第13話 家事コンテスト始まる
神崎の発言から三日、『民自党家事コンテスト』が放映権と引き換えにテレビ局が用意した都内の大型スタジオで開催する運びとなった。
かつて華やかなテレビ番組を生み出してきた巨大スタジオは、今や政界の重鎮たちをハメるための「家事のテーマパーク」と化していた。
体育館ほどの広さがある大ホールは、パーテーションによって四つのエリアに区切られている。
入り口に鎮座するのは、本物さながらの棚に特売品が並ぶ【擬似スーパー・エリア】。
そこから、最新のドラム式洗濯機が冷酷に回る【洗濯機エリア】、ルンバが虚しく徘徊し散らかり放題のゴミが放置された【リビング・エリア】へと続く。
そして最奥に控えるのが、【キッチンエリア】だった。
別室の会場ではコンテストの様子が見られるように大型スクリーンが設置され、他の議員や関係者たちが不安を抱えて見つめていた。
何千人何万人を前にしても平然と演説してきたベテラン議員たちにも緊張が見られた。
レクチャーを受けている者、家事の本を読んでいる者、ぶつぶつと手順を確認する者などさまざまだ。
大河原はしかめっ面で腕を組んでいた。横では有賀と武藤が機嫌を取ろうと必死だ。
三井は手順を秘書に確認することに余念がない。
神崎だけは仕事を体験できる職業・社会体験型テーマパークにきた子供のように目を光らせていた。
「体験型テーマパークに来たみたいだ」
神崎の台詞に、鈴木はしかめっ面で注意を促した。
「総理、いいですか、くれぐれもおかしな真似はしないでくださいね。何も考えなくても、深く考えてもいけません。いつもの通りでお願いします」
「大船に乗ったつもりで任せて」
「泥の筏に乗った気分ですよ……不安だ……物凄く不安だ」
「大丈夫だから」
「それでは、参加者の方々はこちらへお願いします」
進行役の声がスタジオに響いた。
司会進行を務めるのは放映権をくじで勝ち取ったテレビ局の三十代の人気アナウンサーだった。
「お待たせいたしました。民自党派閥対抗家事コンテストの始まりです。ルール説明について、神崎総理お願いします」
テレビカメラが神崎に向けられた。
「はーい、皆さん注目です!」
ステージ中央、ひな壇の上から神崎の緊張感のない声がマイクを通して響き渡った。
「今回の舞台は、名付けて『家事のテーマパーク』です! 政治も家事も、ワンストップサービスが大事です。各派閥のトップの皆さんには、これから『擬似スーパー』で買い物をして、『洗濯機』を回し、『リビング』を掃除して、最後にあのガラスの『キッチン』で美味しい料理を作ってもらいまーす!」
(もっと威厳を持って喋ってください。喋り方次第でバカバカしい内容も重々しくなるんですから)
鈴木は身振り手振りで伝えようとしたが、神崎にはまあるで通じない。
案の定、あまりのバカバカしさに、大河原は額の青筋をピクピクと震わせた。
「神崎君……我々を愚弄するのも大概にしろ。なぜ私たちがエプロンをして、エコバッグを持たねばならんのだ」
「え〜、大河原先生の派閥の議員さんが家事は楽だって言ったから、体験してみようかってことになったんですよ。今日は僕も、解説しながら参考参加します。大河原さん、一緒に頑張りましょう。ピンクのエプロン可愛いですよ」
神崎は無邪気に小首を傾げると、おもちゃのトランプのようなカードをひらひらと掲げた。
「あ、でも安心してください!救済措置、 特別ルールとして、各派閥には『ヘルプカード』を三枚差し上げます! 困った時は『プロの主婦の一分間アドバイス』、『一分間秘書に照会』、『AI使用一分間』のどれかを選べます! どれをどこで使うかは自由。三種類をそれぞれ一度ずつ使えます。使いどころを間違えると……破滅します。あ、それと私には秘書の鈴木がコメンテーターアシスタントとして付きますが、競技については一切参加しませんから安心してください」
その横で、三井派の三井はフッ、と老獪な笑みを浮かべる。ライトグリーンのエプロンのポケットからカードを取り出すと、指でなぞった。
「ふむ……カードの切り方一つで、勝敗が変わるというわけですね。面白い」
「そうそう、三井さん話が早くて助かる〜! それじゃあ、家事の祭典、スタートです!」
間抜けなファンファーレが鳴り響き、政界のドンたちが一斉に、主婦の戦場へと駆り出された。
「それでは、第一項目、買い物ブースを覗いてみましょう。カメラさん、お願いします。解説席には神崎総理と品川少子化・女性活躍担当大臣にお越しいただいております。品川大臣、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
トレードマークの白いスーツで解説者席に座りモニターを観ている。
司会者の声でカメラが切り替わった。
各派閥のベテラン議員たちが疑似スーパーの前に並ぶ姿は、これ以上ないほど場違いだった。
ポーン
という音と共に大型スクリーンに第一項目の課題が発表された。
『1食分のバランスの良い食材を、予算三千円以内でカゴに入れてくる』
制限時間:四十分
「バランスの良いってなんだ?」
「予算?なんでだ?」
『ないと困るでしょうが』
「予算三千円?おい、単位が違わないか?ゼロが一つないだろう」
『どこの世界に一回の買物に三万使う主婦がいるのよ』
品川の辛辣なコメントが流れる中、会場は早々に戸惑いの声があがり、ヘルプカードを使うか迷いだす派閥もあった。
制限時間のカウントが始まると、疑似スーパー内に皆、向かった。
そこは食品スーパーが完璧に再現された空間だった。
青果、鮮魚、精肉が並び、「本日の特売」「タイムセール」のPOPが天井から下がる。スーパーで流れる軽快なBGMだけが、異世界に放り込まれた政治家たちの緊張を煽っていた。
誰かが買い物カートを押して走り出したのを皮切りに一斉に動き出した。
大河原と有賀、武藤も疑似スーパーの中にいた。
大河原がこそこそと武藤に聞く。
「おい、何を買うんだ?」
「先生は何がいいと思われますか?」
武藤が大河原に伺いをたてた。
大河原は精肉と書かれたプレートを見て
「肉にするか……どうだ?」
「いいですね。では肉ということで」
精肉のショーケースにずらりと並ぶ肉を前に三人は足を止めた。
武藤がパックに貼ってあるシールを見る。
「鶏、豚、牛……羊?」
「カルビ、ロースは分かるが、細切れ?バラ?チューリップ?何だ一体?バラとかチューリップって花だろう」
有賀が首を傾げた。
『肉の部位よ、部位!何で精肉売場で花を売るのよ』
『えっ?そうなの?』
『そうなのよ。総理も知らなかったの?』
『知らなかった。品川さん物知りだね』
『……し、主婦なら基本よ』
品川の耳が微かに赤くなっていた。
「ええぃっ、黒毛和牛ヒレと書いてあるのを買っておけば間違いないだろう」
大河原が値段も見ずに買い物カゴに放り込む。
「ヒレだけでいいですか?」
「有賀……そうだな、サーロインも買っておくか。おい、ランプってなんだ?」
「照明器具では?」
「精肉売り場に照明器具は売ってないだろう」
「脂のことでは?ランプは油で燃やしますからね」
『本当、この人たち正気?』
『真剣な表情しているよ。ほら、目が血走ってる』
「おおそうか。よし、買い物はこれでいいだろう」
大河原たちがレジに向かう。
解説席では、神崎と品川が有賀派の買い物ぶりを見守っていた。
『有賀派は……お肉ばっかりだね』
『肉さえ食べておけば、何とかなると思っているんじゃないかしら?』
『動脈硬化になりそうだね。野菜や魚とか、どうする気なのかな?』
『あっ、他の派閥のカゴを見て、買いに行くみたいね。セコいわ』
大河原が葉物野菜の棚を前に有賀を振り返っていた。
「ほうれん草ってどれだ?これか?有賀」
「小松菜と書いてありますよ?」
「たいして違わないだろう。これはほうれん草だ」
『違うわよ!根っこが赤いのがほうれん草、白いのが小松菜。政治家なら覚えておきなさいよ!』
と品川が叫んだ。
『品川さんは物知りだった。僕も覚えたから』
野菜を適当に買い、大河原たちがレジで精算をする。
最後の商品がレジに登録されると、予算オーバーのアラームが鳴った。
店員が
「一八、八三九円オーバーです。減らしてください」
「何だと?一食に二万は普通だろう」
「大河原先生、予算三千円とありました」
有賀が恐る恐る言い募った。
『おお、ここで有賀派、予算オーバーだね。どうするのかなぁ……武藤議員が精肉コーナーへ走り出したぞ』
『大河原先生と有賀さんが揉めてるわよ』
大河原と有賀が揉めながらカゴの中から返却する商品を取り出している。
『肉の返品で揉めている?えっ?肉すべて返品って、なに、考えてるのよ』
『……あっ、武藤議員が何かを手に戻ってきた……豚バラ肉と豚のロース肉?これで金額は……二千七十四円』
『苦労性の武藤さんあってのことだわね』
一方、三井はというと、主婦層の票田を意識し、タイムセールのモヤシと見切り品の挽肉をカメラによく見えるようカゴに入れた。
『庶民派のアピールよ、あれ。』
『そうなんだ』
『私もやるもの』
また、さらに「1枚目のヘルプカード」をここで贅沢に使った。
「今日のおすすめは何か知りたい」
「今日はネギと豆腐と卵が安いわよ。挽肉もあるなら、麻婆豆腐と卵スープにすれば、野菜もたんぱく質も取れるわ」
「ふむ、ネギと豆腐と……ああ、卵だったか。うん?三パック買うと九百九十八円か。なら三パック買うかな」
というプロの主婦の情報を得て、ネギと豆腐、卵をカゴに入れた。
神崎が三井のカゴの中を覗き込んだ。
『野菜、お肉、しかも値引き商品で三井議員は庶民派だなぁ』
『そうかしら?狙ってるわ、あれは……卵三十個って、なに考えてるのよ』
『三パック買うと割引きにつられたんだね』
『賢く見えるけど、無駄よ、無駄』
『品川先生、厳しい……合計金額は二千百七十九円です』
『ちっ、オーバーすればよかったのに』
『……それでは、続いて神崎総理にも参考参加者として挑戦していただきます。品川大臣、引き続きよろしくお願いいたします。また、神崎総理に代わって総理専用コメンテーターとして、総理秘書官の鈴木氏が入ってくださいます。鈴木秘書官、よろしくお願いいたします』
『こちらこそよろしくお願いします』
さて、コメンテーターから参加者へと代わった神崎は初めてのおつかいに浮かれる子どものように足取りも軽く、買い物カゴを持って疑似スーパー内を歩いていた。
「トマトは酸っぱいからいらない、きゅうりも苦手だからパス」
神崎は棚を移動しながら買うものを決めていく。
「じゃがいもとしめじと……卵。あっ、アイス!ハーゲンダッツのリッチミルクあるかな?」
『ちょっと、鈴木さん、総理は子どもなの?』
『すみません。ちょっと、指導入れてもいいですか?』
『仕方ないわね。ヘルプカードならぬ指導カードは三枚よ』
『ありがとうございます』
鈴木はマイクを切替え、神崎のインカムに繋げた。
《総理、アイス入りません。戻してください》
すかさず鈴木から教育的指導が入る。
「入るよ!心の栄養だし、これから頑張るエネルギーだよ」
《……戻してください》
インカムから聞こえてくる一段低くなった鈴木の声に
「……はい」
しおしおと神崎はアイスを戻した。
『貴方も大変ね』
『まぁ』
神崎は嫌いな食材以外、目についた物を適当に買い物カゴに入れ精算すると、二九九九円で切り抜けるという神業をみせた。
『計算?あれ、計算なの?』
『いえ、総理のあれは多分、適当です』
『なんなの、その運の良さは!?』
全員が少し疲れた足取りで【洗濯機エリア・リビングエリア】へと移動した。
そこで彼らを待ち受けていたのは、泥だらけのカラーシャツと用途の分からない洗剤に数々。そして、見慣れない最新家電だった。
大河原は、並んだ洗剤を前に眉をひそめた。
「……全部、同じものではないのか?」




