第六十四話 大切な存在
「生命の輝きよ、清き水に満ちよ……」
ライラがアロエの液体に活性化の祈りを捧げ、その液体を布に浸していく。
――ペチョン
「ヒョ!」
寝台に横たわるブランドルのしわがれた背に、アロエの湿布が巻き付けられた。
「はい、弱った心臓に当てて活力の軟液を貼りました。どうですか?」
「おぉ……なんとなく楽になりましたのじゃ」
「ゆっくり浸透しますので、朝と夜に貼り直します。ただ……心臓自体が良くなるわけではありません。無理はしないようにしてください」
ライラが優しくブランドルの背中をさすりながら言う。
「……承知しました」
「まったく……あまり心配させるな。メイドがすぐ気づかなければどうなっていたことか……」
「ピィ」
「わしもそろそろお迎えが近いのでしょう……ゲホッゲホッ……」
「お、おい、爺?」
「若……貯金と……お子を……何卒っ!」
「わ、わかった……子どもはともかく貯金はするから……」
「約束しましたぞ?」
ブランドルはひょいっと起き上がった。
「む……騙したなタヌキ爺」
「ホッホ、タヌキとはなんのことやら」
「なんにせよ……爺はしばらく休養だ。錬金術はアイナに引き継いでおいてくれ」
「ええ、火の薬の扱いは仕込んでおります。弟子達にも文は送っておきますので、ご心配召されるな」
「本当に心配なければいいのだがな……」
――
ブランドル不在の影響はすぐに出始めた。
「待て! 逃げるな!」
「ギィーー!」
「くそ……石運びと聞いて逃げやがって……かくれんぼを鍛えた悪影響か」
ゴブリン自体は決して勤勉ではない。ヴィクトルの目が届かないゴブリンが、サボり始めていた。
「完全に監督と教育が足りん……どうするか」
息をつくヴィクトルの肩に大きな手がかかる。
「ガァー」
「ガードか……そうだな、オレも少しバロンを見習うか」
「ガァ?」
「ゴブリンの中から隊長を決めよう。先ずはエリートからだ」
「ガガァ!!」
ヴィクトルはゴブリンの中から隊長格を定め、各班の監督役に据えることにした。
「偵察隊。お前たちは監督と監視だ」
「「ギギィ」」
スカウトを隊長とした偵察隊が一斉に呼応する。
「重装隊。お前達は実質的なボスだ」
「「ガァァ!」」
体の大きなホブゴブリンの重装隊。野生に近いほど、彼らに従うだろう。
「穴掘り指導、ディガー隊。銃撃指導、スナイプ隊」
「ディディ!」
元気よく返事をするディガーと、静かに頷くスナイプ。
「そして……教育指導、ジョーカー隊」
「ジィ……ギィヒヒヒ!」
硬く伸びた爪を舌舐めずりするジョーカーとその部下。前々から思ってたが……こいつらゴブリンじゃない気がする。まぁいいけど。
「ガードが命令、スカウトが監視。他が指導だ。言う事聞かない奴はしっかり分からせてやれ」
「「ギギィ!!」」
――
指導を厳しくするため、軍事訓練を増やす。
「構え! 狙え!」
――ぽふん
「ギィ?」
「……また不発か……暴発よりはマシだが」
アイナの作った薬莢は精度がいまいちだった。
「アイナ、弾薬の火薬が湿気てるぞ」
「すいません……乾燥工程で水が混じっちゃうみたいで……」
「属性の問題か……水使いに火薬製造は向いてないな」
「ひえん……そんなダメな子を見るような視線向けるのやめてくださいよぅ」
「まぁ火使いが来たら引継ぎだな。アイナは治癒院と果樹園に配置換えだ」
「はぁい……」
「豚と馬の水も頼むぞ」
「えーん、やっぱり私なんて……移動する井戸扱いなんだぁ!」
泣き言をいいつつ泣き真似をするアイナ。
「井戸が不足してるんだからしょうがないだろ……冬になれば大仕事が待ってるぞ」
「大仕事?」
「造雪さ。ホッホラントが寒くても、雪だって毎日降るわけじゃないからな」
「私、氷までは使えませんよ?」
「使える必要はない。氷点下なら水なんて勝手に凍る」
寒気を感じたアイナが両手で自分の体を抱く。
「もしかして……寒風の中で霧吹きしろって言ってます?」
「ハハハ、暖かい服は用意しておけよ」
「やだぁーーー!!」
アイナが逃げないように年間契約し直そうかな。
――
街へ降り、市場を巡ると柘榴石の装飾品が売られていた。
「ほぉ、いい仕事だな」
原石の時とは比べ物にならない輝き、細工師によって楕円に磨かれたガーネットが美しいブローチになっていた。
「ありがとうございます。ただ……この街じゃなかなか売れませんね」
「まぁ……そうだろうな」
周囲をみれば屋台とフェブリン、建設現場と職人、巡礼者と難民……宝石など見向きもされない。
「ギルドを通してジュナイブに卸す方が良いだろうな。こういう品は店構えが無いと偽物だと思われる。そのブローチはオレが買おう」
「ありがとうございます!」
一金貨を差し出し、親指サイズのブローチを購入する。ライラへの土産にちょうど良いだろう。
「ピィー! ピィー!」
「うん? あれはオカミか」
宿屋の方向、外のかまど場でオカミが小柄な巡礼者にしがみつかれていた。
「ギュー! ギュー!」
「ピィーー!」
「おい、何をしている!? この街ではフェブリンは庇護対象だ。手を出すのは許さんぞ!」
「ギュル?」
オカミの背にしがみつく小さな巡礼者。そのフードから垂れ下がる黒く長い髪、隙間から覗く薄緑の肌……。
「ハーフゴブリン……混ざり者の巡礼者か」
小柄なハルプの巡礼者は、まるでやっと再会した母でも見つけたかのように、涙を流してオカミに頬ずりしていた。
――ライラの帳簿(現金) 九の月
【現金収入】
乗合馬車(7往復×24席)
カルデロ便 乗車率7割 =236ソル
ジュナイブ便 乗車率6割 =202ソル
◆小計 438ソル
宿 約300人 =300ソル
入湯料 約200人 =200ソル
人頭税 220人 =220ソル
臨時収入
柘榴石 20個×5銀貨 =100ソル
◆計 1238ソル ≒124ダリヴル
【現金出費】
ゴブリン小遣い(200匹)
250ソル≒25ダリヴル
教会税(二割) 25ダリヴル
◆計 50ダリヴル
◆収支 124-50 =74ダリヴル黒字
◆累積現金残高 339+74 =413ダリヴル
――フーガの帳簿(預金) 九の月
【収入】
ジュナイブ商隊
通行料(4隊×4輌×2往復) 320ソル
傭兵料(1ダラス×8日) 144ソル
◆小計 464ソル
フーガ商隊
通行料(2隊×4輌×2往復) 160ソル
傭兵料(半ダラス×4日) 48ソル
◆小計 208ソル
家賃
集合住宅 35戸 =350ソル
職人街 6戸 =180ソル
冒険者ギルド =100ソル
◆小計 630ソル
◆合計 1302ソル ≒130ダリヴル
【出費】
食費
※卸値六割
日常食費(430人×0.75ソル) 323ソル
備蓄積み立て(15日分) 161ソル
◆食費合計 484ソル
人件費
アクアライナ 60ソル
ヴォルフ 60ソル
フェルディナ 60ソル
ゴッズ 30ソル
ブランドル 60ソル
鍛冶師ギルド 100ソル
◆人件費合計 370ソル
建築費
集合住宅 石材加工費 240ソル
建築費 フーガ負担
◆建築費 240ソル
教会税(二割) 260ソル≒26ダリヴル
◆合計 1370ソル ≒137ダリヴル
◆収支 130-137 =▲7ダリヴル
◆預金残高 87-7 =80ダリヴル
トータル収支
74-7=+67ダリヴル黒字
★集合住宅二軒 建設中(2/3)
★食料備蓄(90日)
現金がだいぶ貯まってきたよ!
そろそろフーガさんに預けた方がいいかな?




