第四十八話 冬の狼フィンブルウルフ
「ヴィクトル様! ヤクーが帰ってきましたよ!」
窓からのぞく草原に、のっそのっそと歩くヤクーの群れを見てライラは歓声をあげた。
「おぉ、もう冬が来たか」
ヤクール族に向け二人が手を振っていると、ガンッと音を立て扉が開き、黒鉄の騎士が飛び込んできた。
「閣下! 敵襲です!」
「なんだヴォルフ? ヤクール族は敵じゃないぞ」
「違います! 南側に武装集団が向かって来ます」
「なんだと? ライラ、メイドと避難してろ」
「は、はい!」
剣だけを携えて、ヴィクトルが急ぎ南の城壁へ向かう。
「フェルディナ! 敵の数は?」
「銃で武装した歩兵が20ダラスはいます。軍旗は見たことがありません」
城壁の上、先に待機していたフェルディナが敵の数を報告する。
「白狼の旗……? 知らんな。ヴォルフの親戚か?」
「違います。あれはフィンブルウルフの旗です」
「どこの所属だ?」
「閣下と同じ、元強盗騎士ゴッズの率いる傭兵団ですよ」
「久々の襲撃だと思ったら……同業か」
240人もの兵がジュナイブとの街道に陣取り、特使らしき馬がやって来る。
「汝ら帝国領を不当に占拠する山賊ヴィクトル・アムズフェルトに告げる! 我らフィンブルウルフはロンドミルより預かりし債権を取り立てに参った!」
「ここは帝国領外のアムズフェルト領だ! ロンドミルに借り受けた負債などない! 速やかに立ち去られよ!」
「この証文にある通り、ライラ・メディスンは我らの奴隷である! その身柄を速やかに引き渡し、賠償金1000金貨を支払うべし!」
「話にならん! 直ちに立ち去らねば火砲でもってその戯言の罪を償うことになろう!」
「要求に従わねば、我ら主君ゴッズ・リヒテルンゲンの名の下に、ヴィクトル・アムズフェルトに私闘を申し込む!」
「……ロンドミルの意趣返しか。性格の悪いことだ」
「貴殿が私闘を受けるまで、我らは街道を封鎖し、往来する全ての馬車から全ての積荷を奪い去る! 恐れるならばせいぜい砦に篭って震えているがいい!」
特使は言うだけ言い、笑い声を上げて去っていった。
「閣下、如何されますか?」
「あそこまで舐められるとは気に食わん。しかし挑発に乗ってのこのこ出ていくのもアホらしい」
「こちらは馬も大砲もありませんから、それがよろしいかと」
「備蓄は二ヶ月はあるし、豚もいる。ヤクール族も来たし食料には困らん。ほっとこう」
「商隊保護はよろしいのですか?」
「ジュナイブは怒るだろうが、我らが保証するのは安全だけだ。風の鳥便で危険を知らせれば条約は守れる」
ヴィクトルはヴォルフに風の便りを任せ、城壁にゴブリン兵団を駐留させた。
「ぞろぞろとこんな辺境に240人も連れて来おって、せいぜい飢えと寒さに震えるがいい」
ヴィクトルは野戦に応じず、近寄ろうとする敵だけを銃撃し続けた。フィンブルウルフは射程外から騒ぐだけで街道に陣取った。
ジュナイブ商隊と傭兵は停止し、乗合馬車もカルデロだけの稼働となった。
壁内は街道封鎖にざわめいたが、数日もすると日常に戻った。食料品店にはアムズフェルトから備蓄が降ろされ、ヤクール族の市場がにぎわっていたからだ。
フィンブルウルフは帰らず、ヴィクトルは日々警戒を続け、鍛冶場へと足繁く通った。
――一月後
最初に音を上げたのはカルデロだった。ジュナイブとの交易が止まり、食料の供給が止まったのだ。
「早くあいつらを何とかしてくれんか」
交渉にやって来たカルデロの交易ギルド長は開口一番に要求を口にした。
「不当にフェーデを仕掛けてきている相手に、我らが対応する理由が無い。ジュナイブとの契約より、我が庇護下の兵と住民の安全の方が大切だ」
「頼むよ……あまり続くと干上がっちまう。傭兵の金なら払うから」
「兵数だけで言えば同数以上だ。食料なら多少分けてやれるが、戦うにはこちらも武装が足りん」
「……何が条件だ」
厳ついカルデロのギルド長が舌打ちし、回答を求める。
「汝らカルデロが、南アルガス同盟の旗に連なるなら、同盟の為に剣を取ろう」
「……わしだけでは決めれん。もう少し、考えさせてくれ」
「その気があるなら、砦に鉄の板を届けてくれ。奴らは銃を備えている。盾が必要だ」
「……わかった、どちらにせよ用意しておく」
ギルド長は食料品店で保存食を買い込み、足早に戻った。
フィンブルウルフは近くの農村から略奪を繰り返し、砦から見える位置でこれ見よがしに家畜を焼いた。農村の代官は、その対処に出向かなかった。
――二月後
カルデロを支配する各ギルド連名で南アルガス同盟に加わる旨の返答があった。
ヴィクトルは返答を確認すると深く頷き、備蓄の最後の食料をカルデロに分け与えた。
フィンブルウルフは食料が枯渇し、寒風吹きすさむ中、湖畔で魚を頼りに野営を続け、その数は160まで減っていた。
――
戦に備え、家臣らとともに鍛冶場へと向かうヴィクトル。
「ランディ、あれは完成したか?」
「あぁ、あとは鉄板を後ろに貼り付ければ完成だ」
「ヴィクトル様……これは?」
鍛冶場の奥からはみ出る鉄塊。ライラの前には、見たこともない鉄の乗り物があった。
「いつだったか、ライラにも伝えた……銃から身を守りつつ突撃する鉄の猪」
「俺様の最高傑作、戦猪だぜ!」
大柄なランディルよりも一回り大きな、鉄でできた猪の顔。鼻から吹き出る熱い蒸気。前足のように足元を支える鉄の二輪。
そして首の後ろに連なった鉄の箱と四つの車輪……それはまるで小さな蒸気機関車。そして、その名前の通り、巨大な鉄の猪だった。




