第20話 枝葉を落とす
神崎に異変を隠しておくのは限界だと判断した鈴木は、人払いをして神崎と向き合った。
神崎が宿泊しているロイヤルスイートのリビングルームは、天井が非常に高く、シャンパンゴールドと日本伝統の「和」をモチーフにした優美なアートワークで統一されていた。一面に広がる大きな窓からは、夜の街並みをパノラマで一望できた。
薄暗い照明の中、リビングのソファーに座った神崎は訝し気な表情で鈴木を見ている。
「総理の耳に入れて精神的負担をかけるわけにはいかない」という大義名分のもと鈴木はすべて自分の手で揉み消してきた。
だが今日、部屋に置かれていた"あれ"が、その判断は致命的な見誤りだったことを示していた。
「総理。お耳に入りれたいことがあります。……いえ、お伝えしなければならない緊急の事態です」
向かいに腰を下ろしている鈴木は静かに、しかし明瞭な声でこれまでの経緯を話し出した。
神崎が大根ウルフをいじるのを止めた。
関係者しかも極一部しか知らない神崎の移動スケジュール、宿泊先が第三者に漏れていること、それにより誘拐未遂が起きたことを伝えた。
神崎は微動だにしなかった。ただ、衝撃を受けた表情で聞いていた。
「……そんなことになってたんだ」
「申しわけありません。総理に気付かれないうちに処理をしようとしましたが、ここまでくると隠すよりも総理ご自身でも気をつけていただきたいと……」
「鈴木、話てくれてありがとう。だけどね、早めの報・連・相が大事なんだよ?」
激昂するわけでも、責めるわけでもない。ただ諭すように神崎は言った。
鈴木は弾かれたように神崎の顔を見た。
(……珍しく、まともなことを……)
「それにしても困ったね」
「はい。予定は全面的に――」
「でもさ」
神崎が鈴木の言葉を遮った。
「僕だけじゃなくて、鈴木たちも危ないってことだよね」
鈴木は小さく頷く。
「……その通りです」
「うーん」
神崎は大根ウルフを指先でつついた。
「ストーカーかぁ」
「……はい?」
「最初は嬉しかったけど、ストーカーからのプレゼントだと思うと急に気味悪くなるね」
「はぁっ?!」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。
それまでの深刻な雰囲気が一気に飛んでいった。
「総理、そういう問題じゃないでしょう!」
「ストーカーじゃないの?」
「当り前です!!」
「鈴木、血圧大丈夫?」
「誰のせいですか?!」
「あはは、まぁ、落ち着きなよ、鈴木。こういう時こそ、余分な力と無駄な枝葉を抜かないと駄目なんだよ」
鈴木は意を突かれた。
異常事態だというのに神崎は余裕のある自然体だった。
(もしかして、このひとは敢えて、道化を演じているのか?……)
「……それは、総理の考えですか?」
「って、よく、父さんがそう言ってた」
「大先生が……ですよね……」
一瞬でも期待した自分が馬鹿だったと鈴木はがっくりと肩を落とした。
「鈴木、僕の宿泊先は極秘なんだよね?」
「はい」
「そうか」
神崎は机の大根ウルフを見つめながら、小さく息を吐いた。
「――この宿泊先を知っている者は?」
「東京の、官邸の秘書チームが三名。それから、今回の警護計画を策定した警察庁警備局の幹部、および今この部屋の周囲を固めているSPの責任者のみです。一般のホテルスタッフには、直前まで総理の偽名を使ってカモフラージュしていました」
「つまり、知っている人間はかなり絞られるわけだね」
「えっ?」
「枝葉を落とすんだよ」
「枝葉を……」
「スケジュールを厳重に管理していたんだろう?」
「もちろんです」
鈴木は当たり前だというように言い切った。
「なら、警護計画を策定した警察庁警備局の幹部とSPの責任者は除いていいかな」
「なぜです?」
神崎は大根ウルフの顔を指で弾いた。
それを見て鈴木は思いついた。
神崎が大根ウルフを気に入っていることを彼らは知らない。
それを知っているのは……。
「……そうですね。総理がきもキャラ愛好家だということは知りませんね」
「酷い……癒しキャラじゃないか」
「癒されるのは、総理だけです」
動揺していた鈴木も頭が冷えたのか、いつものように眼鏡を押し上げて皮肉交じりに言う。
神崎はゆっくりとソファから立ち上がると、窓を覆う遮光カーテンのわずかな隙間から、はるか階下に広がるきらびやかな夜景を見下ろした。
「面倒だよね、総理って……」
神崎はひとり言のように呟いた。
夜景の向こうには、今日演説した街の灯が続いていた。
さっきまで笑顔で手を振っていた人たち。
あの中に犯人はいなかった。
それでも、自分を狙う誰かは確かに存在する。
神崎は振り返り、鈴木の目を真っ直ぐに見据えた。
「――こちらから罠を張ろうか」
「罠……ですか?」
「うん。罠を」




