第五十七話 メスゴブリンの洗礼
神の果実グランベリーの果樹園。多くの修道女が果樹一本一本に活性の祈りを捧げている。
中央に鎮座する厳かな修道院の庭でマザー・マグダレナはメスゴブリンに振り返った。
「ゴブリヌス……本当に、巡礼に来たのですね」
「キィ……」
「はい、彼女達はアムズフェルトの庇護のもと、グノシス神父の教導を受け、正しき道を歩んでおります」
マグダレナが一息嘆息し、ライラを諌める。
「例え至る先が同じでも、人と魔物の道は決して重なりません」
「それは……」
ライラが言葉に詰まる。
「これは教義ではなく事実。過去ゴブリヌスの教導を試みた者がいなかったわけではありません。その何れもが、悲劇に終わりました」
「詳しく聞かせてもらえないか?」
ヴィクトルが腕組み尋ねる。
「どれだけ教導しても、ゴブリヌスには文字と言葉が残らないのです。故に人の約定は破られ、女性が襲われ争いが生まれる」
「キィ……」
「ライラ・メディスン。ヴィクトル・アムズフェルト。貴方達がいなくなっても、ゴブリヌスは人の社会で生きられると思いますか?」
マグダレナの問いに目を伏せ、思案する二人。
「それは……」
「まぁ……難しいだろうな」
「このゴブリヌスが躾けられてるのは私にもわかりますが、いくら躾けてもやがて……」
「キィィ……」
「……さっきからキィキィうるさい!」
「キィ!?」
――パシン!
マグダレナは短鞭を取り出しメイドの頬を打ち据えた。
「ちょっ何するんだ!?」
「ヴィクトル様……抑えて」
「「キィキィキィ!」」
メスゴブリン達が抗議の声をあげはじめる。
「お黙りなさい! ここをどこだと思っているのです」
「キ……」
メイドは痛みを堪えて口を閉じ、逆の頬を差し出した。
「……理不尽な痛みを堪えて、ただ教導を望む。良いでしょう」
マグダレナは短鞭でメイドの顎を持ち上げ、その瞳を覗き込んだ。
「無垢で純真、されど生きる為したたかに強者に従う。女達を導く母……それが貴女ですね」
「キィ……」
「そのキィキィ鳴くのを止めなさい」
「マザー・マグダレナ……彼女達はそれしか喋れないのです」
「この鳴き声は威嚇でしょう? キィと鳴ければビィでもピィでも鳴けるはずです。鳴く時に唇を閉じてみなさい」
「……キ……ビィ」
「唇をプンッと弾けさせて」
「……ビ……ブビビィ」
「もっと高く、美しく」
マグダレナは洗練されたフランツ人らしい発音で、ゆっくりと唇の動きをみせる。
「ピ……ピィ」
「よろしい」
満足したマグダレナをよそに、ピィピィ喜ぶメイド。それを真似して、メス達もビィとかピィとか鳴き始めた。
「……すごいな、素直に恐れ入った」
「マグダレナ様はアベッサ……修道院の教導者でもありますから」
「言葉無くとも、良き声は人の印象を変えます。それは私たち人も同じこと……だからこそ美しく正しい姿勢と発音を学ぶのです」
マザー・マグダレナは凛と真っ直ぐに立ち続ける。
「彼女達にゴブリンと言う名は相応しくありません。これからはフェブリンと呼びなさい」
「フェブリン?」
「妖精のような小人と言う意味です」
「素晴らしいお名前ですわ!」
手を合わせ喜ぶライラ。
「オスは妖精には程遠いが……メスだけでもフェブリンとするか」
マグダレナが静かに頷く。
「今後は教会で洗礼を受けた者に、フェブリンの名を与えると良いでしょう」
「ありがとうございます」
「ピィ!」
鳴き声が変わるだけで別の生き物みたいだな。メイドの愛らしさに磨きがかかった。
「それで……石橋とクレール・モンフェランの事だが」
「話は聞いています。住民の抗議行動が発生していると」
「うむ……吊り橋は切られ、巡礼時には石や汚物を投げられた」
「嘆かわしい……少し早いですが、こちらの石工ギルドに先行して関所の依頼をかけておきます」
「それで解決できるのか?」
「この街の石工ギルドは普段、教会や大聖堂の建築を担う者たち。彼らに手を出すほど住民も愚かではないでしょう」
ふむ……そう言う関係性か。石工ギルドが信心深いわけだ。
「しかし決して不和が収まるわけではありません。それを解決するのは……」
「オレ達次第ということだな」
マザー・マグダレナが深く頷く。
「そしてライラ・メディスン。貴女には少し秘匿すべき話があります」
「は、はい」
マグダレナに連れられ、ライラだけ修道院へ向かう。
ヴィクトルらは果樹園でグランベリーの果実を受取り、聖堂でライラを待つことにした。
――
マグダレナは修道院の一室にライラを招き入れると、カチャリと鍵をかけた。
「マザー・マグダレナ……秘匿すべき話とは」
「ロレンツェの……メディスン家の話は聞いていますか?」
「実家の話ですか? いえ……」
窓の外を眺めていたマグダレナが、カーテンを閉めてから振り返る。
「……メディスン家が、教会に破産申請を申し込んでいるそうです」
「……破産!?」
「申請が通れば、残った資産を全て教会に寄付し、今後の負債は教会に委ねる事になるでしょう。メディスン家は、無くなります」
「そんな……」
「貴女に話が行ってないということは、家族の庇護は切れていると言うことですね?」
「……はい、私は一度、奴隷となっています」
マグダレナはそっとテーブルに腰を下ろした。
「……では、貴女が気にすべき事ではありません。余計な事を伝えてしまいましたね」
「……」
ライラは顔を伏せ、言葉に詰まった。
「……家族の事が気になりますか?」
「妹は……どうなるのでしょうか」
「修道院に入るか、治癒院に勤めるか……教会に寄与することになるでしょう」
「……わかりました。ありがとうございます」
「貴女の道に、導きの光があらん事を」




