第五十三話 鍛冶師との別れ
「ここにも職人街ができたか」
珍しく鍛冶場から降りて来たランディルが、主砦で食事をしていた。
「あぁ、住居付きで六工房あるから、鍛冶以外も一通り揃うだろう」
機織、裁縫、細工、陶工、木工、革加工……カルデロの優秀な職人達が、親方の許可を得てアルゴス・シュタットで独り立ちする。
親方になれるまたとない機会に、彼らは一様に意欲に駆られ、設計段階から足繁く通っていた。
「なら……俺様も、もういらねぇな」
大きな肉の塊が豪胆な歯に毟りとられ、ランディルの口の中に消えた。
「……ランディさん?」
アムズフェルト家の最強戦力にして鍛冶の要。そのランディが不要になるなんて、ライラには理解できない一言だった。
「俺様は鍛冶師としてはせいぜい職人クラスだ。マイスターとその職人徒弟が呼べるなら、俺様一人よりよっぽどいい」
「そりゃそうかも知れんが……バトルボアやどんぐり弾は……」
歯切れ悪く、ヴィクトルが言う。
「そのための職人ギルドだろうが。カルデロなんて特に秘密主義だ。安心して任せられるだろう」
「ランディさん、もしかしてどこか行っちゃうんですか?」
「……この街はもう、俺様にはちょっと賑やかすぎる」
ランディは一人を好む。お酒と煙草さえあれば、ずっと一人で鉄を打っている。
「そういうわけだ、ヴィクトル。この砦も、俺様の家も、もうお前に譲ってやろう」
「……そうか、わかった。今までありがとう、ランディ」
その言葉にライラの目が瞬き、二人の過去を感じとった。
「そっか……ここは、アルゴ砦は、元々ランディさんのお家だったんですね……」
「あぁ。そしてヴィクトルは俺様の子分だ」
ランディが腕を組んで、椅子にふんぞり返る。
「そうだったんですか!? 家臣じゃなくて!?」
「ランディは元々な、父上に負けて奴隷兵になった戦士だったんだよ」
「ど、奴隷兵?」
「死に損なっちまったからな。ノルドの戦士は戦いで死ぬか、死に損なったら相手に仕える奴隷兵になるのが掟なんだよ」
「ハハハ、正直父上は困ってたけどな。山賊みたいな蛮族を捕らえたら、急に『俺を最前線で戦わせてくれ』って頼み込んできたんだから」
「はぁ〜……自分から奴隷兵になったんですか」
奴隷になるのがイヤで逃げた自分とは、大違いだとライラは感じた。
「戦いの中で死ぬ。それが戦士にとってヴァルハラに昇る唯一の手段だからな」
「それでまぁ、ランディはアルゴ砦に配置されて……そこに帝国軍がやって来た」
「情けねぇことに、俺様は大砲を間近で食らって気絶した。目覚めたら瓦礫の中で、出てこれた時にはもうアルゴ砦は陥落していた」
二度も死に損なったと、ランディは呟くように続けた。
「仕方ねぇから、しばらくアルゴ砦を監視して、兵が減ったタイミングで皆殺しにした」
「えぇ!?」
「中は焼け野原でほとんど何も残ってなかったが、鍛冶場だけは残ってたからな。俺様はそこを根城にすることにした」
「帝国がアルゴ砦に兵を常駐出来なかった最大の原因は、この蛮族がずっとここにいたからなんだよ」
ヴィクトルが笑いながら酒を煽り、ランディにも注ぐ。
「一人で帝国軍を追い返してたんですか!?」
「数人ならぶっ殺して、軍が来たら身を隠し、寝込みを襲う。それを繰り返してたら誰も来なくなった」
「……二年ぐらいした頃かな。オレが山賊の噂を聞いて、アルゴ砦に冒険者として出向いたらランディがいて……」
「ボコボコにして子分にしてやったわけだ」
――俺様の所に、酒と煙草を持ってこい。そしたらお前を鍛えてやる。
大笑いするランディと、苦笑いするヴィクトル。
「ランディには色々教わった。戦い方、生き延び方、武器の研ぎ方、ゴブリンの躾け方……そして――」
天を仰ぐように、ヴィクトルが続けた。
「――どんなに鍛えても、銃には勝てないという現実」
「……それで、銃を作り始めたんですね」
「ヴィクトルはもう俺様より強い。立派な一国一城の主だ。戦後に何十人も帝国兵をぶっ殺した……お尋ね者の俺様を置いとくのはリスクだろう」
「ランディ……」
「……じゃあ、本当に……?」
本当にランディさんは、ここを去るつもりなんだ。
「北の海峡を越えて聖女の聖地でも目指すさ。その国は戦争してるらしいし、ちょうどいい」
そっと両手を組んで額に当て、エセルの祈りを捧げるランディ。
「懺悔をするなら、俺はただ――戦士として死にたかったんだ」
たった一人、朽ちた廃墟の丘で鉄を打ち続けた男。
この狂戦士が何を想い、廃墟に残り、戦い続けたのか。ライラには想像もつかなかった。
だけど――
ライラが立ち上がり、ランディルの手をそっと握る。
「狂戦士ランディル、貴方には贖罪が必要です」
「あん?」
「人里離れて暮らす事を望むならば、モンフェランの高原に暮らしなさい。そして巡礼者を守り、その道を照らすのです」
「ライラちゃん……?」
困惑するランディの目を、ライラのまっすぐな瞳が見つめる。
「今の貴方に必要なのは導きです。一人で行ってはなりません。いつか貴方を導く正しき者が現れるまで、そこに留まり贖罪に努めなさい」
「……」
「わかりましたか? ランディさん。私の導きで足りなければ、グノシス神父にも……」
「いや、十分だ。ありがとよ」
「じゃあ!」
「わかったわかった。高原で鹿でも狼でも狩りながら暮らすよ。それでいいんだろ?」
「はい! 週に一回、休息日には教会でお祈りもしましょうね! お酒も煙草もご用意しておきますから」
「へ、古式派も案外話がわかるぜ……」
ランディルはボッと煙草に火をつけ一呼吸、煙をくゆらせた。
その後、モンフェラン高原の小屋に移り住んだランディルの下には、多くの巡礼者が暖を求めてやってきた。
時折、彼らが眠れぬ夜を過ごす時、彼らは互いの罪を静かに語り合った。
――ライラの帳簿(現金) 四の月
【現金収入】
乗合馬車(7往復×24席)
カルデロ便 乗車率7割 =236ソル
ジュナイブ便 乗車率6割 =202ソル
◆小計 438ソル
宿 約250人 =250ソル
入湯料 約200人 =200ソル
◆計 888ソル ≒89ダリヴル
【現金出費】
お小遣い 10ダリヴル
雑費 9ダリヴル
◆計 19ダリヴル
◆収支 89-19 =70ダリヴル黒字
◆累積現金残高 157+70 =227ダリヴル
――フーガの帳簿(預金) 四の月
【収入】
ジュナイブ商隊
通行料(4隊×4輌×2往復) 320ソル
傭兵料(1ダラス×8日) 144ソル
◆小計 464ソル
フーガ商隊
通行料(2隊×4輌×2往復) 160ソル
傭兵料(半ダラス×4日) 48ソル
◆小計 208ソル
家賃
集合住宅 30戸 =300ソル
職人街 6戸 =180ソル
◆小計 480ソル
◆合計 1152ソル ≒115ダリヴル
【出費】
食費
※卸値六割
日常食費(430人×0.75ソル)
=322.5ソル≒323ソル
備蓄積み立て(15日分・卸値六割)
=161ソル
◆食費合計 484ソル
人件費(3ソル×30日) 90ソル
弾薬費(3ソル×12日) 36ソル
鍛冶師ギルド 100ソル
◆小計 226ソル
建築費
集合住宅 石材加工費 240ソル
建築費 フーガ負担
職人街 完成のため終了
◆小計 240ソル
◆合計 1450ソル ≒145ダリヴル
◆収支 115-145 =▲30ダリヴル
◆預金残高 169-30 =139ダリヴル
トータル収支
70-30=+40ダリヴル黒字
職人さんが来て家賃収入が一気に増えた!
お店も増えたし、どんどん賑やかになるね。
鍛冶場にはランディさんの代わりに鍛冶師ギルドが入ったよ。




