第四十五話 正統教会の支援
「ヴィクトル様〜、教会からお返事来ました〜」
ライラが声を弾ませながら、手紙を掲げて執務室にやってきた。
「おぉ、そろそろ橋をかけようと思ってたんだ。どうだった?」
「えっと、まずクレール・モンフェランから谷までの道はグランベリーが担ってくれるそうです」
「うむ。そちら側は明確にフランツ圏だし当然だな」
「で、吊り橋も協力しますが、石橋はフランツ側に関所ができるまで待ってほしいと」
「……そんなの、いつになるんだ?」
「さぁ……」
ヴィクトルは腕を組み、眉をひそめた。
「モンフェランを越えてくる軍なんて、オレ達ぐらいなもんだろ……なにを心配してるのか」
「……ヴィクトル様が警戒されているのでは?」
「む……確かに、その可能性はあるな」
クレール・モンフェランもグランベリーもまともな軍がいない。ゴブリンの傭兵団なんて素通りさせられないと。そう思われても、仕方がないか。
「……谷までをアムズフェルトの管理区域とし、ゴブリンに橋を越えさせないと約束しよう」
「それともう一点なんですが……」
「うむ?」
ライラは手紙に視線を落とし、少し言いにくそうに続けた。
「アムズフェルトの属する国と法律を明確にしてもらいたいと」
「痛いところを突いてくるな……」
「自治領とはわかってると思うんですが……」
「都市として自立するまでは、あまり立場を明確にしたくないんだよな」
窓の外、石材を運ぶゴブリンたちの姿が見える。まだ足場は固まっていない。答えを急かされるのは困る。
「お返事どうしましょう?」
「アムズフェルトは帝国にバニシュされた元辺境伯。今はどこにも属していないとだけ回答してくれ」
トントンと執務机を鳴らし、ヴィクトルが続ける。
「法は正統教会に準ずる。悪しき行いは正統教会の導きに委ね、罰は労苦か壁内からのバニシュとする。特記事項は奴隷売買の禁止と、庇護にゴブリンも含むことだ」
「それなら安心されると思います。で、次はロマーナからなんですけど……」
「うむ」
「アムズフェルト家の巡礼者への寄与に感謝すると」
「……それだけ?」
ライラは頷き、ヴィクトルは拍子抜けしたように息を吐いた。
「まぁいいや……ロマリアまで出てきたらめんどくさいし。アムズフェルト家が認められただけで良しとしよう」
「今は街作りで忙しいですもんね!」
「もうすぐ最初のアパルトメントも完成だ。収入が増えたら開発費を捻出したい」
「何作るんですか?」
「銃の改良とランディルの考案した新兵器だ。お披露目はもう少し先だが、蒸気核と大量の鉄が必要らしくてな」
「蒸気核?」
得意げなヴィクトルと首を傾げるライラ。
「小型の魔導蒸気機関のことだ。それがないと馬力がでないとか」
「ちなみにお値段は……」
ライラの目が帳簿を手繰るように細くなった。
「二連式銃の鋳型に50金貨、蒸気核に100金貨ぐらいかな……」
「せっかく溜まってきたお金が無くなっちゃいますよぅ」
「いざとなったら金を借りるさ」
「私……借金には嫌な思い出が……」
「むう……」
ヴィクトルは返す言葉を持たず、ただ静かに頷いた。
――
「おぉ、もう店が入ったのか」
通りに並んだ屋台。その奥の建築現場では、すでに店舗が品を並べ始めていた。近隣から届いた麦粉、ジュナイブの干し魚、カルデロの塩。
「えぇ、住居はまだ来月からですが、大家も下宿も決まっております」
「最初の店は何が入ったんだ?」
「食料品店と雑貨屋です。これが無いと暮らしが成り立ちませんからな」
雑貨屋にはロウソクに革靴。荒縄や小道具が並び、巡礼者や職人たちが足を止め、値段を眺めている。反対側の食料品店には夏の青果が山積みになっていた。
「うむ。おかげでここもずいぶん便利になる」
ヴィクトルは売台の前で立ち止まり、黄色い果実を一つ手に取った。
「いくらだ?」
「1ゼニになります」
銀貨を渡し、袋で買う。お釣りはそのまま売り子に労った。ヴィクトルは袋一杯の果実から一つ取り出し齧りつく。酸味が強く、まだ青かった。
「商館の方はどうだ?」
「今はほとんど倉庫ですが、両替所だけ動かしております」
「両替ってのはそんなに重要なのか?」
「大事ですとも! 特にフランツでは古銅貨が使えません。なのでここで3ゼニを1フランツ銅貨に両替すれば、巡礼者は喜び、我々は1ゼニ儲かります」
「ずいぶん細かい稼ぎだな……」
「ええ。しかしゼニを数えるだけでゼニが増える……最高の商売です。フーガ家はこうやって大きくなりました」
フーガは豊かな腹をさすりながら目を細めた。
「額は小さくとも利率で言えば一回で五割か……確かにいい商売だ」
「他のレートは良心的ですが、ここはリスクや手間を考えると高くせねばなりませんからな」
ヴィクトルは現場を一渡り眺め、ゴブリンと職人らに果実を労う。ギィギィと鳴きながら汗だくで果実に齧りつくゴブリンを見て、職人は笑っていた。
「ところで、そろそろ高原に中継地を作りたい。フランツもあちら側に関所を建てようとしている。石橋の建設、どう思う?」
「……コストは掛かりますが、互いに兵を置く形になるやもしれませんな。できれば関所が無い方がありがたいですが」
「だろうな。こちらも関所の建設など待ってられん。何かいい手はないものか……」
「……いっそ石橋を関所とするのはいかがでしょう?」
ほう……とヴィクトルの口から息が漏れる。
「なるほど。いい考えだ。兵をアムズフェルトが提供する契約を結べば、互いに利することができる」
「石橋の権利はフーガに、関所の権利はフランツに、常備兵はアムズフェルトとなれば均衡は保てましょう」
「素晴らしい。さすが要塞都市ジュナイブの商人だ」
「ホッホッホッ。天秤を均すのはお手の物でございます」
フーガは軽く頭を下げ、また柔らかな笑みに戻った。
――
グランベリーはその提案を了承し、来年の春から石橋の建設が計画され始めた。
グランベリーとカルデロを結ぶ交易路。緩衝地兼、宿場町としてのクレール・モンフェランとアルゴス・シュタット。
それらの実権の多くが、大商会フーガへと移り始めていた。
――天秤を均す
それがこの商人の考えであれば、今はこちら側でも、いつか天秤を逆に傾けようとするだろう。頼りすぎてはならない。
ヴィクトルはフーガに借金を打診せず、事業利益を積み上げる方向に舵を切ることにした。
――ライラの帳簿 九の月
定期収支
収入
ジュナイブ商隊
通行料10ソル
2往復(4隊✕4輌)
=320ソル
傭兵料 1ダラス18ソル
8日=144ソル
小計464ソル
フーガ商隊
通行料10ソル
2往復(2隊✕4輌)
=160ソル
傭兵料 半ダラス12ソル
4日=48ソル
小計208ソル
乗合馬車 2ソル
全7往復(12席✕2回)=168席
砦―カルデロ往復
乗車率6割=100席
=200ソル
砦―ジュナイブ往復
乗車率4割=67 席
=134ソル
小計334ソル
宿1ソル
200人=200ソル
計464+208+334+200
=1206ソル
合計約120ダリヴル
――
出費
食費360人 一日15ソル(180ドニ(360ゼニ))※市場価格
15ソル✕30日
=450ソル
※卸値5割225ソル
※備蓄15日225ソル
※累積備蓄食料30日分
その他2ソル×30日
=60ソル
人件費3ソル×30日
=90ソル
弾薬費3ソル✕12日
=36ソル
小計186ソル
計450+186ソル
=636ソル
約64ダリヴル
山ゴブリン貯金
魔石と貴重品少々
収支
先月残金182
120-64=56ダリヴルの黒字
182+56
=238ダリヴル
――
開発費
蒸気核100金貨
-120ダリヴル
建築費
堀と道の整備20金貨
-24ダリヴル
残金238-144=94ダリヴル




