第六十三話 天秤の担い手
「閣下、石橋建設にあたって石工ギルドより採掘権の要請が来ております」
避暑と商館の監督に来ているフーガから、石工ギルドからの報告が上がった。
「……来たか。採掘地点は?」
「アムズフェルト管理区域から、川上の石材と」
「ダメだ、アムズフェルト管理区域からの採掘は許さん。川上から取ると治水にも影響がある」
「……しかし、石材が足りませんぞ。川下からの石材運搬は重労働。石工ギルドから不平がでます」
「アムズフェルトが負担すべき石材はゴブリンに運ばせる。関所とフランツ側はフランツ側から採掘させるべきだろう」
「……ゴブリンに採取させている柘榴石の心配ですか? スキー場建設と言い、そろそろ私にも一枚噛ませてもらえませんかな?」
フーガも聡いことだ。まぁどちらにせよ資金は必要か。
「貴殿……フランツと帝国の天秤を均す自信はあるか?」
「む……?」
「事が公になれば、領土戦争にすら繋がる。その渦中に身を置く覚悟の有無を問うている」
ヴィクトルが両手を口元で組み、フーガに鋭い視線を向ける。
「……もはやアルゴス・シュタットとフーガ家は切っても切れぬ縁。御用命とあらば軍備への協力もいといません」
「……ならば、貴殿には帝国側についてもらいたい」
「む……?」
怪訝にフーガの眉が上がる。
「フランツ側は石工ギルドからグランベリーを通じて情報を得ていることだろう。このままではフランツ勢力の食い込みをアムズフェルトが受けることになる。そこで、貴殿には帝国の呼び水となってもらいたい」
「そこまでする利権とは一体……?」
「水晶だよ、大商人ジェイコプ・フーガ殿」
「……!?」
貴族、教会、富豪は元より工房や一般家庭でも珍重される高級魔導資源……フーガの目が大きく見開いた。
「水晶の一部がモンフェランの上流で見つかった。まだ確定ではないが……昔からレーヌ・ド・グラースにはお宝が眠ると言われている。それが水晶窟である可能性が高いと、オレは見ている」
「で、ではスキー場建設は……」
「その探索と採掘の為の経路だ。柘榴石の採掘地ではすでに少量確認できている」
「な……なるほど」
「土地をアムズフェルトが支配し、採掘利権をフーガ家が得て帝国に流せば、フランツも川を越えて介入できまい」
「閣下は帝国の介入を避けていると思っていましたが……」
「誰も好んで関わろうとは思わんが、放っておけば双方向から押しつぶされる。大国には大国だ」
両の手をゆっくりと重ね合わせるヴィクトル。
「……採掘権に必要な資金は?」
「柘榴石までで500金貨。水晶まで至るにはその二倍はかかろう」
「さ、さすがにその金額は……既に商館と石橋で資金が……」
ダラダラと流れ落ちる汗を拭き始めるフーガ。
「その資金源……イセリア・アンティローネ様のご実家ならどうだ?」
「イゼル帝国……いえ、イゼル公国側にお話を持ちかけよと?」
「そうだ。アムズフェルトは帝国と取引はしない。あくまでイゼル大公家との取引だ」
そもそもアムズフェルト家は帝国のバニシュ、互いに取引相手とはなり得ない。だが大公家と直取引なら話は別だ。
「表向きは元イゼル公国大公女のバカンス。実態はその奥にある採掘権。事業繰りはフーガ家。実働部隊は南アルゴス同盟だ。フランツを抑え込むには十分だろう」
「……我が姫に、相談してみましょう」
「回答は来春までだ。この冬には第一ゲレンデを完成させる。石橋はせいぜいゆっくり建設させるといい」
「承知いたしました。ヴィクトル・アムズフェルト閣下」
――
「ドル爺、今後火魔導師が必要になる。呼べるだけ呼んでくれ」
「ふむ……役割は?」
「基本は傭兵団の着火係だ。乗合馬車を増やす。魔導蒸気の運用にも必要になろう」
「水と風はよろしいのですな?」
「水は大家で集まってるからな。水も風も必要な時に求人をかければ十分だろう」
昔から水使いは都市に、風使いは商隊や農家に多い。火使いと言えば騎士だったが……最近はもっぱらボイラー係だ。
「では日当2銀で4人。アムズフェルト関係者で足りなければアカデミーに求人をかけておきましょう」
「うむ、それだけいれば乗合馬車の護送には十分だろう。人出が増えれば定期休暇も与えられる。月25日の運用でよかろう」
「……採掘資金の目処は立ちましたかな?」
「フーガが噛んできたからな。イセリア様を巻き込むことにした。あの様子ならいくらかは引き出せるだろう」
「やれやれ……わしはもう少し貯蓄していただきたいのですが」
「物資は順調に溜め込んでいるさ。金というのはな、動かしてこそ価値があるのだ。溜め込んだ金貨など、腹の足しにもならん」
「若がもう少し早く産まれていたら……アムズフェルト家は今も健在だったかもしれませんな」
「だとしたら……こんなに必死には働いていないさ。冒険者に憧れ、騎士の道を邁進し、時代に踏み潰されていたことだろう」
二人は遠い目で、かつての故郷のあった南東の空を眺めた。
「ヴィクトル様! ヴィクトル様!」
バタバタと慌てふためいたライラが執務室に飛び込んだ。
「どうしたライラ?」
「子豚さんと羊さんが一斉に産まれて大変なんです! すごくかわいいんですよ!」
治癒院の近くにお産間近の家畜達を集めていた結果、数え切れない家畜の赤ちゃんがライラの元に集まったらしい。
「ぷっ……それは一大事だな。爺、オレも行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃいませ」
ヴィクトルはあまりにも平和な事件に軽く吹き出し、ライラと手を取り合って走り出した。
「……ライラ様との出会いが、一番の変化であったのかもしれませんな。お子も早く欲しいところですが……まぁまだお二人で仲睦まじく……ぐっ!」
若い二人を見送った老魔導師が、胸を抑えてうずくまった。
――ドクン
心臓を締め付ける痛み。ヒューヒューとか細い呼気の音を立てながら、ブランドルが膝をつく。
「まだ……まだじゃ……どうか、神よ……」
ブランドルは執務室で一人、胸を抑えたまま倒れ込んだ。




