第17話 地元凱旋
都心から車で首都高速を走らせること一時間足らずの中核都市。高台の立地からは青く美しい海を臨むことができた。
そこは神崎の地元選挙区だった。
駅のすぐ近くには格式高い老舗が並ぶショッピングストリートがある。
他の党首が都内の人目につく場所を選んだのに対し、神崎は選挙開始の第一声を地元の駅前で上げることに拘った。そこは祖父も父も政治家になると決めての第一声をここで上げた『政治家としての原点』だった。
演説台を備えた選挙カーがロータリーの中央に着いた。
神崎を一目見ようと、駅前から商店街一帯には数万人規模の人々が押し寄せていた。街中がパニック状態になるほどの熱気に包まれている。
一番前に陣取るのは『神崎後援会』婦人部の面々だった。皆気合い十分といった体でお揃いの法被とデコレイトした団扇を持っていた。
団扇には、
【孝ちゃん頑張れ】
【神崎ちゃんLOVE】
と描かれていた。
若い娘が法被と団扇を羨ましそうな横目で見ている。
SPに囲まれた神崎は演説台に乗ると、大きく息を吸い、
「地元に気軽に帰ってこれないから総理にはならないよと言って総裁になった神崎 孝一です!」
と、いつもの笑顔を浮かべた。
どよめきが起き、空気が揺れた。続いて万雷の拍手が鳴り響いた。
「孝ちゃん、頑張るのよ」
「辞めたくなったら、いつでも辞めていいのよ」
「そうだぞ、孝一。儂らはお前の味方だぞ」
「ありがとう。だけど、ちゃんと、やることやってからじゃないと駄目だから頑張るよ。だから応援してください!この人に入れたいと思った人に投票してください!頼まれたから入れるのではなく、自分の意思で入れて、議員を選んでください。それは私の党でも私でなくともいいです。自分の意思で投票しましょう!」
神崎の演説に鈴木の胃が、早く胃薬を飲めと痛みで鈴木に訴えた。
(選挙初日に、総理が寄りによって、民自党でなくても自分でなくてもいいから投票しましょうって、一体何なんですか!?)
「神崎ちゃんったら……」
困ったような呆れたような女性の声。
微笑ましいとでもいうような響きがあった。
「いいぞ、それが神崎 孝一だ」
「自分のことしか考えないよりは、余程いい」
「孝ちゃん〜」
「なに?」
どっと笑いが起こった。
つい、地元での姿で応対する神崎に鈴木の胃がますますきりきり痛む。
(総理ーっ)
「神崎ちゃん、ご飯食べてるのかい?あんた痩せたんじゃないの?」
「食べてるよ~ご飯抜いたら鈴木が怒るからね。この前なんか、カレーは飲み物だから五分で食べろとか言うんだよ」
「飲み物だろう」
「違うから!」
聴衆は神崎との掛け合いに沸いていたとき、ひとりの聴衆から問われた。
「総理、総理はこれからなにをしたいんだい?」
神崎は少し考えたあと、
「明日の食卓が笑顔になる政治。国民に我慢をお願いするのではなく、明日を少しでも楽しみに思えるようになる政治をしたいなぁ。前例がないとかいう格式張った永田町の常識を、ぶっ壊したい」
と答えた。
「そうか。なら、俺は総理、あんたに入れるよ」
「ありがとう」
「俺もいれるぞ」
「私だっていれるわよ」
競ったように声が上がった。
神崎は大きく手を振り、ありがとうと声援に応えたのだった。
神崎が選挙カーから降りて、商店街を歩こうと動くと聴衆も付いて動いた。
あまりの人気の高さに、行く先々で聴衆がガードを突き破って神崎に殺到しようとするのをSPが必死になって警護する。
「押さないでください」
「下がって!総理が動けません」
「ごめんね」
総理が小さな声で謝る。
SPがそれに応え、全員が身を挺して総理をガードした。その様子は聴衆が溢れかえってパニック状態に見えた。
メディアはそれを「凄まじい熱気」として、流した。
SNSはすぐに反応した。
『人気すご』
『普通は自分に入れてっていうよね』
『正直』
『カッコいい』
『生総理、羨ましい』
『あの神崎ちゃんグッズ欲しい』
『きれいごとで政治できるの?』
『わけのわかんない公約よりマシ』
それまでも売れていた民自党のポスターやグッズがその日を境に爆発的に売れた。
人々はいつ我が街に総理が来るのかという、問い合わせを候補者の選挙事務所に入れ、対応するアルバイトは悲鳴をあげた。
あるビルの屋上から商店街を歩く総理の姿を双眼鏡で見ていた者がいた。
その人物は総理の一挙手一投足を見逃すまいと暗い目を凝らしていた。
神崎が笑う。
聴衆が歓声を上げる。
男は静かに口元を歪めた。
「くくくっ……見つけた……予定通りだ……」




