第1章 二百十日の異邦人
逆光に揺れる影のなかから、少年の双眸がまっすぐに幸を捉えた。
恐怖と絶望に凍りついていた彼女の視界に飛び込んできたのは、驚くほど深く、そして限りなく優しい眼差しだった。
それは、これまで教室で向けられてきたあらゆる悪意、あるいは見て見ぬふりをする冷淡な視線のどれとも違っていた。
荒れ狂う風のなかにあって、そこだけがぽつりと陽だまりのように温かい。
少年は、坊主刈りが少し伸びただけの短い髪を風に委ねながら、唇の端に穏やかな笑みを浮かべた。
その長身からは威圧感ではなく、包み込むような静けさが漂っている。
「こんにちは。ここからの眺めは、とても素敵ですね」
暴風の唸りに掻き消されることなく、彼の声は耳元へ驚くほど明瞭に届いた。
低く、それでいてどこか異国の風を含んだような、不思議な響きを持った日本語だった。
彼がゆっくりと一歩を踏み出す。その足取りには、激しい風に抗うような力みが一切ない。
まるで大気そのものと調和しているかのように、驚くほど静かに、地を滑るようにして幸との距離を縮めていく。
目の粗いフェンス、濁った海、そして死の誘惑。それらで満たされていた幸の世界に、全く異質な存在が、音もなく滑り込んできた瞬間だった。
鉄錆の匂いと泥を含んだ暴風のなかで、幸は息を詰め、ただ呆然とその少年を見上げていた。
近づいてくる彼の顔容が露わになるにつれ、胸の奥が不意に熱くなるのを覚えた。思わず視線を彷徨わせ、白磁のような頬がじわりと朱に染まっていく。
少年は、ただ背が高いというだけではなかった。
端正という言葉がこれほど似合う人間を、幸は見たことがなかった。
切れ長の涼やかな目元と、意志の強さを感じさせるすっきりとした鼻梁。極限まで贅肉を削ぎ落としたような、彫刻のように美しい輪郭をしている。
それでいて、柔らかなベリーショートの髪型と、その端正な顔立ちに浮かぶ穏やかな微笑みが、近づきがたいほどの美貌を不思議なほど温かく、親しみやすいものに変えていた。
生まれてから一度も、異性と親しく視線を交わしたことなどない。それどころか、最近では人としての尊厳さえ踏みにじられ続けてきたのだ。
これほど純粋で、かつ圧倒的な美しさを持つ存在が、自分のような日陰の者に向けられているという事実に、幸の心臓は激しく、不規則な鐘を鳴らし始めていた。
同じ頃、重い湿気と怒号のような風鳴りに包まれた二階の教室では、全く異なる密度の空気が淀んでいた。
昼休みの喧騒のなか、教室のほぼ中央、窓際の特等席にふんぞり返るようにして座っているのは南雲信也だった。
机の上に不遜に両足を投げ出し、気怠げに最新型のスマホを指先で弄んでいる。
その周囲には、彼の機嫌を伺うようにして複数の取り巻きたちが固まり、卑屈な笑みを浮かべていた。
この教室、ひいては学校全体を支配する目に見えない階層――スクールカーストの頂点に君臨する男。それが信也だった。
父親が弁護士という裕福な環境で育ち、自らも空手で鍛えた体躯を持つ彼は、他者を踏みつけにすることに何の躊躇も抱かない。
彼にとって同級生とは、自らの退屈な日常を紛らわせるための「玩具」に過ぎなかった。
信也の細められた眼光が、獲物を定める肉食獣のように室内をねめ回す。
彼のなかで、新たな愉悦の計画が急速に形を成しつつあった。誰を、どう動かし、どう壊すか。その冷酷な計算が、歪んだ薄笑いとなって唇に浮かぶ。
今回の標的は決まっていた。
二学期が始まって早々、中国の河南省とかいう田舎からやってきた編入生――郷田たかし。
いつも得体の知れない穏やかな笑みを浮かべ、誰にでも親切に振る舞うあの長身の男が、信也の傲慢な自尊心を逆撫でして臨まなかった。
あの余裕に満ちた面構えが、恐怖と絶望に歪む瞬間が見たい。
だが、ただ直接暴力を振るうのでは芸がない。信也の好むやり方は、もっと陰湿で、人間の尊厳を根底から融解させるものだった。
「おい」
信也が低く、よく通る声で呟く。それだけで、周囲の取り巻きたちの背筋がぴたりと伸びた。
信也は弄んでいた定規を机に放り投げると、楽しげに目を細めた。
「あの中国帰りの新入り、ちょっと揺さぶってやる。おいしい役目をやろうじゃねえか」
彼が思い描く筋書きはこうだ。たかしに「命令」を下す。ターゲットは、すでに精神の境界線に立たされているクラスの最底辺、桜井幸。
新参者が生き残るための洗礼として、あの哀れな狂言回しを徹底的に痛めつけさせる。もし従えば、たかしもまたこちら側の家畜になり下がり、幸は完全に破滅する。
もし逆らえば――その時は、あの生意気な大男をこの教室の底へと引き摺り下ろすだけだ。
虐める側と、虐められる側。その両者が苦悶し、足掻く様を特等席から見下ろす。その至上の娯楽を前に、信也の瞳には嗜虐的な光が妖しく宿っていた。
放課後の教室は、夕闇の気配と、いまだ止まぬ台風の遠鳴りに支配されていた。部活動へ向かう生徒たちがまばらに去り、静まり返り始めた空間に、ひときわ冷徹な声が響く。
「おい、新入り。ちょっとこっち来いよ」
南雲信也が、教壇の脇に置かれた古びたプラスチックのバケツを、椅子の背もたれに寄りかかったまま、顎で不遜に指し示した。
その周囲には、須田涼や明美、そして複数の取り巻きたちが、これから始まる「儀式」を値踏みするような目で見つめている。
「そこの桜井幸、最近ちょっと調子に乗ってんだよな。お前、そこのバケツ使って、あいつをちょっと『教育』してこい」
信也の言葉は、明確な命令だった。水を頭から浴びせるか、あるいはもっと陰湿な使い方をするか、それはお前の自由だ――その邪悪な含みが、信也の歪んだ薄笑いに透けて見えていた。
命令を拒絶すれば、明日からの標的が誰になるか、この教室の誰もが理解している。
クラスの隅で、小さな肩をさらに縮めて身をすくませる幸の全身が、恐怖で目に見えて震えだした。黒髪の隙間から覗く横顔は、完全に血の気を失い、絶望に凍りついている。
ついに、あの優しかった少年までもが、自分を壊す側の人間になってしまうのか。
だが、郷田たかしは、その硬職した空気のなかでも、いつもの穏やかな笑みを崩さなかった。
彼は何も言わず、ただ静かに頷くと、信也が指さしたバケツへと歩を進めた。その足音は驚くほどに立ち替わらず、まるで水面を渡る風のように滑らかだった。
たかしはバケツを手に取ると、そのまま黙って廊下の水道へと向かった。蛇口がひねられ、激しく激突する水の音が静かな廊下に虚しく響き渡る。
やがて、なみなみと冷たい水が湛えられた重いバケツを、たかしは片手でまるで羽毛でも持つかのように軽々と提げ、再び教室へと戻ってきた。
信也は満足げに背もたれから身を起こし、取り巻きたちは残酷な期待に瞳を輝かせる。
水を湛えたバケツを手に、長身の影が、びくびくと怯える幸の前へと、静かに、一歩ずつ近づいていった。
なみなみと冷たい水を湛えたバケツを提げ、たかしは幸の目の前でぴたりと足を止めた。
張り詰めた教室内。誰もが、次の瞬間に激しい水飛沫と少女の悲鳴が上がることを確信し、息を呑んでいた。
信也の口元には勝利を確信した醜悪な笑みが浮かび、幸はただ、これから訪れる衝撃に備えて、固く目を瞑り身を縮めていた。
しかし、静寂を破ったのは、あまりにも場違いなほどに穏やかな、あの澄んだ声だった。
「掃除をするように言われたんだ。手伝ってくれると、うれしいんだけど。」
たかしは、怯える幸の視線に合わせるように、その大きな身体をゆっくりと屈めた。長身の影が彼女を脅かすのではなく、むしろ周囲の鋭利な悪意から遮るようにして、
その場に優しい静けさをもたらす。
彼の目には、信也たちに対する怒りも、軽蔑も、あるいは怯えもなかった。ただ、澄み切った秋の空のような瞳で、困ったように眉を下げ、いつもの穏やかな微笑みを幸に向けている。
「一人だと、少し広いから。君がいてくれて良かった」
その言葉は、信也たちの悪意に満ちた「命令」を、まるで最初から純粋な「清掃の依頼」であったかのように、完全に塗り替えてしまっていた。
たかしはバケツから雑巾を一枚取り出すと、大きな、節くれ立った、しかし温かみのある手で静かにそれを絞り始める。
教室の空気が、一瞬にして凍りついた。
信也の顔から笑みが消え、取り巻きたちの間に、困惑と、不穏なざわめきが広がっていく。
幸の思考は、完全に停止していた。
固く閉じていた瞼を恐る恐る開いた視線の先で、大柄な少年が床に膝をつき、丁寧に雑巾を広げている。
頭から冷たい水を浴びせられ、嘲笑の渦に叩き落とされるはずだった。
その覚悟を引き裂くようにして差し出されたのは、あまりにも日常的で、あまりにも無垢な「お願い」だった。
何が起こったのか、彼女の傷ついた心は一瞬、それを理解することを拒んだ。信也たちの残酷な罠なのか、それとも、この編入生がただ状況を掴めていないだけなのか。
しかし、たかしの向ける眼差しには、微塵の濁りもなかった。
彼の手から立ち上る、微かな水の匂いと、静かな所作。それが不思議と、幸の凍りついていた身体の芯を他愛なく解かしていく。
「あ……、うん。いいよ」
掠れた声を絞り出し、幸は弾かれたように自分の机の奥から古びた雑巾を取り出した。カーストの最底辺にいる彼女にとって、周囲の目を引く行動は自殺行為に等しい。
背後に控える信也たちの、刺すような視線が皮膚を焼くように痛かった。それでも、目の前で穏やかに微笑む少年の、その静謐な空気を壊したくないという衝動が、彼女の小さな身体を突き動かしていた。
幸はたかしの隣に並び、バケツの冷たい水に手を浸した。
水を絞り、並んで床に手を突く。二人の手が、規則正しいリズムで木製の床を拭っていく。
嵐の日の放課後、異様な沈黙が支配する教室の片隅で、ただ二人の雑巾が床を擦る音だけが、静かに、優しく響き始めた。
床の汚れが落ち、水に濡れた木目が放課後の鈍い光を反射して、そこだけが妙に清々しく浮かび上がった。
たかしは手にしていた雑巾をバケツの縁に整然とかけると、満足そうにふう、と息をついた。その額には、一切の汗も浮かんでいない。
彼は立ち上がり、その圧倒的な長身を再び教室のなかに聳え立たせると、微塵の皮肉も、悪意も交えない純粋な声音で言った。
「綺麗になった。南雲君は, いい人だね。常に教室のことを気にかけているみたいだ。彼は、学級委員なのかな」
その言葉が静まり返った空間に落ちた瞬間、教室内を支配していた張り詰めた空気が、妙な方向にねじ切れた。
幸は、絞りかけた雑巾を握りしめたまま、息を呑んでたかしを見上げた。そのあまりの無防備さと、あまりの規格外な解釈に、心臓が凍りつく。
南雲信也が「いい人」――この学校の誰もが、口にすることさえ恐れる支配者に対して、これほど的外れで、かつ決定的な侮辱(彼にとっては純粋な賞賛なのだろうが)を放った人間は、これまで一人もいなかった。
信也の顔が、怒りと屈辱でどす黒く変色していくのが分かった。机の上に投げ出されていた足が、ドカ、と乱暴に床に下ろされる。
「……あ?」
信也の喉の奥から、地を這うような低い唸りが漏れた。取り巻きの男子たちが、信也の顔色を伺いながら、たかしを威嚇するように一歩前へ踏み出す。
しかし、たかしはそれらの刺すような視線を受け流すでもなく、ただ不思議そうに、いつもの穏やかな、どこまでも無垢な笑みを浮かべて信也を見つめ返しているだけだった。
その日を境に、郷田たかしという存在の不気味なほどの「底知れなさ」が、クラスのなかにじわりと染み渡り始めていた。
そして、嵐が去った翌日の、英語の授業でのことだった。
教壇に立つオーストリア人の英語教師が、気怠げに黒板を叩き、教科書の朗読を求めてたかしを指名した。
席を立ち上がったたかしが口を開いた瞬間、それまで私語でざわついていた教室の空気が、一瞬にして静まり返った。
彼の口から溢れ出たのは、流れるような、完璧なネイティブの英語だった。RとLの明確な叩き分け、滑らかなリエゾン、精度高く胸の奥に響くような深いテナーの声音。
それは、標準的な日本の高校生が発する「カタカナ英語」とは一線を画す、洗練された本物の言語だった。
オーストリア人の教師が、驚きに目を見開いてチョークを持つ手を止める。彼は眼鏡の奥の瞳を輝かせ、台本にない言葉を思わず口にした。
「Where did you learn to speak such good English?(どこでそんなに素晴らしい英語を身につけたんだい?)」
まるで本国のアメリカ人と対話しているかのような錯覚に陥った教師の問いに、たかしは気負う風もなく、いつもの穏やかな微笑みをたたえたまま答えた。
「I learned English by working as a tour guide at a mountain temple in China.(中国の山寺で、観光客のガイドをしながら英語を学びました)」
その流暢な応酬が教室に響き渡ると、カースト上位の席からも、微かな動揺の混じったざわめきが起こった。
窓際で頬杖をつきながらその様子を眺めていた須田涼が、形の良い唇をわずかに歪め、拍手をするようにペンを指先で回した。
「さすが帰国子女。やるね」
涼の言葉には、称賛の裏に、獲物を値踏みするような鋭い観察眼が隠されていた。自分が汚れることを嫌う彼は、この異質な編入生が、既存のカーストにどう影響を及ぼすかを冷徹に計算しているようだった。
そして、教室の片隅、一番後ろの席で小さくなっていた桜井幸は、教科書を握りしめたまま、ただ呆然とたかしの背中を見つめていた。
(すごい……)
彼女の唇から、小さな感嘆が零れ落ちる。
中国の、山寺。そこで何をしていたのかは分からない。けれど、自分の世界があまりにも狭く、息苦しい檻のようであるのに対し、目の前に立つ彼の背中は、どこまでも広大な世界の息吹を纏っているように見えた。その圧倒的な違いが、幸の胸に、切ないほどの憧憬を抱かせていた。
たかしが周囲に与えた衝撃は、教室内にとどまらなかった。
むしろ、その本領の一端が剥き出しになったのは、陽の光が激しく床を照らす体育館、ミニバスケットボールの授業においてだった。
キュッとゴム底が床を擦る高い音が響く中、カースト上位に属するバスケットボール部のエースが、ボールをバウンドさせながら不敵な笑みを浮かべていた。
彼はクラスの男子たちの羨望を一身に集める存在であり、体育の時間はまさに彼の独壇場、自らの優位性を誇示するための格好の舞台だった。
「おい、新入り。ちょっと遊ぼうぜ」
エースはたかしを挑発するように、激しいドリブルで揺さぶりをかける。信也や涼が見守る中、彼は編入生を徹底的に翻弄し、恥をかかせてやるつもりだった。
だが、その目論見は最初の1秒で完全に粉砕される。
エースが電撃的なドライブでたかしの右側を抜こうとした瞬間、そこにあるはずの長身の影が、文字通り「消えた」。
足音すらしない。ただ一陣の、衣服が擦れる微かな風の音がしただけだった。次の瞬間には、たかしはエースの死角、真後ろに音もなく回り込んでいた。
「え――」
エースが驚愕に目を見開いた時には、すでにその手からボールの感触が消えていた。
たかしはいつの間にか、まるで最初から自分の所有物であったかのように、大きな手のひらでボールを優しく包み込んでいる。
そこからは、試合という名の、完全なる「遊戯」だった。
バスケ部としてのプライドを激昂させたエースが、必死の形相でディフェンスに回る。左右に激しくフェイントをかけ、身体をぶつけて止めようとするが、たかしの肉体には一切触れることすらできない。
たかしはまるで、大気そのものとなって体育館を回遊しているかのようだった。
無駄な力みが一切ないその動きは、走っているというよりは、床の上を滑っている。
エースがどれほど手を伸ばしても、たかしは柳の枝のようにその追随をかわし、常に一歩先、あるいは完全に相手の死角へと入り込んでいた。
まるで大人が、歩き始めたばかりの幼児の相手をしているかのような、圧倒的な実力差。
パサリ、と静かな音を立てて、ボールが綺麗な弧を描き、一切リングに触れることなくネットを揺らす。
たかしは息一つ乱さず、いつもの穏やかな笑みを浮かべて、呆然と立ち尽くすエースに歩み寄った。
「良い汗をかきましたね。ありがとうございます」
体育館全体が、静まり返っていた。誰もが言葉を失い、コートの中央に立つ、底知れない怪物のような少年を凝視していた。
カーストという狭い檻のルールなど、この男には一切通用しないのではないか――そんな予感が、冷たい粟となって、観客席の生徒たちの背中を駆け抜けていった。
たかしの振る舞いは、常に水が低きに流れるが如く自然で、そこに一切の衒いも下心もなかった。
ある日の放課後、日直の任務をこなしていた幸が、背伸びをしながら黒板の上方に残ったチョークの跡を消そうと苦戦していた。
爪先立ちになり、華奢な腕をいくら伸ばしても、あと数センチメートルが届かない。諦めかけたその時、背後から音もなく伸びてきた大きな手が、さりげなく黒板消しを受け取った。
振り返るまでもなく、微かに漂う清廉な大気の気配で彼だと分かった。
たかしは何の力みもなく、長い腕をひと振りして黒板の最上部を滑らかに拭い去る。
「ここ、少し残っていたね」
いつもの穏やかな微笑みに、幸は耳まで熱くしながら「ありがとう」と蚊の鳴くような声で返すのが精一杯だった。
また別の時には、職員室から持ち込まれた身の丈ほどもある重い模造紙とプリントの山を、幸が今にも押し潰されそうになりながら運んでいると、たかしがいつの間にか隣に立ち、その大半を「僕が持つよ」と羽毛のように軽々と引き受けてしまった。
これほどの圧倒的な長身、彫刻のように整ったイケメンでありながら、カーストの底辺にいる者にさえ隔てなく向けられる無尽蔵の親切。
現代の刹那的な流行には疎く、流行りのJポップも知らないという少年の持つ「浮世離れした純粋さ」は、閉塞した教室の女子たちの心を瞬く間に捉えていった。
休み時間のたびに、彼の席の周りには、これまで信也や涼の顔色を窺っていた女子たちが、憧憬の眼差しを隠そうともせず集まり始めていた。
たかしの好感度は、天井知らずで急上昇していった。
だが、その華やかな陽だまりの光景を、教室の最も深い陰から、ぞっとするほど冷徹な目で見つめている女子がいた。
黒峰明美。南雲信也の恋人であり、この学園のあらゆる情報の底流を支配する少女。
明美は窓際の席に深く腰掛け、長い黒髪の隙間から、女子たちに囲まれて困ったように笑うたかしを凝視していた。
その瞳には、嫉妬とも怒りとも違う、ただ均一で、冷酷な拒絶の光が宿っている。




