第12話 ベテラン議員、料理コンテストへ強制参加
好事魔多し。
神崎内閣は高い支持率を維持し、民自党の支持率も回復基調にあった。
そんな矢先ーー
その好調さに気を大きくしたベテラン議員が、やらかした。
地元の男性支持者を集めた演説会で
「最近の女性は手を抜くことばかり考えている。主に働く我々がいるから、暮らしていけることを忘れちゃいかん。働いているからといって家事に手を抜くのは違う。専業主婦は家事だけをしていればいいんだから楽ですな」
と女性蔑視、モラルハラスメントともいえる発言をしたのが、一斉にSNSに流れた。
マスコミは議員の発言に喰いつき、ワイドショーに取り上げた。
与党の女性票も落ちていき、堅調に伸びていた政党支持率がここにきて下降線を描き始めた。
首相官邸のエントランスホールでは神崎が移動する動線上に大勢の記者たちが待ち構えていた。
神崎を見つけると一斉に声がかかった
「総理」
「総理少しいいですか?」
神崎が足を止めると、神崎を囲むように複数の記者がICレコーダーやマイクを差し出し、非常に密度の高い状態となった。
マスコミ側から「山森議員の発言についてどう受け止めていらっしゃいますか?」と質問が投げかけられた。
「やるべきことをやってから働きなさい、家事をしていればいから楽っていう発言?」
「そうです。どう思われますか?」
「家事は女性だけがやるものではないよねぇ。誰がやってもいいと思うよ」
「家事は楽だと思われますか?」
神崎は少し考え込んでから答えた。
「……分からないな」
ざわっ……
マスコミが息を飲んだ。
失言か!?
「分からないって、どういう意味ですか!?」
「だって、やったことないし……」
神崎は一度言葉を切った
「経験していない人間が、楽だとか大変だとか言ったり、決めつけたりするのは違うと思う」
神崎は考え込むように少し首を傾げた。
神崎が考え込むとろくなことがないと、鈴木が背後から「総理、そろそろ」と声をけ、ぶら下がり取材を終わらせようとしたのだが……
「家事が楽かどうか、やってみよう」
「えっ、総理それはどういうことですか?」
「総理が家事をするんですか?」
マスコミが喰いつき、前に出てくるのを慌てて守衛が押し戻した。
鈴木は胃を押さえた。
「派閥のベテランの意識が変われば、下につく議員にも影響するよね。決めた。派閥のトップスリーの男性議員に料理コンテストをしてもらいます」
と、了承も何も得ずに神崎が宣言した。
(はぁっ?)
鈴木が心の中で素っ頓狂な声をあげる。
(いや、待て、待って。なんだその料理コンテストって。思いつきで発言するのはやめてくださいと、昨日も言ったばかりですよ!?)
「総理、それは公開されますか?」
「した方がいい?」
マスコミ全員が激しく頷く傍らで、鈴木だけが死んだ魚のような目をして首を横に振っていた。
「じゃ、決まったら連絡します」
「お待ちしております」
(お待ちしておりますじゃないっ!!)
胃が痛いと鈴木は胃の辺りを押さえたのだった。
『民自党ベテラン議員による料理コンテスト開催』
『問題発言を受け、家事経験』
『官邸主催、料理コンテスト開催』
神崎の発言は即日メディアを通じて全国に流れ、それを知った民自党の各派閥に激震が走った。
特に有賀派の衝撃は強い。
今回問題発言をしたのは有賀派の議員だ。
他の派閥から表立っての非難はないが、空気が微妙なのは確かだ。
参加をしないということは女性票が離れるということでもある。
選挙を控えたいま、参加をしないという選択肢はない。
だが、トップスリーというと、相談役の大河原の参加は必須だ。
大河原が二つ返事で了承するとは思えない。
思えないが、参加をしてもらわねば、派閥が困ったことになる。
(緊急入院……いや不味い。選挙で健康問題に発展する恐れがある……どうすればいいんだ……)
有賀は頭を抱えた。
開催日さえ決まっていないのに、鈴木のタブレットには次々とメールが入ってきていた。
『三井派参加了承』
『大久保グループ了承』
『女性局支援打診の件』
『野党女性議員手伝いの申し出の件』
『中継希望』
『スポンサー希望』
『料理研究家出演希望』
『エプロンメーカー協賛希望』
『家電メーカー提供希望』
鈴木は眩暈を覚えながら、確認と返信メールを入れる。
総理執務室で神崎が珍しく難しい表情をして椅子に座り、考え込んでいた。
鈴木はタブレットを確認しながら、嫌な予感をひしひしと感じていた。
(これ以上、仕事を増やさないでくださいよ、総理)
祈るような気持ちの鈴木をあざ笑うかのように、神崎が
「鈴木、料理コンテストだと料理だけだよね」
「料理だけですね」
「家事って料理だけじゃないよね?」
「そうですね。掃除、洗濯、アイロンかけ、繕い物、買い物、後片付けなどありますよ」
「……」
神崎の眉が微かに寄った。
その表情を鈴木は知っていた。
鈴木の背筋に悪寒が走る。
これは神崎が何かを決めた時の癖だった。
しかも、大抵ろくでもない。
「総理、私の胃にためにもこれ以上、変なことは実行しないでください」
「変なことじゃないよ。掃除と洗濯とアイロンがけと買い物を追加するだけだよ」
「それが変なことなんですよ!」
「けど、料理だけじゃ片手落ちだよね?」
「くっ、こんな時だけ正論を……」
鈴木は悔し気に神崎を見た。
神崎はきょとんとしている。
「総理、つかぬことをお聞きしますが、このコンテストはいつ開催されるおつもりですか?」
「……明日?」
「寝言は寝てから言えです。間に合いません」
「思い立ったが吉日っていうけど?」
「あなたは、思い立たないでください」
「鈴木よく言うよね。為せば成るって」
「成りませんから!」
(いまから、マスコミと各派閥に変更のメール送信して、場所押さえて、警備変更の連絡、スケジュール調整……だ、駄目だ。胃が、胃が……)
鈴木はタブレットから目を離さないまま、ポケットから胃薬を取り出すと、錠剤を水なしで飲み込んだ。
(先生が総理になってから胃薬の減りが早い……過去最速だ……胃薬の配達サービス、間に合うかな)
瓶に残っていた胃薬は、あと二錠だった。




