第五十七話 赦された帰り道
「マグダレナ様からアロエの株分と贖宥状を書いてもらったので、寄進してから帰りましょう」
聖堂で待っていると、トゲトゲ植物の鉢植えと羊皮紙を持ったライラが修道院から戻ってきた。
「アロエは分かるが、贖宥状ってなんだ?」
「罰の赦しを証明する物です。ヴィクトル様も石橋建設のために寄進すると貰えますよ」
「あぁ……免罪符って奴か。別に罰を受ける覚えはないが」
「そう呼ばれる事はありますが、少し違います。罪を免じるわけでは無く、罰を赦すものです。お肉を食べたり贅沢するのも罪ですから、そう言う罪の罰を免じてくれるのです」
「……違いがよくわからんが、教会の商売なのはわかった」
「その言い方は良くないですよ……マグダレナ様の名でフェブリンの贖宥状が出されたのですから、帰りも安心です」
「わかった。いくらぐらい寄進すればいいんだ?」
「アロエも貴重ですから……金貨三枚ほどで」
「結構なお値段だな……」
「アロエはそのままでも軟膏になりますし、魔素の通りが良くてポーション水の代わりになるんですよ」
「なるほど、治癒要らずならぬ、アイナ要らずか」
「ふぇ!?」
口一杯グランベリーを頬張ってたアイナがビックリしている。
「あんまり欲張って沢山食べるなよ。寄進して帰るぞ」
帰りに3金貨を聖堂の寄進し、贖宥状の代わりに干しグランベリーを貰うことにした。もちろんすぐにフェブリンらのおやつに消える。
聖堂では石橋と関所建設のための寄進に大勢が立ち寄り、贖宥状やポーションを配布してもらっていた。
――
「ピィ、ピピィ!」
巡礼杖に贖宥状をかざし、誇らしげにピィピィ行進するフェブリン一同。
愛らしい鳴き声、自信に満ちた態度、そして修道院の威光が揃った彼女らは、街を堂々と練り歩き、屋台での買い物もした。
奇異な目で見られつつも、石も罵声もなく、一同は平穏にグランベリーの街を出ることができた。
「問題はクレール・モンフェランだが……」
「もし……旦那様方、モンフェランへ向かわれるなら私もご一緒できますでしょうか……」
街を出てすぐ、行きに見かけた物乞いに声をかけられた。
「うむ? まぁ勝手についてきて構わんが……その足でついてこれるのか?」
「感覚はありませんが、杖があればなんとか……」
巡礼服の物乞いは顔を伏せたまま、よろよろと立ち上がった。
「と言うか、なんか見覚えあると思ったが……お前ゴッズだろ?」
「うひィ!?」
「あら、ゴッズさんだったんですか?」
「そもそも冬にモンフェランに向かった巡礼者なんてゴッズぐらいだからな」
「……はい、申し訳ありません」
フードを脱ぎ、頬が痩せこけた髭だらけのゴッズの顔が露わになった。
「まぁいい……変な気は起こすなよ。アイナ、乗せてやれ」
「え〜……どうぞぉ」
汚らしいものを見るかのようにライラが後ろを向き、ゴッズがよじ登る。
「あ……ありがとうございますぅ……」
「ちょっと、へばりつかないでください!」
ゴッズを仲間に加え、カッポカッポと歩き出す一行。
「モンフェランはそんなにキツかったのか? 橋は無くとも道は均してあっただろう?」
「それが……雪で道がわからなくなって、一旦登ったら雪崩に巻き込まれ、雪解けまでろくに動けず……」
「大変な試練でしたねぇ……」
それだけ罪が重かったんだと言わんばかりに、うんうん頷くライラ。
「今後は雪でも見える標を用意しておこう……それにしても、逆によく生きてたな?」
「火が使えるのでなんとか……」
「そうか、腐っても騎士だったか」
火の魔素を取り込んで体温は保持できても、末端まで耐えきれなかったか。
「命からがらグランベリーに辿り着き、帰りは橋ができると噂を聞いて、それを待っておりました」
「ふむ……その橋が無事ならいいがな」
日が暮れる頃、クレール・モンフェランにたどり着いた。
人々は既に帰路に付き、静かな黄昏の宿場町。出来れば泊まりたかったが、そんな気は起こらない。
ただ人々の目は憎悪よりも、困惑に満ちているようだった。
「ピィ! ピピィ!」
これ見よがしに贖宥状をかざすメイドが敢えて先頭を歩く。
『主たる神の威光と、大天使エセリエルの慈悲、そして教皇の権威によって、汝らゴブリヌスなる忌み名を与えられしその罪と罰を赦免し、汝らにフェブリンの名を与え、解放する。聖グランベリー修道院アベッサ・マグダレナ』
古式の言葉で書かれたその贖宥状の文面を、フェブリンも住民も理解できていまいが……その威信は確かに伝わっていた。
クレール・モンフェランを通り抜け、モンフェランの谷へと向かう。
その道中で若い猟師の男が一人、茂みから石を投げた。
「ビィ!」
メイドの側頭部に当たり、ぐらつく体を杖で支えると、贖宥状がひらりと落ちる。
「なんだ! こんなもん!」
贖宥状を踏みつけようとする若い猟師。それを身体で庇うメイド。猟師の足が何度もメイドを踏みつけていく。
「……橋を落としたのは、貴様だな」
ピタリ、その足が止まった。
「な……何を証拠に……」
「谷への道に罠でも仕掛けてきたか?」
「……」
男の視線が泳ぐ。
「夜半、山に潜み、罠猟の心得があるクレール・モンフェランの住民。その中で教会の権威を恐れず、ゴブリンを恨む者。貴様の他にはおるまい」
「お、俺だけじゃねぇ! ゴブリンなんて、みんな嫌ってる! 俺の姉ちゃんも、宿屋の娘も、ゴブリンに殺されたんだ!!」
「それがどうした。お前の悲哀も憎しみも、罪を犯して良い理由にはならん」
――シュラン
ヴィクトルの剣が、鞘から抜かれた。
「冥土の土産に教えてやろう。ゴブリンが女を殺すと言う事はな……貴様らもゴブリンを殺し過ぎたと言うことだ!」
ヴィクトルの剣に、業火の如き炎が噴き出す。
「ひっ!」
若い猟師の男は恐れをなし、逃げるように森へと姿を消した。
「……ふん、これだけ脅せば十分だろう」
ブンと剣を振って、鞘に収めるヴィクトル。
「ほんとにやっちゃうのかと思いましたよ」
アクアライナの言葉にゴッズが頷く。
「ここで手を出すわけ無かろう。橋の向こうなら話は別だがな」
「ピィ……」
メイドの額に血が流れる。
「ライラ、治癒してやってくれ」
「はい」
「ビィ!」
「うん? 大丈夫?」
「ほんとに? 我慢しなくていいのよ?」
「ピィ!」
「ハハハ、まだ試練は終わってないとさ」
「そう……じゃあ気をつけて帰りましょうね」
「ピィ!」
メイドは贖宥状を大事そうに懐にしまい、帰路の道をのっしのっしと歩き始める。
――ズボッ!
「キィーー!?」
そして数歩先ですっぽりと穴に落ちた。
「言わんこっちゃない……穴に気をつけて進め」
「ピィ……」
翌日、ゴッズとフェブリンらは長い巡礼の旅を終えた。




