第六十七話 冬の先駆け
「ファイエルンの乗合馬車は順調だな」
今まで不定期だった乗合馬車は、休息日を除く週五日毎日運行とした。
乗車率は減ったが、利便性の向上と定期便効果で乗客自体は増えた。
冬になればいずれも減便するだろうが……冬は冬でスキー場が始まる。
第一ゲレンデはほぼ完成し、あとは雪を待つだけ。この冬をイセリア様が楽しく過ごせれば別荘を検討してくれるはず……。
いや、別に本命は採掘権だからイセリア様の意思は関係ないのだが、その気になってくれるのに越したことはない。
「……と言うか、本当に収支すごいな。これならフーガに頼らなくても来年工事できるんじゃないか?」
ライラの作った帳簿を見ながら、その収入の増え方に感嘆した。
「そうですねぇ……臨時出費がなければおよそ月150小金貨貯まりますから」
「それなら冬の食費を保存食で賄えば、春には500金貯まるな。まぁフーガが出してくれる方が良いんだが」
「そうなんですか? 採掘権独り占めした方がお得そうですけど……」
「利権というのは独占すると敵を作る。大きすぎる利権はわざと与えて、自分から守るように仕向けるのさ」
「なるほどぉ……」
「ま、それに山ゴブリンも冬に川浚いさせたらキレるだろう。来月の金が入ったらホッホラント用の魔導馬車も増やして、スキー場を開始するとしよう」
「スキー場はいくらにするんですか?」
「今年は無料だ。リフトも無いただの小山だからな。せいぜいソリと小さなスキー板の貸し出しくらいだ。おっと、それも注文しておかないとな」
「私スキーって初めてです! どんな風に滑るんですか?」
「木板を両足に固定して滑るんだ……元々新雪の上を歩く為の器具なんだが、ランディが得意でな。雪の積もった林の斜面を、一気に駆け下りてた」
「……それ、めちゃくちゃ危険じゃないですか?」
「まぁ……あいつは蛮族だから。一般人はケガしやすいからな、治癒院と宿、温泉も儲かるぞ」
「そういう言い方、良くないと思います!」
ライラが怒った。事実だと思うんだが……。
「ただ作った所で、客が呼べなきゃ仕方ない。そこはやっぱりイセリア様だな」
「今やジュナイブ女子の憧れですからね。やっぱり大公女って凄いです」
「うむ。言うなればインフルエンツァだな」
「インフルエンツァ?」
「ロマリア語で『星々の影響』と言う意味だ。フランツの太陽王しかり、大公家を表すにこれほど適した言葉はあるまい」
ヴィクトルの言葉に感嘆の息を吐くライラ。
「はー……ヴィクトル様は本当に博識ですね。私よりロマリア語に精通してるなんて」
「うむ……何故かは知らんが、冬が来るたびにこの言葉が頭に過ぎるんだ。調べたら良い言葉だったので覚えたんだが……」
「何か気になることでも?」
「……なぜか悪寒が走ることがある。良い意味とは裏腹に、恐ろしい言葉でもあるのかも知れない」
「冬のインフルエンツァですか……何でしょうね」
――コンコン
「失礼します。ヴィクトル様にご報告が」
「フェルディナか、どうした?」
「巡礼者に病持ちが増えております」
「……感染症か?」
「多くは結核か、冬の風邪かと。いかがされますか?」
「出来るだけ隔離しろ。宿屋を与えるかわりに市場への往来を禁止し、食事は部屋で取るように。宿ではドクダミ茶を与えてやろう」
「畏まり――ゲホッゲホッ――……失礼しました」
「おいおい、フェルディナも風邪か……?」
「熱が出るほどではありませんが……駐屯所も少々冷えてきましたので」
「ふむ……辛ければ無理せず休め。そのためのゴッズだ」
「はい、ありがとうございます」
咳を抑え、フェルディナは静かに部屋を去った。
「……心配ですね。治癒の水も用意してあげましょうか」
「ポーションで治るのか?」
「いえ、喉が癒されるだけで、病までは……」
「だよな……ま、それなら温めたワインとドクダミ味のポーションでも差し入れてやろう」
「はい!」
――
※ゲホッゲホッ
※コンコン……コン
市場を往来する人々が皆、口々に咳を払っていた。
「……完全に流行ってるな」
「はい……どうしましょう?」
「こうなると感染は止められん。ゴブリンは特にまずい。群で一斉に感染するだろう。感染者専用のクル作って隔離する」
「はい……治癒院は……」
「ライラが感染するのが一番まずい。ポーションだけ届けるようにしろ」
「すいません……私が抗生の水を作れれば……」
「そんなのはいい、それより自分の身を――」
――コンコン
「アクアライナです。お客様をお連れしました」
「アイナか……今は感染症が広がっている。来客対応は……」
「それが、メディスン家の方です」
「もしかして、レイラ!?」
「なんだと!? すぐ会おう」
ガチャリと扉が開き、アイナに促されてライラそっくりの……胸は控えめなシスターが入室した。
「……ライラ姉さん……会いたかった」
「あぁ……レイラ! また会えるなんて!」
感極まって抱き合う二人。名前も似てるし、実にそっくりな姉妹だ。
「……正統教会が便宜を図ってくれたか。よく来てくれた」
「お初にお目にかかります。この度、アルゴス・シュタットの治癒院に赴任となりましたレイラ・メディスンと申します」
その若さに似合わず、ひらりと淑やかな礼を見せるレイラ。
「アムズフェルト家当主ヴィクトル・アムズフェルトだ。ちょうど人手不足で困ってたんだ、よろしく頼む」
「魔力は姉さんに遠く及びませんが……がんばります」
「念の為聞きたいんだが……抗生の水は作れるか?」
「いえ……私も古式派なので……でも」
「うむ?」
「今各地で広がっているこの流行り病には、抗生の水が効かないと、ロレンツェでも噂になっていました」
「ふむ……この風邪はロマリアから来ていたのか」
「発端はロマリアに来た巡礼者からでしょうが……なんにせよ、この風邪には治癒と活性の水こそ役立ちます! おかげで今ロマリアでは古式派が大人気!」
「そうなの!?」
「そうよ姉さん、おかげで実家もちょっと潤ってるわ。これは大儲けのチャンスなのよ!」
「レイラ!?」
妹は結構俗っぽいんだな。まぁ姉が奴隷に取られたらそうもなるか。
「私はもうこの風邪を経験済みだから治癒院はお任せください! ヴィクトル様……いえ、お兄さま! 是非、古式派正統教会の加護を民衆にお伝えください!」
両手を広げ煌々と宣言するレイラの姿、アイナが若干引いてる。
「やる気満々なのはありがたいが……民衆の半分はゴブリンだぞ? 大丈夫か?」
「……ゴブリン?」
意気揚々と馳せ参じたレイラ・メディスンだったが、ゴブリンに恐れ慄き、結局ライラと共にポーションの配布に注力した。
流行り風邪は一月もの間流行したが、治癒院からドクダミ茶やポーションを無料で配布され、日々安息に過ごした多くの住民は深刻な被害を出さずにすんだ。
ゴブリンは元々が野生児。一斉に感染したため食料が途絶えれば恐らく尋常ならざる被害が出ただろうが、食料さえあれば終息も早かった。
ただ、ジュナイブを始めとした各地の都市では、貧者に多くの死者が出始めていると言う。
この冬を前にした流行り病の名は、まだつけられていない。
――ライラの帳簿(現金) 十一の月
【現金収入】
乗合馬車(25往復×12席)
カルデロ便 乗車率2.5割 =300ソル
ジュナイブ便 乗車率1.5割 =180ソル
◆小計 480ソル
宿 約200人 =200ソル
入湯料 約150人 =150ソル
人頭税 250人 =250ソル
◆計 1080ソル ≒108ダリヴル
【現金出費】
ゴブリン小遣い(200匹)
250ソル≒25ダリヴル
◆教会税(二割)≒22ダリヴル
◆計 47ダリヴル
◆収支 108-47 =61ダリヴル黒字
◆累積現金残高 91+61 =152ダリヴル
――フーガの帳簿(預金) 十一の月
【収入】
ジュナイブ商隊
往復通行料(4隊×4輌) 320ソル
傭兵料(1ダラス18銀×8日) 144ソル
◆小計 464ソル
フーガ商隊
往復通行料(2隊×4輌) 160ソル
傭兵料(半ダラス12銀×4日) 48ソル
◆小計 208ソル
家賃
集合住宅 45戸 =450ソル
職人街 6戸 =180ソル
冒険者ギルド =100ソル
◆小計 730ソル
◆合計 1402ソル ≒140ダリヴル
【出費】
食費
※卸値六割
日常食費(430人×0.75ソル) 323ソル
備蓄積み立て(15日分) 161ソル
◆食費合計 484ソル
人件費
アクアライナ 90ソル
ヴォルフ 60ソル
フェルディナ 60ソル
ゴッズ 30ソル
ブランドル 60ソル
鍛冶師ギルド 100ソル
◆人件費合計 400ソル
建築費
石材加工費 240ソル
複合住宅建設費 フーガ負担
◆建築費 240ソル
◆教会税(収入の二割) ≒280ソル
◆合計 1404ソル ≒140ダリヴル
◆収支 140-140 =0
◆預金残高 87+0 =87ダリヴル
トータル収支
61+0=+61ダリヴル黒字
残高
現金152ダリヴル
預金87ダリヴル
合計残高263ダリヴル
★複合住宅(10/40軒)
二軒建設中(1/3ヶ月)
★食料備蓄(120日)
ロマリア風邪で乗合馬車と宿が大打撃……
早くみんな元気になってほしいな。
ドクダミ茶、もっと増やさないと!




