第四十一話 モンフェラン計画
ドクダミの束とゴブリンらへのお土産を抱え、ヴィクトル、ライラ、アイナの三人はモンフェラン高原まで戻ってきていた。
「血の匂いがするな……」
ゴブリンらを探す中、ヴィクトルが強い警戒心をあらわにした。
「ギィー……」
草木をかき分け、小さなゴブリン……スカウトがヴィクトルらの前に顔を出した。
「スカウト、何があった?」
「ギィーギィギィギィ!」
「狼の襲撃でガードとバロンが噛まれたか。他の連中は無事か?」
「ギィー」
「ヴィクトル様、狼の牙は穢れがあります。すぐに治癒に向かいましょう」
「あぁ、スカウト案内してくれ」
「ギィ」
スカウトの行く先には、バロンやディガーが作ったであろう小さな洞穴があった。
「グァ」
中へ入ると、咬み傷のあるバロンと倒れ伏すガードの姿があった。同行していたディガー、ジョーカーもそこにいた。
「ガァ……」
「アイナ、ライラ。清めの水と治癒の水を用意してやってくれ」
二人はこくりと頷き、ガードとバロンの治癒を開始した。
ガードの深い殺傷にはライラが直接治癒の祈りを捧げ、その光をゴブリンらがジッと見つめていた。
「ガガァー」
「良かった、元気そうですね」
ライラは安堵し、微笑みを零した。
「ゴブリンならこれぐらい飯を食えばすぐ全快するさ。飯とドクダミ茶を用意してやろう」
「ガ……?」
「薬だよ。病気の予防にいいらしいぞ」
「グァ……」
「臭いとか言うな、お前らに言われたらドクダミもショックで萎れるぞ」
「ガァー……」
ガードとバロンはヴィクトル手ずから注いだ茶を嫌そうに飲んだ。
――
ヴィクトルらは帰城し、結婚の報告とモンフェランルートの調査結果を家臣らに共有した。
「と言うわけでグランベリーで結婚したから、今晩は祝宴としよう。ヤクール族も招待して、酒と肉を頼んでくれ」
「おぉ……とうとう若様が結婚を……このブランドル、感無量でございます!」
「大げさな……だいたいライラを娶れと言ったのはドル爺だろうに」
「それでもです! これで若様の子どもを見ることが出来ればこの爺や、いつ死んでも構いません!」
「何を言ってる。子どもができたら爺が教育係に決まってるだろう? あと二十年は現役でいてもらわねば困る」
ヴィクトルとブランドルの微笑ましいやり取りを眺めながら、その日のアルゴ砦は朝まで祝杯を挙げ続けた。
――
翌日、酒の抜ける昼過ぎからモンフェラン・ルートの会議を開始した。
「モンフェラン・ルートの問題点は二つ、高原の狼と橋の無い谷だ」
「狼は厄介ですな」
狼のような騎士、ヴォルフが言う。
「あぁ、護衛ならともかく討伐は厳しい。山ゴブリンも狼は追い払うので精一杯だろう」
「まずは高原拠点の見晴らしを良くし、避難小屋を作るのがよろしいかと」
「そうだな……基本はその方針で行こう。あとは橋だが、現状橋がなくて谷を降りて川渡りになる。雨が降ると危険だし、渡れなくなるだろう」
「でも橋を架けるお金なんて……」
帳簿を睨みながらライラが言い、ブランドルが続く。
「まずはゴブリンでも作れるような丸太橋を川に作り、後々はつり橋が良いでしょうな」
「うむ。つり橋があれば高原から宿場町まで一日で行けるだろう」
「とは言え……巡礼路にそこまでする価値があるかですが……」
「巡礼者のためにも是非……」
ブランドルが眉をひそめ、ライラが懇願する。
「価値はある。オレはどうせならモンフェラン・ルートを交易路にしたいと考えている」
「ほう……?」
「理由はグランベリーの食料とポーションだ。これはアルゴ砦に必要な物資であると同時に、全てカルデロの交易品だ。なんなら果実酒もある」
「ふむ……確かに」
「そしてグランベリーは巡礼者が向かう理由が大いにある。あそこは聖地であると同時に医・食・交易の揃った大都市だ。列車の走るジュナイブ程ではないが、異国の商人も多く在留していた。だが――」
軍人の目でヴィクトルは続ける。
「都市自体は驚くほど無防備だ。宗教権威に守られた自信の表れだろうが……その権威が及ばない外敵に対しては大いに危険をはらんでいるだろう」
「……傭兵の需要があると」
ヴォルフが理解を示し、ライラはその考えに驚愕した。まさか聖地をそんな目で見る人がいると思っていなかった。
「とは言えあそこはフランツ圏だ。あまり深く関わると帝国にも目を向けられる。あくまで宗教的な協力関係を結ぶべきだと考えている」
「では、どのような力関係をお考えですか?」
ヴォルフが単刀直入に結論を尋ねる。
ヴィクトルは地図を盤面に、周辺の都市に見立てた駒を置いていく。
「我らには交易路を作る金が無い。これをジュナイブと正統教会に委ねる。だがジュナイブには利が無い。これをグランベリーとカルデロ間の交易に委ねる。だが橋が無い。これをカルデロの技術とグランベリーに委ねる。彼らには武力が無い。これを我らが抑える。その中心がアムズフェルトであり、アルゴ砦は中継点となる。以上だ」
ヴィクトルはまるでパズルのピースを合わせるように、各地の需要と供給を組み合わせていく。
その理論に穴らしい穴が見つからず、家臣らはその巧妙さに嘆息した。
「とは言え、まずは高原の開拓と狼の討伐だ。ヤクール族はそろそろ移動の季節だったな。彼らには少しの間、モンフェラン高原に滞在してもらうとしよう」
ヴィクトルは地図の盤面に残された最後の一手まで残らず使いきり、ニヤリと笑みを浮かべた。




