第五十五話 この橋、架けるべからず
「完成した吊り橋が、壊されただと?」
春になり、石橋建設に先駆けて建設業者が吊り橋を渡した。その吊り橋が完成した翌日、何者かによって破壊されたと言う報告がヴォルフから上がった。
「現地には、このようなメッセージが残されていました」
『この橋、架けるべからず』
アルゴス・シュタット側に残された木片に刻まれたフランツ王国語の文字。
「……縄はフランツ側から切られておりました。犯人はグランベリーかクレール・モンフェランの住人かと思われます」
「グランベリーは違う。この事業はそもそも正統教会からの依頼だ。このような工作をするなら、最初から断るはずだ」
「では、クレール・モンフェランしか考えられませんな」
「組織的な行いとは考えにくい。一部の人間の犯行だろう」
「如何されますか?」
「……対処が難しい、ライラとブランドルを交えて協議しよう」
――
「まず、犯人をクレール・モンフェランだとして、何故橋を壊すと思う?」
「……巡礼者に来てほしくないのでしょうか?」
首を傾げるライラ。
「以前訪れた時は歓迎されていた。巡礼者に忌避感があるわけではないだろう」
「帝国とアムズフェルト家に対する警戒かと」
少し離れところで立つヴォルフ。
「それは十分考えられる。だが吊り橋など軍が通るには弱すぎるし、吊り橋が無くとも別ルートがある。犯人がそこまで考えてるかは知らんがな」
「……ゴブリンでしょうな」
静かに呟く老魔導師ブランドル。
「……一応、グランベリーにはゴブリンを渡らせないとは伝えたよな?」
「はい、教会を通じてやりとりしてますので、すべて正式な約束事として記録されてます」
「若、ゴブリンとはなにも此処にしかいないわけではありませんぞ」
「……そうか、モンフェランにもゴブリンはいるだろうな」
「元々ゴブリンと言う名はフランツ語由来で小さき鬼の意。昔から国内に多く、心底嫌っておるのでしょう」
地下の小人、醜い鬼、緑小人……ゴブリンを表す表現は各地にあるが、本拠地はあっちだったのか。
「まぁ……別に好きになれとは言わんが、だとしたら難しい問題だな。吊り橋が無いと石橋など架けられんし、断行すれば建設業者が襲われる可能性もある」
「ランディルに見張りをさせては?」
「あんな奴に見張らせたらゴブリンバーサーカーとか呼ばれて、もっと酷いことになるぞ」
「まぁ……ありえますな」
「酷い……」
「かと言って他に人員もいないし、ゴブリンは論外……冒険者ギルドも作っとくんだったな」
「ジュナイブで依頼を出しますか?」
「いや、この問題はそもそもクレール・モンフェラン――フランツ側で解決しないと意味はないだろう。こちらからは手が出せん」
「時間はかかっても、グランベリーに任せるのが賢明でしょうな」
「じゃあライラ、教会を通じて――」
「クレール・モンフェランの人達は……巡礼者が来るのはいいけど、ゴブリンはダメってことですよね?」
「うん? まぁそうだろうな」
「じゃあ、ゴブリンに巡礼させて、害が無いと分かってもらいましょう!」
「……マジ?」
ふんすとやる気を見せるライラに、三者揃って異論を挟めなかった。
――
「聖グランベリー修道院からお返事が来ました。メスゴブリンだけなら、巡礼を受け入れるそうです」
「うそ……意外だな」
「グランベリーは革新派の治癒院もありますが、修道院自体は古式派ですから。ちゃんと原典の記述に則って伝えれば分かってくれましたよ」
えっへんと大きな胸を張るライラ。
「そうか……すごいな。じゃあ本当に行くんだな?」
「はい。メスゴブリンは皆やる気満々です!」
「わかった、どうなるかは分からんが……行ってみよう」
早速メンバーを策定する。前回も行ったオレとライラ、水筒のアイナ、メイド、トモエ、オカミ、巴組から教会にもよく通うメスゴブリン十名。
建設業者には到着時にもう一度吊り橋を架けてもらい、戻るまでは石の見張り小屋と羊小屋を作ってもらう事にした。
――
「……汝らに巡礼の導きを与えます。モンフェランを越え、聖グランベリー修道院に赴き、洗礼を受けなさい。さすれば……」
教会で巡礼の導きを受ける時、グノシス神父が口をつぐんだ。
「……さすれば、汝らに新たな道が開けるでしょう。道中、多くの試練が待ち受けるやも知れません。どんなに辛くとも強く耐えるのですよ」
巡礼服を着たメスゴブリン達が祈りの手を組み、一人一人巡礼札と干し果実を受け取っていく。
アロに跨り、赤鷲の旗を掲げ先導する。
他の巡礼者も幾人かが随行し、アルゴス・シュタットから巡礼者団が出立した。
――
モンフェラン高原から建設業者が吊り橋を架ける。以前はクレール・モンフェランの協力者が向かいから渡したが、今回はいない。
建設を終え、橋を越えたところで野営する。夜半何者かの気配を感じたが、姿は見えなかった。
翌朝、建設業者と別れてモンフェランを下る。道は以前より均されていたが、妙に穴が多かった。
やがて太陽の光を浴びて輝く、レマナ湖の湖畔が見えた。
輝く山麓の宿場町。
アルゴス・シュタットからやってきた巡礼団を出迎えたのは、窓から振り注ぐ大量の石と罵りの声だった。




