール計画を立てた鈴木は間違いなく更迭される。そうすれば、次の首席秘書官の椅子は俺のものに……!)
山中は、鈴木と同時期に秘書になった。
だが、選んだ道が違った。
山中は身分は特別職の国家公務員で、議員の国会での政策立案や立法調査、中央省庁との折衝などの「頭脳」にあたる業務を主にする公設秘書を選択したが、狭き門のため、いまだに公設秘書には慣れていなかった。仕方なく私設秘書として働いていた。
鈴木は父親の跡を継いで神崎の私設秘書となり、現在は首席秘書官という立場になっていた。
神崎の代わりに鈴木は有権者への挨拶回り、後援会活動の運営、地元イベントの対応、選挙対策などの「現場」にあたる業務、山中にとっては雑用をしていたにもかかわらずだ。
能力は自分の方が上なのに、鈴木の下で指示を仰ぎ、確認、許可を得なければならない。山中個人に任せてくれれば、鈴木と同等、いやそれ以上の成果を上げることができるはずだ。
なのに、いつだって認められ、スポットライトを浴びるのは、鈴木だった。
『鈴木君は凄いね』
『今回の選挙日程も鈴木君が仕切るそうだ』
どこへ行っても鈴木、鈴木、鈴木。
自分だって必死に神崎と戦ってきたのに、あの男だけが「神崎総理の右腕」として永田町の頂点に君臨している。
その激しい嫉妬とコンプレックスが、山中の狂気を加速させたのだ。
「鈴木さえ……鈴木さえいなくなれば、俺が……!」
プルルルル……
犯人のスマートフォンの呼び出し音が鳴る。
カチャ
電話が繋がった。
山中は階段を背にして、話し出した。
「おい、話が違うぞ!」
焦った声で、開口一番言った。
『なにがだ?あんたは誘拐を望んでいただろう?』
太々しい声が流れてきた。
「馬鹿なことを言うな!私が指示したのは誘拐未遂だ!」
『同じことだ。俺たちはあんたの希望を叶えた。その手間賃を貰おうか』
(……誘拐を実行しておいて、同じだと。しかも恐喝する気か、こいつら)
「なに馬鹿なことを言っている……」
怒鳴りつけようとしたその瞬間――
とん、とん
背後から山中の肩が叩かれた。
山中が小さく悲鳴を上げて跳び上がった。
振り返ると、先ほど事務室にきた初老の刑事とひとりの警官がいた。
「山中さん。こんなところで誘拐未遂の電話ですか?」
「あ、あ、ち、違う」
山中の顔から、一瞬で血の気が引いた。
老刑事の鋭い目が山中を捉えていた。
警官が山中の腕を掴んだ。
「あなたが犯人に教えたルートなんですが、それを知っているのは、あなただけなんですよ」
「は、嵌めたのか……?」
「ええ。総理と鈴木秘書官が。あなたの通信記録や位置情報を先ほどから全力で辿っています……」
山中の顔から、一瞬で血の気が引いた。
老刑事のスマートフォンにメールが入った。
【総理無事救出】
「総理が、いま救出されました。もう言い逃れはできませんよ」
鈴木のスマートフォンにその一報が入ったのは、警察へ指示を出してから二時間後だった。
【総理無事救出】
(……見つかった……)
その文字を見た時、鈴木は全身から力が抜けるのを感じた。
ふらっとよろめいて、近くにあった椅子に座った。
「ハハハ……」
おかしくもないのに笑いが口をついた。
顔を上げて天井を見る。
目元がじわりと濡れた。
声を堪えるように手で口元を覆った。
息を大きく吸った。
トゥルルル…
スマートフォンの着信音が鳴り、発信元を見る。
神崎総理
「はい……」
『あっ、鈴木?何か警察が来たんだけど、付いて行っていいかな?それとさ、すごくお腹が空いたから、昔ながらのオムライスを食べさせてくれるように鈴木から言ってくれない? ケチャップで「だいちゃん」って書いてもらうのは、諦めるからさ……』
受話器から聞こえる能天気な声に、鈴木はこめかみを強く押さえた。
「……総理。私は言いましたよね、勝手な行動はしないで下さいと」
『……う、うん。言ってたような気がする……』
「言ってたような……」
『あ、あっ、違う。言ってました』
「そうです。それなのに総理は守られませんでしたよね」
『ご、ごめん、悪気はないんだよ』
「当り前です。総理、罰です。明日から三週間、特製トマトサラダです。覚悟しておいてください」
『ええーっ!?』
という悲鳴を聞き流しながら、鈴木は静かに通話を切った。
胃薬は、まだ手放せそうになかった。
それでも、この「おバカで無欲な総理」を守り切った達成感だけが、ほんの少しだけ痛みを和らげてくれたのだった。




