第五十六話 メスゴブリンの巡礼
「町から出ていけ!」
「巡礼を汚すな!」
巡礼団に向け、窓から振り注ぐ罵声と石、泥、汚物。
「キィィ……」
メスゴブリンらが怯え、フードを被って縮こまる。
「貴様らぁ!!」
ヴィクトルは声をあげ、怒りを顕にしたが、背に乗るライラがそれを諌めた。
「駄目です、ヴィクトル様」
「しかし……」
飛散する泥を甘んじて受けるライラを外套で庇うヴィクトル。
「怒りも痛みも一時のもの、私が癒しますので、今は堪えてください」
馬を降り、毅然とした態度でライラが続ける。
「さぁ、みんな歩いて。例えどんなに道中が辛くても、私たちは正しき道を進んでいます」
「キィ……」
「怒ってはダメ、怯えてはダメ。これは神の与え給う試練です」
ライラはメスゴブリンに向かって振り注ぐ石の中、その先頭でフードを脱ぎ去り進み始めた。
「この異端者め!」
一際大きな石が、ライラに向かって投げられた。
「危ない、ライラ!」
「疾!」
――パシャンッ
アイナが弧を描くように二本の指を振りかざす。魔法の水を弾けさせ、石の軌道を変えた。
「うまいな……良くやった、アイナ」
「いえ……早くこの町を抜けましょう」
ヴィクトルが頷き、先を進む。
アイナが飛んで来る石に合わせてパシャリ、パシャリと水の壁を作って石を弾いていく。
ライラはメスゴブリンの先頭で祈りの手を組み、聖句を唱えて歩き続けた。
「キィ……」
石を浴び、泥に塗れたメスゴブリンもまた、ライラに続いて歩きだす。
町を出る一団に向かって、若い猟師の男が出口まで走り込んで石を投げた。
「出ていけ! 二度と来るな!」
ヴィクトルがその石を盾で弾き、鋭い目突きでその男を見据える。
「……ひっ!」
ヴィクトルは男が逃げ出すまで、ジッとその男を見据えていた。
――
「あーっ! 腹立つーー!」
湖畔で汚れを落としながらアイナが声を上げた。
「石ならともかく、う◯こ投げるとか信じられない!」
「全くだ。病気になったらどうする……エセル教は糞便を毒と定めてないのか?」
「そこまでは……矢じりに塗るとかは禁止してますけど……」
「籠城戦や必死な軍などでも使われるが、病気のもとだ。立派な毒だぞ」
「聖グランベリーに言いつけてやりましょ!」
「そもそも巡礼者に石を投げてるからな。アムズフェルトの旗も汚された。この事はきっちり対処させてもらうぞ」
「はい……すいません、ここまで酷いとは思いませんでした」
「キィー……」
メスゴブリンらの清めと治癒を終え、ライラも身を清める。
「ライラ様が悪いわけじゃないですけど……これ、グランベリーの街に入っても大丈夫なんですかね?」
「どうだろうな……先に衛兵とか、修道院に声をかけてから行くか」
「流石に聖地でここまで酷いことはないと思いますが……」
「……できるだけゴブリンらの顔をフードで隠していこう。わざわざ敵愾心を刺激することはない」
「わかりました……」
「キィ」
聖地を目指して湖畔を進む。道中の農家は遠目から礼をするだけで、安全に進めた。やがて街へと辿り着き、見張りの衛兵に巡礼札を見せる。
「ゴ、ゴブリン……?」
「そうだ、聖グランベリー修道院への正式な巡礼の一団だ。全員メスだし、彼女らは教会の教導も受けている」
「……一応、全員ちゃんとメスかどうかだけ確かめさせてください」
「キィ」
メイドの指示で、メスゴブリンらがバサッと裾を捲り上げる。
「あ……わかった。もういい」
衛兵が困り顔で目を背け、修道院まで一団を先導した。
「メイドはフランツ語がわかるの?」
「キィ?」
「いや、もともとゴブリンは正確に言葉の意味を理解してるわけじゃない。彼女らは空気を読んでるんだ」
「空気……ですか?」
「もともと鳴き声にもそんなに多くの意味はない。僅かな声帯の揺れや雰囲気を読み取ってるんだよ。オレも似たようなもんだが……」
「なるほど……それでフランツ語でも通じてるんですね」
「右や左の旦那様……どうかお恵みを」
ふと街を進む一団に帝国語の物乞いが声をかけた。
失われた左手、傷だらけで鍛えられた右手。ぼろ切れのような巡礼服の男が跪き施しを乞う。
「……その腕は戦傷か?」
「いえ……凍てつくモンフェランで壊死しました。足ももう禄に感覚がありません」
「そうか、大変だったな」
ヴィクトルが受け皿に銀貨を施し、ライラとアイナも続く。その様子を見て、メスゴブリンも一人一人が銅貨を施して行った。
「おぉ……ありがとう……ありがとうございます……ありがとうございます……」
その巡礼団の施し一枚一枚に、物乞いの男――
――ゴッズ・リヒテルンゲンは、いつまでも感謝の言葉を繰り返していた。
――
壁に囲まれた聖地グランベリーの果樹園。
厳粛な聖グランベリー修道院と荘厳な大聖堂。そして古式派と革新派の治癒院。
メスゴブリンはその光景に圧倒されながら、大聖堂の門をくぐった。
ヴィクトルやライラに続き、洗礼を受けようとするメスゴブリンの顔を見た導師は驚きの声をあげた。
「こ……この者たちは……!?」
「キィ……」
導師の荒らげた声に、周囲がざわめき始める。
「聞いていないか? アルゴス・シュタットの古式派教会から巡礼を受けて来たメスゴブリンだ」
「私は何も……ちょっと失礼」
スタスタと足早に奥に向かう導師。奥の壁の向こうでは、衛兵に声をかけていた。
「おい、勘違いするな! ちゃんと事前に話を――」
「……何事ですか、騒がしい」
コツコツと歩み寄る老齢の修道女。
「あ……あの方は……」
「ライラの知り合いか?」
「聖グランベリー修道院の修道院長、マザー・マグダレナ様です」
「……ライラ・メディスン。ここは革新派も大勢います。巡礼者は修道院に連れて来なさい」
「わかりました……」
「オレも行ってもいいのか?」
「……入口までなら構いません。貴方もいらっしゃい、ヴィクトル・アムズフェルト元辺境伯」
「……承知した」
それだけ言うとマザー・マグダレナは踵を返し、スタスタと揺れ一つなく歩き出す。
「キィ……」
メイドがいつになく怯えた目で、その背中を追った。




